マブラヴオルタネイティヴ二次創作小説 熱砂の刃 作:賀川 シン
ミランダの言葉は耳に入ってきたが、どうして他国の衛士がここに居るのか? やらと疑問を持つも、疲れていたり、自分のやるせなさに思わずスルーしようとする綾音の肩をミランダがグッと掴んで動きを止める。
「って、反応しつつ無視しないで! なんで貴女ってそういう時は堂々としているのか不思議でしょうがないわ」
自分よりも背丈が低いミランダがプンスカと効果音が付きそうな憤慨した表情をしているが、顔が整っているのでそこまで怒ったようには見えない。何となくちょっかいを掛けてみたくなる、そんな気持ちだった。
「えっと……敢えて、場の空気を読んでみた的な?」
「はぁ? そんな空気出してなんかないわよ! もう……いいわ。心配した私が馬鹿みたいじゃない」
あの演習以来、ミランダと気軽に会話するようになっていた。刃を切り結んだ仲というものか、スエズ基地の食堂で同席したりする。(大半がミランダ側からのアプローチであるが)
綾音が入院中にはお見舞いにも来たりと年齢も近い為か綾音や千里からも見かければ声を掛けるほどだ。
今となってはこうやって憎まれ口すら言い合えるぐらいだ。
「全く……もう何度も話していますけど、少し素直になって話した方がいいと思うわよ———って、今日は貴女とお話しにきた訳じゃなく、聞きましたわよ。どうやら新しい戦術機を上手く扱えないって落ち込んでいるって」
事実は事実なのだが、後者の部分に引っ掛かりを感じて綾音は怪訝そうな表情を浮かべる。
「まだ使い熟していないっていうのは本当だけど、落ち込んではいない」
「え? でも昨夜、食堂で千里さんと会った時に聞きましたわよ。あや……鈴風少尉が新しい戦術機の操縦に苦戦している。と、それで如何してるだろう? と思い様子を見に来た所ですけど、どうも本当の事だったみたいわね」
「ちーちゃん、口が軽いんだから。よりによってミラ……アルセイフ少尉に話しちゃって……」
本当は部隊外に知られたくはなかったが、わざわざこちらのトライアルが終わた頃を見計らって、足を出向いて様子を見に来たという事は今日のトライアルの様子を見られていたのかもしれない。
しかもミランダは腕の立つ衛士であり、もし見ていたのであれば機体を上手く扱えてないのは分かってしまう。それに変に誤魔化すのもここに来てくれたミランダに失礼というものだ。
「確かに私があの戦術機、瑞雲を使いこなしていないのは事実だよ。衛士として恥ずかしいけど、不知火の癖が抜けなくて。どうしても噛み合わないんだ」
そこで苦笑いを浮かべる綾音はミランダから何か言われると覚悟していたが、ミランダは少し考えた後に綾音の瞳を見つめて語気を強めて言う。
「ねぇ貴女から見て私がどのように映っているかは知らないけど、率直に一つだけ言わせてもらうわ。各国の戦術機はそれぞれ特色はあるのは分かるわよね。
同世代機だって運用や特性が違うのよ。今まで乗っていた戦術機みたいに動かせる訳ないじゃない。もし、貴女が前の戦術機の様に……その、ズイウンっていうあの戦術機をすぐに使いこなせると思っているなら、もう少し自分の足元を見た方がいいわよ。少し自分の事を高く見積もり過ぎではない?」
「それは…………分かっている。でもあの瑞雲は米国製の戦術機を私たちでも扱いやすく日本式に仕上げてくれた戦術機なんだよ。しかも整備や調整は私の癖までを把握している人たちだし、そんな条件下の中でも私は未だに使い熟していないんだよ?」
「——————あのね、前から思っていたけど」
内心でこみ上げる自分の気持ちを押さえつけるとミランダは怒りを込めた視線を綾音に向ける。
「貴女は何でも自分の所為とか、不甲斐なさそうにしちゃうの! まだ3日やそこらで何を言っているの!? 貴女が前の戦術機と同じようにすぐに動かせないからって誰が困っているの!
