いろいろ悩んだ末結局今の路線で続けていくことにしました
ただエネルになり切ろうとする本人の葛藤とか、そう言ったサブストーリーも加えていこうと考えています
それでは本編どうぞ
「……しかし、本当に屋内戦で良かったのか?これでは逃げ場が無いではないか、外ならば縦横無尽に駆け巡ることができたというのに」
「それはお互い様でしょ?それに、君から逃げ切れる気もしないしね、勝つにせよ負けるにせよ、どうせ決めるなら早い方がいい」
そう言いながら、戦闘訓練で使用した建物の4階の中央に位置する大部屋にて向かい合う二人。互いの距離は十数メートルといったところか、首をコキコキと鳴らして気怠そうに立ち尽くすエネルとは対照的に、入念に足腰関節の運動を行う尾白。
『尾白少年!エネル少年!準備はいいかな?』
オールマイトのアナウンスが部屋中に鳴り響く。いよいよかと、それぞれの度合いは異なるものの緊張が走る。
「かまわん」「大丈夫です」
『よし!それじゃあ試合前に最後のルール確認ね!
といっても単純明快だけど、先に地面に両膝両手をつくか、背中をつけて倒れた方の負けね、あとはリカバリーガールがいるからって互いにやりすぎないようにね!
それじゃあ試合開始の宣言まで!!―――3、2、1……』
指の隙間を閉じて、腕を正面でクロスさせるように構える尾白、右足を少し下げてかかとを浮かせて体勢を整える。対するエネルは少し重心を落として、構えというには少し奇妙であるのだが、右手を握りしめて猫の手のように丸めて斜め後ろ上空に構えながら、尾白を見つめる。
『――――――――ハジメッ!!』
その言葉を皮切りに、地を蹴り一気にエネルへと距離を詰める尾白。対するエネルはというと―――微笑。何をするきなのかは分からないが、まだ動かない。
「(あんな奇妙な姿勢から……カウンター狙いのアッパーか?)」
そうだとしてもおかしい、仮にアッパーだと仮定すれば約240度の弧を描く大振りの一撃。そんなものを食らうほど怠けてはいない。
そうして距離を詰めながら、おおよそ十メートルといったところだろうか。やっとエネルに変化が訪れる。
「まずは……この辺りからいってみるとするか」「――!!」
そう言いながらエネルが高く伸ばした拳を、肩関節を中心とした円弧を描くように振り下ろす。まだ距離としては遠すぎる。よもや当たるはずもないのだが―――――その軌道もおかしい。
「(なんだ……!?それでは地面にぶつかってしまうぞ!!)」
おおよそ、エネルが拳を振り終えるまでの一瞬であらゆる思考が尾白の頭を塗りつぶす。エネルが動けばある程度彼の動きの予測が付くと考えていたが、やはりわからない。もしや、拳を振り上げると同時に、地を蹴りこちらに急接近してくるつもりか?とも考えていたが、そんな姿勢ではない。言うなれば、はなから地面を殴ることを目的とした―――
「―――――まさかっ!?」
その疑問に対する答えは、直ぐに攻撃となって尾白に返ってきた。尾白がエネルの意図する所を察して、しかし生身の人間が可能なのかとも考えながら、自分の勘を信じてとっさに防御を行う。その判断は正しかったとも言えるし、だが結果的に言えば間違っていたのかもしれない。
地面が、破裂した。削り取ったと言ってもいい。尾白がガードをしたのと同じタイミングで、エネルの豪腕が地面に達する―――――直後、パァンというおおよそコンクリートを砕いたとは思えない破砕音が部屋中に鳴り響き、ガリガリと生身の拳で地面を削り取りながら、減速することなく最後まで拳を振り抜く。地面の一部に陥没ができ、分離したコンクリート片が、無数の小さな弾丸となって尾白を襲った。
「―――――――ッッッ!!!」
咄嗟にブレーキをかけて速度を落としたものの、やはり勢いを殺しきれず、コンクリート片そのものの速度と尾白の速度が合わさり、彼の身体に弾丸が深々と突き刺さる。道着―――もとい、コスチュームを着ていたために体の方は無事であるが、剥き出しの手や、ガードの隙間から覗く顔の一部に切り傷が入っていた。そして、
「―――――ヌンッッ!!!」
そのガードの隙を見逃さず足で頭部を横薙ぎするのだが、間一髪腰を落として前屈みになり、これを回避。ブォンと空を切る音が鳴り響いたあと、両者の隣に転がる粉末状のコンクリートや、微細な石が風に乗って舞い上がり、エネルの一撃の威力を物語っていた。それを横目に、もし当たっていたらなどと考えゾッとして息を飲むも、願ってもないチャンスが到来する。足を振り払い隙だらけの無防備な姿。
「ハァアッッッ!!!」「ムッ!?」
―――――ダンッ
「――――――――――尾白よ、その程度か?」
うそっ、だろ?なんで!?なんで効いてないんだ!?
