フタリオオカミ 作:報酬全額前払い
初日組ですがテキサスはいません(半ギレ)
生暖かい死体を漁って使えそうなものを頂き(ちなみに現金は殆ど持っていなかった。シケてやがる)、俺はラップランドの手を引いて死体から離れるように歩き出した。
死体漁りを終えて再び歩きだす頃には、既に周囲は闇に閉ざされていた。
ずっと暗闇に閉じ込められていたからか以前より夜目が効く俺は、ほとんど何も見えていないらしいラップランドの片手を引いて森の中を淡々と進む。
(クソっ、まだ血の匂いが漂ってやがる。血の匂いで追っ手に気取られる可能性も忘れてたなんて、なんだか情けなくなってくるな……)
一年前ならこんなミスはしなかっただろう。身体だけでなく、咄嗟の判断力も鈍ってしまっているようだった。判断力だけでも早いところ元に戻さないと、もしかしたらシラクーザを脱出する前に死ぬかもしれない。
そうやって反省しながら歩いていると、ラップランドが時々、何もない地面につまづきそうになっているのに気がついた。
「お前、半分くらい寝てるな」
ところどころに葉っぱが付着しているが、その服は上等な生地を使って仕立てられている。それだけでも彼女が良いところの生まれであると察するには十分だ。
所謂お嬢様にとって、いきなり始まった逃走生活は辛すぎるに違いない。死ぬほど疲れているのだろう。
そう思った時、俺は足を止めていた。
「もう夜も遅いし、ここで休もう」
「また?さっきも休んだのに」
「休める時に休まないと後々に響く。経験上、そうなった時はロクな目に遭ってないんでね。早く脱出したい気持ちは分かるけど、今は休め」
俺はフード付きマントを脱いでラップランドに投げ渡した。
「毛布にしては薄いが、それを敷くなり掛けるなりして寝てろ。何か起こるか、朝になったら起こしてやるから」
「でも──」
「いいから早く。じゃないと睡眠時間が短くなるぞ」
有無を言わさず、休憩するのに良さそうな木の幹にラップランドの身体を押し付けるように預けさせると、最初こそ身体をビクつかせたラップランドは、ものの数分もしないうちに寝息を立てはじめた。
それを確認してから、俺は近くの木の枝に跳び移る。そして近くに不審な気配が無いか気を配った。
「……今のうちに計画でも練るか」
脱走からラップランドを連れて此処に来るまで、あまりにも行き当たりばったりすぎた。
とはいっても今日まで監禁されてたんだから、行き当たりばったりになるのも当然ではある。
だが此処からは、そんな甘い考えのままでは上手くいかないだろう。俺単独で脱出するなら計画を練らないで無理に突破する事も視野に入るが、ラップランドも連れて行くとなると別の手段を取らざるを得ない。
(……兎にも角にも、入国管理施設に入らない事には始まらないか。今から闇運送業者に頼るには、時間も金も足りない)
非合法に人や物を外に出し入れしている、通称"闇運び屋"は高額な報酬を用意しなければならず、しかも下手くそな運び屋に頼んでしまうと呆気なくバレて捕まるリスクもある。
そもそも今から接触しようにも、奴らが拠点を置いていたのはシラクーザの街中だ。特定防止のために居場所を転々とするから街中を巡らなければならない上に、引き返さなければならない時点でコレは無しだ。
(八方塞がり……ではないけど、そこに限りなく近い。もう少し情報が欲しいな)
夜の森は不気味なほど静まり返っていた。警戒していた追っ手が来る気配は微塵も無く、真っ暗だった夜が段々と薄青い夜明けの闇に変わっていっても、怪しい気配は見当たらなかった。
こんな街外れの森にまで捜索の手を伸ばせるほど人員が居ないのか、それとも見当違いの方向に手を伸ばしているだけなのかは分からないが、ひとまず見つかっていない事が分かっただけでも僥倖だ。
段々と空が明るくなってくる。今日が正念場だろうと、俺は自分に言い聞かせて枝から飛び降りた。
そして地面に着地すると、寝入っているラップランドの肩を揺らした。
「そろそろ起きろ。朝だ」
「んぅ……あさ…………?」
ラップランドは俺の声に鈍く反応して顔を上げた。そして焦点の合っていない目で俺を見て…………何故か、酷く怯えられた。
「あれ?ここはどこ?父さんと母さんは?いや、そもそも君は一体──」
「……寝惚けてるのか。気持ちは分かるが、現実を受け止めろ。ここはお前の家じゃない」
