東方理想郷 ~ Unknowable Games. 作:まこと13
東方理想郷 ~ Unknowable Games.
第10話 : 技術者
「逃がすな、絶対に捕えろ!!」
守矢神社とは反対側の妖怪の山の麓。
その上空を何かが超スピードで飛んでいく。
並の者には目にも止まらぬそれは、旋回し、遠回りしながらも白狼天狗や烏天狗の間をすり抜けて進んでいく。
「木符『シルフィホルン』」
その言葉とともに遥か下方から木の葉が刃となって急上昇し、周囲を取り囲むように乱舞する。
一撃の殺傷力自体は小さいが、それは大量の木の葉で目をくらまし、刃の奔流に飲み込まれてしまえば並の妖怪であれば対応しきるのは困難を極める。
だが、周囲を取り囲んでいるのは並の妖怪ではなかった。
魔理沙の箒の後ろに座りながら、いつも半分閉じたような目をしているパチュリーが珍しくしっかりと開いた目で敵の姿を捉える。
「……流石に辛いわね。 どっちかだけならともかく、両方同時は…」
魔理沙とパチュリーの目の前にいるのは烏天狗1人と白狼天狗2人。
魔理沙と同等のスピードを持ち、単純に妖怪の上位種としての高い能力をもつ烏天狗。
相手を逃さない眼を持ち、忠実に仕事をこなす白狼天狗。
単純に上空を逃げようとも、烏天狗に追いつかれる。
森の中に逃げ込もうとも白狼天狗に捉えられる。
3人の天狗が持つ力は文や椛には遠く及ぶべくもないが、それでも手練れの天狗を3人同時に相手にすること自体が辛かった。
しかも、こちらには敵意がないにもかかわらず、相手は本気でその大きな刀や爪を振ってくるのだ。
「くそっ、なんでこんな時に限ってこんなにしつこいんだよこいつら…」
「こんな時だからこそ、でしょう。 多分自分たちの住処がやられて気が立ってるのよ」
確かにいつもよりも数は少ないように感じる。
しかし、その執拗さはいつもの比ではなかった。
振り切ったと思った烏天狗が、木の葉の刃を蹴散らして再び正面へと回り込む。
「終わりだ!」
「……あああああああもう、めんどくせえ!!」
「ちょっ、魔理沙!?」
遂に耐えかねた魔理沙が、その手にミニ八卦炉を構える。
パチュリーは焦り、魔理沙を止めようとする。
実際にマスタースパークのような目立つ攻撃を仕掛けては、この急いでいる時に残存する他の天狗に気付かれかねないからだ。
だが、それをパチュリーが止める間もなく…
「恋符、『マスター…」
「『のびーるアーム』!!」
そこに突然現れた何かに正確に顎を撃ち抜かれて、目の前の烏天狗が気絶して落ちていく。
突然撃墜された烏天狗を見て呆然としている白狼天狗たちも同じく下方から打ち抜かれて落ちていく。
それは一瞬の出来事であった。
そして、何が起こっているかもわからず呆然としている魔理沙に、下から聞き覚えのある声が届く。
「おーい魔理沙、何してるのさ?」
「にとり!!」
魔理沙はそのままにとりに向かって急降下する。
そこにはいつもと変わらない、謎の機械を携えたにとりが立っていた。
「久しぶりじゃないか魔理沙! 今日も何か持って…」
「にとり、無事で良かった!」
「無事って? ああ、この前の天狗の住処の事件のことかい?」
「え? あー、そうじゃなくて、話すと長くなるんだけど…」
「ってよりも、後ろにいるのは誰?」
「あ、ああ、紹介するな。 こいつは私の魔法使い仲間の…」
そこまで言って、魔理沙はパチュリーが魔法を放とうとしているのに気づく。
魔理沙と同じ箒に乗っていたとは思えないほど距離をとって構えていたパチュリーの目は、明らかににとりを標的として見ていた。
――月&木符『サテライトヒマワリ』
そして、にとりを取り囲むように向日葵の花が、蔦が、絡み付こうとして……それは全て一瞬で切り刻まれる。
「わわっ!?」
「って、いきなり何してんだよ、パチュリー!?」
