東方理想郷 ~ Unknowable Games.   作:まこと13

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遅くなりましたが、再開します。今回から少し文体が変わります。



第41話 : 帰郷

 

 

 

東方理想郷 ~ Unknowable Games.

 

第41話 : 帰郷

 

 

 

 

 諏訪大社は長野県を代表する観光地の一つである。上社前宮(かみしゃまえみや)上社本宮(かみしゃほんみや)下社春宮(しもしゃはるみや)下社秋宮(しもしゃあきみや)という4つの神社が諏訪湖周辺に点在し、日々それなりに人々で賑わっていた。たとえ祭られる神の名前さえ知らずとも、大きな神社にはご利益を求めて集う。それは現代人の卑しさでもあり、逞しさともいえる。

 その内、早苗が今いる諏訪大社上社前宮は諏訪信仰の発祥の地とされる神社でありながら、4社の内では比較的人が少ない神社でもあった。利便性を求める現代人の中にあっては、交通手段が少なく山奥にぽつりと存在する前宮は観光地としての発展から少しばかり取り残されているのだろう。

 

 だが、その事情を除いてなお、早苗は寒気がするほどの静けさを感じていた。

 幼い頃から見続けてきた道路の傍には建設中の商業施設、機会があれば行こうと思っていた喫茶店の看板はいつの間にかなくなっている。

 そういった変化は、早苗が幻想郷に行ってから1年あまりの時間経過によるものだと納得できた。むしろ合理的な差異が僅かに存在する風景は、今見えているのが幻術や夢の類ではないことを自然と理解させる。

 

「これは一体、どういうことでしょうか」

 

 その一方で、人々に起こっている異常はとても受け入れられる類のものではなかった。

 高台から見下ろせる建物には一つとして明かりが灯っていない。代わりに、道路に乗り捨てられたり事故を起こしたまま処理されていない、自動車と呼ばれる四輪機械から直線状に発された光だけが辺りを点々と照らしていた。

 早苗が事故車に近寄ると、その周辺はまだ温かかった。事故が起こり、火が消し止められてからあまり時間は経っていないのだろう。にもかかわらず、周辺に消防隊はおろか、車の持ち主や野次馬すらも全くいないのだ。まるで突然に人だけが世界から消えてしまったかのような異様な光景は、早苗の不安を煽るには十分すぎるものだった。

 

「……行きますよ四季さん。ちょっと近道しますね」

 

 早苗は他にもいくつかの自動車や家の中を覗き込み誰もいないことを確認すると、躊躇なく脇道へと入った。雲が厚いためか月光の差さない真っ暗な細道、整備されていない道なき道も僅かな記憶を頼りに進む。駅に向かう曲がり角も、交番にすら目もくれず、早苗はただ一つの場所だけを目指していた。

 

「早苗、一体どこへ行くのですか?」

「……すみません。もう少しで、着きますから」

 

 連続する悪路に何度も足を取られている四季からの質問に、早苗は曖昧に返した。

 行き先を秘密にしたい意図がある訳ではない。ただ、その場所を何と呼ぶべきかわからなかった。自分が幻想郷へ渡ったことで、そこが一体どうなってしまったのかを考えるのが恐かったから。

 

「ここは?」

「……」

 

 やがて早苗は一軒の家の前で立ち止まる。そこは近所の平均的な一軒家と何も変わらない、強いて言えば少しだけ庭のガーデニングが彩られた家だった。

 庭に置かれた紫のチューリップの植木鉢をおもむろに持ち上げると、早苗はその裏に貼りつけてある一本の鍵を見つけた。

 

「……やっぱり、なんですね」

 

 早苗は少し掠れた声で呟く。

 剥がした鍵は当然のごとく玄関の鍵穴にぴったり合うも、早苗はしばらくの間動けずいた。ドアノブを握ったまま硬直した手から一度力を抜き、深呼吸を繰り返す。

 

「――ただいま」

 

 そして、ゆっくりと力を入れた。

 返事はない。やはり電気は点かず視界は悪いが、微かに感じる空気は早苗の記憶と同じだった。見覚えのある廊下と、庭とは一転して人工的な芳香剤の匂い、そして――昔のまま変わらない、玄関に並べてある3人分の靴。

