「がっ、はっ」
ティアナはスターライトブレイカーを打ち終えると、その場で膝をつく。いくらスターライトブレイカーが辺りに散らばっている魔力のデブリをかき集め放たれるものであっても、ティアナの魔力が底を尽きていることには変わりはない。
それでも魔術を詠唱し、行使できたのはティアナの努力という名の絶え間ない鍛練であり。そして――。
士はパンパンと手を叩くと、持っていたレイジングミラージュをティアナの手に返す。ティアナはそれを受け取ると、何年ぶりであろうか、心の底から本当の笑顔を士に向けた。
「ありがとう士。もしあなたとそのカードの力がなかったら、最後の一発は決まらなかったはず」
「はっ、そんなことはないだろう。ただこの作戦は失敗できないからな、お前一人でも出来ただろうが万全を期しただけだ」
「……ふふ、じゃあそういうことにしとこうかしら。でもまだ終わりじゃない」
ティアナはもう一度士の肩を借りると、再び起き上がる。まだティアナはここで倒れるわけにはいかなのだ。どんな傷でも病でも直すことのできるロストロギア、それを回収しないことにはどんなことをしても終わりはしない。
「さて、そのロストロギアはどこにあるんだかな」
士は疲弊し切っているティアナの代わりにあちこち目配せをするが、一向にそれらしいものが見つからない。
それもそのはずであり、ここはとんでもなく広い部屋でありながら人が隠れるスペースが何もない部屋。そして二人は同時に気づくのだった。もし何かを隠してあるとすれば、そんなところは一つしかないと。
二人はナサレが守ろうとしていた、王である女性が眠っているカプセルに近づく。そこまでくれば目を凝らす必要もない。彼女の横に添えられている人の拳ほどのカプセル、それがまさにロストロギアに間違いないのだから。
「これが……これでなのはさんもスバルも」
ティアナがカプセルの開閉スイッチに指を当てる。すぐにでもこのカプセルを開け、皆のところに戻らなければいけない。だがそう強い想いを心に抱いていたティアナの指がふと止まる。
それは彼女の思考を吹き飛ばすほどの叫び声が背後で起こったからだ。
『やめろ!それを開けるな!』
何の間違いだろうかとティアナは背後に目を向ける。そこには体の八割ほどを失ったナサレが、残った右腕で這いつくばるようにこちらに向かっていた。
確かにナサレはスターライトブレイカーの直撃を受けたが、それは完全ではなかったのだ。スターライトブレイカーは詠唱も行使にも成功はしていたが、結局のところ威力の底上げになるのは己の魔力。
ほぼ魔力が底に尽きているティアナと、もともと魔力を持たない士のスターライトブレイカーではそれも仕方のないことかもしれない。
だがそれで充分だった。もうすでにナサレには満足に動く力もなく、どちらにしろ勝敗は決していた。
「貴方には悪いと思うわ。でも、私にも譲れないものがあるのよ」
ティアナは迷うことなくカプセルの開閉スイッチを押す。すると相当ガタがきていたのか、そのカプセルは耳障りな金属音をあげゆっくりと開いていった。
『やめろ……やめてくれ』
ナサレが伸ばした手は二人に届くはずもなく、完全にカプセルの開ききる。
「これで……えっ!」
ティアナは何かの間違いかと自らの目をこする。だが彼女が見ているものは幻覚などではなく、確かに消えていってしまったのだ。
まるで砂が風に舞うかのように、王とロストロギアは小さな粒子へと変わっていってしまった。
「何で、何で、何で、何でよ。何よこれは!」
ティアナはその粒子をかき集めるかのように腕を動かすが、一人と一つの崩壊は止まることはなく、やがてそれは彼女の目から消えていってしまった。
その結末を見て、ナサレはすがる様にして突き出していた腕を地面に落した。
『やはり、駄目だったか……』
「何なのこれは、あんたこうなるってわかってたの!」
『こうなる可能性はあると思っていた。だがこうなってほしくないとずっと願っていた』
「……どういうことよ」
『私は五百年前、病に倒れた王を保存カプセルに入れた。その時点で王は息絶えていたが、それでも私は諦めずに研究を続けた。どうにかして王を蘇らそうと、それだけを思い、王国が崩壊した後も研究に没頭し続けた。だが我が国、我が世界の全てのエネルギーを使っても、瀕死状態までなら完全に回復させるもの。それしか作り出すことができなかったのだ。確かにそれは希代の大発明かもしれない。だが私の望むものは回復でなく、蘇生。そんな結果に何の興味もなかった』