「下がってなさい魔理沙! これは……守護の式神ね。 貴方の能力じゃないでしょう、どこでそんなものを身に付けたの?」
パチュリーがにとりへの警戒を強める。
確かに感じたにとりへの違和感。
妖怪としては河童より上位種にあるはずの烏天狗と白狼天狗を一瞬で3人仕留めた手際に、周囲を取り囲む魔力の波動。
ただの河童が持っているとは思えない力だった。
「えっと……」
「おいパチュリー! 聞いてんのか…」
「冷静になりなさい魔理沙。 貴方は今幻想郷で起こってることを、地底であったことを覚えてないの?」
「え?」
そして魔理沙は少しだけ思考を巡らせる。
幻想郷で数多くの者が強力な力を得て暴れまわっている現状。
恐らく異変の原因である、地底に眠る何かを宿した強力な怨霊に狙われていて既に手遅れだと思っていが、心配して損したと思うほど無事に見えるにとり。
だが、その身には『水を操る能力』しか持たないにとりが持っているとは思えない能力を纏っていた。
「まさかにとり、お前既に…っ!!」
そう言いかけた次の瞬間、魔理沙の首元に数本の刃が突きつけられる。
しまった、と思う間もなく命を握られてしまった魔理沙の前に、
「……何だ、お前か」
安堵したのか、呆れたのかわからない声が聞こえてきた。
木陰から出てきたのは、あからさまに面倒そうな顔をした藍だった。
藍はため息をつきながら、魔理沙の首元に突きつけた刃の式神を消し去る。
「藍!? なんでここに…」
「そいつを護らせていた式神が反応したんでな。 急遽駆けつけたのだ」
「ってことは、にとりを囲ってた力はお前の式神だったのか」
そう気づき、魔理沙はホッと一息つく。
そしてパチュリーはもう一つ唱えかけた魔法を止める。
しかし、その目にはまだ少しだけにとりへの警戒の色が残っていた。
「……一つ、聞いていいかしら」
「なんだ?」
「なぜ、貴方ほどの妖怪がこんなただの河童を守っていたのかしら」
「ただの河童って…」
そんなパチュリーの言い方に魔理沙が少し不平を漏らすが、当の本人であるにとりはただ苦笑しているだけだった。
「さあな。 私がそれを言う必要があるか?」
「はあ? だって、どうせお前も多分私たちと同じで異変を解決しようとしてんだろ? だったら色々と…」
「足手まといだ。 お前に何かを頼めるようなことではない」
藍はいつもの調子を取り戻したかのように魔理沙に冷たく当たるが、それは当然の反応だった。
紫さえもたどり着けなかったこの先。
それに巻き込めば恐らく魔理沙は後戻りはしない。
だが、藍にとっての魔理沙は今でも、ただ霊夢に闘争心を燃やすだけの子供なのである。
だからもう魔理沙にできるようなことはないし、これ以上巻き込むことはできないと思っていた。
しかし、魔理沙は少し意地の悪そうな顔でニヤついて藍に言う。
「もういいんだよ、藍。 お前と紫が地底に封印してた奴を捕まえるために動いてるのは知ってる」
それを聞いて、藍は驚いたようにビクッと反応した。
「何故、それを……」
「心配してくれるのは嬉しい。 だけど私も……いや、たとえ私がお前にとって役に立たない存在だろうと、パチュリーはそうじゃないだろ? 紫さえいないこの状況なら、優秀な魔法使いの協力者が一人でもいた方がいいんじゃないのか?」
魔理沙のその反応に、藍は目を丸くしていた。
自分たちのしていることが魔理沙にバレているのを驚いただけではない。
いつもなら感情的に自己主張するだけの魔理沙に、今は自分が諭されていることに驚いていた。
そして、一つ大きくため息をついて言う。
「……ああ、そうだな。 確かに少しでも協力者は必要な状況だ。 お前に諭されるとは、本当に私も疲れているみたいだな」
「どういう意味だ」
少し魔理沙を小馬鹿にしたように笑う藍に、魔理沙は不機嫌そうな口調で言う。
それを藍は、やれやれと少し頭を抱えるようなポーズを取っているように見えながら、それでも成長した魔理沙を見て少し嬉しそうに言った。
