ホルアドの町から王宮に戻って五日が過ぎた。
この五日間はメルドさんの計らいで訓練は延期となっていた。
あんなことがあってすぐにまた訓練というのは酷だろうという判断らしい。
また、僕が皆に言ったこともこの五日間で考えて欲しいとも言っていた。
少々短い気もするが、トータス側としても早急に対魔人族の備えを整えたいらしい。
皆の選択は明日それぞれがメルドさんに伝えることになっている。
(さて、皆はどうするのかな…………)
皆がどういう選択をするにせよ、僕は僕のやるべきことをやるだけだ。
結界師としてこの世界でやるべきことは一つ。
『結界通路』の形成、それだけだ。
『結界通路』は文字通り、空間と空間を繋ぐための道だ。これを完成させれば元の世界に帰ることができる。
ただ問題は山済みだ。『結界通路』を作るためには空間の歪みを見つけなければならない。通路を作ろうにも歪みが無ければ作れない。
それにその歪みを僕自身が目視できるようにもならなければならない。見えないものはそもそも探せないのだ。
そして一番の問題は、通路を作り安定させられるようにならなければならない。
どれも、今までの修行では一度もやったことが無い。知識として知っているだけで実際にやったことは無い。
しかし、やらねばならない。異界の神が当てにならない以上、帰り道は自分で確保しなければならない。
その為にも、僕はこの世界で修行を積む必要がある。目を養い、歪みを見つけ、通路を維持する修行を積まなければ。
だからこそ下準備が最も重要なのだ。結界師として己を鍛え、結界師として戦い、結界師としての務めを果たすために、
全ては日本に帰るために…………
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白崎&八重樫サイド
ホルアドから戻って五日目、香織と雫は共に今後について話し合っていた。
「…雫ちゃんは、この先どうするか………決めた?」
香織が不安そうに雫に尋ねる。
「私は………戦うわ。確かに今回みたいに危ない目に合うかもしれないけど………魔人族を倒すことで日本に帰れる可能性が僅かでもあるのなら、それに賭ける」
「雫ちゃん………」
不安そうに、しかしはっきりと雫は答えた。自らの意思で戦う道を選んでいた。
その姿に香織は「やっぱり雫ちゃんはすごいな」と改めて雫の強さに感心した。
「香織はどうするの?」
「私は………まだ、わからない」
雫にこんな質問をしているのも、香織本人がまだ答えを出せていないからだ。
だがそれは、戦うことが怖いからというわけではなかった。
遠征で明らかになったある事実が頭から離れず、この先の事についてしっかりと考えられていなかった。
「…………南雲君のことで、悩んでるの?」
「うん………」
香織が気になっている事。それは他ならぬハジメのことであった。
香織はハジメのことを力で抗うのではなく、心で抗う人だと思っていた。
心で戦うハジメだからこそ強い
だが違った。ハジメは誰よりも強い力を持っていた。
魔物とはいえ簡単に命を奪えてしまう程に。
それ故に香織はわからなくなっていた。一体どちらが本当のハジメなのか。
自分が見た土下座していた彼も、掟のために力を使わなかっただけで、掟が無ければ平気で異能を使ったのだろうかと…………
自分が信じた彼は最初からいないのではないかと…………
「そんなに気になるなら、本人に直接聞いてみれば?」
「………え?」
「だから、自分が惚れた相手に直接聞けばって言ってんのよ」
「いや、でも………」
雫の言っていることはわかる。香織だってこの五日間考えなかったわけでは無い。
ただ、怖かった。もし自分の予想が当たっていたらどうしようと……
「他人の事を一人で考えたって答えなんて出ないわよ。はっきりさせたいんでしょ?」
「それは、そうだけど…………」
香織自身よくわかっていた。本人に問うことが一番であると。
だがあと一歩が踏み出せないでいたのだ。
