マブラヴオルタネイティヴ二次創作小説 熱砂の刃 作:賀川 シン
二日目。
まだ日の上がる前がったが、スエズ基地内にある外周道路を走る人間の姿があった。後ろ髪を縛って走る彼女は汗を浮かばせながら体力作りと今日のトライアルの為に集中力を高めていた。
朝日が徐々に昇り始め、腰に付けたポーチから小さい水筒を取り出すと水を二口ほど飲み、火照った身体に沁みていった。
「朝食までもう一周ぐらいは行ける、かな」
不意に視線を上げると基地全体が動き出したように人の声や機械音が聞こえ始め、朝を迎えて動き出していく中、自分と同じように早朝ランニングを行う兵士の姿がチラホラと見えており、その中に自分に手を振る姿を確認した。
綾音が不意に手を振ると、向こうも手を振って駆け寄ってきた。ようやく表情が確認できるぐらいに視認すると同時に声が届いた。
聞き馴染んだその声に綾音はそれまで固まっていた表情を緩ませる。
「おはよ、ちーちゃん」
「うん、おはよう~朝早いね」
ニコニコと可愛らしい笑みを浮かべる千里が手を掲げるので、綾音も釣られてハイタッチを交わすと今度は二人で走り出す。
「聞いたよ。昨日のトライアルの話。実際の所はどうなの? やっぱり不知火の方がいい?」
「無いもの強請りしても仕方のない事だし、でも……あの不知火には色々と思い出もあるからって気持ちだけど。瑞雲だって使いこなさないと用意してくれた皆の気持ちもあるから」
「……そっか、今日も私は見に行けないんだけど、頑張ってね。私は綾音ちゃんが出来るって信じてるからね」
「うん、ありがと。ちーちゃんは今日も『訓練校』の方に行くんだっけ?」
この数か月の間、ライノ中隊はアフリカ戦線でも珍しい近接戦闘を多く行い、現在でも全衛士が健在という成果を残している為、派遣部隊としてはスエズ基地内でも自然と評価が高くなっていた。
それはライノ中隊のメンバーも知らず、気づいた時には周囲の視線が集まるほどであった。その中でも特に人気なのは『ライノ7番機』である。
物珍しい近接長刀での戦闘、たまに見せる二刀流でBETA群に切り込んでいく姿は若い衛士には斬新なスタイルに映り、恐れなく立ち向かう姿は心に深く刻み込まれる者も多いらしい。
それを千里が知ったのは綾音の謹慎期間中の時だったので、つい最近までは知らなかったし、当の本人は未だにその事を知らない。
面白半分といった所もあるが、綾音自体は自分が目立つ事が好きではないという事もあり、その辺は配慮して今は出来る限り自分の事、新しい戦術機の慣熟に意識を集中して欲しいという気持ちが強かったからだ。
「とりあえず任務と訓練が無い日に何回かに分けて訓練校には行く予定だよ。まさかアフリカまでに来て近接戦闘の話を訓練生や自分よりも歳が上の衛士たちにも言う日が来るとは思ってなかったよ。
変に緊張しちゃって、言葉遣いとかに気を使って大変だよ~」
「そう考えると、ある意味で運がいいのかな? 私だったらちーちゃんみたいに話せないと思うし」
そんな話題をしつつ、二人は仲良くランニングをする姿は忘れかけていた平和な時にあった光景を思い出させるようであった。
午前中は他の戦術機部隊が合同の訓練を行う為に綾音が行う瑞雲のトライアルは午後の14時を過ぎとなってしまった。
今日は動きだけではなく、突撃砲や長刀、短刀などのシステムチェックも行うために基本的な装備を搭載しての開始であった。
格納庫から演習場に向かう際に周りにいた軍人たちの視線が集まる。
米軍機が長刀を背負っている珍しい光景に訓練を終えた他の戦術機部隊も注目を浴びる形になった。瑞雲の管制ユニット内の綾音に連絡が届く。
「まだ演習場は完全撤収という訳ではないですが、射撃演習場には機体はいないので先に突撃砲の試射を行います……ライノ7、チェック」
「———了解。機体各部は良好、出力チェック、各部電力ユニット、跳躍ユニットも異常なし。いつでもいけます」
そう伝える綾音の視線が泳いでいた為、指令を伝えていたライノ3はそれを見逃さず、綾音が口を開く前に思っていそうな事を考えて言葉にする。
「今日は隊長も副隊長も一緒に他の作戦会議に出て不在です。他のメンバーも訓練校に行ったり、小隊での哨戒に出たりしていますね」
通信越しで見るライノ3は眼鏡を掛け直して、一言。
「だからと言って自分が暇という訳ではない。という事は理解してくださいね。一人ぐらいは戦術機の動きを見られる衛士がいなければ、不測の事態にも対応できませんので」
現在のライノ中隊のメンバーは正規が集まった訳ではない為、その中でも真面目な部類に入るライノ3は頭も回るし、周囲も見れる人として、ライノ1から重宝されている。
なぜか部隊内の経費などの手伝いをしていたりと、会った当初は言葉遣いが冷たい印象を持つ人物に思われがちだったが、ちゃんと部隊の事を思っていると知ってからは内心は優しい人なのだろう。というのが今の綾音が抱く印象である。
「とにもかくも、貴女がその瑞雲を使いこなして部隊に復帰しない限り、中隊の前衛が一機足りない状態が続くのですから……って、長話が過ぎましたね。どうやら演習場も空いたらしいので、先に機動試験から始めましょう」
クリアとなった演習場に向かう為、綾音は意識を切り替えて集中する。今はこの瑞雲をいち早く自分の物にしなくてはならない。
「こちらライノ7、これより瑞雲の機動テストに向かいます」
跳躍ユニットに火が灯り、乾いた大地を轟々と駆けて行った。
武装面、87式突撃砲や74式近接長刀などの日本しきの武装は概ね問題はなかったが、どうしても機動面に不具合が出てしまった。
二日目を終えて、機体が格納庫のハンガーに固定された後に綾音と監督役のライノ3、そして整備員たちにて今回の問題点や改修案を議論しあう。
「すまないな、鈴風少尉。前の不知火のように思う通りにならなくて。ライノ中隊整備班としては情けないと思うよ」
明らかに落胆する整備員たちに綾音が慌てて頭を振るとワタワタと手を振るって否定する。
「そ、そんな事ないですよっ! 皆さんが仕上げてくれた瑞雲を使いこなせない私の方が頭を下げるべきなんです!」
このままでは収拾が付かないと思い、その間を割り込むかのようにライノ3が口を挿む。
「自分からも一つ言わせてもらいますが、自分たちや鈴風少尉が乗ってきた不知火は長年使いこんで蓄積されたデータや挙動、その一つ一つが搭乗する衛士に合わせてコンディションを整えてもらっています。
自分たちの不知火はまさに人馬一体、それとここ一日二日で調整中の機体と比べるのはナンセンスなのではないですか?
