暗く、深く、誰もいない世界に私はいた。
体中は悲鳴を上げており、自分の体に限界が来ていることがすぐに理解出来た。どうして自分がこんなことになっているのかわからない。
先ほどまで誰かと戦っていたような気もしたが、その名前すら思い出すことはできなかった。
ナサレ、ねぇナサレ。
耳元には懐かしい声が聞こえた。それはまるで何百年と聞いていなかったかのように、本当に懐かしく、ずっと切望していた声であった。
ただ声が聞こえるだけなのに、まるで叶うはずのない夢が叶ったかのような嬉しさが胸からこみ上げる。だがこれが夢であることに変わりはないのだろう。
私の目には何も映らない、だからこそ何も見ることが出来ないのだから。
ただ目を開く作業をここまで辛いと思ったことはない。だが私は開かなければならなかった。
そこには私の望む世界。私の望むものがあると信じられたから。
開いた目には強い光が映る。今まで目をつぶっていたからか、まばゆい光を眩しいと思いながら、ゆっくりと目を慣らしていく。
そしてその瞳には一人の女性が映るのだった。
「ねぇナサレ、起きて」
それは私のずっと望んでいたもの。
例え何百年という時が経とうと守り続ける。
そう誓った女性の姿だった。
◆◇◆◇
士はディケイドの姿に戻ると、タイムベントのカードが手に飛び込む。
だがもともと龍騎の力ではないカードだからか、もしくは士が使うべき種類のカードではないからか。それはスーッと姿を消していくのだった。
「まあ一度でも使えただけ運がよかったか」
「士、いま何をしたの……」
今起きた不可思議な出来事。そして先ほどまで崩壊していた建物が、まるで『初めから破壊されてなかった』かのように地響きが止めている。
その現実にティアナは思考が追い付かないのだ。
「それはこれからわかるさ。ほら、見てみろよ」
士は王が眠っていたカプセルを指さすと、それはまるで始めからこの場に存在しなかったかのように、ゆっくりと透明になり完全に消えていく。
そしてその代わりに小さな墓標がそこに現れるのだった。
「何で墓標が、それにこの名前は」
ティアナはその名前を見て、自らの目を疑った。
それもそのはずだ。先ほどまで戦っていたナサレの名前と、粒子になり消えていった王の名前がそこに彫られているのだから、驚かない方が無理な話である。
「さっきのカードはタイムベントって言って、まあ簡単にいえば過去に行く力だ。それにあいつを過去に帰す前に、五百年前にこの世界で流行った伝染病の特効薬と、現代医療の知識が入ったディスクを渡しておいた。まあ元から小さい国だ。崩壊は免れなかったらしいが、それでも人は人として死んでいけたんだろうな。そしてこれだ」
士は墓標に立ててある拳ほどのカプセルを手に取ると、それをティアナに渡す。
それは見間違いようもない、先ほど王と一緒に消えていったロストロギアにほかならなかった。
そこには小さな手紙が添えられており、『恩人である士様とティアナ様へ』と書かれていた。
「あいつには守りたいものがあった。だからこそティアナの気持ちもわかったんだろうな。まあそうでなくても、王が真っ当に生きられたんだから当然の報酬だな」
「それじゃあ、これでみんなは」
ティアナはあまりにもうまくいきすぎた現実に、未だに焦点を合わせられずにいた。そんな呆けているティアナから視線を外すと、士はそのまま背を向けた。
「お前はこの最深部に入る前に、どうして俺がここまでしてくれるかって聞いたよな」
「……え、ええ。今だって信じられないわ」
「俺はな、今までいろいろな世界を旅してきた。そこには人の心の行き違い、愛する者を失ったもの、愛するもののために散っていったもの、愛する者を守るために一人孤独の世界にいることを選んだもの、いろんな奴らがいた。だからたまにはって思ったんだよ」
「……何を思ったの?」
ティアナがそう言うと、士は変身を解除する。そして少し恥ずかしがるようにして、頭をクシャクシャと掻いた。
「少し青臭いかもしれないが、皆が笑って終われるハッピーエンドが見てみたいってな。おら、まだ終わりじゃなんだ早くいくぞ!」
士はティアナの背中をドンと叩くと、ようやくティアナにもそれが照れ隠しだとわかったようで、急に笑い声をあげた。
それは笑顔と同様に、この数年間ずっと忘れていた楽しいという感情の表れであった。