その黒い男の目には二人の人間が見えていた。一人は自分のように全身が装甲で覆われている男。そしてもう一人は、男がいた城に潜入しようとしていた賊の機械に登録さていた人間。黒い男の居場所に潜入するように命令している女である。
男は二丁のキャノンを構えると超スピードで距離を詰める。狙いはただ一人、管理局執務官のティアナである。
まず一撃目に放たれたのは、目を覆うほどの魔力の弾幕。その魔弾の一つ一つがティアナのそれの倍以上の大きさがあり、それだけでその弾の威力がどれほどのものか、ティアナにも士にも理解出来た。
「ぐっ、ファントムブレイザアァァァァァァァ!」
「馬鹿よせ!」
ティアナはとっさの判断で、詠唱の終了したファントムブレイザーを黒い男に向かって放つ。
確かに突如襲われたものの判断としてティアナの動きは素晴らしいものだった。だがそれはあくまで一般の魔術師ならの話だ。ティアナはこの時点で執務官の資格を持っており、その行動はあまりにも軽率だった。
ティアナのファントムブレイザーで、なんとか敵の弾丸を相殺することができた。
だがその代償に辺りは粉塵により覆い隠されてしまい、士は隣にいるはずのティアナすら目視できない状態になってしまった。
あの状況での正解は、第一攻防のように互いの銃弾で相手の銃弾を的確に落としていくこと。だが今のティアナは頭に血が上っており、さらにまだ士を敵視していることが重なり、自分一人の力で何とかしようとしてしまったのだ。
「ちっ、いい加減わかれってんだよ」
士はホルダーに手を伸ばすと、一枚のカードを取り出す。この粉塵に包まれた状態で使えるのは一枚。これなら流れ弾を当てることはほぼ皆無である。
『カメンライド クウガ』
さらに士はもう一枚カードを取り出すと、それをベルトに差し込んだ。
『フォームライド クウガ ペガサス』
仮面ライダークウガになった士はすぐに緑色のクウガに姿を変える。この粉塵の中で出来ることはただ一つ。自分の目で追うのではなく、ペガサスフォームで感覚神経を極限まで高めることだ。
「(この息遣いはあの女。そしたらこのめちゃくちゃなスピードで移動してるのが……)」
士は、常人の目には何一つ景色の変わっていない位置に狙いをつける。そして勢いよくトリガーを引いた。
「そこだ!」
ペガサスボウガンから放たれた光が何者かにぶつかる。その対象は見るまでもなく、ペガサスの超感覚ですでに士は理解していた。
だが粉塵がだんだんと薄れていくと同時に、それは成功であり、失敗であることに気づかされるのだった。
成功であること。しっかりと相手の位置をはじき出し攻撃を当てたこと。失敗であること、確かに攻撃は相手に届いた。だが目の前に拡がる不可視な壁にその攻撃が止められてしまったということ。
「なんて強硬な防御魔法。こんな強度なのはさんだって……」
「おいおい、なんだよあれは。確かお前もあんな感じのやつ使ってたよな」
「確かにあれは私の使っていたプロテクションと同じ種類。だけど魔力密度が違いすぎる。あれじゃ普通の攻撃じゃまず貫通が出来ない」
「殴るのにも一苦労ってか、いろいろ面倒な世界だな」
士はペガサスフォームの限界時間を感じ、もとのディケイドの姿に戻る。士の予定では、ペガサスフォームの一撃で足の一つは傷つけられただろうと思っていた。
しかしそれもうまくいかず、どう攻め込んだらいいかと、考えを巡らせていた。だが隣にいたティアナは違った。
あれほどのスピード、威力は必殺とはいかなくとも連射の利く武器、そしてあの強硬なバリアを見ても、なおそのまま真っ直ぐ敵に向かっていくのだった。
「おい、何をする気だ!」
「あいつを倒すのよ!誰にも邪魔はさせない。私は、私は」
ティアナの危機迫る顔、昔からティアナを知ってるものでも、こんな姿の彼女を見たことはないだろう。そうただ一度を除いて。