「……じゃあ、私もついて行ってあげるから」
「え?…………雫ちゃん、良いの?」
思わぬ助け舟に香織は雫の方に目を向ける。
「私だって気になっているから………彼のこと……」
ここまで何も言わなかったが、雫としてもハジメの事は気になっていた。
日本にいた頃はよく香織に付き合って、ハジメの人柄やどんなジャンルのアニメ・ゲームに興味があるのかを調べていた。
そのせいでかなりのオタク知識を身につけてしまったが……
そうやってハジメについて考え、また本人を見ていくうちに雫も香織と同じような考えを持つようになった。
当初こそハジメのことは快く思っていなかった。しかし、どれだけ周りに貶されようと嘲笑を浴びようと気にすることなく前を向いていたハジメを、誰よりも心が強い人間なのだと認めていた。
だからこそ雫も香織と同じような思いだった。自分が認めた人が実はまやかしだったのではないかと。
「さあ、そうと決まればすぐに行くわよ、南雲君の部屋!」
「えっ!し、雫ちゃん⁉」
「ほら、早く早く」
突然の提案に驚きつつも、雫に背中を押される形で香織はハジメの部屋へと向かった。
ハジメの部屋の前まで来て香織はホルアドでの夜を思い出していた。
不吉な夢を見て宿のハジメの部屋に押し掛けたことだ。
(あの時ハジメ君は“周りが思っているほど自分は弱くない”と言っていた。最初は私が安心できるように言ってくれたんだと思ってた。けど、今思えばあれは額面通りの意味だったのかな…)
ドアをノックしようとして香織の手が止まる。いまだ真実を確かめることは怖いままだった。
「香織…」
(………このまま真実から目を逸らし続けても、進めない)
香織は深呼吸をし、意を決してドアを叩く。
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「ふぅ~、やっと出来た」
王宮に戻って来てから今日まで、寝る間も惜しんで作り続けてようやく完成した力作。
十分な素材が手に入らない中、それでも懸命に作り上げたこの作品を前に、感涙に咽び泣きそうだ。
「これさえあれば…………」
その時、コンコンと扉をノックする音がした。夕食前のこんな時間に訪ねてくるのは一体誰だろうか…………
「はい?」
「あの…………白崎です。南雲君、ちょっと良いかな?」
「…………ちょっと待ってね」
先日に続き、またもや白崎さんのようだ。散らかっているものを部屋の隅に寄せ、ドアのカギを開けようとする。
しかしそこで手が止まる。
(まさかまた、あの時みたいな恰好じゃないよな?)
脳裏には先日宿の部屋に訪ねてきた白崎さんが思い浮かんだ。
(あの時と同じような恰好だったらいよいよ疑うぞ。彼女の感性を)
そこそこの不安を抱きながらそっとドアを開けると、そこにはちゃんとした恰好の白崎さんがいた。
(ああ、良かった)
内心ホッとする。年頃の女の子がデリケートな恰好で男の部屋に来るというのはいささか問題だ。
そうでなくて安心した。ふと白崎さんの奥を見れば八重樫さんの姿もあった。
「こんにち……いや、もうこんばんわだね、白崎さん。八重樫さんもいたんだ」
「あら、私が居たらマズい事でもあるの?」
「いやいや、白崎さんの声しか聞こえなかったから、てっきり一人かと……何か用事?」
「うん…………」
「廊下で話すのもあれだから、中に入って良いかしら?」
八重樫さんが部屋に入れるよう催促してくるが、今部屋は散らかっている。
散らかった部屋に人を通すのは気が引けるが、二人ともどこか真剣な目をしているので断りづらかった。
「……散らかってるけど、それでも良いなら」
「そんな!全然気にしないよ」
「じゃあ、お邪魔するわね」
そう言って、二人は部屋の中に入って行く。
だが、二人はベッドに置かれている
「………嘘」
「…南雲君…………これ…何?」
ベッドには先ほど完成させた
白崎さんは口元に手を当て、片や八重樫さんは一歩後ずさりして信じられないものを見たかのような顔をしている。
