フタリオオカミ 作:報酬全額前払い
「ところで、けn」
「聞くな」
その後に続く言葉が容易に予想できたために、俺はラップランドの言葉を遮るように声を被せた。
「まだ何も言ってない」
「でも言いたそうだった。言うなよ」
そう釘を刺して一旦は黙ったラップランドだが、通路が終わり際に差し掛かり下りの階段が現れたところで、また言った。
「……剣雨のロウガって二つ名が付く辺り、君って有名人だった?」
「やっぱりそれかよ…………昔の、つっても何年か前の話だ。俺のアーツは雨の時が一番凶悪だからな。雨の日に良く殺し回ってたら、いつの間にかそう呼ばれてた」
特定範囲内の一種類の物質に"鋭さ"を与える俺のアーツは、雨との相性が抜群に良い。自然現象故に止められず、しかも何処に逃げても空がある場所なら降ってくる雨は、俺にとって最優の攻撃手段なのだ。
このアーツと、今は譲ったから手元に無いが、源石剣というアーツユニットを兼ねた剣を両手に持って敵を襲うのが、昔の俺の戦闘スタイルだった。
「文字通り雨を剣みたいな鋭い凶器に変えたから?」
「らしい。好きじゃない呼び名なんだけどな」
一時期カッコイイと思った事もあったが、今になって冷静に考えると厨二臭い、ような気がする。だから聞くだけで背中が痒くなる感じがするのだ。
「とにかく、今の俺はルプスだ。ロウガって名前は死んだんだ」
「はいはい。分かったよルプス」
クスクスと、からかうような笑みを浮かべながらラップランドは俺を見る。
からかわれるネタを与えてしまったか、と少し残念に思い、ちょっと苦々しい顔をしている自覚を持ちながらラップランドの前を歩きだした。
「ちょっとちょっと。なんでそんな急に歩く速度を上げてるのかな?」
「早くしないと逃げ遅れかねないだろうが」
「それだけが理由なの?」
「ああ」
「ほんとうに?」
「本当だ!」
顔を見られたくないという理由もあるっちゃある。でもやはり、一刻も早く安全を確保したいという理由の方が遥かに大きい。
決して、ラップランドに今の顔を見られたら、更にからかわれる可能性を考えた訳ではない。ないのだ。
そんな、本音を建前で覆い隠しながらの早歩きをする俺の後ろを、ラップランドは一定の距離を保って着いてきている。
「ところで目的地はどうする?さっき言ってたみたいに龍門に向かうのか?」
「いや行かない。君を連れて行けないし、バカ正直に龍門になんて向かったら、追ってきてくれって言うようなものじゃないか」
「じゃあどこに行く?言っておくが、シラクーザの外に知り合いは居ないからアテは無いぞ」
振り返りながらの俺の問いにラップランドは少し黙り込んで、そして何かを思い出すように目を閉じながらこう言った。
「……特に決めてないな」
「おいおい」
「だから適当に彷徨えば良いんじゃない?ボク個人としては、一先ずここから逃げ出して復讐のための力をつけられれば良いから」
「……まあ、目的地なんて後から見えてくるか」
この時、大地に対する知識不足が俺たちのこの決断を可能にしていた。
後で聞いた話だが、大地の過酷さを1度でも経験した連中は、そんなことを欠片も考えないらしい。
移動都市の間を通行するだけでも死にそうなのに、そんなイカれた考えを実行する気にはなれない、んだとか。
実際、もし1週間先の未来を覗けたなら、こんなふざけた事は言わなかった。
本当に、無知は罪であると同時に、最高のエンジンだということを痛感する。
「そうそう。だから早く行こう。一応追われてるわけだからね」
「分かって──」
「おい。マジでここに来ると思うか?」
前方から男の声が聞こえた。声の大きさは周囲に聞かれないようにか小さいが、俺はその声をハッキリと聞き取れる聴力があるので問題なく聞き取れる。
咄嗟に、しかし違和感を持たれないようにラップランドを隠すように前に立って歩く。それに何かを察したラップランドは顔を隠すようにフードを目深く被って俯いた。
「知るか。だけど、行けって言われたら行くしかない」
「まったく面倒くせぇ。親と一緒に炎と瓦礫でくたばっちまえば良かったのによ」
「実は死んでるとか無いよな?だとしたら無駄足だ」
「無ぇよ。他のチームからも連絡は来てないし、そもそも俺たち一緒に確認しただろ。黒焦げ死体の中に小娘と同じくらいの背丈の奴は居なかった」
