東方理想郷 ~ Unknowable Games.   作:まこと13

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中編ノ参 ~真実~ 
第26話 : 呪縛


 

 

 

東方理想郷 ~ Unknowable Games.

 

第26話 : 呪縛

 

 

 

 

 

 あれから、どれだけの時間が経っただろう。

 かつては妖怪の山だった場所で、まるで世界からはじき出されたかのように誰もが正常な時間感覚を失っていた。

 

 ただ、たとえ感覚がなくても時は刻まれていく。

 地平線まで届かんばかりに真っ直ぐ伸びた衝撃波に、時空を歪ませるほどの力の衝突。

 山の一部から昇った灰色のきのこ雲や、宇宙まで届かんほどに天空を覆った得体の知れない暴風と、それを掻き消した何か。

 数えきれない異常事態は、それぞれが確かに世界を破滅に導くほどの力の暴走だった。

 だが、それらに最小限の注意を払いながら、誰一人として気にかける者などいなかった。

 そんなものに構っていられるような余裕は、1秒たりとも無いからだ。

 

「魔符『全世界ナイトメア』!!」

 

「土符『レイジィトリリトン』」

 

 パチュリーに操られた砂嵐が、レミリアの飛散させた血と混じり、辺りを取り囲んでいく。

 呪術の込められた吸血鬼の血に染められた塵ほど小さな砂の粒の集合体は、やがて触れた全てを侵食していく毒となり、最強の攻撃と防御を兼ねた盾と化していく。

 それは大地そのものを侵し、たった一つだけで最悪の異変と言って過言ではない負の遺産を幻想郷に遺しかねない、あまりに凶悪な連携技だった。

 

 だが、それすらも攪乱の手段の一つに過ぎなかった。

 視界を覆った毒の砂嵐を、ルーミアは触れることすらなく、自らを取り囲む闇の力で半自動的に簡単に飲み込んでいく。

 その視線も、思考すらも、レミリアとパチュリーに向いてはいなかった。

 まるでその程度の攻撃など対応するに値しないと言わんばかりに、ルーミアは2人のことを気にかけていなかった。

 それでも、1分ももてば大健闘というほどの相手を前に、未だレミリアたちは全くの健在だった。

 吸血鬼であるレミリアの強力な攻撃と能力や、パチュリーの多彩な魔法がそれに貢献する部分は確かにある。

 だが、ここまで互角の勝負を繰り広げられているのは、ひとえに彼女の能力のおかげだった。

 

「奇術『ミスディレクション』」

 

 ルーミアが時空から取り残されて、四方八方からナイフの嵐が襲い掛かってくる。

 ルーミアは別に、そのナイフ自体には微塵も脅威を感じていない。

 だが、徐々に時間感覚が狂わされ、自分自身の感覚と操る闇の動きの連動の認識すらも曖昧になっていく。

 そのせいで、レミリアとパチュリーの攻撃を防ぐのが、次第に困難になってきているのだ。

 更に言えば、そこにあるのはただ「時間」の問題だけではない。

 時間とともに視界が歪み、標的の場所も、方角すらもままならなくなっていく現状に、ルーミアは次第に混乱していった。

 

「ちッ……」

 

 ルーミアが珍しく舌打ちするほどに不快感を露わにする。

 

「時間を操る能力、か。 まさかここまで厄介なものだとはなー」

「ふふっ。 それは嬉しい評価ですね」

 

 紅魔館のメイド長、十六夜咲夜は優雅な笑みを浮かべながら再びルーミアの視界から消える。

 人間でありながらも『時間を操る能力』という最強ともいえる力を持つ彼女は、未だその全てを出し切ってはいなかった。

 彼女の本質を知るのは、レミリアとパチュリーと美鈴の3人だけ。

 それ以外の者は、誰もが彼女の能力をただ時間の流れを操るだけのものだと疑っていなかった。

 ただ一度霊夢に敗れた時ですら、底の見えかけた彼女の力は、それでも全てを明かされることはなかった。

 

「どこを見ている!!」

「ッ!!」

 

 咲夜の能力に気をとられている隙に、闇に蝕まれた砂の盾の隙間から、レミリアがルーミアの前に飛び出していた。

 感覚の狂わされた闇の力は、パチュリーの魔法を飲み込もうともレミリアを捕えきることはできなかった。

 それでも、ルーミアは未だレミリアを気にかけてなどいなかった。

 間近で振われた鋭い爪を、ルーミアはほんの少し目線を流すだけで軌道を見切り、レミリアの手首を無造作に掴んで骨ごと握り潰して止めていた。

 闇の能力を退けてやっとの思いで成したレミリアとルーミアの一騎打ちは、あまりにあっさりとレミリアの敗北に終わった、かに思えた。

 だが、それでレミリアが怯むと思って目線を咲夜に戻したルーミアを嘲るかのように、

 

「貫け―――紅符『スカーレットマイスタ』」

 

 事前に放たれ、咲夜によって時間軸をずらされていたレミリアの閃光が、レミリアの腕ごと、それを掴んでいたルーミアの肩から先を弾き飛ばしていた。

 虚を突かれて片腕を失ったルーミアにできた隙を、レミリアは逃しはしない。

 千載一遇のチャンスにレミリアが思い浮かべるのは、自身の天性の身体能力にかまけた乱雑な攻撃ではなく、洗練された一つの流れるような芸術とも言うべき動き。

 体勢の崩れた自らの身体で、その「崩れ」という動きさえも利用した回転蹴りをルーミアに叩き込む。

 

「ぐっ……」

 

 傷口を抉るように追撃をかけられたルーミアの表情が、微かに歪む。

 だが、それは決定打にはならない。

 いや、レミリアは元々それを決定打にするつもりなどなかった。

 中途半端な体勢で放たれたそれで、勝負を焦って決めに行こうとするほどの―――

 

 ――そんな愚かな動きなど、美鈴なら絶対にしない。

 

 だからレミリアはその蹴りを、流れてしまった自らの体勢を万全に整えるための「反動」として使うために、あえて力を抑えて放っていた。

 そして、まっすぐな姿勢で着地する間際、レミリアはほんの一瞬だけ呼吸を整える。

 ただの突きの連打という単純な動きだけで美しさを感じさせるほどの、完成された「武」のイメージ。

 

「虹符――」

 

 近くで長年見続けてきたそれを、レミリアは自らの内で更に昇華させる。

 背後から迫ってきた闇に既に侵食されつつある自らの身体など気にも掛けないほど、ただ心を静めて、

 

「『烈虹真拳』」

 

 既に体勢を整えたルーミアが纏い始めていた闇の、未だ脆い部分。

 まだ完全に戻りきっていないそれを分散させられる点穴を見抜き、レミリアは針の穴を突くかのように正確に、それでも全力で次々と穿っていく。

 大気を切り裂く「気」の乱打が辺りを覆う闇の軌道を逸らし、再び無防備になったルーミアに向かって、

 

「からのッ!」

 

 その静なる「武」から一転して、自らの天性の動なる「暴力」を一つの形にし、その身体ごと全て捧げる。

 

「神槍『スピア・ザ・グングニル』!!」

 

 レミリアの魔力を吸いつくし、やがて巨大な槍と化した魔力は、ルーミアの身体を一直線に貫いて吸血鬼の血肉の混じった呪いとともに大地に磔にした。

 同時に、レミリアの身体が幻想郷から消えていく。

 それは、ルーミアの驕りから生まれた隙を見逃さず放たれた、レミリアの全てを懸けた捨て身の一撃だった。

 

「月符『サイレントセレナ』」

 