なのはの教えを破り、ただ強さだけを求めたあの摸擬戦の時以外は。
すでにティアナには誰の声も届いていない。射撃主体であるはずのティアナは、わざわざ自分から距離を詰め、そしてダガーモードで相手に斬りかかる。
だがその攻撃は強硬なプロテクションに止められることもなく、相手の超スピードにより、あっさりとかわされてしまった。
あまりにも稚拙な攻防に、黒い男は溜息を一度つく。そこまでの余裕を持って自らの左腕をティアナに向けて放った。
「イ、イヤアァァァァァァ」
今さらになって恐怖が感覚についてきたのか、ティアナは叫び声をあげる。だがその左手は止まることなく、矢が放たれるようなスピードで、彼女の体を貫いていった。
グチャリと肉に刃物が刺さる音がし、その場に血が拡がっていく。だがそんな光景を見たからこそ、ティアナは不思議でしょうがなかったのだ。
なぜこんなにも血が出ているのに、自分は無傷なのだろうと。
だがそれはするだけ無意味な問答だった。ティアナが傷を負っていないのなら、その代わりに誰かが傷を負ったということなのだから。
ティアナの目には赤い世界と同時に青い世界が広がっていた。それはずっと隣で自分のことを見てきたくれた。かけがえのない――
「スバル!スバルどうして!」
腹部を貫かれたスバルは、その場に崩れるようにして膝をついてしまう。それを抱えるようにして、ティアナもまたその場に座り込んだ。
「スバル!ねぇ、返事をしてよスバル!」
「へへ、大丈夫だよティア。それよりティアが無事でよかった」
「何言ってるのよ!そんなことより自分の心配をしなさい」
ティアナは先ほどの頭に血が昇っている状況とは真逆に、完全に血の気が引いていた。だからこそ何も考えることができずに、ただ泣きじゃくることしか出来なかった。
だがその涙を、スバルは残りの全ての力を振り絞り優しく拭っていた。
「大丈夫だよティア、私の体は普通の人より頑丈だからさ。それより私はティアの方が心配だよ」
「私の方が心配って……」
「今のティアは焦り過ぎてる。私達が無茶した摸擬戦の時に、なのはさんが言ってたじゃない。ただ力を誇示するだけじゃ駄目だって。練習のときだけ言うこと聞いてるふりじゃ駄目だって」
スバルの話しているのはまだティアナが機動六課にいた時の話。自分には何の才能もなく強くなっている実感が持てないティアナが、ただ強くなりたいとがむしゃらに努力していた時期。
ただその努力は間違った方向にいってしまい、それをなのはに正されたのだ。
あの時のことを思い出して、ティアナ頬にはスッと涙が流れ落ちる。ようやくなのはの教え子として胸を張れると思っていた。
だが自分があの頃と全く変わっていないことに、今さらになって気付かされたからだ。
「スバル……、私あなたにもずっと迷惑かけ続けて」
「迷惑だなんて思ってないよ。だって私達はコンビなんだから。一人が辛い思いをしてたら、助ける当たり前だよ」
「……スバル」
「本当に私の方は大丈夫――ぐっ」
スバルはティアナを窘めた笑顔から急激にその顔を歪ませていく。傷が深まったのかとティアナはスバルの体を見るが、先ほどより傷が悪化したということはない。ただそれは目に見える外傷であり、スバルの内部で何が起こっているのかは誰にもわからなかった。
そう、その攻撃をした黒い男以外には。
『そうか、お前は私と同じ機械の体を持つものか』
電子音でありながらも人間的な喋り方をする黒い男。その男は黒の翼を展開すると、ティアナに背を向けた。
「あんた待ちなさい。なんでスバルの体のことを」
『私の左腕を受けた結果、その状態になるのならすぐにわかるさ。研究の末に作られた最悪の殺戮兵器、それが私の左腕だ』
黒い男はそう言い残すと、超スピードでその場から離脱していってしまう。そしてまるでタイミングを見計らったかのように、スバルの目は赤く深い色に変化していくのだった。