驚愕、撃った本人が一番困惑していた。彼の渾身の一撃、武術と言っても色々あるが、今打ったのは単に相手の肉体を破壊するため、その足の踏み込みを起点として全身の関節で加速、そして右腕のバネを伸ばし彼の力を100%伝えた、いわば正拳突き。それも防御の弱い右脇腹に一発、外傷が見当たらないにしても、内出血や膝をついてもいいくらいの攻撃。だというのに、意にも返さない様子でこちらを見下ろすエネル。
「(―――――あっヤバッ!!)」
っと思考したときには遅かった。もしかしたら、エネルは強がっているだけなのでは?という疑問は本人の一撃によって完全に否定される。あまりにも意外な反応に呆気にとられてしまい、相手の一撃に対応できなかった尾白。なんとか腕を重ねて直撃は免れたものの、エネルの左足の蹴り上げにより全身がかちあげられる。
一説によると、脚力は腕力の優に6倍。彼の地面を削った豪腕による一撃、単純計算、その6倍の破壊力を持つ一撃が尾白を襲った。
「――――――――――ッッッカハッ!!ッッッふぅ、ふッ!」
「――――――ほぉ?」
だが、流石に尾白、素人のようにただ受けるだけではない、攻撃が当たる瞬間に全身を脱力、攻撃の威力を己を媒質として体外に分散、壁にぶつかる瞬間も両腕、そして尾による受け身を取りダメージを最小限に抑える。
「――――――ッハァ!は、ふぅ!エネル!何をした!!」
「ふむ、何とは?」
「とぼけないでくれ!君の体を僕は、たしかに壊したはずなんだ!」
そう、たしかに壊した。手応えを感じた。これがエネルの強靭な肉体によって彼の拳が阻まれ、手応え一つ無かったというのなら、単にエネルの肉体の勝利ということになる。しかし、そうではない。たしかに手に伝わってきた。筋肉によって弾かれることのない、肉体に拳の威力が伝わる感触が。
「――――――ふむ、武術家というのは素晴らしいな。見えていないのにそこまで分かるか、だが尾白よ」
「な、なんだ!」
――――――それを教えてやる道理がどこにある?
そう言ってまたもや尾白に急接近するエネル。背後は壁、ならば尾白は迎え撃つしかない。だが―――まずい、かなりまずい。エネルに先手を譲るというのは。何がまずいって、
身長266cm、対して尾白は169cm。身長差実に1メートル。どうあがいても覆せない。エネルは尾白の射程外から一方的に攻撃できる。であるからこそ先ほども尾白は、そのリーチを潰すためにゼロ距離での接近戦に持ち込もうと自分からエネルに近づいていったのだが、もう間に合わない、間もなくエネルの一撃が放たれる。その威力はもう目にした。食らってはダメだ。最悪受け流し、防御はいけない。ダメージを分散させたというのに、未だに腕が若干痺れている。
「(――――――いったい、どう来る!?)」
「――――――フンッ!!」
攻撃の予測を行う尾白に対してエネルが放ったのは、またも大振りのなぎ払い。今度は指と指を揃えて、腕を鞭のようにしならせて背後のコンクリートごと尾白を狙う。
「フッ!!」「ほぉ?」
なるほど、避けれなくは無い。どれもこれもが大振りの一撃。当たればまずいが当たらなければいい、というのが実践できるレベルの遅さ。
エネルの放つ一撃を眺めながら今度は冷静に地を蹴って空中に垂直跳びをして回避し、その尾白に対して感嘆の声を漏らすエネル。そしてその体勢のまま、尾白が空中で膝を折り曲げ、足のバネに力を貯めて―――
そういった魂胆でエネルの顔面に足を伸ばす尾白。エネルはそれを回避するそぶりも見せず、直撃。後ろに顔をのけぞらせて上体が後ろへ傾く。やはりこのときも尾白は確かな手応えを感じていた、これで無傷ならばいよいよ持ってわからない。さぁ、どうだ。
――――――ガシッ。
「なにッ!?うわ!」
足刀を放った足を折りたたむ前に、エネルがその足を左手で握る。当然重力に従い足を中心として振り子運動をしながら尾白がエネルの左手に垂れ下がる。
「――――――ふふ、中々に殺意が高いな?尾白よ」
そう言いながら逆さの状態の自分の顔を見下ろすエネル。後ろにのけぞった顔をゆっくり、ゆっくりと下ろして彼の切り裂かれている
―――見えてしまった。いや、確証は無いのだが、そういうことでは無いのだろうか?今、エネルの顔に走った一筋の線が消えていくように、電気がなぞったような―――
「フンッ!!」「―――ッッッ!!っとと!!」
ぼうっとしていると、エネルが彼を遠方の地面にそのまま叩きつけるように投げ飛ばす。当然彼も受け身をとり、とは言うもののダメージを殺しきれずよろけるのだが、それよりも聞かねばならないことが一つ。
「…エネル、
「―――ふふ、見えたかね?これが故に私は最強だと思っている節があるのだが、どう見えた?」
「……再生した」
それを聞いたエネルが口角を上げて笑みを作る。もうそれで答えを言ってしまっているようなものだが、彼自身が彼の個性についての答え合わせを行う。
「―――――正解だ」
「…なるほど、つまり、最初の一撃も何もくらってなかったように見えたけど…」
「ああ、たしかにお前の攻撃は私にダメージを与えたとも、
自動修復機能、なんだその小学生が考えたような能力はと、尾白は悪態をつきなから、彼に重ねて質問を行う。
「…ちなみに、制限は「ない」……は?」
「いや、あるのかもしれん。だが今のところこの能力に限界が訪れたことはない。例え腕が切断されようと、例え脳天をぶち抜かれようと、例え上半身と下半身が分断されようと、例え全身複雑骨折規模の攻撃を受けようと、さきほどお前に見せたように雷となって再生する。
「――――――――――――――」
尾白はもちろんのこと、別室にてこの試合を観戦していた他の面々も絶句。なるほど、それでは名乗ってもおかしくはない。"神"と。傲岸不遜なのではない、まさしく無敵。しかも、認めたくはないが、それってつまり―――――オールマイトが勝てないってことじゃ―――――
「さて、尾白よ」「ッッッ!!!」
「俺は改めてここでお前に問う」
「俺と続けるか?」
その一言が、試合開始前よりも重く彼にのしかかる。少しどころではない、舐めすぎていた。というよりも、
「こと物理に関しては一見無敵にも見える私、であるのに貴様に挑んだ理由はだ、尾白よ。―――――可能性を潰すため」
「か、かのうせい…?」
「あぁ、その通りだ。武術ならばもしかしたらいるかもしれないと考えたのだよ、例え物理攻撃だったとしても俺の予測もつかん方法でダメージを与えてくる輩がな。俺には分からんが、武術にはやはり気功とかそういうものが本当に実在するのか?まぁそんなことはどうでもいいか。要は、肉弾戦においても無敗であることの証明がしたかったのだ。俺は今まで肉体のトレーニングはしてきたが技術等は磨かなかったからな。そう、例えるなら、技なんて磨かなくても"レベルを上げて物理で殴ればいい"、というやつか?