「これって……」
「南雲君。あなた、これ……」
「「和服…だよね(でしょ)?」」
二人のセリフがシンクロした。二人の声音はまさに驚愕といった様子だった。
「……部屋に散らばった無数の布切れ、糸くず、ベットの端にある待ち針と針山、糸切りばさみに裁ちばさみ…………あなたこれ………作ったの?」
部屋の散らかり具合と、ベットに置かれた裁縫道具を見て、八重樫さんは僕が自作したことを言い当てた。
「うん。帰って来てから自分で作ったんだよ」
僕が王宮に戻って来てから作っていたのは和服だ。それも日本で結界師として戦っていた時に着ていた和服と同じもの。
王宮内のメイドさんに頼んで使わない布と裁縫道具を拝借し、満足な明かりが無い中で指先の感覚だけを頼りに、五日間かけてようやく完成させた。
「やっぱり着慣れた服の方が動きやすいからさ」
「いや、だからって作れるものじゃないでしょ?」
本来和服は簡単に作れるようなものではない。
きちんとした職人達が伝統技術を用いて、数か月かけて完成させるものだ。
それを僕は簡単に用意できるもので、尚且つ短時間で作り上げた。
僕が和服を作れるのは母の影響だ。
母はもともと京都の呉服屋に生まれた一般人だった。
父がある土地神の依頼で京都に行ったときに知り合ったらしい。
その際に一目ぼれし強引に父を襲ってゲフンゲフン…………紆余曲折を経て南雲家に嫁いできたらしい。
母は小さいころから和服に関心があり、独学で和服の作り方を学んだという。
僕はそれを母から学び、家にある物で作れないかと考え修行の合間に試行錯誤していた。
結果、『職人が作った程のものではないが、明らかに素人が作ったものではない』くらいの和服を作れるようになった。
「まあ、頑張ればできるよ」
実際ミシンがあれば二日くらいで出来上がるのだが、なんせこの世界にはミシンが無い。
手縫いで作るしかなかったため五日も掛かってしまった。
「頑張ればって………」
「…………凄い」
クラス内で一目置かれている二人から手作りの和服を誉められ、なんとも鼻が高い。
だが、そろそろ本題に入る。別に和服を見せびらかすために二人を部屋に通したわけでは無いのだ。
「で、話って?」
そう尋ねると、二人はハッとした様子でこちらを向いた。
だがどちらも一向にしゃべりだそうとはしなかった。
というか、何か言おうとしているのは白崎さんの方で、八重樫さんはただそれを見守っているような感じだ。
どれだけ待っても言い出さない白崎さんを見かねて、八重樫さんが切り出してきた。
「聞きたいのは、あなたの事よ。南雲君」
「僕の事?」
「ええ。ホルアドであなたが、日本にいた頃から結界師として戦っていたことは聞いた。でも、それ以外にもまだわからないことがあるの」
真剣な眼差しで話す八重樫さんと、何も言わないものの聞きたいことは同じだとこちらを見る白崎さん。
さすがに茶化したらダメな雰囲気だ。
けれど結界師以外の事で聞きたいこととは何なのか。
授業中寝倒していた事か?本職でもないのに槍を振り回している事か?それとも…………
「それは、僕が力を使うことをどう思っているのか……かな?」
「!さすがね、一発で私達の聞きたいことを言い当てるなんて」
「それくらいしか無いだろうなって思っただけだよ」
力を使うことをどう思っているか‥‥か。
八重樫さんはともかく、白崎さんは気になるんだろうな。
彼女は僕が心の強い人間だと、暴力に対して暴力で抗う人間ではないと思っているようだから。
「………前も言ったけど、僕は日本にいた時はある土地を守ってた。その土地を荒らそうとする妖や一般人を襲う妖、敵意や殺意を向けて襲ってくる妖に対しては、僕は容赦しない」
とりあえず僕の考えというか、スタンスについて伝える。
「もちろん良い妖………というか、人に害を与えない妖もいる。そういった妖に対しては力を使ったりしないし、友好的な関係を築くこともあるよ。まあ、そんな妖はほとんどいないけど」