前からすれ違うように来たのは、新品の警備服を着させられている印象を受ける2人の男たち。
通常、明らかに警備服を着慣れていない事が分かる警備員は新入りであるが、立ち振る舞いからはそんな初々しさなど欠片も感じられない。
どう見たって戦いの経験がある奴のそれだし、会話の内容からして間違いなくラップランドの追っ手だ。
(万一を考えてか。どうやら相手は用心深い性分をしてるらしい。あるいは、そこまでしてラップランドを殺したいのか)
「にしても、小娘1人に街のチンピラすら駆り出すなんて大袈裟すぎる。お偉方は何を考えてるやら」
「それだけヤバい案件ってことだ。首を突っ込むなよ」
「誰がそんなことするか。"賢狼は黙して佇む*1"、だ」
自分の心臓が早鐘を打っているのを感じながら、しかし表情は何でもないように作りつつすれ違った。
この二人はさほど強くない。俺なら特に手こずることなく始末できるだろう。だが、ここで暴れると、とても面倒なことが起こるのを俺は知っている。
最悪の場合、この施設に閉じ込められてしまうと分かっているのだから、やりすごす以外の選択肢など取れるはずがなかった。
「…………」
盗み見た男たちの首元には、"狼の鼻"に所属していることを意味するネックレスが掛かっていた。
そこから読み取れるのは、ラップランド一家の殺害が、かなり計画的に行われたということだ。
シラクーザ内部の粛清対象を追跡する"狼の鼻"は滅多なことでは動かない。
それが動くということは、あのいけ好かないバカ女が動かしたのか。あるいは、バカに良いところを見せたがったマヌケが張り切ってしまったのかといったところだろう。
何にせよ、大した理由ではない。相も変わらずスナック感覚で人の命を足蹴にしているらしい。
男2人とすれ違い、その時の挙動で怪しまれ……なんてことも無く、男たちの背中が遠ざかっていく。
すれ違った際に微かに感じた焦げ臭さが、この2人があの燃え盛る屋敷の近くに居たことを伝えてきていた。
「…………ふう。なんとかやり過ごせたか、まったくヒヤヒヤもんだ」
ここで見つかったら、なんのために今まで隠れていたのか分からない。だから俺は、安堵の息を吐いてラップランドに話しかけた。
「でもあの調子だと、大地へ降りる出入口は見張られてるか。最後は少し手荒になるけど、構わないよな?」
ラップランドからの返事はない。
「おい?」
俺が振り返ると、ラップランドは足を止めて後ろの方を見つめていた。
「おいどうした」
俺がラップランドの顔の前に回り込んでみると、さっきまで浮かべていたであろう笑みが固まっていた。
そして俺が見ている前で段々と表情が消えていき、最後には恐ろしく冷たい真顔のみが残る。
「なにかあったのか?」
「……見つけた」
「え?」
ラップランドは小さく、それでいて非常に良く通る声で呟いた。その目線が追う先にあったのは、さっきの男たちの背中だ。
ラップランドは鼻をヒクヒクと動かし、あの2人が残していった空気に漂う微かな臭いを嗅ぎとる。そして確証を持ったらしく、断言した。
「この焦げ臭さに、あの会話。アイツらだ……アイツらも!」
「おい待て。待てって!」
静止の言葉も虚しく、ラップランドはその二人に向かって走り出した。そして二人が「Staff Only」という張り紙がされた部屋のドアノブに手を掛けたところで襲いかかる。
「なっ!?テメェ、なんでここ──」
「くたばれ!!」
まさか来るとは思っていなかったのか、気を抜いていたらしい2人はラップランドの姿を見て動揺し、その隙にラップランドが片割れの首にナイフを突き刺した。
そのままナイフを横に薙いで血管を思いっきり切り裂いて飛び散った鮮血を浴びながら、そいつを力の限り蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた男だったものはドアをぶち破り、残骸と共に部屋に叩き込まれた。突然死体が放り込まれた従業員専用の部屋からは当然悲鳴が聞こえる。
「クソが!!なんでここまで来やがった!?」
「逃がすか!」
ラップランドは素早くもう片方の男に飛びかかった。だが、気を取り直したらしい男もタダではやられない。
年頃の女がするような顔ではない酷い形相のラップランドと男は取っ組み合う。だが、驚いたことにラップランドの方が力が強いらしく(恐らくは火事場の馬鹿力だ)、無理やり男の頭を掴んだかと思うと、その頭を勢い良く、そして何度も壁に叩きつけはじめた。