ここで諦めてくれれば、俺がやはり依然として最強であるという一つの証明が行えるため、それはそれで構わないがな、ヤハハハハハ!!!」
屈辱、ここまでコケにされたことは初めてである。彼の個性、尻尾。これほど分かりやすい個性もそうそうないだろう。異形型の典型例。オールマイトのような超パワーでなければ、轟や爆豪といった派手な能力でも決してない。故に、彼の個性柄、必要なことは人一倍の肉体の鍛錬。常人並の努力では敗北する。ことあるごとに普通と呼ばれ、それを否定できず客観的に見て映える個性ではないと分かっていながらも、それでもヒーローを目指して人一倍、いや十倍の努力を積んできた。
ここに、努力の無価値を証明するために現れる強個性持ちが一人。
なるほど、たしかに強いな。完全物理耐性。相性最悪だ。一見、太刀打ちできなさそうに見える。彼も、もはや俺に可能性は見いだしていないのだろう。彼を落胆させたのか、それともここまで粘ったことを褒めているのかは分からない。どちらにせよ屈辱だ、なぜか?簡単だよ、だって彼の口ぶりからするにさ、彼、まだ決着ついてないのに、まるで武術に――――
「―――続行する」「―――――ほぅ」
―――――もう何も手立てが無いような言い方じゃ無いか。
「なにか、考えがあるのか?」
そう言って、興味深そうに尾白を見つめるエネル。こうしている内にも尾白に先ほど与えたダメージが回復していくのは分かっているが、敢えてここは少しくだらない会話にも興じてみる。俺の個性を見ておきながら、まだ何か策があるのなら受けてやろうではないか、と、余裕のエネル。
中々に返事を返さない尾白にじれったく感じているとようやく彼が口を開く。
「………あぁ、あるさ。策なら、とっておきのがね」
「ほう!それは素晴らしい、どんn「でもさ、エネル?」…む?」
ようやっと息を整えて、両手両足を構える尾白。エネルを見据えて彼らしくも無い不敵な笑みを浮かべながら、一言。
「仮にさ、策があったとして―――――
―――――それを君に教える道理ってある?」
「―――――――――ハハッ!!それも…そうだなぁッッ!!!」
その、挑発とも取れる尾白の言葉に対して暴力で返答をしようと地を駆け尾白に近づくエネル。
―――――あぁ、分かっているともやつには何かあるのだろう、俺にも予測のつかん何かが。だが、それを臆するほど、いや、臆してはならない。そもそもこれは
「―――――ハアッッ!!!」
およそ知性を感じさせない、エネルの上腕による叩き付け。彼の右腕に恐ろしいほどの血管が浮かび上がり、筋肉がパンプアップしていた。
「―――――フッ!!」
これに対して尾白、カウンターを入れるでもなく。ただこれを避けるだけ。横にずれた尾白の隣、コンマ数秒前に彼の立っていた場所に、小さなクレーターができる。それに息を飲みながらも、尾白はというと、エネルの攻撃後の隙もあっただろうに特に何もせずまた距離を取る。
「はは!!どうした尾白ッ!!何か策があるんじゃなかったのか!!?」
「だから!!言う道理はないって「それはもう聞き飽きたわッッッ!!!」
エネルが大声を上げながら止まることなく尾白に追撃を行う。今度は片膝を上げて、正面に蹴りを放つ。放つ瞬間の速度こそ恐ろしいものがあるが、やはりモーションはバレバレなようでまたもや最小限の動きで回避する。そして同様に攻撃を加えずに後ろへ下がる。
その後はこれの繰り返し、エネルの大振りの一撃に、余裕を持って躱す尾白。わざととも思えるほどのエネルの隙だらけの攻撃に、一切手出しをしない。当然、エネルも彼の行動になんらかの思惑があるであろうことは分かっていた。
そう、分かってはいた、が。
「…いい加減にしろよ、貴様。何か私に仕掛けるんじゃなかったのか?これではただの遅延行為ではないか」
「……エネル」
「…なんだ」
こめかみに血管を浮かび上がらせて怒りを隠そうともしないエネルに対して、やはりこの言葉を繰り返す。
「―――――君に教える道理はない」
「―――――――――そうか、くたばれ」
痺れを切らしたエネルが尾白に向かって突進を仕掛ける。先ほどまでのものよりもさらに大振りの、渾身の一撃が尾白に飛んでいく。当たればただでは済まないだろう俊足豪腕の一撃に対して―――尾白が笑みを浮かべる。―――――待っていた。これを待っていた。
「―――――ハァッ!!」「ヌッ!!?」
エネルが近づくと同時に、尾白もエネルに対して急接近して攻撃を仕掛ける。ここに来てようやく動きを見せる尾白に対して歓喜を隠せないエネル。
―――なるほど、なるほどッ!!俺の痺れを切らせた大雑把な一撃を狙っていたのか!!