 だが、その直後パチュリーが高らかに本を掲げると同時に天が輝き、降り注ぐ月光が辺りを刺すように包み込んでいく。

 魔力を使い果たして消滅したはずのレミリアは、その空間で薄い蝙蝠の群れとなって飛び回り、やがて一つに収縮していく。

 そして、月の魔力を得たレミリアは、気付くと何事もなかったかのように身体を再生してそこに立っていた。

 

 レミリアはもう何度も死にかけたが、それでもここまで誰一人として死ぬことはなかった。

 この戦いで初めて、レミリアが自らの魔力を消費してまでその『運命を操る能力』を積極的に使い始めたからだ。

 咲夜が傷つく運命。

 パチュリーが傷つく運命。

 レミリアが再起不能になる運命。

 レミリアは瞬時にそれを察し、その瞬発力でもって咲夜やパチュリーに向かう攻撃を全て肩代わりしつつも、自らの限界を超えない一線を保てる運命を模索して変え続けていたのだ。

 その無理な力の行使に必要な魔力が尽きないよう、パチュリーがレミリアに月の力を与え続ける。

 そして、それに合わせるように咲夜が時間を操作することにより、消滅と再生の間で発生する僅かなタイムラグさえも支配する。

 そのおかげで咲夜はほぼ無傷で、パチュリーもにとりから受けた傷がほんの少し残っているだけだった。

 だが、簡単に再生を終えたレミリアだったが、その昔傷口を日光に焼かれてしまった右半身だけは自分で再生することはできない。

 それでも、レミリアはまだ余裕の表情を浮かべていた。

 

「咲夜」

「かしこまりました、お嬢様」

 

 咲夜がそれに答えるとともに、再生するはずのないレミリアの右半身が瞬時に元に戻る。

 再生したのではない。 一瞬という間すらもなく元に戻っていた。

 

「……さて。 仕切り直し、だな」

 

 だが、そこで終わったかのように思えた戦いは、未だ折り返し地点にすら辿り着いてはいなかった。

 レミリアは一つ息を大きく吐いて、正面を見据える。

 その視線の先では、確かにルーミアを貫いたはずの巨大な槍が、平然と歩くルーミアの手に、まるで自分のものであるかのように握られていた。

 

「……」

 

 ルーミアはそれを無言のまま圧し折り、投げ捨てる。

 ルーミアが睨んでいたのは、自分を貫くほどの槍を放ちながら余裕の表情で再び向き合っていたレミリアではない。

 その隣に悠然と佇む咲夜を恨めし気に見据えていた。

 レミリアの右腕右足に合うように作られた義手や義足。

 咲夜は時間を止めてそれをレミリアに装着し直しているのだろうが、そんなものをいくつも隠し持っている様子など全くない。

 ナイフも、同様である。

 ほんの少し上背があるものの、人間の一般的な女性とそれほど変わらない体格である咲夜が持ち運べるはずのない量の物体を、平然と次の瞬間にはその手に構えているのだ。

 

 ――飲み込まれる前まで時間を逆行させている? いや、そんなことができるのならとっくに異変前まで時間を戻して私を消滅させてるだろ。 

 

 ――なら、近くに武器を隠している……いや、まさかわざわざ取りに戻っているのか?

 

 遮蔽物のほとんどないここにおいては前者はあり得ないし、後者は考え辛い、というよりも考えたくもないことだった。

 この一瞬で遠方まで物資を取りに戻っているというのならば、それは咲夜が可能な停止時間や範囲に制限が無いことを意味するからだ。

 無制限に時間を操れる、などという反則的な能力があるとしたら、そもそも霊夢にすら負けるはずがない。

 だとしたらどういう原理で咲夜がそれを用意しているのか、理解できない。

 ルーミアは咲夜の能力を打ち破る手がかりを、持ち合わせてはいないのだ。

 だが、打つ手が見当たらず苛立つルーミアよりも、少しずつパチュリーが精神的に参ってきていた。

 

「それにしても、本当にキリがないわね。 一体何なのよ、あいつは」

 

 戦況は進みながらも、パチュリーは疲れたように2人にそう話しかけていた。

 隙だらけに見えるそれは、実は隙にはならない。

 3人の会話とその認識速度だけが、咲夜の能力によって速めて進められているのだ。

 一歩間違えば次の瞬間に死が待っている状況で、そんなギリギリの手段を駆使しながら起死回生の一手を探して相談し続けていた。

 

「特に厄介なのは、あの再生力ですね。 お嬢様の吸血鬼としての再生力どころか、永遠亭の蓬莱人の再生力より得体が知れませんから」

「そうね」

 

 ついさっきレミリアが弾き飛ばしたルーミアの肩も、完全に貫いたはずのその身体も、いつの間にか元に戻っていた。

 レミリア曰く、吸血鬼が傷を負った場合、自らの魔力を使って自分の身体を元の形に再生しているという。

 紫曰く、蓬莱人は不老不死という生と死のどちらにも属さない曖昧かつ不変の存在であるため、死という片方に天秤が傾くとともに、身体が再生するのではなく概念的に元の状態に戻ろうとする力が働くのだという。

 だが、ルーミアのそれは、一体どういう原理によって再生されているものなのか、未だに解明できずにいた。

 闇の感染者の力を自分の再生力としているのだろうか、それともルーミアの存在そのものが不死性を持っているのか。

 だとすれば、闇の感染者の全てを消さなければルーミアを倒すことはできないのか、それとも一撃で存在すら全て塵も残さぬほどに消し去れば倒すことができるのか、あるいは何か弱点になるものがあるのか。

 とにかく、その原理がわからない限り、とるべき戦略が決められない。

 今は一撃にてルーミアを消し去る隙を狙いつつも、長い間ずっと、魔理沙たちが他の支柱の全てを始末するまでの時間稼ぎをしているだけなのだ。

 

「せめて何か、前例になるものでもあれば……っ!!」

 

 だが、動きのない戦況の中、それはパチュリーの脳裏に突然映った。

 パチュリーの思考が、ほんの一瞬だけ止まる。

 戦況に影響を与えないほど短い時間、虚空を見つめていただけだが、その直後のパチュリーの表情は、

 

「……パチェ?」

「パチュリー様、どうなされましたか?」

「え? あ、ああ……ごめん、ちょっといろいろあってね」

 

 その真剣な眼差しに、いつのまにか一筋の涙が流れていた。

 パチュリー自身すらも気付かないほどに、自然に。

 

「ただ、少しだけ活路は見出せそうよ」

「活路?」

「……何かあったのですか、パチュリー様?」

「ええ」

 

 咲夜は少しだけ心配していた。

 ほんの一瞬だけパチュリーが浮かべた表情を、見逃さなかったからだ。

 微かに悲しく歪んだ、その色を。

 

「小悪魔が、死んだわ」

「……」

「そう、ですか」

 

 死を迎えた小悪魔の記憶が今、パチュリーのもとへと還った。

 状況を整理するために、まずは自分が落ち着く必要がある。

 だから、パチュリーは魔法を一つ唱え終わった合間に一度深呼吸してから、情報を共有する。

 

「邪悪の力について調べていた小悪魔の記憶が、もう私の中に戻ってる。 だから、現状でわかっていることを手短に報告するわ」

「お願いします」

「まず、あいつの力の源である怒りの支柱。 それと疑わしき風見幽香を、魔理沙が倒したわ」

「……へえ。 やるじゃないの」

 

 レミリアは無理に笑みを浮かべてそう言う。

 スペルカード無しで、いかにして魔理沙が幽香に勝ったのか気になるところではあった。

 だが、それを深く追及はしない。

 そんなことを聞いている余裕はないし、それ以上に、小悪魔を失ったという話のショックが大きかったからだ。

 たとえパチュリーの使い魔に過ぎなかったとしても、共に紅魔館に住む仲間であったことに変わりはないのだから。

 だから、それを無駄にしないためにも、パチュリーは涙をこらえて淡々と次に進む。

 