「まあいい、ならば少しくらいはお前たちにも手を貸してもらうとしようか。 パチュリー・ノーレッジ、貴方も協力してくれるだろうか」
「別にかまわないわ」
「おう、どんとこい!」
そう返事をする魔理沙の顔は、見ただけでわかるほどウキウキしたものへと変わっていた。
異変のことを詳しく聞けるからというのもあるが、今まで一度として自分を頼ることなどなかった藍に協力を要請されたことが、単純に嬉しかったのだろう。
「ではその前に、まず質問させてほしい。 そもそもお前たちはなぜ地底の封印のことを知っている?」
「実際にちょっと地底に行ってきてな。 そこでさとりからいろいろ聞いたんだよ」
「さとりとは、あの古明地さとりのことか? よくあの妖怪と話ができたな」
紫ですらまともに会話など成り立たないという偏屈妖怪。
そこから情報を引き出せたことに、藍は口を隠しながら驚く。
だが、魔理沙はそれを見逃さず鼻をふふんと鳴らし、ドヤ顔で藍を見てくる。
それに気づいた藍は「ウザッ」という気持ちを噛み殺しながら、話を続けた。
「……それで、そいつからどこまで聞いたんだ?」
「ああ、なんか紫が昔、映姫とかと一緒に地底に封印した何かが、この前の異変で怨霊と一緒に地上に出てきたってことまでは聞いたな」
「なるほど。 「何か」と口にするということは、詳細までは掴んでいないのか」
「まあ、そういうことだな」
さとりも、紫が永琳と並んで危険視する存在の一人だった。
様々な秘密を抱える藍は心を読まれるわけにはいかないため、今まで直接さとりに会ったことはないが、それが警戒すべき存在であることは紫から聞かされていた。
そのさとりに既に今回の計画が漏れているのではないかと身構えた藍だったが、そこまで深く知られている訳でもないことを知って少しだけホッとしていた。
だが、依然として警戒はしていた。
本当にさとりからそれ以上の情報を与えられていないのならば、魔理沙が一直線にここにたどり着くはずがないからだ。
「ならば、何故お前はここに来ようと思った?」
「え? あー、いや、それはだな、まぁなんとなくだ。 にとりのことが心配だったからな」
魔理沙はにとりの方を一瞥してそう言う。
地底にいた時にはその安否すらわからなかったにとりだったが、無事どころか、今は藍に守られていてむしろ安全な状態だった。
だから、地底で見た怨霊のことはまたややこしい話になりそうなので、魔理沙は軽くごまかすことにしたのだ。
「ってかそんなことよりさ、そもそもその何かっていうのは一体何なんだ?」
そんな露骨な話の逸らし方をする魔理沙を、藍が怪しく思わないはずがない。
だが、たいていの場合は魔理沙に何かを問い詰めても結局ただの徒労に終わることを知っている藍は、諦めて話を進めることにした。
「……まあいい。 地底に封印していたのは、とある危険な能力だ」
「能力?」
「ああ。 負の感情を原動力に力を増幅し、全てを飲み込む闇の能力だ」
それを聞いて、魔理沙は少し頭を傾げていた。
そもそも能力を封印するというのがよくわからなかった。
能力というのは単独で存在するようなものではない。
誰に付属的に存在するものなのである。
だとしたら、それを持っている何者かがいるはずなのだ。
「まぁ、お前もわかってはいるだろうが、その闇の能力にも当然ながら持ち主がいた」
「だろうな。 ってか闇とかルーミアとキャラ被ってんじゃねーか」
「……続けるぞ。 それを持っていたのはその能力に加え、その力も、存在自体も全て危険極まりない邪悪だった。 だから今から500年ほど前、閻魔様の能力でそいつの構成要素を「能力」、「力」、「存在」の3要素に明確化し、紫様の能力でその3つを境界分けし、それぞれ別の場所に封印することで、そいつが幻想郷に害を成す前に無力化しようとしたのだ」
