オルクス大迷宮は全100層から成る迷宮であると、最初に言ったのは何処の誰なのだろう。
何を根拠に100層だと判断したのか。じっくり話したいところだ。
そもそも踏破した者もいないのに何故100層と断言できるのか。
65階層までしか踏破していないのなら、「わかっているだけでも65階層」と言うのが普通ではないのか。
きりが良いからか?100層もあれば浪漫があるからか?
何にせよ根拠のない情報を、まして教会側の情報を鵜吞みにするべきでは無い。
今回の事でより一層そのことが身に染みた僕である。
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「結!結!……滅!」
福郎を呼び出してから早数時間。僕は今数体の虫のような魔物と交戦していた。
現在いるのは推定
福郎を呼び出した階層が仮に60層だったとしても既に67階層降りていることになる。
40層ほど降りれば終わりだと思っていたのだが、そうはならなかった。
福郎が更に下へと続く階段を見つけたのだ。
最初は自分の数え間違いかと思いながら下の階層に降りていたのだが、どこまで進んでも下の階層への階段が見つかるのだ。
階段を見つけたらその都度降りているので、気が付けば127階層なんていう深い階層まで来てしまったのだ。
「ふぅ~さすがにちょっと疲れたな」
ここまで来る途中、色々な魔物と出くわした。
脚力が尋常ではないウサギや、手がやたら長く鋭利な爪を持った熊、毒の痰を吐き出すカエル、分裂するムカデなど様々である。
しかもそのすべてが、上層で出てきた魔物とは比較にならない強さだった。
また、迷宮全体が薄い毒霧に覆われている階層や、蛾が放つ麻痺性の鱗粉が充満した階層なんかもあった。
幸い絶界で毒霧や鱗粉を消滅させ自分の周りだけは澄んだ空気に変えることができたので事無きを得た。絶界が無ければ危なかった。
「それにしても、こんな地下深くでスイカを食べることになるとは」
ムカデと戦った階層に出てきた樹の魔物。あの樹が投げつけてきた果実は食べることができた。
見た目がまんまスイカだったので、不安ではあったが少しだけ食べてみたのだ。
これが抜群に美味しかった。スイカではあるのだが、水分が非常に多いため二つほど拾っておいたのだ。
ナップサックに一つと左手で抱えているのが一つ。内左手で抱えていたスイカを食べていた。これで空腹も喉の渇きも安心だ。
「さて、休憩終わり。先に進むぞ、福郎」
「ヒュー」
羽を休めていた福郎も飛び上がり、探査用結界を広げていく。
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あれからまた数時間。僕の推測が正しければ、ここは150階層。
この階層には一か所奇妙な場所がある。
福郎のアシストのもと探査用結界で階段を広げていると、階段に向かう途中に異質な空間を見つけたのだ。
実際に向かってみると、そこには3mはあろうかというやたら厳かな扉とその両脇に二体の巨人の彫刻が鎮座していた。
明らかに人為的なものだ。自然にできるようなものでは無い。
「何だ、コレ?わざわざこんな所に部屋を作るなんて」
扉がある以上この奥には部屋があるだろう。
だが何故か、この扉の奥を探査用結界では見通せなかった。
最下層を目指すうえでここはあまり重要ではないが、少し興味が湧いたので中を見てみることにする。
扉の側まで来たが、鎮座している巨人の彫刻がなんとも迫力がある。今にも動き出して、襲い掛かってきそうなくらいだ。
「けどなんで彫刻があるんだ?まるで扉を守っているみたいじゃあないか(フラグ)」
そんなことを考えながら扉の側まで歩いていく。近づくと扉の中央に何か術式のようなものが書いてあるように見えたが、無視して扉に触れ開けようとする。
その瞬間、
バチィィ!
「痛って!」
扉から電流のようなものが流れ、思わず扉から手を離す。そのまま後方にジャンプして距離を取る。
見れば、右手が少し火傷していた。ふぅーふぅーと息を吹きかけていると、
―オオオォォォオォ!