俺がそう言うと、ラップランドの目の焦点が段々と合ってくる。そして自分の状況を思い出したのか、両目から涙が流れだした。
「──ああ、そうだった。父さんと母さんは……」
そこで言葉を途切れさせ、ラップランドは手の甲で涙を拭う。そして立ち上がって背伸びをすると、毛布代わりに掛けていたフード付きマントを返してきた。
「ごめん。寝惚けて変なこと口走った。あとこれ、ありがとう」
「気にするな。そういう事もある」
無理もない。昨日の今頃までは、恐らく一昨日やその前までと同じ日常の中にいた筈だ。その当たり前が急に壊され、親しい者のいない世界に準備も出来ず放り出されるのは、相当なストレスに違いない。
彼女の温もりが残るそれを羽織ろうとして、俺はラップランドの服装を見た。どう見たってこれから旅に出る人間の服装ではない。これでは注目を集めてしまう。
「このマントはお前が着てろ」
「なんで?」
「その服、良いものだろ。そんなのを堂々と見せつけてたら人目を集めるに決まってる」
「ああ……そっか。そうだね」
ラップランドが自分の服を隠すようにフード付きマントを羽織る横で俺は干し肉を取り出した。
朝日の傾き具合的に、シラクーザの街中では、もうそろそろ人々が起き上がっている頃だろう。朝メシの時間だ。
「歩きながらで悪いが飯を食おう。まあ飯と言っても、干し肉一枚だけなんだが」
「…………そういえば、昨日から何も食べてなかったっけ」
半分にちぎった干し肉をラップランドに渡して、俺は自分の分に齧りついた。
俺が咀嚼していると、ラップランドが干し肉を片手に何故か俺を見ていた。
「どうした、食べないのか?」
「えーっと……」
ラップランドの腹からグーッと音が鳴った。パッと顔を赤らめた様子から腹が減っている事は分かるが、なんで食べないのかは分からない。
「腹減ってるんだろ。そんなに美味いもんじゃないが、これからこういうのを食わなきゃいけないんだぞ」
「分かってる。ただちょっと、こうやって歩きながら食べるのが初めてだから戸惑っただけさ」
行儀が悪いと教えられてきたのだろうか。歩きながら物を食べるという行為に躊躇いを見せたラップランドだが、どうやら空腹には耐えられなかったらしく、少し間を置いてからかぶりつく。
最初は端っこを齧る程度だったが、やがてガツガツと俺より勢い良くがっついていた。
俺たちは暫く無言で干し肉を咀嚼しながら歩き、やがて全て胃の中に消えたあと、俺はラップランドに聞いた。
「今更こんな事を聞くのもアレなんだが、お前は俺を疑わないのか?」
「疑うって?」
「いやほら、俺がお前を売ったりする可能性もあるだろ」
「ああ、そういうこと」
ラップランドは袖の中から立派に装飾が施された短剣を取り出して言った。
「正直、疑ってた。昨日までは何かおかしな事をしようとした瞬間に、この短剣で首を掻っ捌くつもりだったよ。でも今は、少しくらい信じてみても良いかなって思ってる」
「なんで」
「そうしないと生き残れそうにないからさ」
肩を軽く竦めながらラップランドは言った。
「昨日の追っ手の狙撃にボクは気付けなかった。でも君は気付けた。そして一人で二人を相手取って勝った。ボクだけだったら、あの二人にすら殺されていただろう。
それで理解したんだ、ボクは弱いって。そんなボクがこの状況で生き残るには、強い誰かに頼るしか無いよね」
「それは俺がお前を売るかもしれないってツッコミの答えになってないんだが」
「じゃあこう答えよう。この状況から一人で逃げられるなんてお気楽に考えられないボクは、裏切られる可能性を承知で君を信じることにした。これで満足?」
「それなら納得だ」
俺がそう答えると、今度は短剣を袖の中に隠したラップランドが俺に聞いてきた。
「逆に君こそ、なんでボクを信じてるのさ。実はボクがとんでもない悪人の可能性だってあるのに。もしかしてボクが女だから下心でも持ってるの?」
「いや。ただ、お前の目がな」
「うん?」
「今のお前みたいな目を、一年前の俺もしてた。だから少しくらいは、その心の中が分かるつもりだ」
そう言うと、ラップランドは足を止めて俺をジーッと見つめてきた。昨日の夜の森に降りていた夜のトバリに劣らないどころか勝るかもしれない闇を湛えた目は、まるで何かを見定めようとしているかのようだ。
「ふぅん。そういうこと」
