東方理想郷 ~ Unknowable Games.   作:まこと13

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第6話 : 封印

 

「あー、あのバカまた相手のペースに巻き込まれてるわね」

「もう、この際アリスが人形使って魔理沙の傍に待機しとけばいいじゃない」

「いやよ。 古明地さとりの相手なんて、あのちょっとの間だけでも疲れたっていうのに」

 

 地霊殿の屋根の上。

 アリスとパチュリーは魔理沙につけた人形の視界を共有しながらさとりとのやりとりを見ている。

 

「それに、魔理沙が一人であたふたしてる方が面白いじゃない」

「……それもそうね」

 

 アリスは相変わらず魔理沙で遊んでいる。

 そして、パチュリーもそれを止めるでもなく、むしろ徐々に魔理沙をからかう楽しみを覚え始めていた。

 

「それで、アリス。 鬼たちの相手は結局どうするの?」

「あー、そうね。 忘れてたわ」

「今の魔理沙をただ向かわせても、あの鬼が相手じゃ多分厳しいわ」

「でも、私たちだけで手に負えるような奴でもなさそうよ」

 

 当面の問題は、魔理沙がついさっき敵対してしまった勇儀のことだった。

 勇儀の実力が萃香と同程度だとするのなら、スペルカードルールでは魔理沙に少しくらいは勝算があるかもしれない。

 しかし、魔理沙は慣れない相手には実力を出し切れない上に、地底の妖怪たちは本当の殺し合いすら始めかねないような殺伐とした雰囲気をしていた。

 

「もう、古明地さとりが鬼も全部まとめられることを期待するしかないわ」

「結局は魔理沙次第ってことね」

 

 それならアリスが魔理沙の交渉を手伝えばいいだけだが、アリスはあえてそれをしない。

 その方が面白いというのも当然理由の一つだが、自分がさとりの相手をすると、お燐についてしまった些細な嘘がネックとなってしまいかねないことも理由の一つである。

 そもそもアリスとパチュリーは、鬼を指名して協力を仰ごうとしていると言うことで、容疑者ではなく協力者として鬼に好意的に接した上で、さとりを避けようとしていた。

 そのため、開口一番にそのペットに出くわして嘘をついてしまうというのはアクシデントだったのだ。

 そうなった場合、その提案が完全に計算ずくの嘘であると認識している自分たちではなく、偽ることなくその提案を好意的に認識してその場のノリで動ける魔理沙の方が、さとりの相手をするには向いていると思ったのだ。

 そして、そこにはそろそろ強大な相手にも魔理沙が一人で立ち向かえるようにという、アリスのわずかながらの親心も含まれていた。

 

「……ところで、私そろそろ疲れたから代わってくれない?」

「えー。 私は古明地さとりの相手をしたせいであんたの3倍は疲れてるわ」

「でも、私もそろそろ限界よ。 ほら」

 

「もらった!」

 

 という声と共に飛びかかってきた妖怪が、それと同時にパチュリーの指先から放たれた光線に当たって吹き飛ぶ。

 地霊殿に来る前からずっと魔理沙を追ってきている妖怪たちを、パチュリーは既に20体以上返り討ちにしていた。

 

「それにしても、本当にキリがないわね」

「まあ、一応あの鬼の四天王と対等に見えるかのような振る舞いをした魔理沙だからね。 もしそれを自分が倒せば地底でデカい顔をできるってことでしょ? 雑魚の考えそうなことだわ」

「逆に言えば、来てるのが力の差もわからない低級妖怪ばかりってのが救いね。 まぁ、多分ないとは思うけど、もし鬼なんかが一体でも来たら手伝ってあげるわ」

「えー。 正直もうだめー。 持病のぜんそくが…」

「……はいはい、わかったわよ」

 

 そう言うとパチュリーはその場に座りこむ。

 すると、物影に隠れていた妖怪たちが、今だ! と言わんばかりに一斉に向かってくる。

 

「よっしゃ、これで…」

「ああ。 言っておくけど、私はパチュリーほど優しくはないわよ」

「へ?」

 

 勢いよく飛び出した妖怪たちに、武器を持った人形たちが突如として襲いかかる。

 人形の攻撃に翻弄される者。

 人形に気をとられている間にそれを操る糸に縛られてしまう者。

 そして、その間を縫って飛んでくるアリスの魔法に被弾してしまう者。

 僅かな隙もない、アリスの流れるような攻撃を前に、妖怪たちは自ら火に入る虫のように次々と倒れていった。

 

 

 

 

 

東方理想郷 ~ Unknowable Games.

 

第6話 : 封印

 

 

 

 

 

 言いたいことを言い終わる前にさとりに断られてしまった魔理沙は、焦って何か言い返そうとして思いとどまる。

 少なくとも落ち着いて話さないとまた簡単に手玉に取られてしまうだろうことは、十分理解していた。

 だから、ただ一人笑みを浮かべているさとりを前に、魔理沙は慌てず冷静に一度深呼吸をしてから言った。

 

「……あのなあ。 断るって、私はまだ何も言ってないだろ?」

「あら、お燐から聞いてなかった? 私は心を読めるって」

「いや、聞いてたけど」

「地上で起こってる異変の影響で八雲紫が死に、博麗霊夢が倒れた。 このままでは幻想郷全体が危険に晒されかねないと思った貴方たちは、異変の元凶であると疑わしい地底を調査しに来たけど、なぜか連れの魔法使い、アリス・マーガトロイドがお燐に対して私たち地底人の協力を仰ぐために地底に来たと嘘をついたことに若干の疑問が残っている。 だけどそれもいいアイデアだと思って、私に話を聞くことも含めて地底の住人に協力を仰ごうとした。 そういうことでしょう?」

「あ、ああ」

 

 自分の中ですら上手くまとめられていない自分の思いを、逆に全て説明された魔理沙はまた冷や汗をかき始める。

 わかってはいても、口にする前に全てを知られるというのはやはり恐ろしいことだと再確認した。

 

