東方凡庸録   作:バルバドス

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5話 暢達な僕の調達

雲一つない快晴の空。幻想郷は今日も変わらぬ朝を迎えた。

 

「さて、行きましょうか」

 

年期の入った手提げ鞄を両手に引っ提げ、食料を調達するため博麗神社から人里へ降りるのが今日の予定。

 

「いつもなら飛んでいくんだけど、今日は仕方ないわね」

 

「申し訳ない」

 

「私も人間だし、地に足つけておかないとね」

 

博麗神社を後にした僕たちは長い石段を降りた。轍のついた舗装されていない道が近付くにつれ、見覚えのあるものが落ちていた。

携帯電話だ。そういえば、ポケットにも入ってなかったな。イヤホンはあったが、ここに落としていったのか。

拾って電源を入れてみるが画面は点かず、空になったバッテリーが代わりに登場。電池切れか、充電しようにも、ケーブルもないし、回収できただけ良かった。

 

「それは?」

 

「携帯電話、昨日ここに落としてたらしくて」

 

「携帯電話?外の機械なの?」

 

「そうだな、持ち運べる電話...えっとこれで遠くの人と話せるようになるんだ」

 

電話でもしっくり来てなかったようなのでもっとざっくりとした説明にしてみた。

 

「今は使えないの?」

 

「ちょっとエネルギーが切れてて、ここにいる間はたぶん使えないな」

 

ふーん、とそこで会話は終わったが、博麗の意識は携帯から離れない。左腹部にあるポケットに突っ込んだ携帯に横目をやりながら、歩いているのが気になって仕方ない。

 

「携帯、気になるの?」

 

「...少し」

 

「動かないけど、じゃあ」

 

役立たずな携帯を取り出して差し出した。博麗は受けとると両手でひっくり返したり、画面を覗き込んだり、穴の空くほど携帯を観察していた。

 

「このガラスの画面になにか映るの?」

 

「映るよ。そしてその携帯は画面を触って操作するんだ。」

 

「触って、操作?」

 

「指を右にスライドさせると画面もそれに合わせて右にスライドするんだ。タッチパネルって言うんだけど」

 

「見てみたいわね」

 

実践してあげたいのは山々だが、バッテリーが空なんだ。こいつはバッテリーがないとそこら辺の石とかと同じなんだ。

博麗も段々と今の携帯はただの四角い小さな箱だとわかったようだ。暫くして返却してもらった。

 

そんなやりとりをしている内に木々を抜け田園地帯に入った。辺りは田んぼと畑が広がり、その奥には四方八方山が囲んでいる。そして僕らの進んでいる道の先に、なにやら門のような大きな入り口と、そこからまた更に奥へ緩やかな曲線を描くように延びる壁が見えてきた。

 

「あれが人里。人間が住む里」

 

里というだけに規模はかなり大きいようだ。さて、どんな人が住んでいるのやら。早る気持ちを抑え、博麗の足取りに合わせて人里への道を進んだ。

 

そこから数分もしない内に門に到着。鉄の大きな扉は解放されており自由に行き来できる。が門番、とも言うべき人物が2人立っていた。屈強な男性2人は、僕と同じような甚平らしき服装をしているが、腰の帯剣にまず目がいく。

博麗が近づいては通るわよと一言残してすたすたと入ってしまったので追随してすぐ横を通りすぎた。

 

そして待っていたのは、正に銀幕の中の世界。旧き町並み、旧き人々、活気ある通り。

時代はいつ頃だろうか、詳しくは分からないが江戸から明治辺りだろうか。その時代の光景が僕の目の前に広がっている。当然人もそれに合わせた服を着ている。

どうやらここは商売する店が集まった通りのようで人が大勢行き交い、買い物する客が多く見られる。

 

「じゃあまずはあそこ。」

 

博麗にはもう調達のコースが決まっているようで早速通りの中にある青果店の前まで来た。他に数名が店先に並んだ野菜を眺めているが博麗はそれに目もくれず店主と思われる中年の男に挨拶した。

 

「お、博麗神社のとこの巫女さん。はい、これ」

 

「ありがと」

 

受け取ったのは夏前に収穫出来る野菜が詰め込まれた籠だった。それを僕の手にしていた袋に積めると籠を店主に返してまた別の店へ。

 

今度は魚屋、そこでもまた川魚を数匹纏めてくくったものを受け取った。お代などを払った様子もなく、譲り受けているようだ。

 

「これ、お金大丈夫なの?」

 

