「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
スバルは悲痛な声をあげながら、全力でティアナを突き飛ばす。だがそれも虚しい抵抗であった。
スバルは自分の意思に関係なく、相棒であるマッハキャリバーに命令を下した。
「セットアップ」
ティアナの時と同様、青い光に包まれたスバルの体は、一瞬にしてその服装を変える。だが変わったのは外見だけであり、暴走を始めたスバルの状況は何一つ変わっていなかった。
「スバル、どうしたのスバル!」
明らかな殺意を向ける相棒の姿に、ティアナは戸惑った。だがその彼女を落ち着けるように、終始成り行きを見ていた士はポンと肩を叩いた。
「こんなことは今まであったのか」
「あるわけないじゃない。確かにスバルは一度暴走したことがあったけど、それはあくまで自分の意志で暴走した。あんな姿にはなってないわ」
「なら覚悟を決めろ。すぐにでも来るぞ!」
士がそう声をかけると同時に、スバルは猛スピードで二人に仕掛ける。先ほどの黒い男で、速いスピードを見慣れたと士は思っていた。
だが黒い男はあくまで超高速低空飛行であり、今目の前のスバルは、陸戦に特化した超スピード。地上戦においてどちらが厄介かと言われれば、その答えは明白であろう。
「ウオォォォォォォォォォ!」
何の躊躇もなく放たれた拳を何とか二人は回避する。だがその拳の振り抜きを反動にし、すぐにスバルは二人から距離をとり、青いレール『ウイングロード』によって、空に離脱した。
「ちょこまか動きやがって。だったら叩き落とすまでだ」
士は二枚のカードを取り出すと、それを一枚ずつベルトに挿入する。
『カメンライド キバ フォームライド キバドッガ』
士はキバに姿を変えると、突如として手に現れたハンマーに両手を添える。
「やめなさい!あれはスバルなのよ!」
「だとしても、このまま放っておくわけにはいかないだろうが!しばらくあいつには黙ってもらうぞ」
高速であり、真っ直ぐに突き進んでくるスバルに、士はハンマーを振り下ろす。だがウイングロードは、士の動きに反応し、すぐにその青きレールの進路を変えるのだった。
「ちっ、早くて空を飛べるだけでもやっかなくせに、小回りも効くのか」
「スバルお願い止まって!」
士がスバルを引き留めているうちに、ティアナの周りには二桁にも及ぶ魔弾が浮かび上がっていた。
ティアナはそれを同時に放つと、まるでその魔弾の一つ一つに意思があるかのように、散り散りに動き出すのだった。
だがスバルはウイングロードのレールを捻じると、スピードを頼りにそれをかわす。そして自分に飛んでくる数発だけを器用に叩き落としていくのだった。
相棒に向けて攻撃を放つという罪悪感があったにしても、まさか全ていなされるとは思っていなかったティアナ。だが士はその不可思議な弾道を見て、光明を浮かべるのだった。
「オレンジ頭、俺の言ったところにさっきの弾を撃ち込め」
「オレンジ頭じゃなくて、私はティアナ・ランスターよ!それに何であんたに協力しなくちゃいけないのよ」
「言ってる場合か、あいつを止めないと写真館が吹っ飛んじまう。お前だって、奴を止めなくちゃいけないんだろ!」
士の言葉にハッとし、ティアナはスバルの姿を見る。スバルの正気を失っている姿。
確かにティアナはゆりかご事件以来、なのは救うことに全てを注いできた。だがそのために仲間を、大切な相棒を蔑ろにするなんて、彼女には出来るはずもなかった。
「……どうしたらいい」
「ちょっと耳かせ」
士がその場で口早に話すと、すぐにティアナはそれを理解する。そして先ほどよりもさらに多くの魔弾を周りに生成すると、スバルに目を向けた。
「スバルがギンガさんを止めたように……非殺傷設定の魔力ダメージなら」
ティアナの意思に従い、二十近くの魔弾がスバルに向かっていく。先ほどよりも単調な動きをしているその魔弾を見て、スバルは最適なルートにレールを曲げる。そしてその魔弾は一発たりともスバルにとどくことはなかった。
それは先の述べたように、スバルが的確なルートをとったからであり、それ故に士はそこで待ち構えることができたのだ。