「あの……多分、アリスも悪気があってそんなこと言った訳じゃ…」

「そんなことはどうでもいいわ。 嘘をつかれるのなんて、もう慣れてるしね」

「はあ」

 

 てっきり何か怒られるか邪険にされるかと思っていた魔理沙は、少し拍子抜けした。

 しかし同時に、嘘をつかれることに慣れたなどと何の感情もなく言うさとりに、少しだけやるせなさを感じていた。

 

「それにしても……貴方の中で、八雲紫というのは随分と大きな存在みたいね」

「え? だって、そうだろ? あいつは妖怪の賢者って呼ばれてて、幻想郷の管理者でもあるし」

「地上では、ってことでしょう? 地底での彼女の認識はただの地上との窓口程度よ」

「はあ?」

「八雲紫が負けたから、幻想郷全体が脅かされる程の異変になる? 彼女を買いかぶりすぎよ。 確かに彼女は優秀だったけど、結局は単なる一妖怪に過ぎないわ」

 

 その発想は魔理沙の中にはないものだった。

 霊夢が勝てないなら誰にも勝てない。

 紫が届かないなら誰も届かない。 

 魔理沙にとって、その2人はそう思えるほど絶対的な存在だったからだ。

 

「それは、そうかもしれないけど……でも、この前の異変での霊夢の活躍は知ってるんだろ? その霊夢ですら負けたんだ。 だから…」

「それはスペルカードルールに則るなら、という話でしょう。 ルールを破るような相手だというのなら、むしろこちらとしてはやり易いくらいよ。 地底には幻想郷最強と言われる鬼がいるからね。 ……それに私だって、そんなルールさえなければ博麗の巫女なんて片手で消せるくらいの自信はあるのよ?」

 

 微かに妖艶な笑みを浮かべたさとりの目を見て、魔理沙はまた少し縮こまる。

 たったこれだけ話しただけでも、それが冗談や誇張じゃないと本能が理解した。

 さとりが本当に紫と同等、いや、もしかするとそれ以上の力を持っているかもしれないことは身を持って感じ取らされていた。

 

「でも、せっかく貴方たちは長い道のりを経てここまで来た。 だから、少しくらいチャンスをあげるわ」

「本当か?」

「ええ。 今回の件に関しては少しだけ、こちらにも非が無い訳ではないからね」

「え?」

 

 やはり地底が何か関係あるのかと、魔理沙は少し期待の眼差しを向ける。

 だが同時に、さとりがこの異変に関わっているのならば、もしかしたらこの場で……という不安もあった。

 

「ああ、別に私たちが関わってるって言うほどのことではないから、安心していいわ。 少し原因に心当たりがあるだけよ」

「心当たり?」

「でも、それをすぐに教えてしまっては面白くないでしょう。 だから、少し私と賭けをしてみない?」

「賭け? それは一体…」

「そうね……」

 

 さとりが少し、楽しそうな顔をしながら考え事を始める。

 その間、心を読むさとりの第三の目はじっと魔理沙のことを見ていた。

 沈黙の中、心を読まれていると理解しながらただじっとしている魔理沙は、必要ないことまでいろいろと考えてしまう。

 

「……じゃあ、今貴方が抱えている地底へのもう一つの偽りを真実にできたのなら、私の知ってることも教えるし、貴方たちに協力もしてあげるわ」

「本当か!? ……でも、もう一つの偽り?」

「貴方、さっき旧都で嘘の約束をしたでしょう?」

 

 勇儀との決闘の約束のことだ、と魔理沙は瞬時に思い当った。

 そして、実は妖怪たちを出し抜く際にアリスとパチュリーに協力してもらっていたことも思い浮かべてしまう。

 

「まぁ、さっきの一件で何があったかなんていうのは別にどうでもいいわ。 だけど、もし貴方がこの後本当に勇儀さんと戦って、勝つことができたのなら協力してあげる」

「それは…」

 

 魔理沙が少し言いよどむ。

 少し考えただけで、さっき勇儀と対峙したときの恐怖が魔理沙の頭を過ぎったからだ。

 

「……」

「でも、やっぱり逃げたいというのなら、勇儀さんたちに気付かれないように3人とも地上まで無事に送ってあげてもいいわ」

「そんなこと、できんのか?」

「ええ。 でも、それなら当然何も教えないし、異変調査の協力なんてしないけどね」

 

 そのさとりの言葉が真意かどうかは魔理沙にはわからないが、何もできずに地上に帰ることなんてできない。

 しかし、勇儀の力が未知数であり、もしかしたら本当に命のやり取りすら始めかねない以上、簡単に要求を呑むこともできなかった。

 

「少…」

「少しとは言わずに好きなだけ考えるといいわ。 その間にお友達がどうなってもいいのなら、ね」

 

 さとりはクスクスと笑って言う。

 それを聞いた瞬間、魔理沙の表情が変わった。

 

「おい、どういうことだ……?」

「今も、貴方の命を狙った妖怪たちがこの館を取り囲んでいるわ」

「えっ!?」

「驚くことはないでしょう、あなたは鬼の四天王に喧嘩を売ったのだから当然よ。 私がいるからこの館の中は平気だけど、外にいるお友達はどうかしら?」

「まさか……!?」

 

 魔理沙はしばらく前まで饒舌に話していた人形を手に取る。

 当然ながら、それは全く反応しない。

 

「そういえば、2人の心の声が聞こえなくなったみたい。 もうこの近くにはいないのかもね」

「っ……!? なんだよ、結局お前は外にいるアリスとパチュリーの心も読んでたってのか?」

「さあ、どうでしょう?」

「くそっ、性格の悪い奴め!」

 

 そう言うと、魔理沙は慌ててさとりの部屋を飛び出した。

 それをただ笑って見送るさとりに、お燐は少し寂しそうな顔で言う。

 