「それはこの世界の魔物に対しても一緒なの?」
「基本的にはそうだよ」
八重樫さんが確認をしてくるので肯定する。
敵と確定したら倒す。敵でないなら手を出さず、場合によっては仲良くする。
フィクションとかでも良くある話だと思うのだけど、彼女達にとっては普通ではないのかな………
「あとはまあ…………この力を一般人に対して、利己的に使うことは無いよ」
「…………それは、掟だから?」
今までずっと黙り込んでいた白崎さんが尋ねてきた。
恐らく白崎さんが一番聞きたいことはこれなのだろう。
掟が無ければ、簡単に力を使うのかと。
「それもあるけど…………普通に考えてダメでしょ?こんな危ない力を人に向けたら」
白崎さんが恐る恐る聞いてくるので、はっきりと答えておく。
掟云々もあるけれど、結界術を私欲で使ってしまったら人として終わる。
自宅に日本刀があるからといって、それを人に向けてはいけないのと同じだ。
「普通にダメ………ねぇ」
「なんか信じてもらえてない気がするけど…………なんにせよ僕の中で線引きはしっかりしてるつもりだよ」
とりあえず質問に対しては全て答えたのだが、二人の顔はまだ暗いままだった。
「………え~と、まだ何か?」
「……うんうん。聞きたかったのは、それだけ」
白崎さんはそう言ったが、疑問が晴れたような顔には見えなかった。
まだ何か知りたいことがあるのだろうか。
しかし本人はもう聞きたいことは無いと言うし。う~ん…………
「南雲君。あなたはこの先どうするの?」
「僕?僕はこのまま戦うよ。元の世界に帰るために」
うだうだ考えていると八重樫さんが、僕の今後について聞いてきた。
「でも、このまま戦っても帰れる可能性は低いってあなた自分で言ってたじゃない」
「そうだね。だから魔人族討伐のためでも世界救済のためでもなく、
「………ちょっと、何を言っているのかわからないんだけど」
どこぞの勇者と違い、ホルアドでの僕の話を真剣に聞いていた八重樫さんだからこその疑問だろう。
戦闘を続けることは日本への帰還に直結しないと言ったのは君だろうと、彼女はそう言った。
「実際の所、日本に帰る方法はあるんだよ」
「…は⁉」
八重樫さんがぽかんとしたまま固まった。見れば白崎さんも驚いた顔をしている。
「帰る方法はあるけど、今のままじゃ無理なんだ」
「どういうこと?」
「結界術を使えば元の世界に帰れるとは思う。ただその方法がわからないんだ。僕は知識としてそれを知っているだけで、実際にやったことは一度も無いから…だからそれができるように、戦いながら修行を積んでいくつもりだよ」
「「…………」」
二人とも呆気にとられている。まさかこんなに早く日本に帰れる可能性が出てくるとは思っていなかったのだろう。
それとも、コイツ何言ってるんだっていう感じなのか?
「………僕さあ、教室で皆が
「「…え?」」
ベットの上に腰を下ろしぽつぽつと話し始めた僕に、いきなり何の話だと二人は僕に視線を向ける。
「学校の教室で皆、笑ってた。談笑しながらお昼を食べたり、仲間内で集まってゲームしたり、次の授業までの課題を慌ててやったりして、笑ってた。それぞれが思い思いの事をしながら過ごしてた。その風景を見るのが、大好きだった」
気づいたらそんなことを話していた。聞かれてもいないのに自然と言葉が溢れていた。
「僕がこの日常を守っているなんて、そんな思い上がったことを考えていたわけじゃない。ただ、妖が変化して人を襲うのを防いだからこそ、この日常を目にすることができてるんだって、そう思ってた」
言葉が止まらなかった。何より止めようとすら思わなかった。
それは白崎さんと八重樫さんが真剣に聞いてくれているからなのか、誰かに本音を言いたかったのか、それはわからない。
「定期テストとか受験とか将来の事とか、そういう事に少なからず不安を持っていたのかもしれないけど、それでもみんな笑って前を向いていたんだ。そんな日常の風景がとっても眩しくて、綺麗で、大好きだった。いつも寝てばかりだったけど、ふとした瞬間にそれを見ると自然と心が安らいだ」
