桜の隊士   作:やさいせいかつ

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カナエの夢

 

 

7日間の戦いを終えた桜乃は鉛の様に重い足を引きずり、少女と共に藤の花が香る開始地点へ戻って来ていた。

 

 

 

「…誰も居ませんね」

「きっと私達が最初だったんだよ、ちょっと待ってたらみんな戻ってくるよ。大丈夫」

 

不安そうな少女を見てそう声を掛ける。だが薄々は気づいていた。7日間で会ったのは彼女一人だけ。日が経つにつれて人の気配すら感じなくなっていった。最終選別を突破するのは毎年半数以下、カナエから聞いていたことが脳裏によぎる。

 

(どうか私の勘違いであって)

 

そんな桜乃の想いとは裏腹に最終選別開始を告げた2人の子供が現れた。

 

「お帰りなさいませ」

「おめでとうございます、ご無事でなによりです」

 

2人が最終選別の終わりを告げる。他の参加者の安否を確認する勇気は桜乃には無かった。隣に居る少女も俯き黙ったままだ。

 

「まずは隊服を支給させて頂きます」

 

今後について2人から説明を受けた。鬼殺隊は癸・壬・辛・庚・己・戊・丁・丙・乙・甲の10段階で構成されており、今私達は一番下の癸と言う階級らしい。続いて子供達がパンパンと手を叩くと何処からともなく鴉が現れ肩にとまった。鎹鴉と呼ばれる鴉で一人に一匹連絡用として付くようだ。

 

「よろしくね」

「ヨロシクネェ、ヨロシクネェ」

 

(…喋った)

 

「鎹鴉は人語を理解し、話せます。何かあれば申し付け下さい」

 

桜乃が驚きのあまり硬直していると黒髪の子供が説明を加える。

 

「そ、そうなんですね。ありがとうございます」

 

あんなに手の生えた鬼が居たんだ、鴉が喋っても何も不思議な事なんてない。そう自分に言い聞かせ、無理矢理納得した。

 

「宜しいですか?ではあちらから刀を造る鋼を選んでくださいませ。鬼を滅殺し、己の身を守る刀の鋼はご自身で選ぶのです」

 

台の上に幾つかの玉鋼が置いてある。どれを選べば良いかなんて見当もつかない、何か違いでもあるのだろうか。

考えていても分かるはずがない、桜乃は直感を信じ一番近くにあった玉鋼を選んだ。

 

「刀は完成まで十日から十五日ほどとなります。それではご武運を」

 

 

 

 

2人に見送られ桜乃は少女と共にその場を後にし、藤襲山の麓まで来ていた。

 

「本当にありがとうございました。何かお礼がしたいのですが」

「あはは、お礼なんていらないよ」

「ですが…」

 

「んー、じゃあ今度一緒に甘い物でも食べに行こうよ」

 

本当に礼など要らなかったが、あまりに困ったような顔でみつめてくるのでそんな提案をしてみると少女は分かりやすく驚いた表情をみせる。

 

「そ、そんな事でいいんですか?」

「だめ?」

「いえ、それでよろしいのなら…」

「じゃあ決定! そう言えば名前聞いてなかったよね、私は司波桜乃って言うんだけど」

「司波さんですか、綺麗なお名前ですね。私は神崎アオイと申します」

「桜乃でいいよ、じゃあ楽しみにしてる。またねアオイ」

 

はい、と返事をしてぶんぶんと手を振るアオイを背に桜乃は蝶屋敷に向けて歩き出す。

 

 

ー師範、私は今日鬼殺隊士となりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蝶屋敷に着いた頃にはすでに辺りは暗くなり始めていた。

ひどく懐かしい感じがする。屋敷を飛ぶ蝶も庭に咲く藤の花も半年間で見慣れたはずなのに何十年か振りに帰ってきたみたいだ。

桜乃は変に感じた緊張を隠すように息を吐くと蝶屋敷の戸をあけた。

 

「ただいま戻りまー」

「桜乃!」

 

言い終わる前に痛い程抱きしめられる。こんなに優しい花の香りがするのは多分この人だけだ。

 

「カナエさん」

「よかった、ほんとうに」

 

少し泣いているのだろか、鼻声になっている。

 

「すみません、遅くなりました」

「いいのよ桜乃が無事ならそれで」

 

「姉さん、桜乃が帰ってきたの?」

 

カナエの声が聞こえたのだろうか、奥からしのぶが顔を出した。

 

「しのぶさん」

 

目が合うとしのぶは嬉しそうに微笑えんだ。

 

「おかえり、桜乃」

「ただいま戻りました」

 

待ってくれている人がいる、その有り難さに大切な人が居なくなって初めて気づいた。

 

(もう失いたくない)

 