「……ねえ、さとり様。 どうしてそんな風に言うのさ」

「なにが?」

「魔理沙は別に悪い奴じゃないじゃないか。 さとり様を必要としてくれてるのに、そんな憎まれ口をたたかなくても…」

「あら、案外これが私の本心かもしれないわよ」

「……そんなことない」

「優しいのね、お燐は。 でも、これでいいのよ」

 

 さとりは自分の膝に横たわるお燐の頭を撫でながらそう言った。

 

 さとりには他人の心が見える。

 しかし、さとりの心は誰にも見えない。

 だからこそ得られる強さというものがあるのだ。

 それ故、さとりは誰にも自分を見せることはない。

 だが……

 

 ――どうして、さとり様ばっかりこんな目に遭わなきゃいけないのさ。

 

 同時にお燐は、どこか納得のいかない顔をしてそう思った。

 優しいはずの自分の主人。

 なのに、この能力を持ってるせいで、管理している地底の住人どころか初対面の相手にさえ嫌われてしまうことに、ひどく不条理を感じていた。

 

「それじゃあお燐。 私は少し用事があるからここを出るわ」

 

 さとりはそう言って立ち上がる。

 

「……ああ」

 

 ――なんだ、やっぱり魔理沙のことを心配してるんじゃないか。 

 

 だが、それはもう、お燐にはわかっていたことだった。

 さとりはこれからもずっと、誰に対してでもこんな風に自分というものを隠しながら生きていくのだろう。

 たとえ誰にも理解されなかろうと、ずっと――

 

「わかったよ。 行ってらっしゃい、さとり様」

「ええ、行ってきます」

 

 そう言ってさとりを見送ると、お燐はサッと立ち上がる。

 

 ――だからこそ、きっとあたいだけがさとり様を守ってあげられるんだ。

 

 ――あたいが、陰からさとり様を支えてあげるんだ!

 

 どんなことだっていい、たださとりを信じて、その役に立ちたい。

 自分は、そのために生きていくんだ。

 お燐の目には、そんな小さな炎が灯っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、ミスったわ」

「本当に。 バカじゃないの? 自分の人形の糸に絡まるなんて」

「……否定はできないわ、あんな状況で素人みたいなミスをするなんて。 こんなことなら全部魔力操作にしておくんだったわ」

 

 次から次へとキリがない妖怪の急襲に、アリスはまとめてそれを片づけようとして失敗した。

 そして、自分の出した糸に絡まって動けなくなっているアリスとパチュリーの前に、タイミング悪く勇儀が現れたのだ。

 今は魔理沙との待ち合わせ場所である茶屋の中に軟禁されている。

 

「それで、私たちをどうするつもり?」

 

 特に気を遣うこともなく、アリスは気軽に勇儀に視線を移す。

 

「信用してない訳じゃないがね。 お前たちはあいつが来るまでのエサにさせてもらうよ」

「あー、はいはい。 そういうことね。 別に抵抗する気は無いわよ。 私は魔理沙とは違って身の程は弁えてるわ」

「……そうかい」

 

 アリスのその緊張感のない返事に、勇儀は少し不満気だった。

 そして、パチュリーは囚われてなお本を読んでいる。

 

「お前たちには少しは危機感ってもんはないのかい」

「少なくとも私にはあるわ」

「私もよ」

「本を読みながらそんなこと言われても説得力がないねぇ。 私が機嫌を損ねてお前たちを殺すかもしれないんだぞ?」

「……」

 

 それに2人は答えない。

 魔理沙が来ることを信じているからなのか、それとも自分たちだけでこの状況を何とかできる自信があるからなのか、勇儀にはわからなかった。

 

「ところで、せっかくだから一つ頼みがあるんだけど」

「何だ?」

「今、地上で異変が起こってるんだけど、ちょっとその解決を手伝ってくれない?」

 

 この状況で、パチュリーはもののついでのように勇儀に協力を要請する。

 2人の態度は、ここに勇儀の取り巻きがいたら完全にキレそうなものだった。

 そして、それは勇儀自身も例外ではない。

 

「っ……!!」

 

 勇儀が力を込めてその部屋の壁を殴るとともに、壁が一面大きく吹き飛び、そのまま建物は傾いた。

 

「な、何だ!?」

「勇儀さん、どうかしましたか?」

「……」

「ちょっと、なんでこのタイミングでそんなこと言ってんのよ」

「だって、いつかは言わなきゃいけないことじゃない」

 

 無言で建物を傾けて睨んでくる勇儀を前に、アリスとパチュリーはそれでも全く動じる様子はなかった。

 むしろ2人は、この提言に対する勇儀の反応を試しているかのごとく冷静に状況を見据えていた。

 

「……気に入らないねえ。 お前たちといい、あの魔法使いといい、鬼の恐ろしさってものがわかっちゃいないようだね」

「わかってるわ」

「本当にわかってたら、そんな口聞けないって言ってんだよ!!」

 

 勇儀が殺気を込めて叫ぶと、アリスやパチュリーよりもむしろ、周りの妖怪たちが怖がっていた。

 だが、それでもパチュリーは本に目を落としたまま、興味のなさそうな声で呟く。

 

「わかってるからこそ、落ち着いてるんじゃないの」

「はあ? ……まあいい。 私の目的はお前たちじゃない。 あくまで…」

 

「勇儀! 出て来い!!」

 

 突如、そんな叫び声が聞こえた。

 勇儀のことを、今この場でそんな風に呼び捨てにできるような命知らずは一人しかいなかった。

 その声を聞いて、アリスとパチュリーが初めて焦ったような反応を見せた。

 2人は、吹き飛んだ壁から顔を出す。

 

「魔理沙……?」

「悪い、遅くなった」

「いや、逆よ! なんでこんなに早く来るのよ!? 古明地さとりとの話し合いは…」

「知らねえよ、そんなこと」

「な……」

 