「だけど、ここで問題が発生したわ。 風見幽香を支柱としてそそのかしたルーミアの代理人、鍵山雛が恐らく敵側の主要人物よ」

「鍵山雛……厄神、ですか。 それはまた、厄介ですね」

「そうよ。 そいつが敵だというのなら、相応の対処が必要になるわ。 なのに、何でレミィはそんな重要なことを黙ってたのかしら」

「……いえ、黙ってたというよりも、私はそもそもそんなこと知らなかったもの」

「え?」

 

 支柱であろう幽香が雛から闇の力を与えられたのならば、レミリアもそうだったのではないかと思っていた。

 だが、それは違うという。

 それは、異変の様相を塗り替える一つの事実を浮かび上がらせる。

 

「……そういうこと。 だったら、支柱には二種類いるってことなのかしらね」

「え?」

「風見幽香、それと河城にとりは、ルーミアのことを知らなかった。 だけど、レミィが知らない鍵山雛によって、風見幽香は支柱としての力を与えられた」

「つまり、お嬢様のようにルーミアの持つ闇の能力そのものに選ばれた支柱と、風見幽香のようにその厄神によって恣意的に選ばれた支柱がいる、ということですか?」

「多分ね。 でも、問題なのは鍵山雛が支柱を創り出すことができるっていう事実よ」

 

 つまりは、幽香を倒した今も、どこかで雛によって新たな闇の芽が生み出されているのかもしれない。

 たとえルーミアをどれだけ足止めしたところで、支柱を倒したところで、邪悪の力を止めることはできないのだ。

 

「だから、恐らくそう簡単に闇の力の感染は衰えないわ。 そいつを止めない限り、時間稼ぎをしてもキリがない。 ……ここまでが、確実に言えること」

 

 だが、そんな絶望的な事実から思考を切り替えて、パチュリーは一つ深呼吸する。

 その視線は、少しだけレミリアの方に向いた。

 

「そしてね。 小悪魔の記憶にあったのは、後はほとんど貴方のことよ、レミィ」

「……私?」

 

 疑問の声を上げたレミリアを前に、パチュリーは少しだけ躊躇う。

 この状況でとぼけたような反応をするレミリアに、僅かにでも信頼が薄らいだのか、その事情すらも飲み込もうとしているのか。

 パチュリーはただ、感情を表に出さずに確認する。

 

「レミィがどうしても私たちに言いたくないことなら、咲夜の耳にも入るだろうしこれ以上は聞かない。 だけど、大事なことだから一つだけ聞かせてほしい。 ルーミアの再生力の前例、レミィは本当に心当たりが無い?」

「……」

 

 それを聞いたレミリアの表情が曇る。

 そう聞いてくるということは、恐らくパチュリーが知っているからだ。

 レミリアが隠し続けてきた秘密を。

 

「それは……」

 

 レミリアは答えられない。

 迷いか、制約か、レミリアの心に何があるのかはパチュリーにはわからない。

 ただ、レミリアが重大な事実を隠していることだけは知っていた。

 

「お嬢様?」

「もう一度言うけど、レミィが言いたくないのならそれでもいい。 でも、そしたら私たちにはもう打つ手がなくなるわ」

 

 パチュリーは冷静を装いながらも、心の奥にある焦燥は隠せない。

 そんなレミリアの迷いを、ルーミアが待っているはずがないからだ。

 そんな会話の最中にも、戦況は進んでいるからだ。

 

 咲夜の時間操作による妨害を越えようと、時を止めてなお避ける隙間が無いよう周囲を取り囲む闇の檻。

 それすらも、その力の最も弱い穴を、辺りに流し続けている魔力の流れから瞬時にパチュリーが感知し、3人で協力してそこに穴を空けることで、逃れる。

 運命操作による回避にレミリアが手をまわしきれないように、3人同時に向けて放たれていく闇の刃。

 それすらも、咲夜がそれぞれに攻撃が届くまでの時間をずらすことで、一人一人に最善の対処をしていく。

 パチュリーの補助魔法を無力化しようと、3人のいる空間を分断し遮る闇の壁。

 それすらも、レミリアの運命察知能力が事前に攻撃を見切り、分断されない陣形を再構築する。

 不可能と言っていいほどの奇跡的回避の連続を、パチュリーが張り巡らせた魔力フィールドと咲夜の時間操作とレミリアの運命操作によって、無理矢理に成し続けているだけ。

 そんな、本来ならばとても会話などままならないはずの死線を切り抜けながら、パチュリーと咲夜は待っていた。

 ほんの少しのミスが瞬時に全てを終わらせてしまう危機的状況の中で、それでもレミリアの返答を待っていた。

 打つ手がなくなるとは言ったものの、どうしてもレミリアが言えないというのなら、それはそれで別の道を探すことはできる。

 だからこそ、一刻も早く次の手段を練るためにレミリアには即断が求められるのだが、しばらくの間レミリアは口を閉ざしていた。

 だが、その沈黙はレミリアにとってそれほどまでに重要な問題であることを2人に理解させるのに十分だった。

 

「……パチェがそう言うってことは、小悪魔は知ってたのよね」

「そうね。 ちなみに風見幽香は、その子と交戦したわ。 あと、小悪魔以外にそれを知ってるのは、魔理沙とアリスと美鈴……そして、その詳細を知っている誰かがもう一人いたはずよ」

 

 小悪魔が消えたのがこいしが現れている間であったために、その記憶は僅かながらもパチュリーのもとに還っていた。

 予想以上に多くにそれを知られている事実を悟り、レミリアは一つため息をついてその重い口を開く。

 

「そう。 だったら、もう隠す意味もないわね……私の、妹のことを」

「……お嬢様の妹君、ですか?」

 

 それは、咲夜にとってすらも、初めて耳にすることだった。

 あまりに衝撃の事実を前に、驚きを隠せない。

 小悪魔からの記憶の流入を自然と受け入れるはずのパチュリーの思考が一瞬止まってしまった原因も、少なからずその戸惑いによるものがあったのだろう。

 

「そうよ。 500年ほど前、とある事件によって本当は死ぬ運命にあったはずの私の妹、フランドール・スカーレットの力。 それが、恐らくルーミアの力と同じ原理によるものだと思うわ」

「フランドール? でも、死ぬ運命にあったってことは、その子は…」

「いいえ。 その時の私が、運命を無理矢理変えたの」

 

 フランが両親を殺し、レミリアの半身を消し飛ばしたあの日。

 まだ幼い体のまま日光に長時間晒され続けたフランはその時に死んでしまう運命にあった。

 だが、レミリアは自らの『運命を操る能力』を使って運命の行く先を無理矢理捻じ曲げ、フランを生かそうとした。

 あらゆる可能性の中で、唯一フランを生かすことのできる運命線をたどるために、多くの犠牲と苦悩を伴いながらも、それに成功した。

 そして、その結果起こった光景は……

 

「そしたら、あの子は得体の知れない力を得て生き返ったわ。 ……同時に、私には決して抗えない呪いがかけられたけれど」

「呪い?」

 

 それこそが、レミリアにとっての悪夢の始まり。

 レミリアの耳に届いた誰かの「声」こそが、レミリアの絶望の源泉だった。

 どこからともなく聞こえてきた無機質で冷たいその声は、レミリアの人生を狂わせた悪魔の囁き。

 理解しきれない、それでも今なお脳裏の奥深く、無意識の領域にまでその意味だけが刻まれ続けている、レミリアの心的外傷。

 

 そのトラウマを、レミリアは少しずつ言葉にしていく。

 忘れられるはずのない、運命の歯車が狂ってしまった、あの日の出来事を―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 周りの音など、もう聞こえなかった。

 泣き叫ぶような余裕すらもなかった。

 自分の身体の半分を妹に突然消し飛ばされ、日光に焼かれている絶体絶命の状況。

 それでも、そこにあったのは自分の身の安全を確保しようとする本能ではなかった。

 全身を破壊されてただの肉塊に変わってしまった、かつて父と母だったはずの何かが蒸発していく光景を前に、

 

 ――嫌だ、お父様、お母様! 死なないで!