この時、既に尾白の考えを察していたエネルであったが、しかしもはや彼に後退はあり得ない。今にも振り下ろさんとする握り拳を解いて下がることなどあり得ない。ならばこのまま突き破る。
「―――――ハァッッ!!!」
瞬間、部屋に鳴り響いたのは空気の破裂音。技術なんて無い、ただ力に任せて放つだけの正拳が、音の壁を突き破る。もはや常人の視認できる速度を超えた拳の弾丸が尾白の頭部へ飛んでいき―――
―――――ゴッ
直撃、直撃した。誰の目から見てもそう見えた。モニター越しに見ていたギャラリー達も、たった一人オールマイトを除いてそうとしか見れなかった。
違和感、当てたのに当たっていない。今度は尾白ではなく、エネルの拳が謎の違和感に包まれていた。しかも当てたというのに、
そのとき尾白の下げられていた両手に変化が生じる。
「(何をする気だッ!?)」
尾白が両腕の肘を折り曲げ、両の手を自身の胸元で重ね合わせる。指と指の間を閉じて指を揃え、右の手のひらをエネルに向け、右手の甲に左の手のひらを重ねる。そして、エネルの拳に撃ち抜かれて後ろを向いていた顔面が、ゆっくり、ゆっくりとエネルの腕に沿うようにして正面を向く。
「(―――――なるほど、こいつ、ぶつかる直前に顔を回転させたなッ)」
エネルの方を向く尾白の頬にはしる、拳の擦れた赤い跡。エネルの一撃がぶつかる瞬間、尾白はその拳の速度に合わせて首を90度回転させ、拳の勢いを逃していた。
そして、徐々に徐々に、尾白の手とエネルの身体が近づいていく。重ね合わせた拳の直線上にあるのは―――――エネルの心臓部。
「(こいつ、何を狙って―――――まさかッ!!)」
「ハァッッッ!!!」
「―――――――――――ッッッ!!!!―――――ッ!!」
瞬間、エネルを襲ったのは呼吸不全。エネルの速度と尾白の速度、そして腕による加速を伴い、エネルに放ったのは超強力な心臓マッサージ。エネルの体に傷をつけることなく、肉体を媒質として内部へ衝撃波を伝える。その波を阻害する障壁は何もなく、細胞から細胞へ伝っていく波は難なく心臓部まで到達。その後、炸裂に至る。肉体に一切の損傷無し、故に彼の個性は発動しない。身体が壊れたわけでは無い、心肺機能が正常に作動していないのだ。
危機を感じて一旦後ろへ下がるエネル―――――だが、そう簡単には動けない。距離は取るが、尾白は目と鼻の先。心停止を起こすほどの強い衝撃ではなかったが、過呼吸気味にエネルが心臓部を抑え、苦しそうな表情で尾白を睨みつける。
「―――――ハッ!ッッフ、ふぅッ!!き―――さ、ま。こ、これを―――――ねらッッ―――――」
「そんなこと言ってる暇あるのかなッッ!!!」
この機を逃せばもうチャンスは無い。これほどの尾白のアドバンテージがありながら、やっとこさ五分五分。しかも十秒にも満たないアタックチャンス。ここで決める、という確固たる意志を持ってエネルに牙を剥いて襲いかかる。
対するエネル。まずい、かなりまずい。が、焦るな、落ち着くのだ。相手の思惑の逆を考えろ、ここで焦ってしまっては奴の思うツボだ。まずは呼吸を整える。
そう言って、心臓に電気ショックを行いAEDの真似事をしようとするも―――――
「(―――――――――ダメだッ!!それでは、個性の意図的な使用となってしまうッッ!!このままやるしか無いかッ!!)」
この戦闘において初の足枷。特に何とも考えていなかった個性の制約が、今になってエネルを窮地に立たせる。仕方がない、戦闘も続けながら、呼吸が整うまで持ち堪え―――――いや、ここで決める。というよりも、どちらにせよここを凌げば勝ちだ。同じ失態は二度と重ねない。ならばいっそのこと、ここで決めてやる。そう考え、呼吸もまともに出来ていない体に鞭を打って、腕に力を込める。
「―――――なんだ!?」
そう呟く尾白の前方には、両腕を天高く突き上げて真下を向くエネル。次の瞬間―――
「――――――――――ハァッッッ!!!!」
「うぉッ!!?」
エネルを震源とする小規模な地震が発生した。エネルの周囲のみならず、部屋全体の地面のコンクリートがバラバラに粉砕し、足場を形成する正方形のコンクリートパネルが接合を失ったようにガタガタに浮き上がった。地震の揺れと足場の不安定により、尾白の動きが減速する。
「こんっっの、程度ォッッ!!!」
だが、止まらない。今ので一秒は潰れたか、残り時間はあと何秒か。それに思考を回すことすら時間のロス。ただただエネルの呼吸不全が続いていることだけを祈り、エネルに特攻を仕掛ける尾白。バラバラに砕けたコンクリートの岩山を飛び越え、そのまま宙高く舞い上がり、空中で一回転、そして―――――
「―――――ハァッッッ!!!!」
その勢いを乗せたまま、かかと落としを放つ。少なくともエネルにはそう見えた。いや、そう、彼は確かにかかと落としを放ったのだ。ただエネルが見誤ったのは、尾白の狙いがエネルの脳天であると読んだこと。であれば、エネルが腕と腕をクロスさせて彼の攻撃をガードしようとしたのも当然である、が
「――――――――――なにッ!?」
突然、軌道が変わる。エネルの十字に重なった腕に今にもぶつからんとする尾白のふくらはぎ、そう思っていた矢先、尾白が膝を曲げて足を下げる。回転の速度は保ったまま尾白の右足によるかかと落としが、
「トァッッッ!!!」「ぬおッッッ!!?」
そのままの勢いで足を振り下ろしながら空中で体勢を整えつつ着地。対するエネルは腕のガードを強制的に解かされ、かかと落としを食らった反動で腕がのけぞり左手を地について、体制が崩れ片膝をつき上体が下がる。
――――――来た、ついに来たッ!!千載一遇の時がッ!!!