 そう言って身構える魔理沙は、明らかに怒っていた。

 勇儀が道の中央に出てきて言う。

 

「……ああ、待ってたよ。 霧雨魔理沙って言ったか?」

「アリスとパチュリーを、解放しろ」

「第一声がそれとは、つれないねえ。 ま、いいだろう。 ただし、お前が私に勝ったらな!」

 

 魔理沙が勇儀を睨みつける。

 勇儀が構えると共に、魔理沙はスペルカードを取り出した。

 そして、背中にしょっていた箒を放り投げると、魔理沙は指を一本だけ立てる。

 それは、一枚のスペルカードだけでの決着を申し込む合図だった。

 

 勇儀がにやけるように笑ってそれに頷くとともに、魔理沙は箒の上に跳び乗り高く舞い上がった。

 

「スペルカード宣言、恋符『マスタースパーク』」

 

 そして魔理沙は勇儀に向かって、両手から魔法波の弾幕を照射する。

 だが、勇儀はそれを見て不機嫌そうに舌打ちした。

 

「何だ……ガッカリさせんじゃねえよ、人間!」

 

 勇儀は怒ったように拳を突き出す。

 その拳圧だけで、その魔法波ごと魔理沙は少し押し返される。

 それは、傍目からは攻撃にすらなっていないように見えた。

 周囲の妖怪たちが怒号を上げる。

 

「何だこの小娘が! 話にもならねえじゃねえかよ!?」

「俺たちはこんな奴にバカにされてたってのか? ふっざけんじゃねえ!」

 

 しかし、魔理沙は怯むこともなく再び同じ単調な弾幕を上空から撃ち続ける。

 勇儀はそれを相殺し、軽くいなし、避けながら睨むように魔理沙を観察する。

 

 ――手加減でもしてるのか? それとも…

 

 確かに、スペルカードルールに則るなら攻撃に殺傷能力はいらない。

 だが、それが軽くいなせるような威力とパターンしかなければ、そもそも相手に届くこともない。

 勇儀はしばらく魔理沙を観察し続けたが、やがて失望したような目をして言う。

 

「スペルカード、ブレイクだ」

「……」

 

 それでも、まるでそれが聞こえていないかのように魔理沙はその貧弱で単調な弾幕をただ永延と放ち続ける。

 

「聞こえなかったか? ブレイクだ」

「……」

「……そうかい。 もういい、終わりにしよう」

 

 勇儀はそのまま、脚力だけで跳び上がる。

 もはやスペルカードルールなどどうでもいいと言わんばかりに、その弾幕を避けようともしない。

 勇儀は魔理沙の弾幕を、ただの空気抵抗のごとく受けたまま上空までたどり着き、腕を伸ばした。

 

 しかしその刹那、勇儀の目が見開く。

 

 当初、魔理沙が両手で放っていたかのように見えた魔法波は、今は左手一本で放たれている。

 そして、その右手にはいつの間にか小さな八角形の物体が握られていた。

 

「お前っ!?」

「食らえよ……星符」

 

 空中で無防備に腕を伸ばしきった勇儀は、突然のことに防御が間に合わない。

 というよりも、麻痺性の魔法波を全身に浴び続けてしまったその身体は上手く動かなかった。

 そして魔理沙は、ミニ八卦炉を勇儀の胸に直接当てる。

 

「『ドラゴンメテオ』!!」

「ッ――――!?」

 

 次の瞬間、ゼロ距離での魔理沙の本気のマスタースパークが勇儀を垂直に貫いた。

 一瞬で勇儀を地面に叩き付け、その衝撃で旧都一帯を揺らす。

 その気になれば山一つ焼き払える光の束は、勇儀と地面だけでは相殺しきれずに四方八方に広がり、近くの建物を飲み込んでいく。

 その砲撃の予想外の威力に、辺り一帯は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 魔理沙のことを軽んじていた地底の住人たちは突然のことに反応できず、逃げ惑いながらも焼かれ、吹き飛ばされていく。

 そして、その余波が去ってなお建物は次々と崩れ落ちていき、砂煙が濛々と立ち込めているそこからは悲鳴や怒号だけが響き続けていた。

 

 ……やがて、煙が晴れる。

 崩れ落ちた茶屋の残骸の中から出てきたアリスが、大量の砂煙を吸って顔色を悪くしたパチュリーを背負いながら、惨劇の中心に一人で佇む魔理沙に駆け寄った。

 

「ケホッ、ケホッ……ちょっと、魔理沙、何やってるのよ?」

「そうよ! こんなことしたら、この後協力を仰ぐのも難しく…」

「うるせえ!!」

 

 魔理沙は右手にミニ八卦炉を構えたまま、勇儀のいた方を睨んでいる。

 そこには、ボロボロになりながらも未だ二本の足で立つ勇儀の姿があった。

 そして、どこからともなく声が響く。

 

「……てめえ、せっかく勇儀さんがスペルカードルールに乗ってやったってのに、どういうつもりだあ!?」

「そっちがその気ならこっちも容赦しねえぞコラァ!」

 

 魔理沙のその戦法は、スペルカードルールに則るなら完全な反則だった。

 宣言枚数は1枚としておきながらも偽の宣言をして、スペルカードをブレイクされてなお麻痺性の魔法波を当て続けたあげく、その後に必要以上に殺傷力を高めた攻撃を手加減なく不意打ちで行うというものだったからだ。

 勇儀が魔理沙を睨んで言う。

 

「ああ、そうか。 結局お前たち人間はそうなのかい」

「……」

 

 それは、怒りというよりも憎しみの目だった。

 

「そうやって、私たちのことを平気で裏切る。 いつも……いつもいつもいつも! まったく、冗談じゃねえよなあ?」

「……うるせえよ」

「オイ、何とか言って…」

「うるせえって言ってんだろうが!!」

 

 魔理沙のその叫びは、勇儀の圧力すらもかき消して妖怪たちを圧倒した。

 そして、勇儀を強く睨みつける。

 