 

 ――お願い、誰か、誰か……!!

 

 レミリアは何もできなかった。

 自分自身の意識さえも飛びそうになる激痛の中で、声を出すこともできなかった。

 いつだって優しかった、自分とよく似た水色の髪をした母の笑顔は、見ることも躊躇われるほど醜く焼き爛れ、泥の塊のように崩れ落ちて細かく分離していく。

 そして、この世界から消えた。

 あまりにもあっけなく、目の前で母が死んだ。

 それを嘆く暇すらないままに、その隣で何かが弾けるように砂と化した。

 レミリアが尊敬し続けた、妹とよく似た金の髪をした父の身体は、その屈強さを全く感じさせないほど弱弱しく細かく崩れ、風に吹かれて消えていった。

 そんな簡単に、レミリアは両親を失った。

 まだ幼きレミリアは、それを目に焼き付けてしまった。

 戦いの中で死んだのでもなく、寿命で死んだのでもなく、何の意味もなく目の前で死んでしまった両親を前に、レミリアは潰れた声でそれでも泣き叫ぼうとして、

 

「あ……なん、で……ぅぁ、あついよ、ああああ、ああああああああ」

 

 それは、聞こえてきた。

 たった今、父と母を殺した妹の、もがき苦しむ声。

 

「いやだ、だれか、たすけて……おとーさま、おかーさま……おねえ、ちゃん」

 

 自分で殺した両親に向かって、助けを求める声。

 死にかけのレミリアに向かって、助けを求める声。

 レミリアの中にあったはずの悲しみは、それが聞こえてきた途端、いつの間にか別の感情へと変わっていた。

 

 ――ふざけるな。

 

 ――お前は、自分が何をしたのかわかっているのか。

 

 その心の中には、異常なほどに憎悪だけが渦巻いていく。

 その身には止めどなく負の力が湧き上がっていく。

 レミリアの奥底に眠る、まだ自分で制御することのできない能力さえも呼び覚ましていく。

 両親の死の悲しみなど、既に掻き消されていた。

 ただ、呪われた運命を刻み込むべき、憎き相手の名前を思い出そうとして、

 

「フ、ラン……?」

「おね……っ!?」

 

 フランの驚いた声が微かに耳に入るとともに、レミリアの視界は完全に閉ざされた。

 代わりに、最後にその瞳に映ったのは、1つの運命。

 レミリアがその『運命を操る能力』を使って初めて創り出した、この世界の運命は……

 

 

 ――死ねよ、この化け物が。

 

 

 それを刻むとともに、力を使い果たしたレミリアの意識は消えていった。

 すぐにでも日光から逃げなければ両親と同じ末路を辿る状況で、それでもレミリアはそれを選択した。

 自分の身体が焼き尽くされていく。

 でも、もう何もかもどうでもいい。

 自分にはもう、何もないのだから。

 両親の仇である、憎きあの化物を殺せたのだから、それでいい。

 そのまま、ただ全てが終わっていく。

 その内に秘めた憎悪だけに支配されながら、何もかもが暗く染まっていく。

 そして、そんな醜い感情とともに、レミリアは自らの死を悟って……

 

 

「…だ、……でよ」

 

 

 何かに押しつぶされるような感覚で、レミリアは微かに意識を取り戻した。

 押しつぶすというよりは、何かが自分の上に被さったかのような。

 そして、焼けた頬を伝っていく雫と、そこから聞こえてくる消え入るような声。

 全てを諦めたはずのレミリアが、微かに目を開くとともに見えたのは、

 

「おねがい、かみさま……わたしのことはいいから。 なんでも、するから、せめておねえちゃんだけはたすけてよ」

「……え?」

 

 レミリアの傷口を日光から庇うように覆いかぶさったフランの姿だった。

 自らの身を焼かれながら、それでも必死にレミリアを守ろうとするフランの姿だった。

 レミリアは、自分の目の前にあるそれを理解しきれなかった。

 まだ動ける力があるのならば一人で逃げればいいものを、それでも必死にレミリアを守ろうとしている化物のことを。

 そこにあるのは、両親を殺した、ただの―――

 

「しなないで、おねえ、ちゃん…」

 

「ぁ……」

 

 そこで、レミリアはやっと我に返った。

 無邪気に笑っていた、フランの笑顔を思い出す。

 

 

  ――みせたいものがあるの!

 

 

 フランに悪気などなかった。

 レミリアたちを喜ばせようと頑張って、ただ不幸にも起こってしまっただけの事故だったのに。

 そんなことは、本当はわかっていたはずなのに。

 

 ――何やってんだ、私。

 

 レミリアは、自分の愚かさを呪う。

 少しでも余力があるのなら、フランを助けるべきだったのに。

 まだ自分で日傘を差すことすらできない妹を、守ってあげるべきだったのに。

 なのに、勝手にフランを呪って、諦めた。

 こんなにも優しい妹を放って、一人で憎悪に支配されていた。

 

 ――待ってて、フラン。

 

 レミリアが、その身体を無理矢理動かそうとする。

 今度は憎しみではない、家族を守るために力を振り絞る。

 そして、自分の上に被さっているフランを守るために立ち上がろうと、残されたその片腕に力を入れようとした。

 

「今、お姉ちゃんが助けてあげるから……っ!?」

 

 だが、それに気づくのはあまりに遅すぎた。

 レミリアに被さっていたはずのフランの身体が、遂に形を失って目の前で崩れ落ちて。

 レミリアを覆うように伸ばしていたフランの手が、砂のように細かく流れ去って。

 さっきまでずっとレミリアを想って泣いていたフランの顔が、空に溶けて消えていって。

 そして、何もかもを失って遺されたフランの服だけが、辛うじてレミリアの身体を日光から守り続けていた。

 

「ぁ……ぁぁあああああああ”あ”あ”あ”っ!?」

 

 レミリアは、もうそこにいない妹の残骸を見つめながら、泣き叫んだ。

 

「……違う」

 

 そう呟くレミリアの顔を、日光が溶かしていく。

 だが、その激痛さえも無視して、レミリアは叫ぶ。

 

「こんなのは、違う!!」

 

 死ぬのなら、自分であるべきだった。

 苦しむ運命を背負うのなら、自分であるべきだった。

 フランは、何も悪くない。

 あまりに愚かだった自分が、全て悪いのだから。

 ただそんな自己嫌悪の中で、それでも一つだけレミリアは希う。

 

「誰でもいい、お願いだから、私はどんな罰だって受けるから!!」

 

 そう言うレミリアの前には、もう誰もいない。

 そんなことは、レミリア自身もわかっていた。

 それでも、レミリアは叫ばずにはいられなかった。

 

「私はもう、他に何も望まない! この世界に神がいるのなら、私の全てを捧げるから!! これから先、どんな現実だって受け止めるから!! だから――――」

 

 そして、最後の力を振り絞って、感情のまま叫んだ。

 

 

「フランを、助けて!!」

 

 