「朝言ったでしょ。私は妖怪退治っていうもうひとつの生業があるの。それに人里に不用意に近付く妖怪を追い払う仕事も不定期にあって、これはその報酬みたいなもの」

 

人里の警備員ってことか。巫女であり警備員であり、僕の見てないところで博麗は頑張っているようだ。

 

「もう一軒青果店あるけど、野菜足りそう?」

 

「結構あるので、これならなんとか」

 

重い。あの両手で抱えていた籠に入っていた野菜の数はどれくらいなんだろう。肩が痛くなってきた。

 

「じゃあ買い物はもういいわね。それじゃあ帰りましょうか。」

 

入り口周辺だけに留まった人里。名残惜しい気もする。少しぶらぶらしてみたかったな。まぁ買い物が目的だし、それが終われば帰るのが普通か。

 

「顔に書いてあるわよ」

 

「え、なにが?」

 

「いいわ、荷物は私が運ぶから、人里観光でもしなさいよ」

 

「ごめん、恩に着る」

 

「夕方までには帰ってきてよね。ご飯はちゃんとつくってもらうんだから」

 

「あぁ、わかってるよ。」

 

「それと、なるべく早く帰ってきた方がいいわよ、死ぬから」

 

「し、死ぬって」

 

「神社と人里の間の道にも妖怪が出るのよ。最近は結構懲らしめてるから滅多にはでないと思うけど」

 

妖怪、それは八雲さんのような話せばわかる相手じゃないってこと?そんなのに会ったら僕はきっと頭からむしゃりと齧られて、栄養にされてしまう。

 

「だから気を付けてね」

 

気を付けてどうこうなりそうにないが、なるべく早めに帰ろうと心に決めた。

 

 

 

博麗は入り口に戻り、僕は反対に奥へと進んだ。通りを抜け、人々が生活する住宅街へやって来た。

僕の住んでいた住宅街とは違い、人情と賑わいのある現代が忘れた暖かな雰囲気があった。

 

なにもするわけではないが、見ているだけで笑顔になる。僕の近所でこんな付き合いは全くなかった。すれ違っても挨拶はない、全くの他人。

しかしここは子供が、大人が、老人がどこも会話が弾み笑顔で溢れている。

いいもんだな、これが昔の姿なんだ。

さて、それなりに見て回ったし早めに帰るか。僕はまだ死にたくはない。

 

「あれ?」

 

気の向くまま足の向くまま歩いていたので、振り返っても道を思い出せない。まさか大学生にもなって迷子になったとか恥ずかしくて人に聞き辛いぞ。

そうだな、何て言おうか。いや、普通に聞けばいいんだが。えっと、会話してない人でなるべく邪魔にならないよう暇してそうな人を見つけないと。

 

「ん?どうしたんだ君」

 

道の真ん中でおどおどしてれば、声をかける人も出てくる。声の方を向くと透き通る銀髪が靡く女性だった。

胸元が開いた青のワンピースのような服で、頭には三角錐とサイコロを合体させその間に板を突き刺したような奇妙な帽子を身に付けていたっていうより乗せている。

 

「ここじゃ見ない顔だね」

 

「はい、実は」

 

僕はそこで自分の名前と立場を明かした。女性はうんうんと頷き理解してくれると、名前を名乗った。

 

「私の名前は上白沢慧音だ。」

 

「あの上白沢さん。初対面でいきなり申し訳ないですが博麗神社へ向かう門の方へ案内していただけないですか?」

 

「...そのことなのだが、私からもお願いがあるのだ。」

 

「な、なんでしょうか?」

 

「寺子屋で子供たちを見ていてくれないか?」

 

て、寺子屋?子供たち?

なんだ、僕にお守りしてて欲しいってことかな。

 

「今急用が出来て少しの間寺子屋を空けるんだ。その間だけ、子供たちを見ていてくるないか?」

 

「わ、わかりました」

 

「戻ったら君を博霊神社まで案内すると約束する。」

 

まだ日も高いところにある。当分ここにいても問題はない、はず。ただ心配なのは

 

「あの、僕でいいんですか?初対面なのに」

 

「じゃあ君は悪い奴なのかい?」

 

「そ、そういう訳じゃ」

 

「なら、頼むよ」

 

上白沢さんは微笑みぺこりとその場で一礼し感謝の意を表した。これも幻想郷に住む人の良さなのか、僕みたいな初対面の男でもそれなりに信頼してくれるんだな。

僕の世界だと子供に挨拶するだけで事案だ、それを保育士でもない僕に面倒を見てくれなんて。

取りあえず、面倒を見るだけなんだ。難しいことじゃない。

話がまとまるとまずはその寺子屋に案内された。

ここでようやく昔の学校であると思いだし、それと同時に先生の代役をやることとなった実感がわいて緊張してきた。

建物内に入ると小学生らしき数名の児童が畳の部屋で2列で座っていた。少人数で、学校というより塾のようだ。

 