「それで、その内の「能力」ってヤツがこの前の異変で解き放たれて、地上の奴らを乗っ取ったってことか」
「ああ、そういうことだ。 たった一つが解放されただけでこの騒ぎだ。 それを残る2つの要素と結びつかせることだけは絶対に避けなければならない」
「そりゃそうだぜ」
魔理沙は大きく頷いた。
誰もが手に負えていない今の状況で、それはまだ3分の1の力しか持っていないのである。
それがもし全ての力を手にしてしまえば、本当に異変どころの騒ぎではなくなることは魔理沙にも容易に想像ができた。
「それで、残る2つはどうなってるんだ?」
「詳細を漏らすわけにはいかないが……簡単に言えばそいつの「力」の要素については今は安全な場所にある。 だから、問題はもう一つの「存在」の要素だ。 これは他の2つとは違い、言ってしまえばその邪悪の人格も含めた要素だったから、その封印には生物を使う必要があった」
「生物? ってことは、もしかしてその「存在」って要素を宿してる奴がいるってことか?」
「そうだ。 まあ、封印している間はそいつにはその記憶も影響もないから、普段は幻想郷に置いて監視しているだけだったがな」
たった一つの要素だけで幻想郷全体を混乱に陥れる力。
それと同等のものを常に宿している者がいるというのは、考えたくない恐怖であった。
「だが、「能力」の要素が幻想郷をさまよっている状況では、それをただ監視しているだけではいけなくなった。 だから、「能力」と結びつく前に「存在」という要素を完全に消滅させることにしたのだ」
「あん? そんなことできるんなら最初からやってろよ」
「いや、今まで魔力の力でも、霊力の力でも、それを完全に消すことはできなかった。 私と紫様や閻魔様の力よりも、その邪悪のもつ力の方が圧倒的に大きかったからだ」
「げっ。 紫と映姫よりもっとヤベえのか」
「だが、その邪悪が全く知らない、対応することのできない未知の力があった。 それが、科学の力だ」
そこまで言われて、魔理沙は半ば忘れかけていたにとりのことを思い出す。
藍が来てからというもの、にとりは縮こまったように大人しかった。
おしゃべりなにとりが科学の話題になってなお口を挟んでこないことに若干の違和感を感じたが、いつも藍が近くにいたせいで辛気臭さが伝染ったのか、説教ばかり受けて苦手意識が出てきたのかだろうと予想し、魔理沙は少し苦笑する。
「なるほどな。 それでにとりが」
「そうだ。 その存在を魔力などの力ではなく、原子の性質やエネルギー反応といった幻想郷ではまだ試験段階の最新技術を利用して判別、変容させることによって、古い存在であるその邪悪の力が及ばぬようしたのだ」
「へぇ……ま、そういう難しい話は私にはよくわからんけどな」
「それでもいい。 とにかく、科学の分野に強い河童たちにその技術を開発させ、その中でも一番の科学者である彼女を守るのが私の役目の一つだったということだ」
そもそも幻想郷においては科学が大きな力を生み出せることを知る者自体が少数派であり、外の世界ですら画期的な技術力が見られ始めたのはここ100年くらいだということを考えると、数百年単位で封印され続けてきた者がそのメカニズムを知っているはずがないのである。
いくら強い力を持った者であっても、その力の介在しない事象への対処法はそう簡単に見つけることはできないのだ。
「つまり、もうその「存在」ってのも根本から消滅させることが可能になったわけだ」
「ああ。 その方法が確立したのは今日のことだがな」
それを聞いて、魔理沙は少し拍子抜けする。
自分たちが右往左往している間に、藍たちは既に異変の解決策の一端を練り終えていたのだ。
地底にいたときは初めて異変の核にたどり着いたと少しだけぬか喜びしていたのに、既に解決のめどが立っていると言われてしまい、魔理沙は本心では安心したものの、残りは後始末だけかーと少し残念そうに言う。
