異端審問の翌日、僕はホルアドに護送されていた。手枷を付けられたまま馬車に乗せられ、役人に見張られる形で座席に座っていた。
役人の話によると僕はホルアドに着いたらそのまま迷宮に連れていかれるらしい。正直、数時間乗り慣れない馬車に揺られるのだから休ませてほしいものだ。
馬車に揺られながら、僕は出発する前のことを思い出していた。護送用の馬車に乗る前、クラスの何人かが見送りに来てくれた。
そこには白崎さんや八重樫さん、園部さん、更には畑山先生もいた。
「南雲君…………」
「ごめんなさい。私達がもっと光輝を説得できていれば…………」
皆それぞれ表情は違ったが、白崎さんと八重樫さんの表情が特に沈んでいた。天之河くんの強硬意見を変えられなかったことを相当気に病んでいるらしい。
「別に良いさ。天之河くんが何か言おうと言うまいと、この結果は変わらなかったと思うから」
そう。教会側が僕を排除すると決めた時点で、こうなることはほぼ決まっていたと言って良い。
天之河くんはただ利用されただけだ。まあ、あの性格だし教会としても扱いやすらしい。
「こんなことは間違ってます!今からでも先生が教会の方々に………」
「先生、落ち着いて。今更何を言っても向こうは聞きませんよ」
畑山先生は他の皆と違い、かなり熱くなっていた。というか怒り狂っていた。教室では見たことの無い激情に駆られた姿。ある意味新鮮でもある。
「知った事ですか!先生は生徒を守る義務があるんです!」
「………だったら尚更、冷静さを欠かないで下さい」
「…え?」
「僕ら生徒を守ってくれようとするなら、熱くなっちゃダメです。先生がやるべきことは僕のことなんかより、他の皆に寄り添うことです。それは先生にしかできない」
役人が近くにいるため大きな声では言えないが、皆の選択をトータス側に尊重させるには畑山先生の存在が大きなカギとなる。
先生の天職はこの国の食糧問題を事実上無くすことができる力がある。それ故教会側は先生の協力を得られなくなることを恐れている。
それを利用すれば、教会側との交渉で優位に立てる。だがそのためには先生には冷静でいてもらう必要がある。
「………南雲。その、大丈夫なの?」
「…………どうかな。あのベヒモスみたいな奴が出てくるぶんには問題ないけど、あれ以上の魔物は当然いるだろうし、行ってみないとわからないかな」
心配そうな顔で園部さんは尋ねてきた。楽勝だとは思っていないがそれほど苦戦はしないだろう。
そう思うもののやはり役人の前なのではっきり言う訳にもいかず、言葉を濁すしかなかった。
「…………無茶しないでよね。危なくなったら逃げれば良いんだから」
「…そうするよ」
「定刻だ、南雲ハジメ。これより貴様をオルクス大迷宮へと護送する。馬車に乗れ」
皆と話しているうちにとうとう出発の時間になってしまった。役人に促されるまま馬車へと乗り込んでいく。
「南雲君!」
今にも馬車が走り出そうかという所で、大声で名前を呼ぶ声がした。声が聞こえた方を見れば必死な顔の白崎さんと目が合った。
「南雲君!私達、これからどうしたらいいの?君が居なかったら、私達………」
それは、恐らくこの場にいる皆が心のどこかで思っている事だろう。戦わない選択をした者はこれからどうすればいいのか。
その道を示したのが僕である以上、どうすればいいのかもまた僕が示す責任がある。
だが、長々と話す時間は無い。
「
そう、何はともあれ死なないこと。
僕が王宮から姿を消すことで、教会側はより一層エヒトの教えを説き皆に戦いを強要するだろう。
もしそうなって危ない目に合っても、決して死なないこと。最大限の生きる努力をすることこそが、今最も重要なことだ。
「大丈夫。死にさえしなきゃ何とかなるから」
言い終わると同時に馬車が走り出した。それが、僕が皆に掛けた最後の言葉となった。
「南雲君!絶対、絶対帰ってきて!」
「…戻ってきなさいよ、必ず」
「………待ってるから」
「頑張ってください!南雲君!先生は君の味方ですから!」
みんな最後にそう言葉を掛けてくれた。僕は、皆の姿が見えなくなるまで枷のついた手を振っていた。
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そんなこんなで大迷宮に着いた。数日前にも見た迷宮の入り口をくぐり下の階層へと連行される。
役人が襲い来る魔物を一蹴しながらグングン進み、これまた数日前にも来た二十階層に到着した。
ここに来てようやく手枷を外される。入り口で枷を外さなかったのは、逃げ出す可能性があったからだろう。
「南雲ハジメ。これを渡しておく」
手枷が付けられていた手首をさすっていると、役人の一人がナップサックのようなものを渡してきた。