「私は急用が出来た。だからこの高橋先生の言うことを守って自習すること、わかった?」

 

子供たちははーいと元気に返事した。先生がいない間におとなしく座って待ってる、良い子達じゃないか。

 

「それじゃあよろしく頼むよ。高橋先生」

 

「任せてください」

 

とは威勢良く言ったものの、僕で大丈夫かな。

上白沢さんが去って数分。生徒達は依然黙ったまま机のプリントに書き込んでいる。

僕らの世界の自習なんて駄弁るか寝るか落書きかみたいなもんだったが、寺子屋の子供たちは真面目で、こっちが先生やっているのが恥ずかしくなる。

これなら見守っているだけでいい。黒板の前の教卓に手をつきぼーっと生徒を眺めていた。

はー、足し算引き算か。となると小学校低学年ってとこかな。

 

「あ、あの」

 

恐る恐る誰かが声をあげた。見ると控えめに手を伸ばしこちらを見つめるおかっぱの女の子がいた。

 

「どうしたの?」

 

「わからなくて」

 

「ど、どれどれ」

 

その子の横につき、プリントを見ると足し算の問題で止まっていた。肝心の問題は4+8=か。

この場合答えを教えるのは簡単だけど、やっぱり理屈とか考え方とかを教えないといけないんだよな。

掛け算割り算なら僕でも説明はできそうだが、足し算引き算の教え方ってどうするんだ?

あまりに幼い頃の記憶、きっと僕もわからないと言っていたに違いないが、その感覚も忘れた。

今当たり前にしている計算も、子供の頃はわからないんだ。

これは、どうやって教えようか。

一つ、ちょっとピンと来たものがある。これは確か一時期問題にもなった考え方である。

僕は分かれば何でも良くない?とこの算式には反対してないし、たぶん昔僕も使った。じゃあ、これ教えてあげようかな。

 

「ねぇ、さくらんぼ算って知ってる?」

 

「さくらんぼ?」

 

「そう、二つの赤い実がついてる果物だよ」

 

少女はこくっと頷いた。さくらんぼは認知してるみたいだ。だったら、大丈夫だな。

 

「今まで1つしかない数字が2つになっちゃうと難しいよね。だからこうやって分けて数えるんだ」

 

問題式の8を丸で囲うとそこから斜めに二本線を入れ、その先でまた丸を書いた。

 

「4に何を足したら10になるかわかるかな」

 

「ええっと...6?」

 

「正解。」

 

片方の丸の中に6と書く。そして4と6をぐるっと長い丸でさらに囲みその横に10と記入。

 

「じゃあ8引く6は?」

 

「2、2だよ」

 

「すごい、正解」

 

もう片方の丸に2と記入。これで揃った。

 

「ここで10の塊が出来たね。この零の部分に2を入れると」

 

「12!」

 

「そう、これが4+8の答えだよ」

 

このまとめるという考え方は中学からの数学においても自然と行っている。初めて10の桁に触れる子供に理解してもらうのにこのさくらんぼ算はやはり説明がついていい。

 

「え、これでいいの?」

 

「そう、まず10のまとまりを作るんだ。これなら4と6、そして...」

 

気づくと何人かの生徒が立ち上がり覗き込んで聞いていた。他の生徒も知らないんだ、だったら...。

 

「じゃあ、僕がさくらんぼ算をみんなに教えるよ」

 

「はーい」

 

気分はすっかり新米教師のそれ。黒板を我が物顔で使用し、勝手に授業まで開始した。さくらんぼ算を教える大学生か。まぁ、家庭教師のバイトであるだろう。

 

すっかり酔いしれた僕はさらに引き算バージョンも披露。子供たちも僕を先生と呼ぶものだから更にテンションが舞い上がる。

 

「はい!せぃかぁーい!」

 

高校の時の数学教師の独特なイントネーションなんかも真似するとケラケラと子供達が笑った。

あーなるほど、先生も悪くないな。道間違えたかなー。

特に理由もなく、文系だからと選んだ日本文専攻。

教師を選んでいたら、大学生活ももっと充実していたんじゃないか?