「お前にケンカを売ったのは私だ。 アリスとパチュリーは関係ないだろ。 なのに、なんで2人に手を出した?」

「あ?」

「決闘? 別にいいよ、それは。 でも私言ったよな? くだらねえことをしないならってさ」

「それは……」

「先に卑怯な手を使ったのはそっちだろうが! 私はこの二人がやられるくらいなら卑怯な手だって何だって使ってやる!」

 

 魔理沙は勇儀を前に、一歩も退かない。

 それどころか一歩ずつ近づいていく。

 

「さあ、今度は私をどうする? こんな騒ぎを起こしたんだ、もうどうなっても覚悟はできてる。 また卑怯な手で私をねじ伏せるか?」

「……」

「お前はさ、私に全力をもって応えるって言ったよな。 あれが全力か? いいや私は信じない!」

 

 勇儀は何も答えられない。

 魔理沙は勇儀の目の前に立ち、見上げるように睨みつける。

 勇儀がその腕をほんの少し振うだけで魔理沙の華奢な身体はバラバラに消し飛んで終わってしまう、そんな位置関係。

 そんな状況で、勇儀は動けないまま自分の頬を一筋の汗が流れていくのを感じていた。

 

「少なくとも、萃香はもっと誇り高い奴だったよ。 勝負に汚い手なんか使わねえ」

「……」

「こんなのがお前の全力だってのなら、私はお前なんかが萃香と同じ鬼の四天王を名乗ることは絶対に許さない!」

 

 勇儀には理解できなかった。

 今まで、どんな妖怪も一人で自分に立ち向かっては来なかった。

 ましてやそれが、こんな自分よりも頭一つ以上小さな人間ならなおさらだった。

 

 ――私が殺気立っているだけで、たいていの奴は恐怖して逃げていくはずなんだ。

 

 ――博麗の巫女でさえ、結局はスペルカードルールで勝った後、そのまますぐに逃げたんだ。

 

 ――なのに、こいつは何だ? なんで――

 

「何とか言ってみろよ!!」

 

 ――なんで、私が人間なんかを相手に怯んでいる?

 

 魔理沙の言霊に気圧され、勇儀は一歩下がってしまう。

 そして、

 

「……ははは、悪かった。 私の負けだ」

「え?」

 

 そう言って勇儀はそこに座り込んだ。

 耳を疑うような勇儀の一言に、辺りがざわつき始める。

 

「勇儀さん!? でもこいつらは…」

「黙れ!」

 

 そして静かになる。

 勇儀が周りの妖怪を制して言う。

 

「……確かにそうだ。 先に裏切ったのは、私だ」

 

 勇儀からはもう敵意は感じられない。

 ただ静かに、自分を責めるような弱弱しい口調でそう言った。

 だが、それでも魔理沙の機嫌は直らない。

 

「謝ったところで今更私が許すと思うか? もう私は…」

「はーい、そこであんたは調子に乗らない」

「っあたたたたたた!?」

 

 しかし、そこで突然アリスが魔理沙の耳をつねる。

 予想外のアリスの攻撃に、魔理沙は少し涙目になりながら言う。

 

「何すんだよ、アリス!!」

「あんたは早とちりしすぎなのよ」

「はあ?」

「私たちは別に何もされてない。 というよりも、むしろそこの鬼に護られてたって言うべきだからね。 そうでしょう?」

「……」

 

 勇儀は答えない。

 

「は……? どういうことだ、アリス?」

「最初にあんたが暴れたせいで、地底の低級妖怪たちがあんたのことを、それと私たちのことも狙い始めたのよ」

「そ、それは…」

「それで、私とパチュリーのところにも何十体も妖怪が襲い掛かってきた。 その都度撃退はしてたものの、正直限界が来て、ちょっと私がヘマしちゃったの」

「そうね。 あのミスは流石にないわー」

 

 パチュリーがジト目でアリスを見つめる。

 それを感じ取ったのか、アリスは少しバツの悪そうな顔をして続ける。

 

「パチュリーはちょっと黙ってて。 そこで動けなくなってるところを、私たちはそこの鬼に保護された。 あんたは古明地さとりに、私たちはこの鬼に護られてるから誰も手出しができなかった。 そういうことよ」

「そう、なのか……」

「知らないね、そんなこと」

 

 勇儀は露骨に魔理沙から目を逸らして言う。

 それを見て、アリスは大きくため息をついた。

 

「……はぁ。 どうして強い奴ってのは皆こう不器用なのかしらねえ」

「はあ!? どういう意味だ!」

 

 勇儀はムキになったように反発する。

 だが、アリスは勇儀から少し目を逸らし、それに答えなかった。

 その目線の先には、目線を伏せている魔理沙がいる。

 

「……ごめん」

「あん?」

 

 魔理沙はかぶっていた帽子をとって、呟くように言う。

 

「私、そんなこと、何も知らないくせにお前を貶して……」

「だから、そんなこと知らねえって言ってんだろうが!」

「でもっ…」

「うるせえんだよ!!」

 

 勇儀が叱るように魔理沙に言う。

 

「お前が、他の奴が、私をどう評価しているかなんて、そんなことはどうでもいい。 卑怯者の汚名だろうが何だろうが、私は受け入れる。 ……だけどな、私に勝った奴が、そんな情けねえ声出してるのだけは許せねえんだよ!」

「え?」

 

 その気になれば、勇儀はいつでも容易に魔理沙を打ち伏せることができた。

 だが、魔理沙の気迫に怯んでいる自分に気づいてしまったら、たとえその後どれだけ魔理沙を痛めつけて勝利を掴むことができたとしても、その心に残ったどうしようもない敗北感だけは一生消えない。

 どれだけ取り繕ったとしても、自分の中の矜持に則って一度でも負けたと感じてしまったのなら、勇儀にとってそれは自分がボロ雑巾のように打ち捨てられてしまうことよりも認めざるを得ない負けなのだ。

