2010年7月28日
秋葉原 ラジオ会館前
「人が、消えた?」
私と白衣の彼は顔を見合わせ、首をかしげる。何故こんなことになっているのか。何が私の身に起きたのか・・・。
彼は呆然とする私に声を掛けてきた。
「貴方は・・・貴方も見ましたか?人が・・・人が消えたところを。」
私が感じたことは間違いではなかったようだ。そう、消えたのだ。先程まで道を歩いていた人達が。
そもそも、人が消えるということがあり得ることなのだろうか。一人二人ではない。私の主観では一瞬で数十人、数百人単位で消えたように感じている。
そしてその現象を目の当たりにしたのは私。と、目の前のこの男なのだろう。
「人が消えたのか、或いは私達が消えたのか・・・」
「はぁ?消えるってどこに・・・?」
私は数十分前までいたラジ館を見上げる。
「私達が元々いた場所からだよ。」
「なっ?!あれは・・・何なんだ・・・。」
そこには人工衛星のような物がラジ館の上層階に突き刺さっていた。
ふと、足元を見てみるとあの人工衛星が衝突した際に飛び散ったと思われる瓦礫やガラスが散乱している。
やはりおかしい。何故私も彼もここにいたはずなのに人工衛星が衝突したときのことを覚えていない?そして、この事象こそが私達が本来ここにいなかったということを意味しているのではないか?
「俺たちの方が消えただと・・・?そんなことあるわけがないだろう!確かに周りから人が消えたのを俺は見ていた!」
彼の動揺が、焦りが言葉として私に牙を剥く。今にも私に掴みかかろうとする勢いだ。
「君もおかしいと思わないか?あんな巨大な物体が衝突したにもかかわらず、何故私達はそのことを知らないんだ。私達は先程まであそこにいただろう?そう、ちょうどあの人工衛星が突き刺さっている場所だ。」
「ドクター中鉢の・・・あの会見に貴方も居たのか。」
あの場所には人が少なからず居たはずだ。そこへ人工衛星がが激突して来たとすると、その結末は容易に想定できる。それにのになぜ、この場所に救急隊が駆けつけて居ない?警察も、そこに群がる野次馬も人一人として居ないではないか。それがこの現象の異常性だ。
「私は途中で外に出たから発表会は最後まで聞いていないんだが、君はどうだった?ドクター中鉢と議論を交わしていたが。」
記憶をひねり出すように顔をしかめながら彼はポツポツと話し始める。
「いや、俺も最後まであの場には居なかった。彼女に呼ばれて・・・。」
そこで何かを思い出したようだった。
「そうか・・・俺はあの後、何者かに刺されている牧瀬紅莉栖を発見してダルに・・・」
「誰か殺されたのか?あの場で?」
「ああ。誰かの叫び声がラジ館内に響いて・・・気になって探してみたら、倒れていたんだ。」
彼の携帯を持つ手は震えていた。
「血塗れになった、牧瀬紅莉栖が・・・。」
「名前を知っているということは、その女性は君の知り合いか?」
「知っているのは名前だけ。彼女は弱冠17歳にして天才脳科学者としてサイエンスに論文が掲載されていた。」
なるほどそう言われてみれば、先日手に取った雑誌にその名前があったのを記憶している。そんな人物があの場にいたのか・・・偶然なのか、それとも?
「君が死亡確認をしたのか?」
「いや、触っていない。だが、あの血の量は・・・」
彼は手で頭を抑えながら携帯を取り出した。そしてブツブツと独り言を話し始める。
「ああ、俺だ。どうやら本格的に機関が動き出したらしい。今度は一筋縄ではいかないようだ・・・。」
何だ、この男も分かっているではないか。こんな不可解で刺激的な事象に心踊らないはずがない。恐怖?絶望?孤独感?そんな感情など私の心にはない。
目の前のこの男も私と同じだ。
ああ、今にも小躍りしそうだ。頬が緩むのを止められない。
「・・・ああ、それがシュタインズゲート の選択だというのならばな。エル・プサイ・コングルゥ」
「ククッ・・・それが君の組織の符丁か。」
携帯を白衣の下に仕舞うと私に気づいたのか2歩3歩後ずさる。そこまで警戒するとはそんなにも隠蔽したい組織なのだろうか。
「なっ?!貴様、ききききき聞いていたのかッ?!」
私は笑みを浮かべながら手を差し出す。
「な、何だその手は・・・分かったぞ。ククッ・・・フーッハッハッハッハ!貴様も機関が送り込んで来たエイジェントなのだろう!」
握手に応じないか。まあ、良いだろう。手持ち無沙汰になった右手を下ろして胸ポケットから手帳を取り出す。そこから自分の携帯の電話番号とメールアドレスを書き写した。
「私は今日たまたまこの秋葉原に来た。タイムトラベルという世界を変革させる理論が本当に可能なのか確かめるためにね。そしてこの事象が起こった・・・。」
私の勘は正しかった。少なくとも私の中の世界は変革した。同じ現象を体験したこの男にも出会った。
彼の名は何といったか・・・電話を片手に名乗っていたな。たしか、
「ホーキョーイン・オウマくんだったか?君は、」
「ウェイウェイウェイ!違ああああう!!なぜそんな呼びづらい間違いをするのだッ!」
人々の往来が無いとはいえ、道のど真ん中でこの男は白衣をはためかせながら何とも言えないポーズを取る。
「混沌を望み、世界の支配構造を破壊する者・・・我が名は、狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真だッ!・・・この俺が名乗ったのだ。貴様の名は何という?」
「Kだ。」
適当に浮かんだアルファベットを答えながら私は先程電話番号とメールアドレスを書き写した紙を手渡す。
「ここで会ったのも何かの縁だ。いつでも連絡して来るといい。」
渋々といった面持ちで受け取る鳳凰院。さて、私はここから立ち去るとするか。ここに居ても事態が進展することはないだろう。
「まったく・・・コードネームとはまたベタな。まあ、貴様は世界を混沌へと導く秘密をこの俺と共有するただ一人の男だ。秘密の一つや二つあって然るべきだ。そうだろう?Kよ。」
鳳凰院も先程までの動揺は見られず、高笑いを繰り返している。私は彼の笑い声を聞きながら踵を返した。
「あっ、おい!俺はこの秋葉原で未来ガジェット研究所というラボを運営している!いつでも来るといい!」
・・・どうやら今日は人生で最も面白い1日のようだ。