幸福感と不安が同時に押し寄せ、ごちゃ混ぜになる。

 

「だから言ったでしょ姉さん、桜乃なら大丈夫だって」

「でもね、でもやっぱり心配じゃない。桜乃はこんなに可愛いんだもの」

 

やれやれと言わんばかりにしのぶが溜息をもらす。

 

「それで姉さんはいつまでそうしてるつもりなの?」

「あら私ったら、ごめんね桜乃」

 

しのぶにそう言われたカナエは気づいた様に桜乃を抱きしめていた腕を緩める。

 

「疲れてるわよね。湯を張ってあるわ、ゆっくり身体休めてね」

「ありがとうございます」

 

桜乃はカナエに促されるまま蝶屋敷の風呂場へと来ていた。呼吸をするたび温まった空気が肺へと入ってくる。タイル張りの床と壁、10人は入れるであろう湯船は相変わらず一流旅館の温泉の様だった。桜乃は身体を洗い流すと左足から湯へと入り、ゆっくりと肩まで浸かった。身体が芯から温められ、緊張しっぱなしだった筋が弛緩していくのが分かる。

 

(村の皆んな元気かな、早く会いたいなぁ)

 

まぶたが重くなっていくのを感じる。このまま眠ってしまいたい、そんな気持ちを抑え桜乃は風呂場を後にした。

 

桜乃は浴衣に着替えるとカナエとしのぶに一声掛けようと2人を探していた。長い廊下を歩いていると見知った3人組みが視界に入る。

 

「きよ、すみ、なほ!」

「「「桜乃さん!」」」

 

蝶屋敷で働く3人娘。家族を鬼に殺され、孤児となった所をカナエに拾われたらしい。3人共まだ幼いが患者の看病や治療のサポートをこなし、蝶屋敷には必要不可欠な存在となっていた。

 

「心配してました、無事でよかったです!」

 

きよがそう言うと残りの2人もうんうんと頷く。

 

「お腹空いてると思ってご飯いっぱい作ってます!あとで食べてください!」

 

すみのその言葉にありがとうと感謝を伝え、小さい頭を撫でてやると3人共顔を赤くして嬉しそうに笑っている。

 

「しのぶさんとカナエさんに挨拶してからゆっくり食べるね」

「しのぶ様なら明日早いので床に就かれましたよ、 カナエ様は先程縁側に居らっしゃいました」

「そっか、ありがとう!」

「「「はい!」」」

 

 

 

3人と別れた後、桜乃は縁側に来ていた。長く続く縁側の真ん中に彼女がポツリと座り込んでいる。

 

「カナエさん」

 

その言葉に反応してカナエが振り向く。月明かりに照らされ、いつもに増して妖艶な雰囲気に包まれている。その姿に桜乃は一瞬ドキリとした。

 

「桜乃、もう上がったの?」

「は、はい、すごく疲れがとれました」

「よかったわ。もう晩御飯は食べた?」

「いえ、この後頂こうと思ってます。カナエさんは何してるんですか?」

 

「月をね観てたの。今日は綺麗だなぁと思って」

 

桜乃はカナエの隣に座ると夜空を見上げる。そこには漆黒を照らす光源が悠然と浮かんでいた。

 

「ほんとだ、今日は満月ですね」

 

暫くの間2人で月を眺めていた。小春が死んでから月を観る余裕も無いほど駆け足で過ごしてきた。もしかしたら時が止まってるのかも知れない。そう錯覚するほど緩やかな時間が流れていく。

 

「ねえ桜乃、私にはね夢があるの」

「夢ですか?」

「うん…鬼と人がね、仲良くする夢」

 

衝撃だった。世間一般の鬼の認識など"人を喰う化物"それ以上でもそれ以下でもない。ましてやカナエは鬼殺隊最高位の柱だ、恨みはすれど仲良くするなど誰が想像出来ただろうか。

「桜乃はどう思う?」

 

鬼と仲良くするなど考えたことも無い。だがその考えを少しも理解出来ない訳では無かった。桜乃が憎んでいるのは師を奪った鬼だけだ。鬼は元々人間、理性を失い人を喰う。哀れだとさえ思っていた。

 

「正直分かりません、考えた事も無かったです」

「そう、そうよね…」

「でももしカナエさんやしのぶさん、私の大事な人達が鬼になったとしたら、私は頸を切れないと思います」

 

その答えにカナエは一瞬目を丸くした後嬉しそうに笑う。

 

「桜乃はやっぱり優しいわね~」

 

カナエに頭を優しく撫でられる。触れられているだけで心の底から安心出来る。失いたくないこの人を、守れるくらいに強くなろう。そう決意し桜乃はもう一度夜空を見上げる。

 

空に浮かぶ月は先程よりも輝いて見えた。

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