地に足をつけた尾白が、間髪入れずに攻撃の体勢に入る。対してエネル、尾白の思惑が何かは分からないものの、ただヤバイという勘だけで防御に徹しようとするも、未だ後ろに下がった手は復帰しない。
コンマ数秒、瞬き一つ許さない研ぎ澄まされた一瞬。尾白が体を捻り、拳を横に立て、打ち据えるのは―――――エネルの顎、すなわち、彼の狙いは―――
「(―――――こいつッ!まさかッッッ!!!)」
「―――――シャアッッッ!!!」
尾白の狙いを悟ったと同時に、彼の拳がフックの形で楕円軌道を描き、エネルの顎をかすめとるように迫っていく。
「―――――――――」
声無き声をあげたのはいったいどちらだったのか、そんな時間的余裕すらもはや存在しない。二人以外の周りの世界が無と化し、たった一秒にも満たないごく一瞬の攻防が、スローモーションの如くゆっくり、ゆっくりと進行する。
一つ、弾丸があった。鍛えたのであろう皮の硬い拳が、フックの形で数十と
一つ、防壁があった。迫りくる脅威に対して緊急防壁を形成するために急速にその速度を高める。目的は防御。弾丸と狙いは異なるも、その目指すゴール地点は一緒。拳を止める、ただその一心で自身の顎へと持ち上がる右手が存在した。
あと10cm、あと5cm、後になって考えれば、本当に一瞬の出来事であるのだが、まだ訪れない。防御が先か、攻撃が先か。エネルの勝利か、尾白の勝利か。
そして、残り3cm。互いの拳の行方は―――――
―――――トン
「「―――――――――――――――」」
時が止まった。暗転していた周囲の環境に色が満ちる。何かが何かにぶつかった音、それは福音か。はたまた絶望の鐘の音か。尾白の腕の先端に位置するのは―――――薄い、人の肌。その、薄皮一枚越しに感じる、確かな、硬い、
「――――――――――タァッッ!!!!」
拳を振り抜き、風を切る音が部屋に鳴り響く。首から真っ直ぐに伸びていたエネルの顔が、鉛直方向から45度ほどの動径を描き、それと同時に全身の動きが止まる。先ほどまで尾白の拳の行く末を追っていた彼の視線がピタッと止まり、どこか
最初に、エネルの腕に、変化が起こる。尾白の一撃を防ごうと顎まで伸ばすも、ついぞ目的を叶えることが出来ず、空中で静止していた彼の右腕が、重力の影響を受けてゆっくり、ゆっくりと真下へと落ちていく。それと同時に、彼の視線も下へ下へと支えを失ったかのように垂れ下がっていく。全身から力が抜けたように、彼の肉体全てが抵抗力を失ったように項垂れていく。
重力加速度に従い、彼の右腕が、動くことのない、外しようもない一点の目的地へと落ちていく。徐々に、徐々に、この試合の終了を告げるための拳が――――――――――今、到達した。
―――――ガシッ
「―――――え?」
「―――――――――なかなかに楽しめたぞ、尾白よ」
なんで、動けるんだよ。そう頭の中で問いかけが終わる頃には、尾白の肉体は既に地に伏せられ、背面には冷たいコンクリートの感触が火照った身体に冷んやりと染み込んでいた。
エネルの拳が、尾白の胸元に来た瞬間、唐突に力を宿し、道着を目一杯握りしめる。それと同時に左足を伸ばして呆然と立ち尽くす尾白の足を払い、尾白の足が浮いたと同時に握りしめた胸元の道着に力を込めてそのまま地面に叩きつける。試合終了を告げる、尾白とコンクリートのぶつかるゴングの音が部屋中に鳴り響いた。
―――――エネルの、勝利である。
「あぁ、なるほどな。いや、よい経験であった。無駄にはならずに済みそうだ、今回の戦闘は」
そう言って、さっきまでの焦っていたような表情はなんだったのか、なんでもないように立ち上がって、身体についた埃を払い落とすクラスメイト、既に呼吸は整ったようであった。なんで、という考えが頭の中から離れない。どうしてそんな、当たり前のように振る舞っているんだ。
「……個性、使った?」
「負けたからと言って相手を反則扱いはいただけんな」
「なら、なんで」「なんでとは?」
「確実に、当てた、はずなのに」
倒れ伏し、顔を天井に向けたまま、ライトの逆光を背に、暗黒に染まるエネルの顔を見つめながら、エネルに問いかける。
「あぁ、当たっていたとも。確実にな」
「じゃあ、なんで」
「なんでもなにも、貴様も同じことをしていただろうが」
そう言われて、数秒間固まる尾白。意味がわからず頭が真っ白になるが、ハッと閃いたように、彼の目が見開かれる。そんなことができるのかと。
「………ずら、した?」
「あぁ、お前が俺の拳の衝撃を和らげたアレを思い出してな、できることなら素手で防げれば問題無かったのだが、まぁ何とかなるだろうと思って試した次第だ」
―――――うそだ。最初にそう思った。言うのは簡単だが尾白のやったそれと全く勝手が異なる。尾白のやったことはダメージの軽減。多少の傷を負うことは覚悟で歩を進めることを目的とした強行突破。それに対してエネルが行ったのはダメージの無効化。エネルの場合、ダメージを軽減してはならない。少々の衝撃でも症状の重さは異なるが起こってしまう、脳震盪が。
武術家の放つ拳の速度がおおよそ時速36km、秒速にして10m/s。尾白の拳が迫り、エネルの顎を通過する、その一瞬の距離が約10cm。たった0.01秒のズレを許さずに首を回転させる。それを、武術のど素人が見様見真似でやり遂げたというのか、それも初見で。
理解したが理解したくない現実に、尾白が放心状態で倒れていると、エネルが口を開く。
「手を貸さないと立てんか?」
