マブラヴオルタネイティヴ二次創作小説 熱砂の刃 作:賀川 シン
BETA大戦初頭時、この中東方面の戦いはアフリカ大陸をBETAの進行を阻止する為の重要な戦線であり、今のアフリカ大陸には中央アジア、中東、更に欧州から避難してきた難民が多く身を寄せており、大陸各地に避難してきた政府の租借地が用意され、多国籍化が深刻化した。
その際に欧州及び米国からの技術提供などによってアフリカ大陸全体規模でのインフラ整備、高度経済発展が進み、10数年前には考えられなかったぐらいにな程に近代化を遂げていた。
また戦線には程遠いアフリカ西部・南部では大都市が形成され、欧州連合や米国による戦術機の生産工場の整備が進み、国土の大半を失った欧州連合軍や他国の軍、そしてアフリカ大陸で配置される国連軍に各兵器群の補填が可能となり、これによってBETAに対して対抗が可能となったのである。
そして近年、スエズ基地ではBETAに対して戦術機運用や戦術の見直し計画が図られる事になっていた。その計画の為に欧州連合軍の一部やわざわざ遠い日本帝国から戦術機部隊が派遣された理由に繋がっている。
スエズ防衛における戦術機部隊の大半は国連軍並び中東連合軍で賄っており、戦術機は基本米国製の戦術機を使用しているものの中央アジアから人々が流れてきた際に逃げ遅れたソビエトの技術者などによってソビエト連邦の戦術機も大戦初期に投入されて、数は少なくなったものの未だに運用されている機体もある。
戦術が見直される事になった理由としては1989年にスエズ防衛線で起きたBETAの大規模な地中進行による奇襲によって、戦術機大隊が壊滅状態となった出来事があったのだ。4か月の死闘の末にスエズ運河防衛は成功するも原因は展開していた戦線の中央に地中進行を受けて部隊が分断され、戦術機部隊は初ともいえるBETAとの近接戦闘を余儀なくされてしまった。
近接戦闘の練度不足、そして教育する教導部隊が無い事から新たに部隊を創立する事も難しい状態であった。
それに物資の援助は米国は主であった為に米国式の戦術機運用を止めるという事は自分たちに対して嫌悪感を抱かれてしまう危険性もあった為に速やかな実行は出来ず、水面下での計画だけで進んでいた。
そして、時は西暦2000年、ようやく対BETA戦における戦術機部隊の設立議案が通り、その教導部隊として挙げられた一部に近接格闘戦に主とした運用を行っている欧州連合、それに日本帝国が彼らの目に留まったのだった。
欧州連合はアフリカに租借地としての貸しがあった為に元から部隊を派遣されていたが、新たに第3世代機のみで構成された部隊を派遣する事を決定した。
日本帝国は佐渡島にハイヴを抱えている為にわざわざ中東へ戦術機部隊を派遣する余力は考えてなかったが、中東連合の粘り強い交渉と取引などによって何とか日本帝国から戦術機部隊を派遣してもらう事が出来たのだ。そして―――。
西暦2001年、現在。
日本帝国軍のライノ中隊は中東の戦術機部隊などと共同してスエズ防衛に大きな貢献をもたらしている。その姿は戦場では臆する事なくBETA群に突入する勇猛果敢の姿は共に戦う部隊の士気高揚にも貢献していた。
部隊のコードネームのライノ(サイ)の名前の通りの活躍は一目を置かれている。
遠い中東の地で戦う彼らはの事は日本帝国政府の一部しか知っておらず、極秘裏に派遣された事で知る由もなく、今も荒れた大地の上でUNブルーの不知火が人類存亡の一端を抱えた戦場でただひたすらに任務を果たす事に駆けていた。
2001年、4月、ライノ中隊は依然として健在である。
砂漠を駆ける斬撃 終 続く。
初の投稿で時間も掛かってしまいました。もし楽しんでもらえたら幸いです。
次回以降も投稿を続けていきたいと思っていますのでこれからもよろしくお願いします。
誤字や読みにくい部分もありますが、ご了承を。では、次回でお会いしたしましょう。