「だったら何でそんな意味のないものを王のカプセルの中に」
『私だけが生き残り続け、三百年経ったあたりだ。もうすでに私は自我をほとんど失ってしまい、ありえない夢をみるようになった。どんな瀕死状態でも回復させる力なら、長い年月を王と共に過ごせば、神が奇跡を起こしてくれるのではないだろうかと。だが奇跡は起こらなかった、それは今見ての通りだ』
「そん……な……」
ナサレはもう既に言葉を放つことが辛く、ティアナはこの心境が辛すぎて言葉を放つことが出来なかった。
確かにロストロギアは存在していた。意識不明のなのはを回復させるものはここにあった。だがティアナに救いたい人がいるように、その力はすでにナサレの救いたい人物に使われていたのだ。
例えその行為が全く意味のないものだとしても、それは誰にも責められないことだった。
二人が意気消沈し、この広大な部屋が静寂に包まれる。そして全ての終りを伝える静けさだけがこの場に残った。
そして次の瞬間。建物の周りから大きな地鳴りがあがる。だがそれは当然の結果だ、地下の最深部で何の結界も施されていない中、スターライトブレイカーを放ったのだ。老朽化が著しい建物が耐えられるはずがないのだ。
バイクも破壊され、ティアナも動くことができない。それはナサレも同じで、互いが互いに生きる意味と意思を失い、脱出する気を起こさなかった。いや例えバイクがあったとしても、すでに崩壊が始まっている建物からは逃げられるはずもないのだ。
だが士は違った。そんな空気はまっぴらごめんだと荒々しくパンパンと手を叩いた。
「だいたいのことはわかった。だが一つ聞きたいことがある」
士は崩壊する建物など全く気にすることなく、倒れているナサレのすぐそばに近づいて行く。
『ふっ、トドメをさすか』
「さっき言ったろ。聞きたいことがあるって」
『こんな私から何を聞こうというんだ』
「なに簡単なことだ。お前はロストロギアを作り出し、この世界の奴らを敵に回して、そこまでして本当は何を望んでいたんだ」
士がそう質問すると、ナサレはスッと目を閉じる。そしてしばらく考え込むようなしぐさをするが、すぐに口を開いた。
『私は、もう一度王の笑顔が見たかった。今度彼女と出会えたら王と兵ではなく。一人の女と男として後悔なく愛し合いたい』
「ストレートで正直な答えだな。いいだろう、叶えてやるよお前の想いを」
『叶える……? 私の夢を? 何を言ってるんだ。お前は……、何なんだ?』
「そんなの決まってる。俺は通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ」
士は一枚のカードを取り出すと、それをベルトに差し込む。そして電子音があがると、まるで西洋甲冑の兜をかぶったかのような、赤いライダーに変わるのだった。
さらに士は、最深部に突入する前にティアナに見せたカードを取り出すと、それをベルトではなく、龍のバックルに差し込む。その瞬間に、いつもとは音質の違う電子音があがるのだった。
『タイムベント』
それは士が仮面ライダー龍騎の世界に行った際に、偶然紛れ込んでいた一枚のカード。士がいつも他のライダーの力を使うためのカードではない。それは龍騎の世界で使われている本物のカードだった。
本来、ディケイドの力は9つのライダーの力しか使えない。だが士にはこの『タイムベント』のカードを使うことができたのだ。
それは士自身が対話し認め合った仮面ライダー龍騎は城戸真司ではなく、辰巳シンジだからだ。
辰巳シンジは桃井殺害事件の際に、その真相を解くためにレンからタイムベントのカードを引き継ぎ、それを使用している。それが関係しているのであろう。この『タイムベント』のカードは、士の手に残り続けていた。
この世界に存在しない本物の龍騎の世界のカード。そして偽りながら、その力を使うことができるディケイドの力。
本来のタイムベントの力、それは時間そのものの逆行。そしてディケイドの世界でのタイムベントは、使用者及び、周囲のみのタイムスリップである。
だが本物のカードを、偽りのものが、別の世界で使うことにより、タイムベントは第三の力を発揮したのだ。
王が眠っていたケースがまるで鏡のように綺麗に輝くと、その中に人一人分の小さな渦が生まれた。
「出来すぎだな、時間旅行ぐらいは覚悟してたんだがな。……それじゃあ行ってこい。お前が望む世界にな」
士はナサレを持ち上げると、彼の手に一枚のディスクと小瓶を持たせ、そのまま時空の歪に投げ捨てるのだった。