 何も変わらないと。そう気付いた瞬間、涙が出るほど胸が締め付けられていた。

 

 外の世界にも、確かに早苗の家族がいた。神奈子と諏訪子ではない、早苗を産み育て上げた両親が確かに存在したのだ。

 ただ、早苗の両親は早苗とは違ってどこまでも普通の人だった。亡くなった祖父の家に住みながら、役所勤務の父と専業主婦の母が一人娘の早苗とともに暮らす、ごく一般的な家庭。年始に諏訪大社にお参りに行った時も、神社から神奈子たちの気配を感じていた早苗とは違い、賽銭を入れてお参りするだけの普通の思考を持った人たちだった。

 だからきっとあの扉の先には、まだそれがあるのだろう。早苗がずっと目を背け続けてきた、現実世界に遺してきた許されざる罪が――

 

「……」

 

 早苗は部屋の入口に置いてあった電池式の明かりを灯すと同時に、言葉を失った。

 そこは整然とした普通の部屋だった。物は多いが目に見える部分は整頓され、埃もないほど綺麗に掃除が行き届いている。にもかかわらず、全くと言っていいほど生活感はない。ゴミ箱は空っぽ、ベッドのシーツもシワ一つない状態で、洗った後に誰かが使った形跡もない。ただ、そこに誰がいつ来てもすぐ気持ちよく使えるような、そんな気遣いだけが見える部屋だった。

 

「なんで。泣かないって、決めてたのに」

 

 幻想郷に来て既に1年以上、それだけ経ってなお早苗は忘れられてはいなかった。いつでも帰ってきていいよ――誰もいない家からは、そんな声すら聞こえてきた気がした。

 

「ここは、貴方の家なのですか?」

「……はい。昔の、ですけどね」

 

 幻想郷に移り住んだあの日、早苗たちは選択を迫られていた。

 信仰を失い日に日に衰退していく神奈子と諏訪子に残されていた道は少なかった。現世に留まり、いつか訪れる消滅の日をゆっくりと待ち続けるか、それとも幻想郷という新天地で新たな信仰を得るか。神奈子と諏訪子の現状を考えれば迷わず後者を選ぶべきだが、そう簡単にはいかない事情があった。

 早苗をどうすべきか決断できなかったのだ。早苗自身が望んではいたものの、現世で戸籍も家族もある人間として生きている早苗を簡単に幻想入りさせることはできない。だからこそ、早苗の強い信仰によって辛うじて力を保っていたふたりは、最後に残された真の信奉者である早苗が大人になり、自分たちを認識できる力が途絶えるまでは現世に残るという選択肢も視野に入れていたのだ。

 しかし、早苗にはそれが耐えられなかった。自分が神奈子たちの重荷になっているという事実と、それでも自分は神奈子たちについていきたいという葛藤。その状況を打開するため、早苗は今までの自分を捨てる決断をした。

 

 現実世界において、早苗はいわゆる神童であった。本気にならずとも周囲と比べ成績は群を抜いていたし、だいたいのスポーツはその気になれば大きな大会に出られる才能があった。弱体化しているとはいえ神奈子や諏訪子という最上級の神の加護を一人で受けていた早苗には、現世の一般人とは別次元の力が満ちていたのだ。

 しかし、早苗は推薦も特待生の扱いも蹴って、諏訪市にある普通の公立高校に通っていた。早苗にとっては現世での名声なんてどうでもよかったから。諏訪大社の周辺、つまりは神奈子と諏訪子を感じられる地で暮らし続けるために、悪目立ちすることを避け髪も黒く染めて普通の学生をしていただけなのだ。

 それでも、早苗の才能に気付いていた周囲の声は皆が別の道を指し示す。一流の大学、プロのスポーツ選手、現実世界の価値観で言う成功者像ばかりを押し付けられ、廃れ行く神社の巫女になりたいという夢は否定され続けてきた。どれだけ頑張っても本当にやりたいことは誰にも理解してもらえない、それに気付いた頃から早苗は現実世界に嫌気が差してしまった。この世界は自分に合わない、そんな中二病じみた思考も、実際にその力が伴った者にとっては深刻な問題なのだ。