「ちぇっ、結局またおいしい所は持ってかれちまったみたいだな」
「いや、そういう訳でもないだろう。 その能力自体は未だ幻想郷を飛び交っているからな、お前たちにはその能力に乗っ取られた感染者を無力化して守矢神社まで連れてくる役目を担って欲しい」
「守矢神社? なんだ、神奈子たちも関わってるのか?」
「今回の件に関して協力してもらっているだけだがな。 まあ、細かいことは気にしなくていい。 だが、感染者の中には非常に強い力を持った奴もいるからな。 あまりに危ない相手なら迷わず逃げるといい」
そう。 いくら異変解決の目処が立ったとはいえ、それが未だ深刻な異変であることには変わりないのだ。
妖怪の山や地底まで巻き込んでの大異変。
ましてや、敵の中には霊夢や紫でさえ敗れるような相手がいる中で楽観的にいることはできなかった。
だが、結局は今回も自分が解決するに至らなかった魔理沙は、拗ねるように二つ返事で返す。
「へいへーい、それはそれはご配慮ありがとうございました。 でも、私たちはもうその存在やら何やらの件に関しては気にしなくていいわけか」
「そういうことだ。 その件については、お前たちは心配しなくていい」
「……心配しなくていい?」
藍の何気ないその言葉に、なぜかそこまで大人しかったにとりが敏感に反応する。
「ん? どうしたんだ、にとり?」
「本当に、魔理沙が何も心配しなくていいの?」
にとりが少し不安そうな声で藍にそう言う。
藍はその表情を崩さずに返す。
「ああ。 そもそもそのことを一番よく知っているのは、システム開発者のお前のはずだ。 そうだろう?」
「っ!!」
にとりが少し、何かに一瞬怯えたように見えた。
だが、その表情はすぐに無理矢理作ったような笑顔に戻る。
そして、何を言う訳でもなく、ただ少し寂しそうな目で魔理沙の方を見ていた。
「どうしたんだ?」
「少し疲れてしまったのだろう。 どうやら彼女には少し仕事を頼みすぎたようだ。 しばらく休ませてやるとしよう」
「……ああ」
「にとり?」
少し、にとりの様子がおかしかった。
魔理沙の知っている、いつもの元気なにとりとはかけ離れてしまった表情。
どんな時だって、たとえ徹夜でだって発明に熱中していたにとり。
だが、幻想郷を救うような大発明に打ち込んでいるはずの今のにとりに、そんな楽しそうな雰囲気はない。
そして、何かに冷めてしまったかのような投げやりな目をして、突然一人呟き始める。
「……いつもそうだよね。 それだけしか教えてくれない」
「え?」
「その陰で誰が苦しんで、誰が悲しんでるかなんてどうでもいいんだ。 勝手な正義感だけ押し付けられて、私たちみたいな弱い妖怪はただ従ってることしかできない」
突然、にとりは人が変わったように嘲笑の混じった声で話し始める。
何が言いたいのかよくわからなかった。
ただ、その目はどこを見ている訳でもなく、少しだけ虚ろな影を落としていた。
にとりのその態度に、藍は少し高圧的に問う。
「……何が言いたい?」
「言ったよね。 もう何も心配しなくていいって」
「ああ」
「だったら、その妖怪はどうなるの? あんたたちに勝手に存在だとか訳のわからないものを植えつけられたそいつは」
「……」
「どういうことだ、藍?」
魔理沙も、少し怪訝な表情で藍に問う。
藍はにとりを睨んでいた。
さっきまでとは違う表情。
にとりに脅しをかけるかのような、強く冷たい目。
藍からにとりに対する静かな敵意を感じて、魔理沙は何か嫌な予感を感じ取る。
「余計なことは言わなくていい」
「余計なことって何だ! 私たちはお前に協力するんだぞ、隠し事は…」
「文句があるのなら、お前は何もしなくていい。 このまま大人しく帰っていろ」
「なっ!?」
魔理沙は不快感をあらわにする。
やっと自分を認めてくれたと思った藍が、再び魔理沙のことを冷たく捨てる。
