レイジングミラージュ 【終わりなき蜃気楼】   作:白翼

12 / 14
右に行くもの 左に行くもの2

「うふふ、管理局の言いつけをすっぽかしたのって初めてかもしれない」

 

 執務官という立ち位置であるティアナを知っている人物が今の彼女の言葉を聞いたら、二つの意味で戸惑いを見せるであろう。

 

 一つ目の理由は、たとえ改竄され歴史における表彰式であれ、それをすっぽかすことはあまりほめられたことではないということ。

 

 そしてもう一つの理由は、機動六課解体後のティアナが自分の立ち位置が少しでも悪くなるようなことをするとは思わなかったからだ。

 

 それは元機動六課のメンバーも同じことだ。彼女が特権行使のためにひたすらに高い地位を目指していき、上層部にいい顔をしているのは、誰しもが心に思っていたことだ。

 

 だがそんな彼女の言葉を聞いても、動じない男がここに一人いた。その人物の名前はいうまでもないであろう。

 

「ったく、あんまり暴れるな。振り落とされても知らないぞ」

 

 そうぼやく士ではあったが、その声に怒りのトーンは混ざっていない。それもそのはずだ。ミラー越しに映る、まるで子供のように無邪気に笑っているティアナの顔を見ているのだから。

 

 こんな笑顔をされてしまったら、きっと誰にだって怒ることはできないであろう。

 

 士とティアナ、そして魔力の蓄積が残っているマッハキャリバーは、未だに管理局に返還していないバイクに乗り、ひたすらに道路を走り続けていた。

 

 何の予定も立てずに写真館から出発をして早一時間。とりあえずは管理局の目から離れようと、二人は郊外に向かおうと考えていた。

 

 ティアナはひとしきり笑い声をあげると、士が本気で怒ってないことを理解しつつも、謝罪の声をあげるのだった。

 

「ふふ、ごめんね。でもこんな開放感本当に久しぶりだったから」

 

「それはわかってる。そんなご機嫌な格好してればな」

 

「うっ、それはあまり言わないでよ」

 

 そう言ってティアナは風にたなびくロングスカートをギュっと抑えつける。だが士がティアナを格好を見てそう感想を漏らすのも仕方がないであろう。

 

 士が今まで見てきたティアナの服は、執務官のスーツか、真っ黒のバリアジャケットのみ。だが、今のティアナは洋服とドレスの中間のような、フワフワと柔らかいイメージが伝わってくる白の服を着ているのだ。

 

 ティアナ自身、この服を着た後にしばしの後悔をしているのだから、それは士に言わることではなかった。

 

「ねえ、士。この服買ってもらっちゃったけど、お金の方は本当にいいの?」

 

「いいに決まってるだろ。遺跡を見つけたとか何とかで金一封を貰ってみれば、俺の知ってる現金とは全く違ったんだ。この次の世界に行って役に立たないものなら、荷物にならないように使っていくだけだ」

 

 これで少しはツケが払えると思っていた士は、ヘルメット越しでありながらも髪の毛を掻くようなポーズをする。

 

 士はどうにもうまくいかないものだと内心苛立ちを覚えているが、その時ティアナは焦りを感じていた。

 

 それは士が先ほど言った言葉。この次の世界に行ってもという言葉に他ならなかった。

 

「……そうよね。また別の世界に行っちゃう士には役に立たないものね」

 

 ティアナはミラー越しに顔が映らないようにと、士の背中に顔を埋める。そしてその瞳をギュっと閉じるのだった。

 

 ティアナは自らの感情に戸惑っていた。兄を失った時には悲しみがあった。陸士の学校を卒業する時には寂しさと同時に未来への希望に満ちあふれていた。そしてなのはを失った機動六課解体後には、消えぬ幻を掴むためにただ走り続けていた。

 

 あまり嬉しいことではないと思っていても、ティアナ自身様々な別れを今までに経験してる。だからこそ理解できなかったのだ。士との別れを意識する度に、胸に強く突き刺さるその痛みに。

 

 だがそれは仕方のないことかもしれない。ティアナは兄を失ってから、執務官になるために、そしてなのはを助けるために、一般的に言われる『青春』というものを一度も体験していない。