「……あっ!おい待て?!」
ラップランドの狂気に呑まれているとしか思えない豹変ぶりに呆気に取られていた俺は、そこでようやく身体を動かした。
だがラップランドは俺の声に反応することなく、尚も壁に叩きつけようとする。
「もういい!止めろ!」
「離せ!!」
ラップランドの手を思いっきり掴んで無理やり止めたと同時に、施設内に響き渡るベルの音。
ドアがぶっ壊れた事で奥まで見えるようになった部屋を見ると、やはり今の惨劇を見た一般職員が非常ベルを押していた。
「ひっ……こ、殺さないで……」
俺と目が合った一般職員は腰を抜かしたのか、地面にへたり込み命乞いを始めた。
向こうからすれば、俺は突然暴れだしたラップランドと同じく何時暴れるか分からない奴なのだろう。しかし俺は、そんな奴を気にする余裕などなかった。
これが何を意味するのか分かっている俺の背筋が寒くなっていたのだ。さっきまで気にしていた面倒なことが起こってしまったのである。
このベルの音は、施設に危険人物が入り込んできたという合図と、逃亡防止のためこの施設を一時的に封鎖するようにという指示が含まれている事を俺は知っていた。
つまりこの状況は、かなり不味い。
「ヤバい……!ラップランド、走れ!このままだと此処から逃げられなくなる!!」
「でも!まだコイツが!」
「お前の復讐はそいつで終わりか?!」
「…………分かった行くよ!!」
ラップランドが頭から血を垂れ流して気絶した奴の頭から手を離し、足に持ち変えて引きずりながら俺の後を着いて来た。だが、そいつをラップランドの細腕で持っていくには重たいらしく、走る速度が明らかに落ちている。
「おい!その気絶した奴をどうする気だ!?」
「連れて行く!ボクが、ボクの手で殺すんだ!!」
「捨て置け!」
「嫌だッ!絶対に連れて行く!!」
その声に含まれた頑なさは、ラップランドが絶対に譲らない事を示していた。
ラップランドの復讐心をちょっと甘く見ていた事は否定しない。しかしいくら何でも、ここまで怒り狂うのは想定外だ。
もっと復讐心の大きさを測っておくべきだったか──と思ったが、それは後の祭りだろう。
だが、それをここで気にしても仕方ない。今はとにかく、このピンチを乗り越えなければいけないのだから、その反省は一先ず頭の片隅に追いやる。
「ああくそっ!遅れたら容赦なく置いていくからな!!」
「居たぞ!あの女だ!」
「横の男は誰だ?!」
「誰でもいいだろ!あの男も敵だ!」
前から走ってくる3人の男たち。統一感の無い見た目と粗暴さからは、とてもじゃないが警備員のような正規の訓練を受けた人間には見えない。
そして、さっきの2人のように慣れているようにも見えない。
「いま俺たちの邪魔をするなら死ね……!」
「やっちまえ!」
前から走ってくる男たちの目は分かりやすく欲に眩んでいた。確かラップランドに掛けられた懸賞金は50万龍門幣だったはずだが、それを使ってどう豪遊するかの算段でも立てているのだろう。
ならば警告は必要ない。
「ラップランド、速度は緩めるなよ!」
愛剣を両手に持ち、右手側の抜剣動作でまず1人。返す刀で2人。最後に左手の愛剣をぶん投げて首を貫き3人。
足を止めずに手早く仕留めた俺は首を貫いた愛剣を抜き取り、通路と壁を返り血で汚しながら走り抜け、ついでに近場にあった消火器をぶん投げて下に密集している旅人たちがパニックを起こすように仕向ける。
「これで多少でも時間が稼げれば……!」
ゲートの角に当たるように投げ、そこに"鋭さ"を与えてしまえば破裂させるのは容易い。
そして急変する事態に不安がる人間たちは、何か切っ掛けが一つあれば簡単にパニックに陥るのだ。今のように近くで強烈な破裂音が聞こえさせれば、特に。
ここまでやってしまったのだから、もう周囲に気を配るとか、そういうことを気にしてはいられなかった。今はどんな手を使ってでも逃げる時間を稼がなければならないのだから。
「このベルが鳴ってから、大地への出入口が封鎖されるまでは最短で5分!それまでに大地に降りないと数の暴力で殺される!!」
「ここから走ってどれくらい!?」
「俺の足で6分!」
「じゃあ間に合わない!」
「いや、間に合う!間に合わせる!!」