まるでもう用済みだと言わんばかりに魔理沙から目を背ける藍にかわって、にとりが口を開く。
「だったら、私が代わりに答えるよ。 こいつらは、存在ってのごとその妖怪を消してしまおうって考えだ」
「っ!!」
「はあ!? どういうことだよ!」
魔理沙はそれについては解決した問題だと思っていた。
藍が、もう心配することはないと言ったから。
だから、藍には当然その妖怪を助けることだって出来ると思っていたのだ。
「貴様は…」
そして、膨れ上がった藍の敵意とともに、にとりは再び大きく震える。
怪しく思った魔理沙が目を凝らしてよく見ると、にとりを護っていたはずの刃の式神が内側を向き、その喉元に突き付けられているのがうっすらと見えた。
「なんだよ、これ。 おい、藍! 一体どういう…」
「簡単だよ。 そいつらはたった一人や二人が苦しもうが死のうが知ったことじゃないってだけだよ。 その能力の感染者たちだって同じ。 そいつに邪魔だと思われた奴らが、もうどれだけ消されたかもわからない」
「なっ……」
魔理沙はそれ以上言葉が出なかった。
信頼していたつもりだったのに。
表向きは『スペルカードルール』なんて聞こえのいいことを言って、そんなことをしているのを、ずっと隠していたのか。
自分たちにその感染者とやらを集めさせて、全部殺す気でいたのか。
――ふざけんな。
――ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな。
ただ、そう言いたかった。
それを知ってか知らずか、藍は開き直ったかのように言う。
「だったら何だ? 全を救うためには多少の犠牲は付き物だ。 それは、為政者として当然の役目だろう」
「……なんだよそれ。 ふざけんなよ」
「そうしなければ何も救えない。 ただ理想論を語るだけでは何も変わらない。 まぁ、そんなことをお前に言ってもわからないだろうがな」
「わかってたまるかよ! きっと、何かそんなことをしなくても済む方法が…」
「ほらね、もういいよ魔理沙。 こいつらに何を言おうと、いつだってそういう勝手な考えを通すだけだ」
「え?」
だが、魔理沙は少し違和感を覚える。
少なくとも、にとりはさっきまでは藍の協力者だったはずなのに。
こんな話し方を、しなかったはずなのに。
「どうせ私たちは虐げられることしかない。 そうやって、勝手な都合で切り捨てられるだけなんだ」
「……にとり?」
「だからさ。 私、わかったんだよ、魔理沙」
にとりは、突然笑う。
それは、魔理沙が今まで見たことのないような、言いようのない不気味な笑顔だった、
そして……
「支配するような奴らがいるからいけないんだ」
「え?」
「だから、それが全部消えれば――」
にとりが右手を振り上げ、パチンと指を鳴らすと同時に、
「――それで、全部解決じゃないか」
「っ!?」
――日符『ロイヤルフレア』
次の瞬間、藍の立っていた場所が光ったような気がした。
だが、魔理沙がはっきり見たのはそこまでだった。
気づくと魔理沙は発生した爆風に吹き飛ばされて、木に強く叩きつけられていた。
「がっ!? なん……だ…」
そして、微かに見開こうとした目に映ったのは、
「……え?」
天高く昇る火柱だけだった。
そこにいたはずの藍の姿は、もう見えなかった。
「藍っ!? ……ぐっ!?」
おそらく背骨にヒビくらいは入ったであろう自分の体を気遣うことなく、激痛に耐えながら魔理沙は跳び出す。
だが、あまりに強く圧縮された高エネルギーの塊に、人間である魔理沙は近づくことすらできない。
「嘘だろ? なあ藍! 返事しろよ、藍!!」
「……ここにいるわ」
魔理沙の上空にいたのは、藍を片手に、もう片方の手に大きな魔道書を持ったパチュリーの姿だった。
「パチュリー!?」
「……すまない、助かった」
パチュリーがその炎を発する直前、周囲から藍に向かって何かが放たれようとしていた。