 すると、レミリアの声に応えるかのように辺りをかつてない天変地異が襲った。

 レミリアがその『運命を操る能力』を使って成したのは、決して起こり得ない虚構へと運命を無理矢理に捻じ曲げる、いわば一つの世界そのものの否定。

 それによって起こったのは、時空間の欠落、法則の乱れ、因果律の逆流、平行次元の超越。

 やがてその歪みに耐え切れなくなった世界には、突然の雷鳴が轟くとともに天が裂け、暗く淀んだ闇が空間の狭間から溢れ出していく。

 辺りに射していた日光は全て遮られ、辺りを夜が覆っていく。

 

 そして、奇跡が起こった。

 

「……え?」

 

 レミリアはただ、呆然としていた。

 身体を動かすことすらできないまま、その信じられない光景を見ていた。

 自分の上に乗っている、確かな重さを感じていた。

 

「フラン……?」

 

 レミリアの上には、元の姿形を取り戻したフランが立っていた。

 本当なら、起こるはずのないそんな奇跡に感謝すべき時なのだろう。

 だが、レミリアは喜び以上に不安を感じていた。

 そこにあるのは、レミリアの知っているフランの表情ではなかった。

 狂気に満たされた瞳が、鋭く見開かれるとともに、

 

「……あはは」

「え?」

 

「あはははははははははははははははははははは――――」

 

 耳が痛くなるほどの奇声とともに、フランの周囲に発生した灼熱の炎が、世界を焼き尽くした。

 生き返ったはずのフランが、自身の身体ごと全てを一瞬で燃やしたのだ。

 突如として間近に発生した炎に焼かれ、苦悶の声を上げるレミリアの前で、

 

「あははっ……ぅあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッ!!」

 

 一瞬で自らの身体を再生させたフランが、今度は狂ったような怒りの声を上げる。

 再生された自分の身体を見て、まるで自分を殺すことに失敗したと言わんばかりに、今度はその手を振り上げる。

 

「ぁぐっ、やめなさい、フラ…」

 

 レミリアの声に一切の反応を見せないまま、フランは自らの首を刎ねる。

 レミリアの目の前に、目を見開いたままのフランの首が落ちた。

 だが、それが瞬時に跡形もなく消滅するとともに、その身体に新たに首が再生する。

 それを、再び壊していく。

 殺す、再生、殺す、再生、それをレミリアの目の前で繰り返していく。

 そんな異常な光景を前に、レミリアは次第に声を出すこともできなくなった。

 フランが蘇った喜び以上に、得体の知れない恐怖をそこから感じていた。

 

 確かに何でも受け入れるとは言った。

 だけど、これでは再びフランは死ぬ。

 理解不能な狂気の中で、自らの力によって苦しみながら死ぬ。

 それを、レミリアは見ていられなかった。

 だが、その殺戮が何回目になるのか、フランがその身の奥から絞り出した力の塊を掲げるとともに――――

 

「あははははは………………」

 

 その奇声が、突如として凍結されたかのように止まった。

 

「――え、何?」

 

 同時にレミリアの身体も動かなくなる。

 だが、なぜかレミリアは口を動かすことだけできた。

 まるで言葉を発することだけを許されたかのように、レミリアの身体は何かに支配された。

 ただ、目線を動かすこともできないまま、誰かが近づいてきたことだけがわかった。

 そいつは無言でフランをじっと観察し、状況を把握する。

 そして、レミリアの視界に入らないまま、言った。

 

「……そう。 一度決定した運命を、もう一度捻じ曲げようとしたのね」

 

 レミリアの反応を確認するかのような視線の動きだけが感じられる。

 心の奥底を抉られるような、かつてない寒気に襲われる。

 レミリアに、冷たい声色が届く。

 

「でも、それは貴方に許された力じゃないわ。 このままだと、この子は死の運命を回避することはできない」

「え?」

 

 唐突過ぎるそれを聞いても、レミリアは何を言われているのかがわからなかった。

 ただ、視界にすら入らないまま告げるそいつに反発しようとして、

 

「だけど、私が特別に貴方の覚悟を尊重してあげる。 この子と、貴方の屋敷の地下深くにある部屋に、魔法をかけてあげるわ」

「……魔法?」

「ええ。 この子の存在をその中で誰にも気づかれず孤独に閉じ込めておくのなら、この子が死ぬ運命を騙し続けることはできるわ。 ただし、その運命を騙すためには貴方の力の全てを捧げ続ける必要があるけどね」

「私の、力って?」

 

 その頃のレミリアは、まだ自分の能力に気付いてはいなかった。

 運命を変えるなどという認識の難しい能力は、まだ幼きレミリアが理解するには早過ぎたのだ。

 

「多分、貴方は運命を変える力を持っているのよ。 世界の理そのものを破壊し変革し、起こり得ない未来さえも創り出してしまう、神を超えた力を」

「運命……」

「でも、それは貴方みたいな子供が使うには強大過ぎる力よ。 その力を使って決定づけられた運命はもう変えることなんてできないの、本来はね」

 

 それでも、レミリアは変えてしまった。

 一度はフランを殺す運命を創り出し、その後にフランを生かすために再び運命を捻じ曲げてしまった。

 だが、それはレミリアに可能な力ではないという。

 

「それでも、もしそれを変えようというのなら、その運命を騙すためだけに貴方の能力を一生捧げ続ける必要がある。 もう二度と、他の運命を変えることはできなくなるわ。 それが貴方の限界だから。 それを超えた時、この子の死の運命が逆行して再び蘇るから。 それでもいいのなら…」

「それでいいわ」

 

 レミリアは、それを遮って即答した。

 

「別に何でも構わない。 フランを救えるのなら、私はどんなことだって受け入れる」

 

 それが、顔もわからない誰かの言うことでもかまわない。

 僅かにでも縋れる可能性があるのなら、迷うことはなかった。

 

「そう。 でも、忘れないでね。 これから先、たった一度でも貴方の瞳に映った運命線から世界の流れが逸れた時、この子は歪められた運命の力によって縛られている狂気の血に支配されて、死を迎えることを」

「……ええ」

「それじゃあね。 貴方はまだ幼いから今は耐えられるでしょうけど、いずれ永遠に見え続ける残酷な運命に苦しんで絶望に墜ちることになると思うわ。 でもまぁ、せいぜい頑張ってね」

 

 そして、凍結された世界が解かれるとともに、気付くとレミリアとフランは静かな小部屋の中にいた。

 今の話に出てきたと思われる、フランを助ける魔法がかけられただろう、紅魔館の地下の小部屋。

 全く気付くことのできないまま、レミリアは景色の違うそこにいた。

 だが、そんな異常な出来事の後でも動揺することなく、レミリアはすぐにフランのもとに片手で這うように近寄る。

 再生しない傷口が地面と擦れる度に激痛が奔るが、それを気にしない。

 そこにいるフランからは、もう狂気など感じられなかった。

 ただ静かな寝息を立てている妹を見て、安堵の表情を浮かべたレミリアは、 

 

「……上等よ」

 

 一人静かに小さな天井を見上げる。

 その、まだ希望に満ちていた頃の瞳で、どこまでも真っ直ぐ見据えて―――

 

「私は、この子を守るために生きる。 たとえどんな運命が待っていようと、絶対に!」

 

 レミリアは、そう宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それがこの500年、私に課せられ続けた運命よ」

 

 パチュリーと咲夜は、何も言葉にできなかった。

 神や悪魔の声か、運命そのものの声か、それが一体何者で、何の目的があってそんなことをされたのかはわからない。

 だが、少なくともレミリアの理解を超えた何かに、その瞬間からレミリアの全ては支配された。

 フランを、あの部屋から出すことはできないと。

 その苦しみを誰に伝えることも許されず、永遠に孤独に抱え込むと。

 そして、自分はどんな残酷な運命だろうと、二度と変えることは許されないと。

 それを破った瞬間に、フランの命は終わるのだから。

 