ナップサックの中を見ると、竹水筒とリンゴが二つ入っていた。
「何ですかコレ?」
「神がお与えになったものだ。道は暗くどちらに進めばいいかもわからない恐怖と絶望の中で、空腹に耐えかねて食す果実のありがたさ。それこそが我らが神エヒト様の恩情であり偉大さなのだ。たとえ咎人であろうとも一片の救いをお与えになるこの慈愛こそが我ら人間族が幾多の危機を乗り越え今日まで繁栄してこられた理由なのだ。我らがエヒト様の恩情をその身で知ってこそ、貴様は真に救済される資格を得るのだ」
仰々しいというか何というか。よくここまで心酔できるよな。念のため竹水筒の中身を味見しておく。
毒とか薬物が入っていたら困るしな。
「………ふ~ん、ちゃんとした水なんですね」
「貴様!エヒト様の恩情を信じられないというのか!」
エヒトを何とも思っていないから異端審問に掛けられたようなものなのだが。
「まあいいや。貰っておきます」
ナップサックの紐を調整し、靴ひもを結びなおす。ストレッチをして強張った体をほぐしていく。異端審問中没収されていた槍を肩に担ぎ、いざ迷宮に入ろうとする。
「我々は迷宮の入り口で見張っておく。貴様が逃げ出せば直ぐにわかる。そうすれば我々は速やかに教会へと伝達する」
逃げ出せばその時点で指名手配となる。暗にそう伝えてくる役人。その顔は先ほど以上の嫌な嗤い顔になっていた。
僕が逃げ出すかを見張るだけとは随分楽な仕事だな。好き勝手しゃべって、いいだけ酒を
「御自由にどうぞ」
そう言って僕は迷宮の奥へと進む。しかし地図も無いまま一番下の階層まで行くのはかなり面倒くさい。楽な方法はないかと考えていると、ふと一つの考えが脳裏をよぎる。
「…あ、そうだ。階段」
前回来た時、ベヒモスがいた階層から戻るときに使った階段。あれを使えば一気に三十階近く降りられるはずだ。
そう仮説を立て階段が隠されている場所へと向かう。途中何体か魔物と出くわしたが、無視して階段へと走っていく。
目的の場所に着いたものの階段は岩壁の裏側にあるためまずはこの壁を壊さなくてはならない。
「包囲!……定礎!……結!……滅!」
結界で壁を壊すと、思った通り下へと続く階段があった。
「よし、当たり!」
早速下層に向かって降りていく。ここには魔物が出現しないので楽に降りていける。
一番下まで降りてくると、数日前にも見た奈落へと続く谷が見えてきた。だがそこにはあの骸骨の魔物もベヒモスもおらず、橋もボロボロのままだった。
確かメルドさんの話だとベヒモスが出てくるのは65階層だったはずだ。つまり少なくともここは60階層前半であることは確かだろう。よって残りは30~40階層と言ったところか。
だが、ここから先はマッピングされておらずどう進んだらいいかわからない。少なくとも勘だけで進むにはあまりに無謀だ。
広いうえに入り組んでいるのだ。最悪の場合、来た道すらわからなくなる。
(久々にやるか、
『無想』
それは己の心を何事にもさざめかない『無』の状態にすること。精神状態によって力がスポイルされることを防ぎ、自分のフルパワーを発揮できるようにする状態の事だ。
無想を使うことで平常時よりも術の強度・精度が飛躍的に上昇する。
(よし、無想に入った。更にここから……)
一度深呼吸をして、無想の状態を更に高めていく。無想が高まるに連れて僕の右横の空間が陽炎のように揺らぎだす。
そして徐々にその陽炎の中から鳥の姿が現れる。
その鳥は雪のように白い体を持ち、力強く羽ばたかせる純白の翼、彼方にいる獲物をも射貫く鋭い眼光を持つシロフクロウだ。
このシロフクロウが僕の
極限無想は無想を極限まで高め、管理者を出現させた状態の事。
管理者は、極限まで高まった感覚が受け取る刺激を調整する役割を持つ。管理者がいなければ攻撃が頬を掠っただけで肥大した痛覚により戦闘不能になってしまうからだ。
「久しぶり、福郎」
「ヒュー、ヒュー」
この管理者の名前は福郎。フクロウの当て字だが、福を運んで来ることを祈ってこう名付けた。
「早速だけど福郎、探査用結界の準備だ」
「ヒュー!」
指示を出すとホバリングしていた福郎の目つきが変わる。そして目線を前方に、いや全方位に向け探査用結界を広げていく。
探査用結界はもともと領域内の妖の情報を洗い出すためのものだが、応用すれば領域内の壁や通路の構造を把握することもできる。
これを使えば、入り組んだ迷宮でも次の階層への最短ルートを見つけ出せる。
「ヒュー、ヒュー(経路特定、移動推奨 )」
「了解した。じゃあ行こう」
ルートを見つけ出したので移動を開始する。福郎も飛びながらついて来る。
最下層まで大して時間は掛からないだろう。
福郎のイントネーションは元野球選手の「イチロー」と同じです。