何だったのかはわからない。
ただ、現状を考えれば、少し危険を冒してでもそれを全て焼き尽くすという判断は間違っていなかったはずだった。
「構わないわ。 それより――っ!?」
そこに突如、パァンと大きな破裂音が響いた。
それが何の音かわからない3人であったが、
「何よ、これ……」
パチュリーは次の瞬間口から血を吐き、その胸からも大量の血が噴き出していた。
「パチュリー? おい、一体何が…」
「邪魔、するなよ」
「っ!!」
そして、にとりの声と共にもう一度同じ破裂音が響き渡る。
得体の知れない攻撃を、藍はすぐに式神を駆使してガードしようとするも、あまりにも速過ぎるそれに対応しきれず、今度は藍の肩に当たる。
「ちっ……っ!? 何、だ、これは…?」
そして、藍が何かに引きずり込まれるように、そしてそのまま引っ張られるようにパチュリーも、突然頭から真っ逆さまに地面に落ちた。
2人を襲っていたのは、体が痺れて思うように動かず、まるで上下が反転したかのような感覚。
なにかの薬物か、それとも能力か。
状況を把握しようと考えているうちに、藍はにとりを取り囲んでいた式神の力が既に消されていることに気付く。
そして、その足はいつの間にか何かに捕えられていた。
のびーるアーム。 藍とパチュリーを捕えていたそれは、手の形をしたにとり愛用の機械だった。
「もしかして、にとりなのか……?」
それを目にした魔理沙が、呆然とした表情で言う。
しかし、にとりはそれに答えずに、得体の知れない道具を再び藍に向けていた。
細長い筒のような形状に、上にはスコープ。 そして、持ち手には引き金がついている。
幻想郷にあるとは思えない、恐らくは外の世界の技術である代物。
それが何であるかは、にとり以外の誰にもわからない。
ただ、それが恐らくパチュリーと藍を傷つけたものであろうことを察知した魔理沙は、藍たちを守るようににとりの前に立ちふさがって言う。
「おいにとり、何してんだよ!!」
「……邪魔しないでくれよ、魔理沙」
「はあ!? おいにとり、ちょっと落ち着けよ」
「そこをどこないと、たとえ魔理沙でも……」
「っ――!? くそっ!!」
言いようのない威圧感を感じた魔理沙は、とっさににとりに向かって箒を構える。
そして、訳もわからないまま一枚のスペルカードを取り出した。
「何考えてるか知らないが、しばらく大人しくしてもらうぜ、にとり!」
「……」
「スペルカード宣言、光符『ルミネスストライク』!」
瞬く間に箒の先端に発生する、巨大な魔法弾。
それは、魔理沙による奇襲であった。
拡散せず、迂回せず、まっすぐ飛んでにとりまで1秒以下でたどり着く弾幕。
仕留めようなどと思っていない、ただその道具をはじき飛ばそうとした魔理沙の判断は、
「え……?」
あまりに、軽率だった。
それは、にとりがスペルカード戦に応じるという前提があって初めて機能する奇襲。
だが、本当に奇襲のつもりなら、魔理沙はスペルカード宣言などをすべきではなかった。
魔理沙がそのことに気付いたのは、再びその破裂音が響いた後だった。
既に倒れて状況すら掴めない状態になっている藍に向けて放たれた何かが、魔理沙の首筋を掠めて飛んでいく。
魔理沙はそれを前に一歩も動けないまま、呆然と立ち尽くして言う。
「なんで……にとり、だって、お前…」
「落ち着きなさい、魔理沙!!」
狼狽する魔理沙の耳に、パチュリーの消え入りそうな声が微かに聞こえてくる。
恐る恐る振り返ると、一人冷静に、藍の前に分厚い土の壁を作り出しているパチュリーの姿があった。
その甲斐あってか、魔理沙の位置からでは見えないものの藍は無事である。
だが、その身体に限界が来たパチュリーが倒れるとともに、土の壁は魔力を失って崩れ去る。
パチュリーの足元では、既に血が水たまりのようになっていた。
「パチュリー!? おい、大丈…」