このまま走っていれば間に合わない。だったら、走るより速い文明の利器を使えばいい。
そしてそれは、運のいいことに進路上に幾つも転がっている。
「悪いな、借りるぞ!!」
「は?おいまt」
「乗れ!」
突然の異常事態に混乱して車を降りていた、どこかのトランスポーターの車を
「運転は出来るの?!」
「いいこと教えてやる!車ってのはな、足さえあれば前に走り出すんだよッ!」
「それつまり出来ないってこと!?」
「苦手なだけだ!!」
突然爆走しだした車は当然注目を集める。そして余程頭が悪くなければ、この車の運転手たちが騒動を巻き起こしたのだということは分かるはずだ。
「ちょっ、凄い撃たれてるんだけど!!」
「流れ弾に当たりたくないなら、うおっ危ねぇ!……屈んどけ!!」
結果、ボウガンや拳銃の弾がこの車目掛けて殺到することになる。フロントガラスに入っていくヒビに視界を妨害されながら、今も閉じられつつある出入口に向かってアクセルを踏み抜いた。
「間に合う?!」
「間に合わせる!」
なにやら近くにある物を使って即席のバリケードを作り、それで足止めをしようとしているのが見える。
車を強制的に停止させるか、それが無理でもこの先の出入口を閉鎖するまでの時間を稼ぐ腹積もりだろう。
だが強度が甘い。パッと見て分かる綻びが複数あり、そこを突けばアッサリと崩壊しそうだった。
その中から一番簡単に崩せそうな箇所へと突撃した。その際に右へ左へと車体を大きく振ったことで、本来の持ち主の荷物が幾つか落ちてしまったが些細なことだ。
「よし、突破できた!」
そして未完成のバリケードを抜けた先にある、閉じかけの分厚い鋼鉄の扉を抜けた時、比喩ではなく急に視界が開けた。
「抜け、たぁ──!」
………………
…………
……
止まった車の中で、俺はシートに寄りかかって脱力しながら、静かに息を吐いた。
「………………生きてるか?」
「…………なんとか、生きてるよ……」
「…………そりゃよかった……」
車内のミラーで後部座席を覗けば、俺と同じく力の抜けたラップランドが答えた。
その顔には露骨に疲労が浮かんでいたが、大きな怪我はしていないようだった。
「…………自分から騒動を起こしておいて、こう言うのもアレだけどさ。もう二度と、君の運転する車には乗りたくない」
「本当にお前が言うなよ……念のために言っておくが、普段はこんな荒くないからな」
「どうだか」
車酔いしたのか、少し顔が青い気がするラップランドは脱力感をそのままに、ミラー越しに俺をジト目で見てきた。軽口を叩けるだけの余裕は戻ってきたようだ。
「嘘じゃない。それより、念願の大地なんだ。ちょっと車から降りようぜ」
シラクーザから逃げるように車を走らせてきたから、シラクーザは車の後ろに位置している。俺はその様子を見ようと、運転席から降りて、生まれて初めて大地に立った。
「これが大地か」
「砂が舞ってるのかな。鼻がムズムズする」
俺に続いてラップランドも車から降りてきて、俺の横に立つ。
見渡す限り広がる荒れた土地に、ポツンと佇む移動都市シラクーザ。目の前に広がる光景は、それが全てだ。他には何もない。
鼻で感じる空気はシラクーザと比べて何か大きな変化がある訳ではないが、砂が舞っているようで、ラップランドの言う通り鼻が少しムズムズする。
「さて、お望み通り大地に降りた訳だが、感想は?」
「終わってみたら呆気ないね。あそこのシラクーザが見えなきゃ、実感が湧かなかったかも」
大地に飛び出した後もかなり車を走らせたのでシラクーザは既に遠い。俺たちは沈んでいく太陽を背にしながら、自分たちが生まれ育った故郷を見つめていた。
「次にシラクーザに戻る時は、お前が復讐を果たしに来る時か」
「うん。ボクが力をつけるまで、あそこには戻らない」
「じゃあ、俺の里帰りもその時にするか。幸か不幸か、シラクーザに未練は無いしな」
強いて言うなら──いや、よそう。あいつは俺が心配しなくとも上手くやれる。
むしろ今気にするべきなのは、今後の俺たちがどうなるか、そしてどうするか、だ。
「…………父さん、母さん。待ってて、ボクが最高の知らせをお墓に持っていくから」
「…………」
恐らく自分に言い聞かせているであろうラップランドの小声の宣誓を俺は聞かなかった事にして、さっきから気になっていたソレを指さした。
「ところで、そのさっきから足蹴にしてる男はどうする気だ?」