なので、ここでは謝罪ではなく、いち早く瑞雲の調整と話し合う方が遥かに有意義だと思いますよ」
そういってズレた眼鏡を掛け直すライノ3に綾音と整備員たちの視線が集まる。その視線に気づくとわざとらしい咳をついて視線を逸らすと。
「ごほんっ、取り合えず自分は今日のデータを纏めてくるので少し外すので、議論や問題点が纏まったら読んでください」
「あ、あの!」
立ち去ろうとするライノ3に思わず綾音が呼び止める。いつの間にか服の裾を掴んでいたので、ガクンッと身体が揺れてから振り返るライノ3は気恥ずかしそうにして、振り返った先にいる綾音に視線を向ける。
「ゴホンッ……何ですか? さっきも言いましたけど、自分はこれから———」
「その……上手くは言えないんですけど」
これまで任務以外で主立って話した事はなく、どこか避けられていたと思っていたので綾音と至近距離で話すのは少しドギマギしてしまう。それに自分の方が年上で男なのだ。少しは堂々としていないとという気持ちが大きく出て、外見では冷静を装う。
改めて近くで見ると、サラサラとしている黒髪や自分よりも大きな瞳はBETAと前線で戦ってきた衛士とは思えない人柄を感じてしまうが、綾音はライノ中隊の突撃前衛なのだ。
戦闘時とは違う女性らしい、否、少女の面影が残る彼女が何かを言おうとしているのをライノ3は待った。時間にして数秒ほど待った後に綾音が口を開く。
「今日はありがとう、ございます。データの纏めとか隊長に報告とかしてもらって助かりまます」
「……別に気にする事ではありませんよ。これも自分の仕事ですし、それに今は貴女の機体を仕上げる事が最優先なのですから、その為なら自分も隊の一員なのですから
———たった二日で新しい機体を使いこなせるなんて天才みたいな人じゃない限りそうそう居ないので。とりあえず頑張ってください」
それでは。と言ってライノ3は自分の仕事をするべく、格納庫を出ていく。一礼してその後ろ姿を見送った後に綾音はハンガーに固定された瑞雲を見上げる。
「とは言え、不知火の動きに慣れ過ぎて、些細な感覚がどうも掴めないな……」
一年近く突撃前衛のポジションを預かってきた事、その重圧に耐えながら部隊全体の先鋒としてBETAの群れを切り開くという重要な事は誰が聞いても判る事で、失敗すれば自分の命だけではなく部隊全体の危機すらあり得る仕事を担ってきたのだ。
その為、戦術機……さらに言えば不知火の動きに全神経を集中して鍛練を積み重ねてきたのだ。
しかしそれが仇となり、うまい具合に自分の想像する動きと戦術機の動きが噛み合わなかったのだった。
米国製の戦術機、F4ファントムの日本帝国仕様の撃震とはまた違った挙動に手こずる自分が歯がゆい。整備士たちも一生懸命に調整してくれているなら尚更、その気持ちに応えたいのにと焦りが生まれていた。
整備士たちの擦り合わせの後、休憩を兼ねて出ようとした綾音に不意に声がかかる。整備士たちの野太い声ではなく女性の声、しかも自分と変わらない年ごろの声に綾音を顔を上げた。
「何を負のオーラ巻き散らして歩いているの? 貴女?」
ライノ中隊のメンバーで綾音の事を貴女という人物は居らず、綾音の瞳に映るのは毛先に癖のあるブロンドヘアーが流れ、こちらを強気な態度で見つめる衛士の姿があった。
そして威風堂々と立ちはだかる衛士が指をさして告げた。
「鈴風・綾音少尉! 明日、私に顔貸しなさい! 話があるわ!」
そこに立っていたのは欧州連合軍・アフリカ派遣部隊。フランス陸軍ガルム中隊のミランダ・アルセイフ少尉、その人であった。