「いいから、前を、向きなさいっ! あいつは、多分…」
「え? 何だってっっ……!?」
そして、魔理沙の声が止まる。
バチッと白い線が魔理沙を貫いたかに見えた次の瞬間、無傷の魔理沙は一言声を出す余裕もないまま地面に倒れ伏していた。
「がっ…? なんだ、これ、動けな…」
魔理沙は体が痺れて動けない。
それは、少し身に覚えのある感覚。
しばらく前に天界に登る途中で味わった、雷の力をくらったような感覚だった。
「大丈夫だよ魔理沙。 傷も残らないし、しばらくしたら動けるだろうから心配しないでね」
「なんで、だよ。 やめろよ、にとり、お前、は…」
そこまで言いかけて少し目線を上げた瞬間、魔理沙はもう声が出せなくなった。
何が起こってるかもわからない。
どうしてにとりがこんなことをしているのかはわからない。
だが、たった一つだけ魔理沙には理解できた。
――ああ、そうか。 結局私は間に合ってなかったんだ。
魔理沙を見下ろすにとりの冷たい目。
一切の光が失われたそれは、いつもの元気な姿からは想像もできないものだった。
そう、既ににとりはそれに感染していたのだ。
それも藍が護衛につくもっと前から。
だが、そのことにはもっと早く気づくべきだった。
魔理沙はにとりが地底の怨霊の標的であることは知っていた。
ならば、既にその影響を受けている可能性があることを最大限考慮しておくべきだったのだ。
それなのに、ちょっと元気そうに見えてたから大丈夫だと楽観的に思い込んでいた。
藍にそのことを伝える絶好の機会もあったというのに、それを怠った。
――その結果が、このザマか。
魔理沙は動けない。
だが、体が動かないにもかかわらず、その目からは悔しさで涙がこぼれ落ちていた。
そんな魔理沙の横をにとりは素通りしていく。
――頼むよにとり、やめてくれよ。
だが、そんな声すら出ない。
いくら悔しくたって、自分には何もできない。
一人苦しんでいたにとりに何もしてあげられなかった。
たった今、瀕死のパチュリーと藍が見えたって、自分には助けることができない。
何も救えない。
所詮これが自分の限界だった。
にとりはただ無言のまま、その道具を再び藍に向ける。
それはきっと、今のパチュリーと藍を殺すには十分な代物だった。
――たすけてくれ。
魔理沙はただ、泣きながら心の中でそう叫んだ。
だけど、誰にも聞こえない。
にとりは、既にそれを構えている。
何か、引き金のようなものに既に指をかけている。
だけど、藍もパチュリーも、もう一歩も動けない。
それを見て何かが吹っ切れたかのように、魔理沙は自分の中にある最後の力を振り絞って、
「たすけてくれよ……アリスッ!!」
そして、無常にもまたその破裂音が響いた。
それにかき消されて聞こえたのかすらわからないが、魔理沙はただ思い切りその名を叫んだ。
それは、魔理沙が一番信頼する名。
どんな状況でも、本当のピンチの時には自分を絶対に助けてくれると信じたその名は、
「あー、アリスじゃなくて悪かったわね」
「え?」
聞き覚えのある、少し寝ぼけたような声にかき消される。
魔理沙がふと前を見ると、にとりが放った小さな鉛の塊が藍の額の直前で結界に阻まれて静かに動きを止めていた。
その隣に立っていたそいつは、横目で魔理沙を一瞥し、すぐににとりの方に向き直って言う。
「それよりあんた、なに物騒なもん使ってんのよ。 スペルカードルール知らないの?」
「……」
だが、何も言わずに、にとりは今度はそれを目の前の相手に向ける。
「邪魔だよ、どいてくれないかな?」
「……あー、はいはい、そういうつもりね。 あいつらといいあんたといい、これはちょっと躾が必要ね」
魔理沙は目を疑った。
その目に映っていたのは、印象的な赤と白の装束を着た一人の巫女。
凛とした目でスペルカードを構えた――
「スペルカード宣言、境界『二重弾幕結界』!!」
いつもと同じ、霊夢の姿だった。