これは、敗北者に対して情けをかけるのは酷だと思っての発言なのか、単に手を貸すのが面倒くさいだけなのかは分からないが、どちらにせよ地に倒れ伏す尾白に気遣いをするというのは非情な話だろう。しばらくは立ち上がろうにもショックが大きすぎて、茫然自失としていた様子の尾白であったが、そのうち観念したようにため息をついたあと、軽快な身のこなしで上体を起こして即座に立ち上がる。そして、手のひらをおどけさせるようにしてエネルに一言
「―――――完敗、認めるしかないね」
そう言う彼の顔は、どこか諦めにも近い表情で、しかし相手を称える敬意の念が宿っていた。屈辱ではある。こちらは武術家、単に力だけでなく、心・技・体の鍛錬を重ねてこのステージに立った。しかし、今日敗北したのは単なる暴力の塊。そんな彼が、最後は自身も真似できないような芸当を見せて勝利した。なんというか、こちらは毎日部活で鍛えているのに、体育の時間に運動神経良い素人が無双する感覚に似ているなぁと、悔しいながらも、どこか上の空で考えていた。
「そうか、お前はそう考えるか」「?」
尾白の敗北宣言、それをまるで否定するかのような彼の口ぶり。文句の付けようもない大敗だと思うのだが
「まぁ…試合的に言えば勝利したのは私だな、たしかに」
エネルの発言の意図がわからずに立ち尽くしている間にも、尾白の目の前で何やらぶつぶつとボヤき続けるエネル、いったいなんの話をしているのだろうか?―――と、ここで、突然尾白の視界が揺れる
「え、あ、あら?ちょ―――とと、ご、ごめん」
「…ふん、緊張が途切れて俺の拳のダメージが今になって脳に響いてきたと言ったところか?」
「あー…ぽいね、ごめん」
そう言って、エネルの肩ではなく拳を借りて何とかバランスを保つ尾白。なんで君はノーダメなんだよという悪態は心の中にしまっておいた。
「……高校生にもなって男子と手を繋ぐような趣味は生憎と持ち合わせておらんのだがな、歩けそうか?」
「んー、どうだろ、何とか、いける―――――うん、あー、手、貸してもらってもいい?」
その一言に、クソほどデカいため息を吐きながら、嫌々という感情を隠そうともせずに尾白をエスコートするエネル。普通こういうときは肩を貸すものだろうがその身長差が障害となっていた。尾白も尾白で、とてつもない居心地の悪さを感じて、早くみんなのところに着かないかなぁと考えながら、大部屋から出て階段に向かう廊下に出たほんの数秒後に、隣で噴火が起きる。
「――――――えぇいッッッ!!!焦ったいッッ!!!!」
「え!ちょっ、うわ!!!」
そう言って尾白の腕を引っ張り荷物を持ち上げるように大雑把に背中に担ぐエネル。咄嗟の出来事に何とか振り落とされないようにエネルの首元にしがみつく尾白。するとエネルが歩いていた廊下をUターンして壁の突き当たりに向かって歩いていく。
「ちょっ、ちょっとエネル!階段そっちじゃないって!!」
「出口の方角はこっちだろうが」
で、出口の方角?と先ほどから困惑続きの尾白の頭にまたもや疑問が浮かぶ。今日は疲れたから頭を休ませてくれと願うも、やはりエネルの行動が理解できず、かと言って自力で動くこともできない尾白は身を任せるだけであった。
そしてズカズカとエネルが廊下をバックしていき、廊下の突き当たりに差し掛かった瞬間、彼が左足を上げてグッと力を貯める。
その瞬間、尾白の頭の中で点在していた疑問が線で結びつく。彼の言葉の意図とこの行動の意味が見事にマッチングした。止めても無駄だと諦めて、ゲンナリした顔でただ背中におぶられる尾白であった。
「ハァッッッ!!!」
なんでもないようにして、コンクリートの壁を足で突き破るエネル。至近距離で破裂音が鳴り響き、尾白の耳をつん裂くような音の波が飛んでくる。
「……それってマジで個性使ってないの?」
「この程度、基礎身体能力でなんとかなる」「あ、そう…」
冷静になって考えてみると増強系でもなんでもない人間が素手でコンクリートを破壊することがそもそもおかしいということに気づき冷静になって突っ込んでみるも、どうやら見たまんまらしい。
エネルの肩から顔だけ身を乗り出し下を覗いてみると、大きな風穴から14mくらいだろうか、数字で書くとそれなりに高そうな、実際に目で見ると足がすくんでしまうほどの高さに息を呑む。
「……ねぇ、これ、飛び降りるの?大丈夫?」
「それは俺に対しての言葉か?それともお前自身のことか?まぁ前者ならば安心しろ、この程度で崩れるほどやわな肉体ではない、仮に壊れたところで瞬時に再生するだけだ」
「…後者は?」
「知るか、貴様が俺から離れないようにしがみつくしかあるまい。それが無理なら最悪お姫様抱っこになるな。男の矜恃を捨ててまで命が欲しいならばそちらを取ればいい、けが人だからと言われたら俺も従う他ないからな」
そう言われて頭の中で自分がエネルの胸元になんとも情けない姿で抱っこされる絵面を想像してゾッとする尾白、しかし今度は下を覗き込んで、やはりゾッとする尾白。少しの間の葛藤を乗り越えたあとに彼が出した答えは――――
「――――がんばるわ」
そう言って、エネルの首元に回す両手の繋ぎをさらに頑丈に握り、自身の尾をエネルの腰に巻き付け、それはそれで中々に滑稽な見た目ではあるのだが、覚悟を決める尾白。何かの拍子で腕が外れてしまったら地面に叩きつけられ挽肉だが、それでも男としてのプライドが勝った。
「そうか。では降りるぞ」「えちょっ、心の準備―――」
「よっと」
そう言って、なんでもないかのように穴から外へ飛び出るエネル。