 

 だから彼女は自らの心に答えを出すことが出来なかったのだ。

 

「おい、いくら後ろに乗ってるだけだからって居眠りするな。本気で振り落とされるぞ」

 

 士はティアナの想いなど露知らず、本気で睡魔が襲いかかっているのかと勘違いする。

 

 なのはを助けるロストロギアの回収まで、その体を行使し続けていたティアナだ。その心配は確かに間違いではないが、大外れもいいところである。

 

 そんな士の言葉を聞いたもう一つの存在は、電子音でありながらも少し間を取りながら声を上げるのだった。

 

『士、ティアナ…………わかりました予定変更です』

 

 バイクに刺さっているマッハキャリバーが電子音を上げると、そのままタイヤの先には青のレール『ウイングロード』が引かれる。マッハキャリバーはさらにハンドルのコントロールを奪うと、そのまま空に駆け出していくのだった。

 

「お、おい、なにしてるんだ」

 

「そうよマッハキャリバー、市街地での飛行魔法は許可がないと―――」

 

『二人が悪いんです。デバイスの私にわかるというのに、貴方たちときたら』

 

 声のトーンは変わっていないはずなのに、その何とも言えない圧力に二人は押し黙ってしまう。そして自ら作り出したレールから街中に降りると、ピタリとコインパーキングにバイクは止まるのだった。

 

『士。この世界のお金はまだ使い切ってないですよね』

 

「ああ、まあ服を一着買っただけだからな」

 

『だったら今から使い切ってきなさい。どうせ荷物になるだけでしょう』

 

「何でそんなことお前に言われなくちゃ―――」

 

 いけないんだ。そう士が声をあげようとした瞬間に、マッハキャリバーはいきなりウイリーをし、二人を振り下ろす。突然の出来事に何の反応も出来ずに、二人は尻もちをついてしまうが、その瞬間にマッハキャリバーはバイクに命令を告げるのだった。

 

『夏美直伝。笑いのツボ』

 

 突然ハンドルが動き出すと、ハンドルのブレーキ部分の突起が士の首にぶつかる。その瞬間に、いつも無愛想な顔をしている士の顔に満面の笑みが走るのだった。

 

「あっはっはっはっは、ど、どうしてお前が、あっはっは、それ、あっはっは」

 

 強制的に笑いを強いられている士が、苦しみながらも抗議の声を上げる。だが悲しいかな、いくら言葉を強くしても、今の士にはひとかけらすら恐ろしさがなかった。

 

 そんな士の状態をどうしたのかとティアナは見るが、次の瞬間何かを理解したかのようにポンと手を叩く。

 

「ああ、それって昨日夏美さんが言ってたやつよね」

 

『ええ、もしもの時と思って聞いておいたのですが、まさかこんなに早く使うことになるとわ』

 

「へぇー、本当にそんなツボってあるのねー」

 

「お、お前ら、はっはっは、そんな呑気にはっはっは、なしてないで、さっさと何とかしろっはっはっはっは」

 

『仕方ないですね』

 

 マッハキャリバーは逆方向にハンドルを捻ると、再び士の首にブレーキの突起をぶつける。そうすると士はようやく笑い地獄から解放され、ゼェゼェと肺にいっぱいの酸素を取り込むのだった。

 

『どちらにしても私がいなければ写真館には帰れませんよ。ほら、早く行ってきてください』

 

「ちっ、何だかよくわからないけど……しょうがねえな」

 

 士は心の底から面倒くさそうに立ち上がると、そのまま人ごみのあるほうに歩きだしていく。ティアナはそんな士に置いていかれないようにと、すぐにでも立ち上がろうとする。だがそんな彼女を見て、マッハキャリバーは小さく電子音を上げるのだった。

 

『ティアナ。どうか後悔のないように』

 

「えっ、どういうことマッハキャリバー」

 

『…………』

 

 ティアナはそう問いかけるが、マッハキャリバーはそのまま待機モードに入ってしまい、その続きは話してくれなかった。

 

 ティアナはこれ以上は答えてくれないと早々に割り切ると、少し汚れてしまった服をパンパンと叩き、士を見失わないようにとそのまま彼の背中を追いかけるのだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。