 

どれ程時間がたったか、気がつけば空は茜色に染まっていた。授業の後半は僕の中学の頃の変わった友人の話をして盛り上がっていたが、その話も尽きると生徒達は帰り支度を済ませ、各々家へと帰っていった。

手を振って見送った後、ハッとなって本来の目的を思い出した。

帰らなきゃ、しかし戸締まりもせず帰るのは流石に。

仕方ない、待つしかない。

それから数分か、上白沢さんが息を切らして戻ってきた。汗をかき、相当距離を走ってきたのがわかる。

 

「すまない、妖怪を追い払っていたのだがしつこくて」

 

「いえ、楽しかったので。」

 

「あぁ、すれ違った子供達が君の話をしていた。」

 

「そうですか」

 

「君に頼んで正解だったよ。ありがとう」

 

幻想郷で博霊や八雲さんに世話になりっぱなしだったが、僕も誰かの役に立った。ちょっとむず痒くて、照れ臭くて、いえいえと返すので精一杯だった。

 

「それはそうと、黒板のあれ、なんだ?」

 

「あれはさくらんぼ算ですよ」

 

「さくらんぼ、算?」

 

上白沢さんはどうやら知らなかったらしい。内容を説明すると興味深そうに深く相槌をうつ。

 

「それが外の教え方なんだな」

 

「僕も多分こうやって教わりましたので、知っているやり方を教えただけです」

 

「そうか、私もまだ教師として学ばねばならぬことがあるのだな」

 

上白沢さんはぽつりと呟いた。

『学舎とは生徒のためだけじゃない、教師である私も学ぶためにある。』

その通りだ、上白沢さんはこうして色々なものを取り込んで生徒に愛される教師になるんだ。

ところで誰の言葉だったっけ?まぁいいか。

 

「今日は本当に世話になった。お礼に博霊神社まで送ろう」

 

「お願いします」

 

こうして上白沢さんに博霊神社のまで送っていただいた。その道中、彼女が妖怪と人のハーフであることや幻想郷の歴史の編纂作業を行っていることなどを聞いた。

妖怪と人のハーフのため、力があるらしく今回のように人里に近づいてくる妖怪を追い払うこともあるそうだ。教師であり、人里の守護者でもある。多忙な人だ。

 

「ここまで来ればいいだろう」

 

博麗霊夢名物心臓やぶりの石段の前までついてきてもらった。妖怪を追い払う仕事の後なのに申し訳ない気持ちで一杯だ。

 

「どうも、ありがとうございました」

 

「いや、こちらこそ。もし良かったらまた子供達の相手をしてやってほしい」

 

「はい」

 

ではな、と手を振って別れの挨拶を済ませると、階段の方を向いて思わずうげぇ、と声が漏れた。

空を飛びたい、空を飛びたい、空を飛びたい。

階段を上りながら念仏のように唱えていた。空を飛べれば幻想郷の人々は苦労してないだろう。

 

神社に着くと博麗と霧雨が居間で座ってお茶を飲んでいた。

 

「よう遊、今日は私もご馳走になりにきたぜ」

 

3人か、量の方も昨日より増量で作らないとな。

昨日の要領でご飯を炊きつつ、川魚の処理にかかる。

肛門から糞を出してワタを抜いて、醤油やみりん砂糖を平鍋で混ぜる。そして処理した魚を平鍋に入れて落し蓋をして中火で煮る。冷たいまま煮ることで生臭さがとれるらしい。

空いた時間に味噌汁も作る。豆腐がないため茄子とタマネギの味噌汁をぱぱっと作ってしまう。

後は魚は弱火でコトコト煮込み完成。

ご飯に川魚の煮込みに味噌汁。もう一品あってもよかったかもしれない。

それを腹を空かせた少女達へと配膳。

 

 

「やるじゃん遊、お前料理はできるんだな」

 

『は』ってなんだ。空は飛べないが掃除も洗濯もちゃんとやってるぞ。

 

「魚は面倒で焼いてばっかりだったけど、煮る方が好きだわ」

 

同感だ。鮭なんか例外もあるが、魚は煮物の方が僕も好き。

 

「へへ、遊がいる間はここにご馳走になろうかな」

 

「そんな堂々とタダ飯宣言しないで頂戴」

 

いる間かぁ。寺子屋と言い博麗や霧雨達と言い、幻想郷は想像の何倍もいい場所だ。今日でまたここにいたいと強く思うようになった。

ただ僕には帰らなくてはいけない場所がある。

ここより心地が良くなくとも、親がいる。

いつか、幻想郷を離れる日が来るんだ。

 

...それは胸の奥にしまい込んでおこう。今は彼女達と楽しく食事する、それでいい。

 

 

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