え、待ってよ。と、一言かける暇も無く尾白の身体を浮遊感が襲う。フワッと空中に浮いた後、否応無く予感される急降下のイメージ。
そして――――
「――――――――ッ――――」「………」
叫んでいるのだが、風の音にかき消され口だけが盛大に開いているように見える尾白。対してエネルは閉口してただ地面を見つめているだけであった。
「――――っと、ふぅ」
ダンッ、と、中々に重いが、10メートル上空から飛び降りたにしては軽い音が鳴り響き、地面に難なく降り立つエネル。尾白が真っ青な顔をして背中に担がれていた。
「おい、起きてるか?」
「…起きてない方が良かったかも」
ぐったりとした尾白の様子を見て念のために確認。言葉を交わして尾白の安否を確認したのち、通路を抜けて別室へと移動するエネル。そんな彼の背中で揺さぶられながら、早くこの地獄から解放されたいと願う尾白であった。
「はい!お疲れ様二人とも!!いやー、こんなこと言ったらすっっっごい失礼なんだけどさぁ!!!こんなに接戦になるとは思わなかったよ!アーッハッハッハッハ!!!」
満足そうに大声で、聞き取りようによっては侮辱しているともとれるオールマイトの言葉を誰が否定できるのか。そもそも侮辱でない、これ以上ないほどの称賛。個性届により最初からエネルの個性を知っていたからこそ、尾白の不屈の闘志に他の誰よりも感心していた。
その他の面々も語彙力が死んだように、すごい、やら、やばい、やら、はたまたかっこいいやら様々な感想が濁流のように尾白に流れ込んでいく。普段こういうことを言われ慣れていない尾白は、負けたんだけどなぁと複雑な想いを抱きながらも、やはり賛美の声がどこかむず痒いようで喜びを隠しきれず若干ニヤケ顔でぽりぽりと頬を掻くのであった。
「よ!お疲れさん、って言いてえけど、疲れてなさそうだなその様子じゃあ」
「…まぁ、多少の緊張感はあったが肉体に疲労感が溜まるほどのものではなかったな」
尾白を囲む輪の中から一人外れてエネルに声をかける上鳴。敗北したにも関わらずどこか達成感を顔に滲ませる尾白とは対照的に、楽しめたと言った割りにはどこか歯応えの無さを思わせるエネルの表情。そんな彼の顔を見て上鳴は声をかけたのだが、やはり予想通り先の対戦に満足しきっていないようであった。
「さあ!こんどこそみんな!本当にお疲れ様!!これで第一回目のヒーロー基礎学は終了だ!いやぁ!何事もなかったわけじゃないけど、全員無事に訓練終わることができて本当によかったよ、アーッハッハッハッハ!!」
オールマイトの訓練終了宣言に肩の力を抜くA組一行。はじめての個性を使っての対人戦、興奮もあれば緊張もあっただろう。各々の身体を縛りつけていた楔から解き放たれたように、安堵の表情を漏らしていた。
「それじゃま!最後にエネル少年と尾白少年の対戦について考察して、この授業の締めくくりとしよっか!といっても二人に関してはヴィラン役もヒーロー役も無い純粋な対人訓練になっちゃったから、さっきまでの戦闘訓練の考察とは勝手が異なるだろうけどね!てことでさっそくだけど、尾白少年!!エネル少年との闘いで何かこれだけはっていう、特別に感じたことってあるかな?」
その言葉に、先ほどまでの嬉しそうな表情はどこへいったのか。何と答えるべきか分からないのか、それとも単純に敗北の苦渋を味わっているのかは分からないが複雑そうな顔で俯むく尾白。
「…最初は、絶望でした」
彼の言わんとするところを察する他のクラスメイトたち。分かる、その気持ちは。現にそう自分たちも感じていた、モニター越しにあの話を聞いたとき。
「あぁいや、"最初"はって言ったら嘘になるんですけどね、厳密には。別に、たしかに彼の一撃の威力は凄まじかったです。これを個性無しでできるのかと疑問に思ったほどの馬鹿力でした。ただ、それだけだったんです。避けられた、構えていれば、当たることはなかった。だから、いけると思ったんです。チャンスはあると」
「チャンスが消えました。目の前から」
そう言いながら、エネルを一瞥する尾白。当の本人は尾白の感想を聞いているのか怪しいくらいに眉一つ動かさず、じっと腕を組んで立っているだけであった。
「……無制限自動修復機能。これだけでも一つの強個性ですよ?それが彼にとってはオプション扱いなんですからね、参りましたよ。でも、そこでやっと、はじめてエネルが僕に戦闘を要求した意味がなんとなく分かった気がするんです」
「…意味、かい?」
オールマイトが興味深そうに尾白に問いかける。
「はい、なんか、まぁ舐められていたのは間違い無いと思うし、結果的に負けちゃったから何も言い返せないんですけど。それは置いといて。多分、最強であることの証明。付け入る隙の無いことを示すため。自分に届くものなどいないということの実践。違うかな?エネル」
そう言いながら、オールマイトから視線を外してエネルへと顔を移す尾白。その言葉を受けて、エネルがゆっくりと口を開く。
「…この言葉を褒め言葉と受け取るか、それとも更なる屈辱を刻むかはお前の受け取り次第だが、尾白。――――予想以上ではあった」
「……!!」
「正直言うと、たしかにお前の言う"最強の証明"とかいった戦闘目的。俺自身も戦いの最中にお前に吐露したな。可能性を潰すと。――――半分は当たっている」
「――――半分?」
「あぁ…たしかに、予想以上ではあった。俺に膝をつかせるなど、たいした偉業だ、今世紀最大レベルの。そう、予想以上ではあったのだ。予想以上ではあった、が。結局……もう片半分の目的、暇つぶしの域を出ることは無かったな」
「…そっか」