先ほど口にしたのは全てがブラフ。そしてティアナの魔弾が当たらないのは必然なのだ。わざわざ当たらないルートを残しておき、スバルの動きを縫いつけることが、彼女の目的なのだから。
「これなら外しようがないぞ!」
士は再びドッガハンマーをスバルに振りかざす。この流れは二人の狙い通りであり、今さらどのようにレールを捻じろうとも、避けようのない攻撃である。
だが士は知らなかったのだ、そしてティアナは動揺のあまり、そんなことにも頭が回らなかったのだ。
「ウオォォォォォォォォォ!」
スバルは避けることなく、そのドッガハンマーに向かい拳を放つ。すると圧倒的威力と、重量を持っているドッガハンマーはいとも簡単に止められてしまうのだった。
だがそれだけならまだ救いはあった。こともあろうに、スバルはそのドッガハンマーを力だけで押し返したのだ。
「ちっ、無茶苦茶だな。魔法ってやつは!」
士は現状の歯がゆさに悪態をつく。だがスバルの攻撃はここからが本領であった。
「ディバイィィィィィン――バスタアァァァァァ!」
叫びと共に放たれた蒼き閃光。ティアナとの戦闘により、呪文の詠唱の前兆というものを感じ取っていた士は、ドッガハンマーを手から離すと、ギリギリのところでそれを回避する。
だが士の後ろにいたティアナは、その動きに反応しきれず、棒立ちのままでいた。
『プロテクション』
そんなマスターの代わりに、レイジングミラージュは先ほどのように電子音を上げる。
だがそれは先の戦闘の焼き回し、いや威力が高い分さらに悲惨な結果になってしまった。
「キャアァァァァァァァァ」
直撃は避けたにしても、抑えきれなかった魔力が容易にティアナの体を吹き飛ばす。そのままティアナは受け身を取ることもなく、木に叩きつけられてしまった。
「おい、大丈夫か!」
ドッカが破壊され、通常のディケイドに戻った士はすぐに安否の確認をする。しかしティアナはなかなかその場から起き上がらなかった。それほど今のダメージが深いのかと、士の脳裏を不安が過る。
それは半分が当りで、半分が外れであった。
確かにダメージは深かった。だがそれは身体的なものではなく、精神的なものである。ずっと自分の隣を歩いて来てくれた相棒が自分に攻撃してくるなど、彼女は今の瞬間まで一欠けらも考えたことがなかった。
だからこそ、初めて降りかかる現実がティアナには信じられなかったのだ。
だがそんなティアナのメンタル面を気にしている余裕は、今の士にはない。どちらにしてもここでやられてしまったら、全てが終わってしまうのだから。
「おい、どうしたらいい」
「わからない、私だってこんなスバル初めてで」
黒い男に目の前で相棒を傷つけられたこと、そしてその相棒が自分に攻撃を仕掛けてくること。その二つの現実にティアナは正常な試行を行うことで出来なくなっていた。
士は早々にティアナから助言をもらうことを諦めると、一枚のカードを構える。だがその瞬間に背後にいたティアナは駆け出す。
その行動ははたから見たら士を助けるため、だが本心は違っていた。
すでに攻撃態勢に入っていたスバルの拳をティアナはダガーモードの二刀流で無理やり抑え込んだのだ。
「スバル止まって、お願い、お願いよ!」
「ハアァァァァァァァァァ!」
すでに誰の声も耳に届いていないのか、スバルは苦しむ様な叫び声しかあげない。
そして始めは拮抗しているように見えた二人の魔力衝突だが、所詮は攻撃重視のフロントアタッカーとチームをまとめるマルチタクスであるセンターガードとのぶつかり合い。
徐々にティアナはスバルの魔力に押され始めてしまい、ジリジリと後ろに下がり始めていた。
「スバル、目を覚まして。ねぇ、スバル!」
ティアナは何度もスバルに声をかけるが、一向に彼女から返事はない。本当にただの戦うだけの機械になってしまったのか、そんな嫌な予感が頭を過りかけた瞬間。ティアナの頭には確かに聞こえたのだ。スバルの声が。
「(ティア、聞こえるティア)」
「(スバル、そうかこれは念話)」
ティアナの声にスバルは声をあげることができなかった。だがその心には確かに届いていたのだ。だからこそスバルは心の声を彼女にかけることができたのだ。