「深くは問わないけどな。聞かれたいものでもないだろ?」
「まあね。でも納得した。同類って、そういう事だったんだ」
森の中の木の密度が段々と薄くなっていく。それにつれて見晴らしが少しずつ良くなり、俺達の目的地である入国管理施設も木々の間から見えるようになってきた。
入国管理施設は、文字通り国に入る全てのヒト・モノの管理を行っている施設だ。
他の移動都市とやり取りしている物品や移民などは勿論のこと、俗に運び屋と呼ばれる移動都市から別の移動都市へと荷物を配達する連中も、シラクーザへ入るためには必ずここを通らなければならない。
なお、名称こそ入国管理施設だが、その業務の都合上、いつの間にか入国だけでなく出国も管理するようになっていたようだ。
今ではシラクーザの外交関連の施設すら集まる、文字通りの玄関口なのである。
もちろん警備は厳重で、真正面から突破するのは不可能に近い。
あくまで真正面から挑めば、だが。
「ところで、どうやって此処から逃げ出すのか算段はあるの?」
「一応はな。これを見ろ」
俺がポケットから取り出したのは、このシラクーザで誰もが持っている身分証だ。
……俺のは一年前に有効期限が切れているが、これが必要なのである。
「身分証だ!これがあるなら、入口で止められる事はないね」
「いやいや。良く見ろ、有効期限切れだ」
「あっ……いや待ってよ。それでどうやって中に入ろうっていうのさ?まさか、警備が有効期限を見逃すなんて期待してないよね?」
「んなわけないだろ。……褒められたことではないが、入口の警備連中は袖の下で誤魔化せるんだよ。そんで、中では入口で渡される専用のパスが身分証の代わりになるから、これを見せる事は無い。
身分証はあくまでも、監視カメラを誤魔化すためのフェイクなのさ」
期限切れの身分証をポケットに仕舞い、俺は以前記憶した施設周辺の地図を頭の中で広げた。
「とにかく、昼までには入国管理施設の入口を通り過ぎて中に入る。予想だけど無理なスケジュールじゃないし、一度入っちまえば、少なくとも表立った襲撃は無いはずだ。
他の移動都市から来てるお偉いさんの居るエリアで殺人なんて、難癖つけられるネタにしかならないからな」
そのままずんずん進んで行けば、目の前に森を突っ切るように舗装された道が現れた。入国管理施設に用のある者が必ず通る此処は、トラックがすれ違えるほどの広さがある。
その道を通り施設に向かって進んで行く数多の旅人たちがいた。俺はラップランドを連れて、何食わぬ顔でその流れに紛れ込んだ。最後尾からさり気なく中に混じったからか、誰も俺たちが途中から入った事に気付いていないようだった。
歩きながら耳を澄ませていると、俺たちが逃げ出した後の街中の状況を知っている男たちの会話が耳に入る。
「にしてもよぉ、なんだって昨日は昼から街を出られなかったんだ?本来なら昨日出るはずだったのに、予定が狂っちまったよ」
「今の支配者は情報を封鎖してるから分からねぇが、街中で警官が走り回って、あんなボロ宿にまで武器持って客を全員確認しに来るくらいだ。俺の予想だが、今のシラクーザにはテロリストでも隠れてるんじゃねえかな」
「ひえーおっかねぇ。それが本当だったら、怖くて夜も眠れねぇぜ。こんな物騒な都市、とっとと出るに限るな」
……どうやら、俺たちが街中を脱出したのと、都市封鎖がされたのはタッチの差だったらしい。
分からなかっただけで結構危ない状況だったのかと今更ながら肝を冷やしつつ、俺は不安げに周囲を気にするラップランドの肩に手を置いた。
「堂々としとけ。ここで不安げにする方が、かえって怪しまれる」
「と、言われてもね……」
「せめて前向け。それだけでも大分違う。……それより、お前は身分証あるんだろうな?流石に無いと誤魔化しようもないぞ」
「ちゃんとあるよ。君のとは違って、更新したばっかりのが」
「そうか」
それならラップランドの方は心配いらないかと思いながら、人の流れに流されるまま歩くこと30分ほど。
入国管理施設のほぼ目と鼻の先まで近寄った俺たちを出迎えたのは、道の両脇に広がる数多くの屋台と、そこに屯する多くの人たちだった。
「……ここも変わらないな」
一歩ずつ近付くにつれて、人が集まった時に感じる特有の熱気が膨らんでいく。