強がりではない。本当に、つまらないと感じたのだろう。そう思わせるだけの実力がエネルにはある。屈辱と言えば屈辱であるが、言い返す言葉もない。
「お前たちに期待しているのは間違いない。たとえどれだけか細い糸だろうとな、お前たち以外に俺を超えるものはおらんだろうからそれを期待して待つしかないのだ。今のお前たちは弱い。俺からすればな、否定しようもなく雑魚だ。ウォーミングアップにすらならん」
「…俺も少し遊びに興じようかと、己に枷をつけてやりあったが、逆効果だな。中途半端に煮えたぎったせいでやはり無敵であることを、退屈を実感するだけだった。余計な手間を取らせたな尾白……これが、俺の感想だ」
エネルがそう言い切ったあとに、気まずい雰囲気が流れる。ここで何か一つくらい評価する点を言うものかとも思ったが、一向に口を開く様子がない。オールマイトもムムムッと唸って少々汗を垂らしていた。
「な、なんか辛辣だな。いつものお前だったらもう少し褒めそうだけども…」
そう言って、上鳴がエネルにこの場の空気のフォローを求めるのだが、どうやら逆効果であったらしく彼の罵詈雑言が続くのであった。
「評価など出来るはずもない。そもそも戦闘訓練ですらないのだからな、個性を縛って戦っているうちはそれを対等な勝負と呼べるわけないだろうが…もっとも、別に個性無しでも私は十二分に戦えるし頭も働く方だ。本当に命のやり取りと言った真剣勝負なら、あんな獣のような力だけのバカがする動きはせん」
まぁ勝負が成り立つなどと言って、尾白に戦闘を吹っかけたのは私だが、と言って、暴言、もとい感想を述べながら、ハァとため息をついて手から電流を流し、金属棒を器用に変形させて椅子を作りそれにドカッと腰をかけるエネル。なんとかオールマイトがフォローしようと色々言っているのを、ただただ退屈そうに眺めるエネルであったが、そんな彼に尾白がハッと思い出したように問いかける。
「…そういえば、試合終わりのあとの発言、あれなんだったの?」
そう言えば何か言ってたなと、上鳴がその質問に対して反応を示す。おそらくモニター越しに聞こえていたのだろう。退屈そうにしていたエネルの顔に少しだけ変化が訪れる。
「…まぁ俺自身で回答してやってもいいが、これは私たちの戯れに関する考察の時間だろう?少しは自分たちで考えてみればどうなんだ」
そう言って、みんなの反応を伺うエネル。尾白本人はというと何か思いあたる節があるわけでもなく、オールマイトも生徒に混ざってさりげなくうーんと唸っていた。
そんな沈黙を打ち破ったのは、やはり流石というべきか、先ほどまでの戦闘後の話し合いでもオールマイトの言わんとすることを完璧に当ててみせ、オールマイトを困らせた八百万であった。
「…エネルさん、使いましたわね、たしかに"技"を」
ハッと尾白が顔を上げる。そう言えば、試合が始まる前に何か言っていたような。
「あぁ、使ったな。まぁ見様見真似でやってみただけだから力技と言われれば力技だが、正面から拳を受けずに尾白の技術を真似たのは事実だ。……暴力によって技術に打ち勝つ、俺が試合前に宣言したことだ。であればこれを一種の敗北と捉えるべきかどうか、少し悩みどころではある」
そう言われて、少し複雑な気分になる尾白。彼に技を使わせたと言えば聞こえはいいが、なんだか負けたくせにそんなこと言って見栄を張ってみるのはみっともないと考え、やはり敗北であると自分に言い聞かせる。
その後は尾白とエネルの試合に関して、他のメンバーも個人個人に感想を言い合っていた。もはや戦闘に関する考察では無く、熱い試合だった、だとか、よくあそこで立ち向かった、だとか、単に試合の感想会になってしまっており、成長を促すための意見交換の場としてはもはや機能はしていなかったが、まぁ初日だしこれくらいはいっかと中々に大雑把な考え方をするオールマイトであった。
「みんな、今日は本当にお疲れ様!何事も……無かったわけじゃ無かったけど!!みんな無事…無事に終われてよかったよ、うん。ま!みんなも個性使っての戦闘訓練なんて人生初めてだろうしさぁ!これで加減も分かったんじゃないかな?いや私もはじめての授業ってことでいろいろ勉強になったよ!」
オールマイトの言葉を聞きながら、今日の訓練の内容を思い出し各々が反省を行なっていた。それは敗北の苦渋を思わせる悔しそうな顔であったかもしれないし、勝利の余韻に浸るような歓喜の表情であったかもしれない。個人に差はあれどみんなが自身で今回のヒーロー基礎学の授業に熱意を持って取り組めたことに満足しながら、チャイムが鳴ると同時にオールマイトが授業終了の宣言をする。
「はい!ってことで、少年少女達!ヒーロー基礎学、戦闘訓練どうだっかな?別に私の授業は殴って蹴ってみたいな授業ばっかじゃないけど、戦闘訓練ではこんな形で実戦形式になるから、今日ので取り敢えずコツ掴んだろうから、次回からもよろしくね!それじゃあ――――
――――第一回、ヒーロー基礎学、これにて終わり!!」
初めてのエネルの戦闘終了です
個性使ってない基礎身体能力であれはやらせすぎかとも思ったけど、これでもまだ原作よりは力セーブしてる方だから大丈夫かな?
次は普通にUSJ直行するか、間に何を挟もうか悩みどころです
それではまた次回のお話で
どちらにしましょう。
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続行。
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リメイク。