いきなり野太い方向が部屋中に響いた。直後、巨人の彫刻が動き出した。
ゆっくりと動く巨人の体から、長年積もった砂や埃がパラパラと落ちていく。
その巨人は鎧を身につけ武器を構えた一つ目の化け物だった。おとぎ話に出てくるキュクロプスというやつだろう。
日本でも一つ目の鬼とかは見たことあるので、あまり新鮮味も無いが。
「さて、あんたらは扉の番人ってことで良いのかな?入っちゃダメなら大人しく去るから見逃して「オオオォォォオォ」くれる訳ないよね(汗)」
右側の巨人が咆哮と共に大剣を振りかぶり、力の限り振り下ろしてきた。
「結!」
咄嗟に周りを結界で囲み防御する。結界に阻まれた大剣は、バキィン!という音と共に呆気なく折れてしまった。
「……オオ?」
大剣を振るったキュクロプス(右)も一瞬剣が折れたという事実について行けてなかった。
当然だろう。本人としては殺すつもりで振るったのだろうから。躱されたり、防がれたりすることは頭にあっても、まさか折れるとは思っていなかっただろう。
「ごめんね。そんなに貧弱じゃないんだよ、今の僕の結界は」
「ヒュー、ヒュー」
極限無想を使った状態の結界は平常時に比べ遥かに強度が上がっている。
平常時ですら半端な攻撃は通さないというのに、呪力でもないただの大剣で壊せるものか。福郎も余裕そうにホバリングしている。
「オオオォォ!」
得物を失った動揺を瞬時に振り払い、キュクロプス(右)は結界を連続で殴打してくる。
キュクロプス(左)もいつでも参戦できるよう機を伺っている。そうまでして守る理由が扉の奥にあるのか、それとも久方ぶりの敵に奴らが興奮しているだけか。
「そんなに滅多打ちにしたところで意味なんか無い。ただ僕に攻撃の機会を与えるだけだ……結!」
殴打し続けるキュクロプス(右)の胴体を結界で串刺しにする。
「オゴアァァ!」
胸元を二本の結界で貫かれ、キュクロプス(右)は血を吐き、呻き声を上げる。
殴打が止まった一瞬を逃さずキュクロプス(右)を囲い込む。
「結!…滅!」
痛みに悶えながらも結界を壊そうとするキュクロプス(右)の抵抗むなしく、ボシュッ!っという音と共に、奴は消滅した。
「………オォ?」
相棒が消えたことにキュクロプス(左)は唖然としていた。相棒が死体すら残らずに消え去ったのだから無理もない。
だが、戦場ではほんの僅かな隙が命取りになる。
「結!」
棒立ちになっているキュクロプス(左)を一瞬で囲い込む。囲い終わったところで、ようやく冷静さを取り戻したようだが、もう遅い。
「……解」
自分の周りに張っていた結界を解き、ゆっくりとキュクロプス(左)に近づいていく。
近づくにつれ、僕を見るキュクロプス(左)の顔色が恐怖に染まっていく。此奴にはわかっているのだろう。数秒後の自分の死が。
「さようなら、
「ヒュー!」
ボシュッという音と共にキュクロプス(左)も消滅した。しかし、こんな奴が上層に居なくてよかった。
もしいたらクラスの何人かは確実に死んでいた。
邪魔は入ったが、改めて扉へと歩み寄る。指先でそっと扉に触れるがもう電流が流れることは無かった。見かけ通りの重たい扉を何とか開ける。
そして、扉を開けた先には広大な空間が広がっていた。王宮の訓練場並みの広さはあるだろう。
目を凝らしながら暗闇の中を見ていると、部屋の中央辺りに巨大な立方体の石があった。
その立方体からは、何かが生え出ていた。部屋の暗さにも慣れてくると、立方体から生え出ているものの全容が徐々に明らかになってくる。
「………………人、か?」
「………ヒュー?」
僕も福郎も互いに首を傾げる。見えてきたもののシルエットは人そのものだった。手首から先と下半身が立方体に埋まってしまっているが……
(あれは、封印か?じゃあ、あの立方体は呪具?というか、なんで中途半端に体が出てるんだ?…封印が解けかかってる?………それともああいう仕様?)