自分一人じゃない、周りにもっと目を向けなさいよ! 皆、知っているのよ。貴女が努力して研究して、何とかして物にしようってしてる事を皆分かっているんだよ。
時間だって貴女の為に作ってくれているんだがら、少しぐらいその立場に甘えて、今の貴女を受け止めてあげなさいよ!」
大声で叫ぶミランダの声はいつの間にか格納庫で作業していた整備員たちの手を止めさせていた。
「…………………………」
頭の中で何か言わないと、そう思っていたが全くもって言葉が浮かんでこない。乾いた喉に言葉が根詰まりしたような感覚で綾音は黙り込んでしまった。
そんな綾音にミランダはそっと近づくと手を握ってくる。暖かい感触に視線を向けるとミランダはそれまでの雰囲気とは違う口調と呆れた微笑を浮かべる。
「私たち衛士がすべての戦術機を扱える訳じゃない。でもね、癖を掴めば貴女なら使いこなせるのはまだ付き合った歴が短い私でも分かる。悔しいけど、今の貴女は私よりも腕が立つ衛士だもの。
だから特別に協力してあげるわ……明日、うちの所に来なさい。駄目とか拒否権はないからね!」
そう言い残してミランダは格納庫を後にする。通路の角を曲がるまで茫然とする綾音の事を振り返りはせずにミランダの姿が視界から消える。
その瞬間に綾音は脱力感を覚え、どうしたらいいか分からずに立ち尽くしていると、そこに整備班長や整備員たちが声を掛けた。
振り返った綾音の瞳には今にも零れ落ちそうな涙、当の本人は気づいていないようであり、顔を俯いてから頬を流れる涙に気づくと頬を擦る。
自分の意志とは反比例して止まらない涙に唇を噛んで堪えようとする綾音の姿は男であるなら抱きしめてあげたい衝動に駆られてしまうほどであったが、その中で動じなかった整備班長が率先して綾音に言葉を投げかける。
「あのフランスの少尉さんが鈴風の嬢ちゃんの事をあれほど思っていたのは驚いたが、今はあの心意気に素直に甘えた方がいいんじゃないか? 機体の調整だけでは出来ない事をあの少尉さんが教えてくれると俺は思うぞ」
「でも、わたし……自分でどうしたらいいか……中隊長にだって顔向け出来ない」
「嬢ちゃんの好きにしたらいい。決めるも決めないのも……鈴風少尉、あんただけだ。うちの中隊長がどう言おうが今更構う事はないさ。少なくても今はあんたの心が如何したいか。が一番大切なんだからな」
そう言った後にくたびれた作業帽を取ると柔和な笑顔でそっと綾音の頭を撫でる。大きくてゴツゴツした職人の手だが優しく、撫でられているうちに涙が引いていくのが分かった。
「それに他の衛士の意見を取り入れることで解決の糸口が見つかるかもしれない。ライノ中隊のメンバーとは違う視線の意見は足りない何かを気づかせてくれる可能性があるんだ。
それでいい感じに瑞雲のコントロールを掴めたら中隊長にもこれまでの顔向けを纏めて出来るわけなんだしな」
「あの……整備班長、あんまり女性の髪の毛を気軽に撫でるのは、どうかと思いますよ」
そう綾音が告げるとばつの悪そうな顔つきで整備班長が、わりぃなと言って苦笑を浮かべると自分の仕事に戻っていく。その後ろ姿を一瞬見送ると綾音は肺に溜っていた空気をそっと吐き出す。
自分の手よりも大きくてゴツゴツした手はまさに職人の手であり、その感覚が昔、父親に頭を撫でられた時を思い出されたのだった。
自然と口角が上がり、そっと口元を隠す。懐かしい記憶と共に少しだけ綾音の心の枷が取れた気がした。
四日目。
今日は瑞雲の調整やライノ中隊の不知火の整備も重なってトライアルは中止となった事もあり、昨日ミランダから告げられた言葉に釣られてスエズ基地の欧州連合軍の施設へと足を進めていた。
もちろん、ライノ中隊の佐山中隊長などには話してきているのだが、去り際に頑張れよ。と柔和な笑みを浮かべていたのが気になったが、取り合えず許可も貰った事とミランダが何を企んでいるのかと思考する。
この基地に来てもう何か月か経過しているものの、他の軍施設に立ち入るのは初めてで基地内の案内板を見て、何とか到着する。多少迷ってその辺で歩いていた兵士などに道を尋ねていたのはライノ中隊のメンバーには黙っておこうと思う。
だが、入り口に到着するもゲート前には頑強そうな欧州連合軍の憲兵が立っており遥か自分よりも背の高い威圧感に人見知りな部分が出てしまった綾音。
憲兵との視線が合った瞬間、不自然にも固まってしまい——————今、綾音は捕まって事情聴取を受ける事になったのだった。
身元引受人を待っている間、出された合成茶葉で入れられた紅茶を飲みながら待っていると誰かの走る音が聞こえ、ドアの前でピタリと止まると外で複数人の喋る声がしたと同時にドアが開かれる。
「欧州連合軍、ガルム中隊のミランダ・アルセイフ少尉です。ここに私の来客でお呼びした日本帝国軍の鈴風・綾音少尉が来ていると連絡があって来ました」
その言葉を室内で綾音を監視していた憲兵に向けたものであった。と、視線がすぐに綾音に向けられる。明らかに面倒くさそうな視線に綾音はとりあえず紅茶を飲み干すと一言。
「ど、どうも、お疲れさま」
ミランダが堪らず深いため息を吐くとジト目で綾音を見つめると口を尖らせて言う。
「そりゃあ、私も誘った手前。ここに来いって言っておきながら指定場所を伝えてなかったのは悪かったわよ……ごめん」
ばつの悪そうなミランダに監視役の憲兵が苦笑いで告げる。
「そうですよ。来客が伺うという事を前もって我々に申してくれれば、こうなる事もなかったので。間違えば大問題になってしまう事です」
「今度から気を付けるわよ。てか、あんたも衛士ならもう少し堂々と言いなさいよ。変な所で弱弱しいんだから……あんたがあの中隊の突撃前衛と思うとそれを聞いた普通の人は信じないでしょうね」
その言葉は綾音も衛士になってから身をもって痛感している事で、初対面だと衛士とも思われない事もしばしばだった。その言葉に綾音は笑顔を浮かべて応える。
「えへへ。でも初めて来た場所だし、その、今度は大丈夫だと思う。うん」
その笑顔は男の気を引くには充分な効果を発揮し、その場にいた数人の憲兵の気が緩むほどであった。ミランダはそんな男どもの気配に内心、呆れつつも取り合えず綾音の手を取ると素直に謝罪する。
「ごめんなさいね。もう少し私が気を遣う所だったから、今度からは気を付けるわ」
「ううん、別に気にしてないから。大丈夫……あ、あの、お世話になりました」
綾音が軽く会釈すると憲兵たちは小さく手を振って送り出したのだった。