 それからレミリアにあったのは、ただその瞳に映った運命の通りに動くだけの人生。

 たとえフランが泣き叫ぶ運命が見えようとも、幻想郷の滅ぶ運命が見えようとも、抗いもせず淡々とその運命をなぞるだけの、死んだも同然な日々。

 それこそが、レミリアの心を壊した全ての元凶だった。

 

 ――だけど、あれは偽りの枷だった。

 

 さとりが今日レミリアに見せたのは、運命を変えても再発することのなかった、フランの死の運命。

 実際にはそんな簡単なことでレミリアは解放されたが、フランの死の運命が蘇ることを恐れて、今日に至るまで運命を変えることはできなかった。

 さとりに出会うまで、レミリアはたった一人そんな呪いに縛られ続けてきたのだ。

 

 だが、誰よりも強くレミリアの苦悩を気にかけながらも、パチュリーはそれを抑えて冷静にレミリアに伝える。

 

「その話なら、続きは今度ゆっくり紅茶でも飲みながら聞かせてもらうわ。 どうしてレミィが、その呪縛から解放されたのかもね。 でも、今大事なのはそこじゃないでしょう?」

「ええ、そうね」

 

 謎の制約の理由、そしてその声の主の考察。

 そして、今に至る過程も、全て話せばキリがないだろう。

 だから、今の状況で本当に重要な情報はただ一つ。

 フランの持つ力、フランが死ぬ条件、つまりはルーミアを倒す方法についてだった。

 

「フランはそれ以来、死ななくなった。 フランを本当の意味で殺すことができるのは、フランの中に眠っている力だけよ」

「それはつまり、吸血鬼の弱点である日光の力を使っても…」

「ええ。 吸血鬼の弱点では、フランは殺せない。 もしフランと同じ力を持っているのなら、多分あいつも然りってことね」

「要するに、ルーミアを殺せるのはルーミア自身の力か……もしくは、レミィの妹の力だけってことね」

「でも、フランは…」

「知ってるわ。 とてもここに来て戦えるような状態じゃないでしょう」

「そうよ」

 

 既に小悪魔の記憶が還っているパチュリーには、わかっていた。

 この場で話題には出さずとも、小悪魔が最後に見た光景を知っているから。

 突如として現れ、狂ったような笑みと共にアリスを殺したフランの狂気を。

 それを知っているからこそ、レミリアの途方もない話を、パチュリーは簡単に受け入れることができたのだ。

 

「ですが、お嬢様の妹君の、フランドール様の力というのは一体何なのですか? それを私たちが使うことは、可能なものなのですか?」

「現状では、無理ね」

「……違う。 考えるべきなのは、そういうことじゃないわ」

「え?」

 

 咲夜の疑問に対し、パチュリーは少し迷いながらも、その答えを絞り出す。

 

「レミィが運命を捻じ曲げて世界の法則にヒビが入ったことで、それまで何らかの封印を受けていただろう邪悪の力が解放されて、フランドールの中に入り込んだ。 レミィが言っていた話から判断すると、そういうことよね」

「……ええ」

「そして、あまりに強大すぎてフランドールという一個体の中だけでは入りきれなかった邪悪の力はそのまま幻想郷に解き放たれ、それを発見した八雲紫と閻魔が3要素に分けて新たに封印し直したってとこかしら」

「多分、そうでしょうね」

 

 邪悪の力が、そもそもは誰によってどこにどうやって封じられていたのかはわからない。

 ただ、そう結論付けるということは、500年前に運命を捻じ曲げたレミリアの選択こそが邪悪の力を幻想郷に解き放った諸悪の根源だということだった。

 レミリアの表情が、ほんの少しだけ罪悪感に染まりそうになる。

 だが、今はそれを気にしている場合ではなかった。

 咲夜とパチュリーはレミリアを責めることなど一切なく、ただ目の前の事態に思考を巡らせて言う。

 

「だったら、フランドール様の中に入っている力というのは、閻魔たちに要素を分けられる前の邪悪そのもの……その力の縮図ということですか」

「多分ね。 だから、フランドールの中に不滅の力とそれを殺す力が共存しているってことは、邪悪を構成する要素にもそれぞれ同じものがあると考えられるんじゃないかしら。 それは多分、ルーミアに封印されていた不滅の『邪悪の存在』の要素でも、地底に封印されていた『闇の能力』の要素でもない。 つまりは――――」

 

 そして、パチュリーはすっと息を吸い、

 

「恐らくは霊夢の中に封印されていただろう、『力』の要素。 不滅の邪悪を殺せる『不死殺しの力』こそが、唯一の対抗手段ってことでしょ」

「不死殺し、ですか」

「ええ。 あの時2人はいなかったけど、よく考えてみれば霊夢の攻撃は確かにあいつを一度追い詰めていたわ」

 

 ルーミアに再生されながらも、確かにルーミアを殺しかねなかった霊夢の連撃。

 パチュリーは今まで、霊夢を取り込んだことでルーミアの力がすべて完成したが故に、倒せなくなったのだと思っていた。

 だが、霊夢の力によってルーミアの再生力が完成したのではなく、霊夢だけがルーミアを倒せる唯一の存在だったのだ。

 

「……だったら、霊夢がルーミアに取り込まれた時に希望は潰えた。 私たちにもうなす術はないってことかしら」

「いえ。 逆、じゃないですか?」

「え?」

「まだ霊夢の力が完全に取り込まれたと決まった訳ではないでしょう。 だったら、その闇の力とやらから霊夢を解放できれば…」

「そうよ咲夜。 よくわかってるじゃない」

 

 それは、もしかしたらただの希望的観測に過ぎないのかもしれない。

 だが、それでも。

 この戦いに意味があるのだとしたら、

 

「さあ、ここで選択の時よ。 私たちは、魔理沙たちが霊夢を助ける方法を見つけるまでの時間稼ぎをするか、それとも」

「私たちの力で、目の前のこいつから霊夢を救出するか、ですね」

「そうね。 さっきより少しはわかりやすくていいわ」

 

 3人はその目に再び希望を宿す。

 この状況で、新たに進める道ができたのなら―――

 

 

「……なるほどな。 空間操作、か?」

 

「―――っ!!」

 

 

 だが、ルーミアの口から突然出たその一言が、レミリアたちを現実に引き戻す。

 その一瞬が、戦いの完全な分岐点だった。

 

「……空間?」

 

 咲夜は、ルーミアが何を言っているのかわからないと言わんばかりの表情を浮かべるが、内心では動揺していた。

 完全で瀟洒な従者という二つ名で知られる彼女の表情がそれで崩れることは無いが、パチュリーの表情が僅かに曇ったように見えたのをルーミアは見逃さなかった。

 

 『時間を操る程度の能力』というのは、咲夜の力の全てを表しているものではなかった。

 『空間を操る能力』。

 咲夜は空間そのものを広げたり縮めたりすることで相手の距離感覚や方向感覚を狂わせたり、四次元空間のように広げた自分の懐に無限に物を出し入れすることもできる。

 それを、今まで咲夜は感づかれたことはなかった。

 そもそもそこまで追い詰められたこともほとんどなかったし、たとえ追い詰められたとしても素直にそこで負けを認めていたからだ。

 だが、諦める訳にいかない今は、自分の能力を知っている相手と初めて本気で戦うことになるのだ。

 

「で? それを知ったところで何になるんですか?」

 

 咲夜は平然と笑みを浮かべていた。

 能力を知られたところで、それだけで破られるわけではない。

 しかも、咲夜はただ時間を操るだけでなく、空間操作、つまりは紫の能力と通じる力をも同時に使えるのだ。

 それはまさしく、幻想郷最強の能力。

 それでも、それを理解したルーミアには、再び余裕の色が戻っていた。

 