矢継ぎ早に湧いてくる疑問に頭を悩ませていると、
「………だれ?」
件の封印されている者が動き、かすれた声を上げた。声から察するに、恐らく女の子だろう。
改めて立方体に埋まっている子を見る。目を奪われるほどの白い肌、金色に輝く長髪と双眸、その姿はまるで………
「………おとぎ話のお姫様、だな」
「え?」
月並みな感想を抱きつつスタスタと立方体の方へと歩いていく。見たところこの部屋は本当にこの立方体しかないようだ。壁画や装飾は無く、ただの壁と真っ暗な天井しかない。
「………あなたは誰?」
「ん?僕はハジメだよ。君は?」
立方体を見たり触れたりしていると、立方体に埋まっている少女が話しかけてきた。せっかくなので並行して少女にも話を聞いていくことにする。
「名前は…………もう、無いのと一緒」
「そっか…………異能封じは無しっと。君はいつからここに居るんだ?」
見たところこの立方体には異能封じは刻まれてはいないらしい。だとすると、どうやってこの子の力を封じているのだろうか。
「……わからない」
「まあ、こんな場所にいたんじゃ時間の感覚なんて無くなるか。異能は……魔法は使えないの?」
「発動は、できる……でも途中で魔力が私の手を離れる。何故かわからないけど………」
「ああ、そういうこと」
彼女の今の話で合点がいった。この立方体は最初から彼女の力そのものを封印しているわけではないらしい。
この立方体による封印は、その大部分が彼女自身の力で賄われているのだろう。彼女自身の力を利用して彼女を封印しているのだ。
だからこそ彼女は魔法を起動することはできても、魔法で立方体から脱出することが出来ないのだ。
確かにこれなら異能封じは必要ないだろう。彼女が最大出力の魔法を発動しても、使った魔力の全てが立方体の封印に転用されるのだから。
「用は済んだし、僕は行くね」
「…え⁉た、助けてくれるんじゃ、ないの?」
「そんなこと、一言も言ってないよ」
何を勘違いしているのか。まああれだけ立方体を調べていたら、解放してくれるのだと思うのかもしれないが………
「助けて!ケホッ………お願い!待って!」
「待たない」
扉の前まで戻ってきたころには、彼女は掠れた声で必死に助けを求めていた。彼女の必死さは伝わってくるが、封印されている者を安易に解放するわけにもいかない。
封印されているということは、それ相応の理由があったはずだ。でなければわざわざこんな場所に封印なんてしない。
「お願い…………なんでも言う事聞くから……助けて」
「君がどう思っているか知らないけど、君は封印されるようなことをしたんだよ。でなきゃ封印なんてされない。ま、因果応報ってやつなんじゃない?」
適当な事を言って彼女の懇願を無視し、外に出る。
だが、結局この部屋が探査用結界に引っ掛からなかった理由はわからなかったな。まあ特に問題も無かったし、気にしなくて良いだろう。
「私は!ケホッ………私は、悪い事なんてしてない!……私はただ、皆を
守っていただけ。扉を閉め切ろうとしたその時、部屋の中から聞こえたその言葉が、僕の歩みを止めた。
普段なら命乞いになど耳を傾けたりしないのだが、彼女のその言葉だけはどうにも無視できなかった。
「………
九割方閉めてしまった扉をもう一度開け、中に居る少女に問う。我ながら、馬鹿なことをしているものだ。封印されている者の言い分を聞くなんて。
少女の方は、僕が戻ってきたことに唖然としていた。待ってくれとは言ったものの、本当に戻って来るとは思わなかったのだろう。
それとも既に諦めてしまった後だったのか。
「私………先祖帰りの吸血鬼…………凄い力持ってる…………だから国の皆のために戦った…………皆を敵から守ってた…………」
彼女は掠れた声でポツポツと話し始めた。うつむき加減で話すところを見ると、思い出すのも辛い事であるらしい。
「でも、ある日…………家臣の皆…私の事、いらないって………おじ様が王位に就くからって…………私は、それでもよかった………でも、私の力は危険だからって………殺せないから…封印するって………それで、ここに」
「王族だったのか?」
「…………(コクコク)」
王位継承をめぐって色々あったということか。力を持った者の責任、それを彼女は果たしていただけということか。彼女の話が本当であるのなら………
「殺せないっていうのは?」
「…勝手に治る…………首を斬られても………体が、粉微塵になっても………しばらくしたら、元に…戻る」
(魂蔵持ち…………か?)