"自分は異能者で、この場にいる皆とは違う"
"どう足掻いてもこの風景には溶け込めない”
結界師としての自分に不満は一切なかったけれど、ほんのちょっぴり皆が羨ましかった。
風景を
「でも、今は違う。皆大きな不安を抱えてる。この先どうなるのか全く見当がつかない。皆、日ごとに大きくなる不安を抱えてる。でも決してそれを口にしない。不安なのは自分だけじゃないってわかってるから」
この世界でも皆は笑っている。
けれどその眼の奥には不安と恐怖の色が宿ってる。
皆と手を取り合って必死に前を向いているけれど、そこにはもうあの頃のような眩しさは無い。
「だから、僕は必ず日本に戻る方法を身につける。今まで通り皆が笑っていられるように、皆が
大好きなあの風景がまた見たいから、ただそれだけだ。
利己的に力は使わないなんて言っておきながら、結局戦う理由は自分のためだ。まったくひどい矛盾だ。
顔を上げて二人を見ると二人の表情は今までと違っていた。さっきまで暗くどこか納得できないといった表情だった二人。
だが今はそんなことは無い。謎が解けたかのような、曇りのない晴れやかな表情に変わっていた。
「……そうだよね。やっぱり南雲君は、そうなんだ」
「これで…………一片の迷いなく、進むことができるわ」
白崎さんと八重樫さんはそう言った。質問の答えには満足してなさそうにしていたのに、今の話のどこに納得いく答えがあったんだ?
そもそも二人は、本当は何が知りたかったんだ?
「ありがとう、南雲君」
「礼を言うわ。ありがとう」
そう言って、二人は部屋を後にした。いきなり訪ねてきて、勝手に納得して帰って行った。
腑に落ちないが、二人が良いのならまあ良いか。
明日からはまた訓練が始まる。クラスのどれだけの人が参加するかはわからない。
願わくばそれぞれが熟考し後悔しない道を選択していてほしい。
…………あれ?これ結局、僕が恥ずかしい話をしただけなんじゃ?
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白崎&八重樫サイド
ハジメの部屋を後にし、二人は自分たちの部屋へと向かっていた。
「良かったわね、香織」
「うん」
二人の心は実に晴れやかだった。
ハジメの部屋を訪れた時二人とも不安を抱えていた。自分たちが信じたハジメは偽物だったのではないかと。
実際、ハジメに尋ねても答えは得られなかった。
ハジメが答えたのは結界師としての彼の言葉だった。それが嘘ではないというのはわかったが、決め手に欠けた。
だが、ハジメがぽつぽつと語り始めた話を聞くうちに、徐々に理解した。ハジメが戦う本当の理由、それは日常を守るためであると。
彼が如何に妖と戦い人々を守ろうとも、そこに対価は無い。誰からも称えられず、決して終わることは無い。
それでも彼が戦うのは、私たちの日常を守るためだった。
ハジメの愛した日常は私たちが居ないと成り立たないから。
“クラスの皆が笑っていられるように”
それこそがハジメの願いなのだと、優しさなのだと理解した。二人にはそれで十分だった。
嘘も偽りも無かった。自分達がふれ合い、関わり、目にして来たハジメが等身大のハジメだった。
自室に着くと香織は椅子に、雫はベットに腰を下ろし互いに向き合って座っていた。
「私が最初に出会った時から、南雲君は変わってなかった。あの時から心の強さも優しさも何一つ変わってなかった」
香織はそれが何より嬉しかった。一時は疑念を抱いてしまったけれど、もうそんなものは消え去った。
「高校に入って見てきた彼は嘘じゃなかった。今回の一件で本当は心の中は真っ黒なんじゃないかと思ってしまったけど、まったくそんなことは無かった。私が認めた彼はまやかしなんかじゃなかった」
雫は以前からハジメを認めていた。心から凄い人だと思っていた。