 勇儀にとっての魔理沙は既に、自分を打ち倒した、鬼退治をした勇者なのだ。

 だから、その魔理沙が弱弱しい姿を見せていることは、それに負けた自分の矮小さを必要以上に浮き彫りにさせるかのようで、勇儀にとって、いや、鬼という種族にとっては耐え難い屈辱なのである。

 

「だから、お前は勝者らしく傲慢に振る舞うといい。 何なら私の首をくれてやってもいいし、何でも言うとおりにする。 それで…」

「勇儀さん!?」

「いや、いやいやいやいやちょっと待て、私は別にそんなことを望んでたわけじゃ…」

「そうです、それに勇儀さんは負けてなんて…」

「黙れ! 誰が何と言おうと今回は私の負けだ。 誰にもそれを否定することは…」

 

「ああ、それなら貴方はその子たちの手伝いをしてあげるといいわ」

 

 その声が聞こえるまで、そこには何の威圧感も、気配さえも感じなかった。

 だが、突然の声に振り向くと、戦いを見守っていた妖怪の群れの中にいつの間にかさとりが立っていた。

 

「さとり……?」

「少なくとも、その子は貴方の首なんて気持ち悪いものを欲しがってはいないわ。 そんなものをもらって喜ぶのは、貴方みたいな時代遅れの脳筋くらいよ」

 

 その存在に気づいた周囲の妖怪たちは次の瞬間一斉に跳び下がる。

 いつの間にかアリスとパチュリーの姿もなかった。

 そして人ごみが割れるように、いつの間にかさとりの前には魔理沙たちに向かう道が開けていた。

 そんな周囲の様子を当然のことのように受け止め、ただゆっくりと魔理沙の方に歩き出すさとりに、勇儀が一喝する。

 

「なっ……おい! お前は必要もない時に地霊殿から出てくるなとあれほど…」

「あら、私はここら一帯を管理しているのだから、町が吹き飛ぶような騒ぎがあれば来るのは当然でなくて?」

「ちっ、まぁそれは…」

「そんな強い言葉を使っちゃって、それでまた失敗したみたいね。 相変わらずかわいいわね、勇儀ちゃんは」

「っ!? ぶっ殺すぞテメエ!!」

 

 横槍を入れようとした妖怪の声をかき消すほどの大声で、勇儀は顔を真っ赤にしてさとりに叫ぶ。

 勇儀はそのまま永延とさとりに罵声を浴びせ続けるが、それもさとりは気にせず話を進める。

 

「さて、それじゃあ本題に戻るわ」

「おい、何無視してやがる!? それに、今は私が…」

「あら、勇儀ちゃんはそんなに私に構ってほしいの? でも今は忙しいから、後でなら聞いてあげるわー」

「―――――っ……はぁ、もういい」

 

 一人で騒いでいた勇儀だが、そうして遂に大人しくなる。

 鬼の四天王さえも子ども扱いするさとりに、妖怪たちは畏怖の念を感じざるを得なかった。

 それは、魔理沙すらも例外ではない。

 自然と少し緊張気味の姿勢になってしまう魔理沙に、さとりは相変わらず微かな笑みだけを浮かべながら言う。

 

「それで、勇儀さんは貴方たちの異変調査に協力する。 私は今の異変について知ってることを話す、でいいかしら?」

「え? ああ、でもいいのか?」

 

 魔理沙が勇儀の方を見て言う。

 さとりに向かって叫びすぎた勇儀は、露骨に疲れた表情を浮かべていた。

 

「……ああ。 私はお前の言う通りにしてやるってさっき言っちまったしな」

「じゃあ問題ないわね。 まぁどういう経緯であれ、貴方は賭けに勝ったのだから私も約束は守るわ。 ただ、その前に――」

 

 さとりは少し、不快そうな目をして周囲を一瞥する。

 

 ――古明地さとり……クソッ、なんでこんなところに。

 ――チッ、相変わらず気味の悪い……

 ――無無無無無無無無、無ーっ、無ーっ!

 ――偉そうにしやがって、この際ここで消してやろうかねえ。

 ――ひいっ!? に、逃げ…

 

 それは、ただの心の声だった。

 各々でさとりに対する感情に差はあれど、本来なら誰にも聞こえることのない、あっても無くても変わらぬただの感情の奔流。

 だが、それはさとりにとっては騒音だった。

 さとりは別に能力をコントロールして聞く声を選べない訳でもない。

 それでも――

 

「目障りよ」

 

 ただ、静かにそう告げた。

 勇儀とは違う小さな声が、ただ静かに波紋のように広がっていく。

 静まり返ったそこでは、その声は何よりも不気味に響き渡り、妖怪たちはまるで金縛りにでもあったかのように固まってしまう。

 動くことすらできないまま、畏怖と嫌悪の混じった表情でさとりのことを睨んでいた妖怪たちも、ほんの少しさとりと目が合った瞬間、引き攣ったような表情を浮かべて目を逸らす。

 その様子を見て、さとりは露骨にため息をつきながら歩き出した。

 

「はぁ……ここは、少し騒がしいわ。 話を聞きたいのならついてきなさい」

「あ、ああ、別にいいけど」

「それとお燐、この騒ぎの収拾と後始末は頼んだわ」

「に”ゃっ!?」

 

 そして、物陰に隠れていたつもりのお燐は突然の指名に悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 地霊殿を過ぎてさらに奥。

 地の底とは思えないほど明るいそこは、進むにつれてだんだんと気温を増していく。

 

「あぁぁ、熱いぃ……なあさとり、一体どこに向かってるんだ?」

「旧灼熱地獄よ」

「げぇっ、灼熱地獄って……」

 

 灼熱地獄と呼ばれるほどの温度だったのは一昔前までであり、今はその気になれば人間でも耐えられるくらいになっている。

 とはいっても、耐えられる程度とはいえ人間にとっては暑いというより熱いレベルなので、涼しげな顔で進むさとりや勇儀とは対照に、先に進むにつれて魔理沙のテンションは徐々に下がっていく。