「そーだな、別に何もならないさ。 ただ、少し活路は見えたけどな」

「そうですか。 それなら、その活路とやらを見せてもらいましょうか」

 

 咲夜は、一切迷わない。

 自分が動揺を見せることが、即ち士気を下げ、相手につけ入る隙を与えることを理解していたからだ。

 能力的にも、精神的にも完璧な戦士。

 だが、咲夜には一つだけ、時間操作者としては致命的な、それでも一生拭うことのできない欠点があった。

 

「んーと。 確か、闇符ディマケージョン、だっけか?」

 

 ルーミアがそう言うとともに、世界は闇のカーテンに覆われる。

 月光の一筋すらも通すことのない絶対の暗闇は、視界の一切を奪っていく。

 それでも、そんなことで焦るような咲夜ではない。

 視界だけに頼っていては、このレベルの戦いにはとても対応できないのだから。

 

「幻世――」

「っ!? 待ちなさい…」

 

「『ザ・ワールド』」

 

 だが、瞬時に時間を停止した咲夜の脳裏には、少しだけ不安が過ぎる。

 時を止める直前、レミリアの焦った声が聞こえたからだ。

 恐らく、レミリアには何か良くない運命が見えていたのだろう。

 それでも、この状況で迷っている余裕などない。

 最後に視界に映った残像と自らの感覚を信じ、安全な位置を割り出して即座に行動する。

 だが、再び空間を広げ、その中から大量のナイフを取り出そうとした瞬間……咲夜は自分の腕を伝う闇の浸食に気付いた。

 

「咲夜っ!!」

「え……っ!?」

 

 凍結されていたはずのレミリアの声が聞こえるとともに、咲夜はなぜか時間の停止が解けていることにも気付く。

 突然の事態に驚いた咲夜は、それでも冷静に再び時間を止め直して、闇に侵食された自らの腕の皮膚や筋肉、骨や神経そのものを全てナイフでこそげ取った。

 おびただしい量の出血は人間である咲夜には致命傷となりかねなかったが、咲夜はそれを自らの細胞分裂の時間を速めることで、瞬時に治癒してみせた。

 だが、それは誰の目からもわかるほど確実に咲夜の体力を削り取っていた。

 

 咲夜の持つ『空間を操る能力』。

 それは時間の流れの長短を操ることで擬似的に空間の広さを操る力、つまりは時間操作の応用に過ぎない。

 それでも、時の流れの長短が空間の広さを変えうるというメカニズムが幻想郷でまだ知られていない以上、それは空間操作と同義である、はずだった。

 だが、幻想郷の誰も知り得ないはずのその穴を、ルーミアは突いてきた。

 ルーミアは、空間そのものに闇の粒子を溶け込ませ、停止した時間の中で咲夜が物を取り出すために空間を広げる瞬間を待った。

 つまりは、空間の広さを変える瞬間……咲夜が局所的に時間の流れを変えた瞬間に、僅かに時間軸の動くその地点から咲夜の体を侵食して取り込むことで、ルーミアは咲夜と同じ時間軸に立つことに成功したのだ。

 

「これで、もうその力は使えないだろ? お前もこんなところで老衰で死にたくはないだろうからな」

 

 そして、咲夜唯一の、それでも致命的な欠点。 それは人間という種族に縛られてしまうことだった。

 人間という種族のあまりに短い寿命というハンディキャップは、咲夜自身の時間を操作することを妨げている。

 もし咲夜が吸血鬼だったのなら、自らの時を数分後に進めるだけで体力のみならず魔力も回復させることができた。

 だが、人間が負った致命的な傷を時間の経過だけで完全に治すには、数か月や数年の時間を必要とする。

 今がちょうど身体的な全盛期である咲夜の時間を10年や20年も進めることは、その後の咲夜の身体能力を根本的に失墜させ、そのまま自身の寿命さえも迎えかねない諸刃の剣なのだ。

 故に、たった一度の深刻なダメージが、その後の咲夜の動きを鈍らせてしまう。

 今回負った片腕の重傷は、咲夜に「闇に侵食された片腕を切り落として戦う」、もしくは「侵食された部分を全て削ぎ落とし、数年の時間を進めて腕を再び使えるようにする」という選択を強いるものだった。

 そして、咲夜が選んだのは後者、つまり自らの腕を残したまま再び戦場に戻るために、この一瞬で自らの寿命を数年も縮めた上で戦っているのだ。

 それでも、咲夜は焦燥を感じさせないよう冷静に振る舞い、無理に笑みを浮かべていた。

 

「……ふふっ。 そんな安い挑発で私が退くとでも?」

「思わないさ。 だが、そっちの2人はどうだ?」

「っ!!」

 

 僅かに動揺していた咲夜の死角から、いつの間にか雨のように細かく降ってきた闇の粒に、咲夜はとっさに反応できなかった。

 その攻撃に反応しきれないほどに疲れ、更に身体能力さえも衰えていたからだ。

 レミリアは、咲夜を守るように闇の雨を全身で受け止めようとする。

 だが、レミリアの小柄な身体がそれを受け止めきれるはずがない。

 それを察したパチュリーから放たれた魔法の光が闇の力を微かに受け流し、咲夜にほんの少しの逃げ道を創り出す。 

 

「咲夜、早く!!」

 

 そこにあるのは、咲夜を気遣う確かな連携。

 それ故に、咲夜自身が気付く。

 自分の力が活路になると同時に、自分の弱さが足を引っ張っているのだと。

 今までは、時間操作者という最も攻撃を当て難い咲夜からは分散されていたルーミアの殺意。

 吸血鬼であるレミリアの全身が飲み込まれようと、妖怪であるパチュリーの魔力が尽きようと、今まではすぐに時間を進めてそれらを全て回復させることができた。

 だが、咲夜の能力の弱点が露呈した中で、その攻撃が全て咲夜一人に向けられたのなら、それを回避することは困難を極める。

 咲夜を守るためにレミリアが幾度となくその身を犠牲にし、パチュリーの身が危険に晒されていく。

 それは、咲夜には耐えがたい光景だった。

 耐えがたいものである、はずだが――

 

「言ったでしょう? そんな挑発では退かないと」

 

 目の前で闇に飲まれようとしているレミリアとパチュリーを放って、咲夜は時を止めて自分一人だけ身を隠した。

 だが、裏切った訳ではない。

 それが最善の選択であると、瞬時に判断したが故に過ぎなかった。

 

 ――そうよ。 それでいいわ、咲夜。

 

 咲夜は、自分の能力のおかげで今の状況が成り立っていることがわかっていた。

 自分がいなければ、レミリアもパチュリーもすぐにでも消されてしまうことを十分に理解していた。

 だから、咲夜が最も重視するのは主であるレミリアの身でも、身を守る手段を持たないパチュリーでもなく、自分の身だった。

 一時の感情に流され、戦いの要である自分を犠牲にしてレミリアたちを守るようでは、真の兵法者とは言えないのだ。

 そして、本当は咲夜がレミリアたちを守るために飛び出そうとする気持ちを、身を切る思いで押し殺していることくらい、2人がわからないはずがなかった。

 そんな信頼の上に、この戦いは支えられている。

 だからこそ咲夜は、迷わなかった。

 

 ――幻符『殺人ドール』――

 

「なっ……!?」

 