 だから、現世に心残りはないはずだった。

 自分をここまで育ててくれた、両親のこと以外には。

 

「私のことは忘れてって。あれだけ言ったのになぁ……」

 

 幻想郷へ行けば、例外はあれども基本的に現世の人にはもう二度と会えない。そして、幻想郷へ行くと伝えても普通の人に通じるはずもなく、家出や失踪事件として取り扱われるだけなのだ。そうなればきっと、両親は心配して早苗を探そうとする。残りの人生をかけて、見つかるはずない早苗の捜索に全てを費やしてしまうだろうことは容易に想像できた。

 だからこそ早苗は幻想郷に行く直前期、自分という存在の全てを捨てるためにわざと両親と大喧嘩した。学校でも素行不良、友人は作らず孤立し最後の方は誰も早苗を心配する者などいなくなっていた。そして別れの日まで早苗は両親に冷たく接し続け、最後は家を飛び出すような形で終わってしまった。これからは一人で生きていくと、二度と戻らないし探さないでと手紙だけを残して現世から去ったのだ。

 

 そうしてきたのは、いなくなってしまう自分のことを諦めてほしかったから。両親ではなく神奈子たちを選んだ親不孝な自分に、これ以上縛られてほしくないからだった。

 ただ、早苗に一つ誤算があるとすれば、当時の早苗の心がまだ子供だったことだろう。まだ親になったことのない早苗は、たとえどんな形で別れようと親から子への愛情は簡単には消えないということを理解していなかった。だからこそ早苗は、自分が両親に最低の裏切りをしてしまったと今になって深く認識することになってしまったのだ。

 

「大丈夫ですか?」

「……大丈夫です、すみません。さあて、いろいろと調べないと!」

 

 それでも早苗は、自分にはもう両親を想い涙を流す資格などないのだと、心の中で強く言い聞かせる。幻想郷という世界で守矢神社の巫女として生きていくと決めたのは、他でもない自分なのだから。

 

「ここも人の気配がありませんね」

「ええ、だからここに来たんです。こういう時、リアルタイムの情報収集は必須ですからね」

 

 早苗が行き先にかつての自分の家を選んだのは、ただ懐かしかったからではない。神社周辺の惨状を見て、恐らくこの辺りにはもう誰もいないことを予想していた。誰にも話を聞けないのならば自分で状況を調べる必要があり、勝手を知る家ならば情報を得やすい。そんな打算的な思考からこの場所を選んだだけなのだと、心の中で言い訳をしていた。

 

「確かこの辺に……」

 

 早苗は慣れた手つきでクローゼットを物色する。自分が出ていった日からおおよそそのままの形で部屋が残っているのだろうと思った早苗は、確信じみた手際で次々と物を放り投げていく。やがて手に取ったのは、電池式のラジカセだった。

 

「ありましたよ四季さん! 電気が止まってるみたいなのでテレビは無理ですが、ラジオなら……あ、聞こえるみたいです!!」

 

 早苗の思い通り、ラジカセの電源をつけるとともに音声が流れる。

 そして早苗は、ほぼ同時に聞こえてきたニュースの内容に聞き入っていった。

 

 

 

 




※今章からは更新ペースを上げるつもりでしたが、しばらくはだいたい2~3週間に1話程度のゆっくりペースになると思います。というのも最近、最新話と並行して文章の書き方を勉強しつつ、基本的には物語の内容を変えずに一話から書き直してリメイク版を作成し始めたからです。
 リメイクしようと思った理由としては、文章力の欠如や自己満足の表現方法が多いせいか、この小説を一話から読み直してみた時に伝えたい内容が自分の頭にすら入ってこない部分が多いことに改めて気付き、今一つこの小説の世界に入り込めなくなってしまったからです。

 ここから先、少しずつ文体が変わるかもしれませんが、今まで通り次話以降の更新も続けていくつもりではあります。しかし、4年も続けてきて納得のいかない半端なラストにしたくはないので、この先の話の完成度を上げるためにも、まずは自分の中のモチベーションを上げつつ文章力を上げていきたいと思っています。ここまで読んでくださっている方には大変申し訳ないのですが、ある程度書き直しが進むまでは少し時間がかかってしまうこと、ご了承をお願いします。


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