だからこそ、それが嘘であってほしくなかった。人前では取り繕って裏では他人を嘲笑うような人であってほしくなかった。
けれど、ハジメが語った話はそんな迷いを振り払うには十分だった。
「…………でも南雲君、少しだけ悲しそうだったね」
「…そうね」
それはハジメの話を聞いたからこその感想だった。
二人の目には、話しているハジメがどこか悲し気に映っていた。
「本当に、好きなんだろうね。教室での風景」
香織にはハジメの悲し気な顔は、好きだったものを、愛したものを目にすることができないことに対するものだと解釈していた。
ハジメの話は、本当に日常を愛しているということが伝わってきたから。
「……………そう、ね」
だが、雫は香織とは少しだけ違っていた。確かに香織と同じような感想は持ったが、それだけではなかった。
雫にはハジメの顔が悲し気に、そして同時に、少しだけ寂し気に映った。
理由はわからない。ただ何となく寂しそうに見えただけだ。それでも雫にはそれが気のせいだとはどうしても思えなかった。
「それで、結局香織はどうするの?」
「………私も、戦うよ。雫ちゃんや、南雲君と一緒に」
それが、香織が導き出した答えだった。
雫もハジメも戦う道を選ぶ以上、どこかで必ず傷を負う。ならばその傷は自分が治してみせる。
二人だけじゃない、戦う道を選び負傷した皆を治し、全員で日本に帰るのだと。
ハジメが愛した日常を彼一人だけに守らせやしない。共に帰って、また一緒に日常を送る。香織はそう心に決めていた。
「そう」
雫もわかってはいた。幼いころからずっと香織と過ごしてきたのだ。彼女が迷いを振り払った今、進まないなんてあり得ない。だからこそ………
「じゃあ、まずは強くならないとね。今の私たちじゃ南雲君の隣どころか彼の後ろにすら立てないから…………一緒に頑張りましょ」
共に戦い、前に進もうと告げる。それを聞いた香織は満面の笑みで答えた。
「うん!」
そしてそのまま雫の胸に飛び込んだ。雫は香織を受け止めてその背に手を回す。ちょうど二人が抱き合っている構図だ。
それは互いに友愛の証明であり、互いが互いをかけがえのない存在と認めていることと同義であった。
そこに邪な考えが介在する余地はなく、不埒な思いが付け入るすきも無い。
無いのだが…………
「香織!雫!もうすぐ夕食の時間…………だぞ」
「おう、さっさと食堂に行こう…ぜ…………」
不意に部屋のドアが開けられる。
そこには光輝と龍太郎が立っていた。二人は王宮に戻ってからすぐに訓練を再開していた。
皆を守ると言いながら、メルドの撤退の指示を無視しベヒモスとの戦闘では全く歯が立たず惨敗するという失態を犯したのだから。
二度とそんな無様な醜態を晒すまいと今まで以上に気合を入れて訓練を行っている。
二人は訓練を終え夕食に向かう途中に香織と雫を呼びに来たのだろう。
だが、光輝と龍之介は扉の前で口を開けたまま立ち尽くしている。
「あんた達、どうし………」
「す、すまん!」
「じゃ、邪魔したな」
訝しんだ雫の問いかけに食い気味に言葉を被せ、光輝と龍太郎は慌てて部屋を去って行った。
そんな二人を見て、香織はキョトンとしていたが、聡明な雫にはその理由がわかっていた。
現状雫はベッドの上に座っている。
更に香織は雫の膝の上に半ば座り込む形で彼女の首元に両手を回しており、雫もまた香織の腰と肩に手を回し香織を支えていた。
つまり二人の顔の距離は今にもキスできそうなほどに近づいていた。
畢竟、激しく百合百合しい光景が出来上がっているのだ。人によっては香織と雫の周りに百合の花を幻視してもおかしくないほどに……
今だ事態を理解できていない香織とは裏腹に、雫は深々と深呼吸をして声を張り上げた。
「さっさと戻ってきなさい!この大馬鹿者ども!」
という訳で、ハジメの特技は和服づくりでした。結界師には、やっぱり結界師の服を着て戦ってほしいので、ハジメ自身に作ってもらいました。
ちなみにハジメが作った和服は『結界師』の良守くんが着ているのと同じです。