 空間操作をすれば、即ちルーミアに自らの弱点を晒すことになる。

 だから、咲夜は空間操作をせずに取り出せる残り数本のナイフを死角から投げ、ルーミアではなくレミリアを貫いた。

 辺りにレミリアの血が散乱し、僅かに驚愕の表情を浮かべたルーミアに向かってレミリアが突っ込んでいく。

 そのナイフには抜けることのない細工と咲夜から伸びた糸が繋がれ、それが刺さったまま、レミリアはルーミアの身体を喰いちぎっていく。

 そして、少しだけルーミアが怯んだ隙に、レミリアは溢れ出した闇の中へと自ら飛び込みながら、叫んだ。

 

「このバカ霊夢っ!! いつまで寝てるつもりよ!!」

 

 だが、当然ながら返事は無い。

 それとともに、レミリアに刺さっているナイフに繋がれた糸を咲夜が勢いよく引っ張った。

 闇の中から、レミリアが操り人形のように力なく引き揚げられる。

 咲夜は時を止め、レミリアの身体の闇に侵食されてしまった箇所を即座に切り刻みながら、再び時を早めてレミリアの半身を再生させる。

 計り知れないほどの激痛がレミリアを襲うが、それでもレミリアは戻った。

 そして、レミリアの身体を切り刻み終えた咲夜は、再び静かに身を隠していた。

 

「っ……ま、わかってはいたけど、これじゃダメみたいね」

 

 ルーミアは、自らの弱点を露呈した直後の咲夜が焦っていると思っていた。

 だが、ルーミアがそう考えただろう隙を利用して、レミリアたちは闇の中で直接霊夢に呼びかける作戦を決行した。

 そんな簡単なことで解決する訳がないと思いながらも、そんな思いつきを実行するためだけに、この危険な状況の中で咲夜はレミリアを道具のように使った。

 自分だけ安全な場所に身を移しながら、主であるはずのレミリアに危険と苦痛を与え、結局何の成果も上げなかった。

 それでも、咲夜が戦場に顔を出すことはない。

 そんな咲夜に聞こえるよう、ルーミアはどこへともなく笑い飛ばして言う。

 

「随分と薄情なんだな、お前は」

「……」

「薄情? はっ、お前の口からそんな言葉が出るとは、とんだお笑いだな」

 

 ルーミアは、レミリアに忠誠を誓ったはずの咲夜の行動を嘲笑うような目をしていた。

 だが、それに答えたのは咲夜ではなくレミリアだった。

 レミリアは、ルーミアに憐みさえこもった眼差しを向ける。

 

「何があろうと、たとえどれだけ酷い裏切りに見える行動だろうと、私には咲夜が間違ってなどいないとわかっている」

「はあ? 解せんな、お前は今ので死んでもおかしくはなかった。 なのに…」

「あーあー。 結局お前は何も見えちゃいないんだなぁ、ルーミア」

「何?」

 

 レミリアは再生を終えたばかりの身体で、立ち上がる。

 レミリアの瞳に映っているのは、敗北の運命。

 右に逸れても左に逸れても、どんな奇抜な奇襲をかけようとも勝つことは叶わない。

 そこにあるのは、たとえ闇の力などなくても勝負にすらならない明らかな力の差。

 だが、まだ絶望しか見えていないはずのその瞳で、それでもレミリアは再びルーミアに向かって愚直に突っ込む。

 

「……見えてないのは、お前の方だろ」

 

 ルーミアは当然のことのようにカウンター気味に手刀でレミリアの胸を貫き、そのままレミリアの身体を真っ二つに切り裂く。

 目の前の相手との力量差すらも測れないレミリアに失望したように、ルーミアは小さくため息をつく。

 だが、その身を両断されたレミリアが浮かべるのは苦悶の表情ではなく、ルーミアを嘲笑うような笑みだった。

 ルーミアの、真後ろ。

 その死角で一人大きな魔方陣を展開して魔力の流れを闇と融合しようとしていたパチュリーに、ルーミアが気付くと同時に、

 

「っと、月符『サイレントセレナ』」

 

「っ――!?」

 

 パチュリーは溜めていた魔力を解き放ち、眩しい月光でレミリアを突き刺すとともに飛び下がった。

 咲夜は空間操作によりルーミアの遠近感覚や方向感覚を阻害することでパチュリーの居場所をミスリードさせ、レミリアは愚直な特攻をかけてルーミアの目を自分に向けさせた。

 だが、それらは囮。

 パチュリーはルーミアの近距離に留まり、自らの魔力を闇の流れそのものに介入させることで霊夢の状況を探りつつ、レミリアのサポートをできる魔力も同時に溜めていたのだ。

 一歩間違えば、パチュリーが犠牲になっていた。

 もしパチュリーが月の光を発せなければ、そのままレミリアを死に追いやっていた。

 そして、空間操作を続けることで咲夜が自らの弱点をルーミアに晒し続けることになる。

 それは、リターンの少なさに対してあまりに大きなリスクを背負った、完全な捨て身覚悟の奇策だった。

 それでも、誰一人としてその連携を疑いはしなかった。

 

 ――何がしたいんだよ、こいつらは。

 

 ルーミアには理解できなかった。

 今のレミリアたちに、自分を倒せる算段があるようにも見えない。

 にもかかわらず、次々と目の前に現れる、自らの命を簡単に投げ捨てるような、それでいて他人任せな戦略。

 

「馬鹿じゃないのか? こんな無謀な足掻きに、一体何の意味がある。 お前らは一体、何のために…」

「はっ。 そんなの、たとえ説明したところでお前なんかには一生かかってもわからないだろうよ」

「……何?」

「馬鹿の一つ覚えみたいに絶望だの憎悪だの、そんな陰気なものしか見えてないから、お前は私一人従えることもできないんだよ」

 

 レミリアは、半分だけ再生を終えたその身体で空に浮かび、ルーミアを見下して言う。

 咲夜が時間操作と空間操作を同時に使えない今、失った右腕と右足を治すのはもはや容易ではない。

 だが、それでもレミリアが退くことはなかった。

 

「私には、命を賭してでも守りたいものがあるから」

 

 レミリアは、その記憶の底にある妹の笑顔を思い浮かべる。

 

「信じて背中を預けられる、友がいるから」

 

 レミリアに寄り添う、かけがえのない友たちの声を反芻する。

 

 友情。

 愛情。

 信頼。

 希望。

 

 レミリアの心に根付いたそれらは、所詮はただの記号。

 ルーミアにとっての闇のように、レミリアに直接の力をもたらしはしない。

 だが、形も根拠もない、それでも不思議なほどに自らの内から湧き上がってくる力に身を任せて、

 

「だから―――私は戦える! どんな絶望的なシナリオだろうと、乗り越えていける!!」

 

 その足掻きに意味があるか無いかなど関係ない。

 レミリアはただ前を向いて、運命に抗い続けるだけ。

 その笑みはもう、どれほど困難な状況だろうと、少したりとも崩れることは無い。

 そんなレミリアとは対照に、ルーミアの表情には次第に陰りが見え始める。

 

 ――何故、そんなものを信じられる?

 

 友情や愛情を感じることも、誰かを信じることも、その人生に希望を持つこともない。

 無意味なものだと思っていたから。

 そう、定義付けられてきたから。

 

 ――何故、そんなちっぽけな力で前に進める?

 

 それはルーミアの中には存在し得ない力。

 存在を、許されなかった力。

 ルーミアの理解の外にあるそんなものを信じて立ち向かう3人の戦士の姿は、ルーミアの目には滑稽にすら映っているだろう。

 

 それでも、レミリアはその目に宿った、もう何者にも染めることも遮ることも叶わぬほどの光で、まっすぐにルーミアを貫いていく。

 

「さあ、行くわよパチェ、咲夜。 このまま最終決戦と洒落込もうじゃないの!!」

 

 そして、希望に満たされたその瞳に映る、運命の果てに辿り着く景色はきっと――――

 

 

 

 

 

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