 

「そもそも何でそんなところまで行く必要があるのよ。 ちゃんと説明してくれない?」

 

 それはアリスの声だった。

 しかし、アリスとパチュリーの姿はない。

 ただ、いつものように魔理沙の後ろをアリスの人形が2体浮遊している。

 自分たちだけ楽をしてついてこないアリスたちへ抗議の意味も含めて、魔理沙は恨めしげにその人形を睨む。

 

「この子に異変の手掛かりになるものを見せてあげようと思ってね。 この先にそれがあるのよ」

「だから、何があるのか聞いてるのよ」

「それは着いてからの、お・た・の・し・み」

「そんなの、勿体つける必要ないわ。 時間の無駄だし、何があるのか歩きながらでも話してくれないかしら」

「……そうね。 じゃあ少し話しながら進みましょうか」

 

 ちょっとした遠足気分で歩いているような態度のさとりだったが、アリスとパチュリーはそれを一蹴する。

 風情も何もあったもんじゃないと、少しだけ残念そうな顔をしながらさとりは続けた。

 

「まず、貴方たちはこの前の異変がどんな異変だったか知ってるかしら?」

「前の異変? いや、地底から温泉が湧いてきたってことは知ってるんだけど……なんか張り切って温泉に入る準備してるうちに霊夢が解決しちまってて、異変だったっていうのは後で聞かされたんだよな」

「私も気付いた時には終わっていたわ。 霊夢にしては珍しく、随分とやる気だったみたいだけど」

「多分それは少し違うわ。 やる気だったのは恐らく、八雲紫のほうよ」

「紫が? それは……どういうことだ?」

 

 そもそも幻想郷の異変は人間の代表である博麗の巫女の霊夢が解決すべきで、妖怪である紫は異変を解決しない。

 たとえ霊夢のサポートをしたとしても、異変解決に直接は乗り出さない。

 それが、紫の立ち位置であるはずだった。

 

「それと、一つ訂正があるわ。 前回の異変の問題は温泉が湧いたことではなく、それと一緒に怨霊が地上に出て行ってしまったことよ」

「怨霊!? ちょっと待て、私はそんなこと知らないぞ」

「貴方たちが気付いた時には解決済みだったのなら、それはそうでしょうね。 ほら、着いたわ」

 

 着いた先は灼熱地獄というほど熱い場所ではなかったが、辺りには視界がかすむほどの熱気がこもっている。

 しかし、同時に微かに寒気を感じさせるような、負の感情が混じった嫌な空気が漂っていた。

 

「なんだ、これ……熱いのに背筋が冷たいというか、なんか…」

「ここには怨霊がたくさんいるから人間にはそう感じられるのかしらね。 でも、少し前までは今とは比較にならないくらい多くの数の怨霊がいたわ。 異変の影響でほとんどの怨霊は地上に出て行ってしまったけど」

 

 元々は地獄だった名残もあり、ここには昔から多くの怨霊が巣食っていた。

 怨霊とは、ただ死んだ者がなる霊魂とは違う、この世への未練によって成仏できない死者の魂のなれの果てである。

 基本的に地上に怨霊はいないから大丈夫だが、もしそれが地上で人間に憑りついててしまえば、その人間の精神を支配し、破滅に追い込んでしまうことすらある。

 

「まさか、怨霊が地上の奴らに憑りついたのが、今回の異変の原因だってのか?」

「待って、そんなはずないわ。 怨霊が憑りつくのは人間だけのはずよ。 でも、今回はかなり多くの妖怪や妖精たちにまで影響が出てるわ」

 

 怨霊は、とある理由から妖怪に長時間憑りつき続けることはない。

 故に、パチュリーには怨霊に憑りつかれた妖怪たちが幻想郷中にいるという状況が考え辛かった。

 

「そうね。 私も、怨霊が原因というのは正確には少し違うと思うわ」

「どういうことだ?」

 

 怨霊が出て行ったのに、怨霊が原因ではない。

 魔理沙はその意味がわからずにさとりに聞き返す。

 

「ここにあったのは怨霊だけじゃなかったのよ。 地上と地底間での不可侵協定が結ばれる前、八雲紫がこの旧灼熱地獄に良くない「何か」を隠したらしいわ」

「何か?」

「ごめんなさい。 詳しいことは私も知らないのよ」

「はあ!? ちょっと待て、お前が…」

「「地底の管理者の私が知らないのなら一体誰が知っているというのか」、ね。 別に私は皆に望まれてここの管理者になったわけじゃないわ。 地底のことを私に詳しく教えてくれる人なんていないから、地底について私が知っている情報はほとんど自分で調べたことや誰かの心を読み取ったものばかりよ。 だから、詳しいことは古くから地底にいる勇儀さんの方が詳しいでしょう」

「私が?」

「そうよ。 だから一緒に来てもらったの」

 

 さとりがそう言うが、勇儀も今一つ何のことかわかっていないかのようだった。

 

「確かに私はだいぶ昔から地底にいるが……そういう政の話は私には向かなかったからなぁ」

「でしょうね。 貴方が筋肉バカなのは見ればわかるわ」

「はあ!?」

「それでも少し思い当たることはある、と」

「……はぁ。 だからお前は人の考えを勝手に先に言う癖直せって言ってんだろ」

 

 勇儀の睨みをさとりはまた華麗にスルーする。

 その若干微笑ましい場面を見て笑いそうになりながらも、魔理沙は勇儀に冷静に問う。

 

「それで、結局紫はここに何を隠してたんだ?」

「まぁ、そうだな……隠すってよりは、何かを封印してたんじゃないかと思う」

「封印?」

「私も詳しくは知らないが……昔、八雲紫が閻魔様と何かを協議してたらしくてな。 私たちは閻魔様から地底を任されたとき、危険だから旧灼熱地獄を必要以上に荒らさないよう言われたのと、地上の妖怪を地底に入らせない代わりに旧灼熱地獄にいる怨霊たちを地上に出さないようにという取引を八雲紫としただけだ」