「もちろん殺すよ。当たり前じゃないか」
車の中に積まれていたロープで手足を縛り、ボロ布で猿轡を噛ませた哀れな男は、威勢を完全に削がれてグッタリとしていた。
ほんの1時間前までは何とか逃げ出そうとしていたのか、身体をくねらせたりして暴れていたのだが、その度にラップランドが鳩尾に蹴りを叩き込んで黙らせていた。そのダメージが蓄積されたのだろう。
「予行練習はしておかないとね。どうやったら長く苦しめられるのか、手で覚えないと」
「そうか。でもやるなら、なるべく旅装束や車に返り血が付かない所でな」
「はいはい。ところでさ、車に積まれてたアイテムって使っていいんだよね?」
「好きにしろ」
どうやらこの車の持ち主は雑貨の輸送をしようとしていたらしく、食料からナイフのような護身用の武器まで、様々な物がごちゃごちゃに積み込まれていた。
ラップランドはごちゃごちゃした物が詰め込まれたダンボールを漁り、そこから
「ちょっと待て。そのオモチャはどう使う気だ」
「どうって、もちろん拷問に使うに決まってるじゃないか。母さんの受け売りなんだけど、男の人に拷問する時は、こういうのも使うと効果的なんだって。そうなの?」
「いや俺に聞かれても……」
初耳だよそんな拷問。しかしイメージした限りだとそれなりに効果がありそうなのが腹ただしい。俺を含めて、並の拷問に耐性がある奴でもアレはキツいだろうなと思う。
「ふーん?ま、いっか。じゃあちょっとやってくるね」
そう言ってラップランドは、男の首根っこを捕まえて引きずっていった。
見て気持ちいいものではないので俺はそちらから目を逸らし、暇つぶしにダンボールを漁ってみる。
「お前を殺しても父さんたちが帰ってくる訳じゃないけど、ボクの気が収まらないんだよ」
「〜〜〜ッッ!!」
「惨たらしく殺してやる。死ね、死ねっ、死ねぇ!」
くぐもった悲鳴と狂気を孕んだラップランドの声を聞きながら、俺は何となしに空を見上げた。
シラクーザの都心部では決してお目にかかれない大量の星が、夕暮れと夜が混じった空に輝いている。
「これで晴れて犯罪者だなぁ」
殺人、強盗、国境破り。数としてはたった三つだが、その重さは数十の軽犯罪に勝るほど重たいものだ。
鉱石病に罹患した時点で俺の道は極端に狭まってしまったのかもしれないが、その中でも最悪の方に転がっている気がしないでもない。
(……まあいいさ)
この道を選んだのは俺だ。実家から命令されて選んだのではなく、自分の意思でこれを選んだのだ。
ここから先、なにが待っているかは分からない。鉱石病に感染した時点で俺の結末は決まっているが、その結末を迎える時期が早まるかもしれない。
それは恐ろしい。1年前までの、敷かれたレールの上を走っていた頃には見えていた先が見えない事が、これほど恐ろしいとは思わなかった。
でも、あのまま実家の地下に幽閉されて飼い殺し状態で時間を無駄にするより、現状の犯罪者扱いの方が余程マシであると断言できる。
だって幽閉されたままなら、この星空を知る事はなかった。この先に待つであろう、あらゆる出来事にも出会えなかったに違いない。
だから良いのだ。好きなように道を選んで生きる。自分のやりたい事を、誰に断るでもなくやれる。
本当の意味での自由とは、こういうものなのかと感動すら覚えた。
「センチメンタルにでも浸ってるの?」
どれほど空を眺めていたのか。気づいたらラップランドが横にいた。
「そんなとこだな。終わったのか?」
「うん。死体は放っておくけど問題ないよね」
「お前が良いなら俺は別に」
ラップランドの恨みがどこまで強く深いものかを感じさせる発言に俺は適当に返事をして、ふと思ったことを口にした。
「そういえば、具体的に誰を殺すとかってのは分かってるのか?」
「分からない。けどボクが逃げる時、明らかにリーダーって感じの奴が指揮を執ってたんだ。だからまずは、そいつから情報を仕入れようと思う」
「なるほどね。そいつの名前とか、特徴とかは?」
「特徴は……遠目だったから良く分からなかった。でも名前なら分かる。チンピラが不満げにボヤいてたから」
その名前を聞いた時、自然と知り合いの顔が1つ浮かび上がってきた。
同名の別人である可能性もあるが、恐らくは違うだろう。
ラップランドは、こう言ったのだ。
「──"テキサスの奴"ってさ」