車の通行を邪魔しないように道の端で品物を広げる行商人たちは、多種多様な種族の人々だ。コータス、フェリーン、ウルサス、ヴァルポ等々……。
ここではむしろ、シラクーザで良く見かけるループス族の方が少数派なのである。
「龍門から持ってきた饅頭だ!ここらじゃ滅多に食えないぞ!!」
「朝からパワフルに過ごしたいなら、俺が売ってるヤコヴレヴィチソーセージを買って行きな!ウルサス人が屈強な理由の大半は、このソーセージが占めてるんだぜ!」
「カジミエーシュの騎士競技会は知ってるな?!この剣は、その競技会で高名な騎士様が使って優勝した剣と同じデザインだ!これを使えば騎士様のように強くなれること間違い無し!」
左右から聞こえる客引きの宣伝文句を聞き流しつつ、はぐれないようにラップランドの手を掴んで人混みをすり抜けていく。
ラップランドはこの光景を初めて見たのか、少し目を輝かせてキョロキョロと忙しなく顔を動かしていた。こんな分かりやすい反応をされたのは、俺が感染者になる前に、気を許せる1人の仲間を連れてきた時以来だ。
「なにこれ、初めて見る人や物ばっかりだ!」
「シラクーザの隠れた名物、屋台道だ。街まで売りに行くのを手間に思った行商人が、こうやって自国の物を持ち寄って売ってる」
人から聞いた話だが、荷物を持ちすぎた行商人が、ここで道行く旅人や入国管理施設で働く職員たちに物を売ったのが始まりだと言われているらしい。
その行商人の持ち込んだ商品が珍しかったのもあってかバカスカ売れ、それを見た他の行商人も同じように売りはじめ、次第にそこで物を売る行商人を目当てに人が集まるようになり、こうなったのだとか。
「へぇー。こんなところがあったなんて、ボク知らなかったよ」
「そりゃ知らないだろ。ここは実際に来た人間にしか知られないように、あらゆる情報を握り潰されてる、表向きには存在しない事になってる場所だからな」
この屋台が集まっている場所は入国管理施設の目と鼻の先だ。そこは外交や防衛の観点から非常に重要な役割を果たしているので、必然的に警備も厳しくなる。
そんな場所に、本来なら今の俺たちのように得体の知れない連中が紛れ込んでも分かりづらい屋台道は存在させてはいけないのだ。そこに不穏分子が潜んでいるかもしれないし、屋台道を訪れた外交官に何かあれば大変な事になる。
「でも取り締まられてるようには見えないけど。なんで?」
「入国管理施設の立地が関係しているらしい。ここは街から遠く、行くにも戻るにも時間が掛かる。施設の中にロクな娯楽施設は無いし、外は見ての通り森で覆われている。
そんな場所に、こういう場所があると、お互い便利なのさ。行商人は職員を相手に安定した商売が出来るし、職員の方も品揃えが豊富な屋台を回るのはストレス解消になる。見てるだけでも楽しいし、貯まるだけで使えない金の使い道でもあるしな。
だから取り締まらない。取り締まるメリットよりデメリットが上回ってるからだ」
「でも本当は此処にあると良くないから、表向きには存在しない事にしてる訳なんだね」
「そういうこと」
話しながら歩いていると、ラップランドがおもむろに足を止めた。手を引っ張って歩いていた俺も釣られて足を止める。
ラップランドが顔を向けている方を見ると、そちらの方向には出来たての料理を売る屋台が集まっているエリアがあった。
そろそろ昼時だからだろう。あちらには多くの人が集まっている。ラップランドはそこから放たれる美味そうな匂いに釣られてしまったらしい。
やはりと言うべきか、半分の干し肉だけでは空腹は満たされなかったようだ。
「……お前な。そんな悠長に──」
追われているのに呑気にメシを食う余裕は殆どない。ここはまだ敵の勢力圏で、いつ見つかるか、そして襲われるか分からないからだ。
そう言おうとした俺の腹から、意図しない音が鳴った。
「……そんな悠長に、なに?」
「…………分かったよ。昼メシ休憩な」
もう一度言うが、時間的な猶予は殆どない。だが、メシを食わなければ力が出ないのも事実だ。それになにより、大地に降りてから暫くは温かい食事を食べられないだろう事を加味すると、ここで食事を取るのは悪い選択ではないだろう。
「よしっ」
「よしじゃねぇよ、よしじゃ」
そう自分を無理やり納得させ、以前ここを訪れた時に見つけて気に入っていた、安くて量のある煮豆のスープ(堅パン付き)の屋台があった場所へ俺は足を向けた。