「(スバル、一体どうしたの、あいつに何をされたの)」
「(何をされたかはわからないんだけどね。でも一つだけわかることがあるんだ。ねぇ、士さんにも私の声は届いてますよね)」
魔力が欠片もない士に、一か八かスバルは同時に念話を送っていた。少しスバルは心配そうに声を上げたが、コクンと頷く士の姿を見て、ホッと一息ついた。
「(だったら話は早いです。二人にお願いがあるんです)」
「(なに、何をすればいいのスバル)」
何とかしてスバルを元に戻そうと、ティアナはその答えを急かす。だがティアナの望む答えを出してあげることが出来ないことを、スバルはわかっていた。
だからこそ、出来るだけ明るく、屈託ない笑顔で声を上げるのだった。
「(このままだと私、みんなを傷つけちゃうから。だから私を止めてください。……例えその結果私の体がどうなろうと構わないので)」
その言葉を聞いた瞬間に、ティアナの足から力が抜ける。だが後ろから士が支えると、何とか体勢を維持し続けることができた。
「(なに言ってるのよスバル!そんなこと出来るわけ――)」
「(お願いやってティア!)」
「(ス、スバル)」
「(もう自我を保てそうにない。この念話だってもう持たない。だから早く、お願い、私を止めて)」
「(そんな、そんなのって……)」
そこでスバルの念話はプツリと切れてしまう。そして意識が精神の世界から戻り、ティアナは現実にいるスバルの姿を見た。凶暴な赤い目をしながらも。拳を相棒であるティアナに放ちながらも。スバルは泣いていたのだ。
いま自分のしていることが辛くて、悲しくて。
魔力衝突の末にティアナは何とかスバルを弾き飛ばすと、少し距離をとりスバルは拳を中段に構え直す。
そしてマッハキャリバーは禁断の電子音をあげた。
『ACSスタンバイ』
その言葉に呼応して、スバルのローラーブレードから青い翼が展開される。このモードになったということは完全に相手を倒しにかかるということ。
つまり完全に自我が奪われてしまったということに他ならなかった。
そして変化が起きたのは何もスバルだけではない。裏庭の周りは、いつの間にか杖を持った軍人たちに取り囲まれており、その狙いをスバルにつけていた。
「時空管理局、どうしてここに」
「そりゃ俺達のことも含めて、あれだけドンパチやれば誰だって気づくだろうよ。おい、お前はあいつを止めてやらないのか」
「そんなこと出来るはずないじゃない!」
「……そうか。なら俺が止めるぞ、あいつに頼まれたのはお前だけじゃないからな」
「なっ!」
士は一枚のカードを取り出すと、それをベルトに差し込む。そして自らの姿を変えていった。
「やめて、スバルはあの男のせいで暴れているだけなのよ」
「わかってる。わかっているからこそ、わかっている俺達がやるべきなんだよ」
士はもう一枚のカードを取り出すと、再びそれをベルトに差し込む。
アタックライドという電子音と共に士は走りだすと、次の瞬間、スバルの背後に回り込むのだった。
「少し痛いが勘弁しろ」
「(はい、ありがとうございます)」
『ファイナルアタックライド』
その電子音と共に放たれた鋭い蹴りがスバルに直撃する。その蹴りの威力は凄まじく、それを受けた対象は衝撃を受け止めきれずに爆音をあげた。
その爆発は小さな嵐となり、辺り一面を覆い隠していく。だがその煙が徐々に晴れていくと、そこには一人の人間しかいなかった。
その人間は変身を解いた士であり、その周りにバラバラになっている機械は……。
「そんな、スバル。いや、イヤアァァァァァァァァ!」
今ある現実を理解出来ず、いや納得したくないとティアナは叫び続けた。
きっと何かあったはずだ。スバルを救う方法が何かあったはずだ。だけどこの男はスバルを殺した。
そんな憎悪が上がりかけた瞬間、ティアナは自分自身を否定した。
「……でも違う」
この男は私の背負うはずだった罪を背負ってくれたのだ。本当は私がスバルを、スバルを……。
もうすでにティアナの叫びは声になっていなかった。
ただ涙を流すために作られた機械のように、その涙が枯れ果てるまで、その場で泣き続けることしか、今の彼女には出来ないのだから。