「なるほど、じゃあその2人が旧灼熱地獄の怨霊たちに何かを封印したってことね」

「いや……すまないが、はっきりとはわからない」

 

 一昔前、鬼たちが妖怪を引き連れて地底に来た際、閻魔と旧地獄の管理についてを、地上との関わり方についてを紫と協議した。

 だいたいの仕事は最初は鬼が対応していたのだが、基本的にはそういう面倒事を鬼たちはやりたがらないので、自然とさとりのような妖怪が担当する形になっていった。

 しかし、当然だがさとりと進んで会話をしようという者などほとんどおらず、その情報の引継ぎがうまくいってなかった。

 そのため、現状をはっきりと知る者は既にほとんど地底にいない状況になってしまっているのだ。

 

「そうか。 勇儀もさとりもわからないってことは……紫もいないし、今度は映姫に聞きに行かなきゃいけないのか。 めんどくさいな」

「って、閻魔様のことまで知ってるのかい。 まったく、お前の友好関係の広さには驚かされるよ」

「でも、紫の能力でもない限り閻魔になんて普通は会えないから、その案はちょっと厳しいわね」

「そうね。 でもなんとなくわかったわ。 つまりは、その何かが怨霊たちと一緒に地上に出て今の異変を起こしている可能性が高いってことでしょ」

「つまりは、結局よくわからないってことか」

「……そうね」

 

「まぁ、現状ではね」

 

 さとりは、人形越しに少しため息をついたパチュリーにそう言うと、一人怨霊の集団に近づいていった。

 大部分はすでに地上に出て行ってしまったとはいえ、さとりの姿が隠れてしまう程度の量の怨霊は未だそこに残っていた。

 突然怨霊の集団の中に入っていったさとりに向かって魔理沙は怪訝な顔をして聞く。

 

「なにしてるんだ?」

「ここに残ってる怨霊たちの声を聞くのよ。 そのために、わざわざこんなところまで来たってわけ」

「そんなことできるのか?」

「怨霊にだって心はあるからね。 事実、私が地霊殿を任されたのは怨霊の考えが読めるってことが大きな要因を占めているわ」

「そうなのか」

 

 話せないが故にその統率が困難な怨霊は、基本的に厄介ごとの種にしかならない。

 だが、さとりには怨霊の考えが読めるため、その統率が可能なのである。

 誰からも嫌われる存在であるさとりは、怨霊の心を読んだ上で管理するという面倒事を引き受けることで、地底でもそれなりの地位を得ることができたのだ。

 

 さとりは通りがかりに多くの怨霊の心を読み、時には苦悶の表情を浮かべ、時には笑いそうになる。

 しかし、そんな声の奔流に流されることなく、隅にぽつんと佇む一体の怨霊に向かってまっすぐに歩いていた。

 

「皆、少し下がって頂戴」

 

 そう言われると、一体を除く怨霊たちが一斉にさとりから離れる。

 その怨霊はさとりに近寄ろうとするのでもなく、かといって下がれと言われて下がるわけでもなく、ただそこに存在しているだけだった。

 さとりはその一体の怨霊を引き連れて、魔理沙たちのもとへ戻ってくる。

 それを見て少しだけ勇儀が顔をしかめたようにも見えたが、さとりは気にすることもなく魔理沙の前にその怨霊を連れてきて言う。

 

「それは?」

「この子は地上に出て行った、とある怨霊の欠片よ」

「欠片? なんだ、怨霊っていくつにも分かれられるものなのか?」

「そういう訳じゃないけど……この子は特別ね」

「そうなのか、まあそれは別にいいや。 それで、そいつは何て言ってたんだ?」

「さあ。 自分で確かめてみたら?」

「はあ!? 確かめるって、どうやって…」

「こうやって」

 

 言いかけた魔理沙に向かって、さとりが突然その怨霊を叩き込んだ。

 するとその怨霊は魔理沙に吸収されるかのように消え去る。

 一瞬何が起こったかいまいち理解できていない魔理沙だったが、すぐにその顔が青ざめ始めた。

 

「ぅぁ……何だ、これ、うぐぁ、っぁぁあああああ!?」

「魔理沙!? ちょっと、あんた何してんのよ!」

「おいさとり! これはいくらなんでも…」

「人間相手なら、説明するよりも憑りつかせた方が早いでしょう? 私の口から聞くより、よっぽどリアルな声を聞けるわ」

 

 さとりは涼しげな顔で魔理沙を観察している。

 だが、怨霊に憑りつかれてしまえば、人間の心などすぐにでも大きく変化してしまう。

 ましてやそれが強力な怨念を持った怨霊であるというのなら、乗っ取った相手の精神などすぐに崩壊させてしまう一大事なのである。

 こういうことの対処法を知らない勇儀やただ人形を操ってるだけのアリスやパチュリーは、突然起こったことに適切な対応ができなかった。

 

「っ……。 さとり、これは流石に洒落になんねえぞ。 下手すりゃこいつは壊れちまう!」

「そしたら、この子は所詮ただのか弱い人間だったってことになるだけね」

 

 そう言うさとりの顔を見て、勇儀はゾッとした。

 魔理沙のことを心配している様子もない。 貶めようとしているようにも見えない。

 ただ、苦しむ魔理沙の様子を見て愉しむかのように、微かに笑みを浮かべていたから。

 

「大丈夫よ、貴方を倒すほどの人間だもの。 その辺の人間なんかとは違う屈強な精神を持ってるでしょうからね」

「それは…」

「違う! あんたも知ってるでしょ、魔理沙は――」

 

「うあああああああ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!」

 

 そして、魔理沙の精神は深い闇の底へと消えて行った。

 

 

 

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