話を聞いて最初に頭を過ったのはそれだった。
魂蔵持ちは、力を自身の中に無尽蔵に蓄えられる特異体質だ。もし魂蔵持ちであるのなら死なないことにも納得がいく。
だが、恐らくこの子は魂蔵持ちではないだろう。あれは人間の体質であって吸血鬼が、妖が持つものではないはずだ。
(……ああでも、妖混じりの人間っていう解釈ならあり得るのか?……)
「ヒュー、ヒュー」
魂蔵持ちなのかそうでないのかの疑問が頭を離れない。福郎もうんざりしている。僕もだ。
「………助けて……」
福郎と二人で考え込んでいると、絞り出すような声で彼女は言った。そう、本当に解決するべきはそれだ。
普通に考えたら助けるべきではない。誰かが施した封印を勝手に解くべきではない。まして自分は被害者だなどと言う奴の話など信じるべきではない。
しかし、ここまで話を聞いておいて、はいサヨナラというのは何とも後味が悪い。それにもし彼女の話が本当だったら、彼女には何の罪もない。
(見たところこの部屋に封印されてから結構な時間が過ぎている。真っ暗で何も無いこの場所にずっといたんだ。心には相当堪えているだろう。死ねないというのなら猶更だ…………解放、するか?)
「ヒュー!ヒュー!ヒュー!」
(いや!ダメだ、ダメだ!何を考えている?封印を解いた後、彼女が悪さをしない理由がどこにある?)
事ここに至っては、彼女の封印を解くのも
(再封印する道もあるにはあるけど……僕は斑尾に施された封印しか知らないし。あれヒト型にも使えるのかな?)
「…………(ウルウル)」
「ああーそんな目で見るな。わかったよ、解いてあげるよ。その封印」
「本当!」
「ただし…………もし妙な素振りを見せたら、その時点で
「………わかった」
我ながら本当にどうかしている。たかが「守っていた」という言葉にここまで流されるなんて。
いつの間にか無想も解けてるし。まだまだ修行が足りない証拠だ。
まあ、もし彼女が悪さをしようとしたら、その時は滅却すればいい。
もしも本当に魂蔵持ちだったとしても、
彼女が嘘をついているかどうかも、最下層まで行く間に判断すればいいだろう。それで足りなければ帰ってからも側においてじっくり検討すればいい。
「さて、じゃあ早速解くとしよう。じっとしてて」
「…うん」
こういった対象の力を利用する封印の場合、力が循環する造りになっている。だから外部から力の流れを弄ってしまえば割と簡単に解くことができる。
だから僕は力の流れとかお構いなしに、自分の呪力を一気に立方体に流し込んだ。
「このぉ!」
呪力を流し込むにつれ、立方体の中から何かが軋む音や回路が壊れるようなバチっという音が聞こえ始める。しかもその音は徐々に大きくなり、音が鳴る回数も増えていく。
「これで!どうだ!」
立方体全体が異常を告げるような赤色になってきたところで、ありったけの呪力を流し込む。
直後、立方体が内側から破裂した。内側に溜まっていた呪力と彼女の魔力が一気に外に漏れだし、閃光が走る。
「うわぁ!」
立方体が破裂した衝撃で僕は十数メートル吹き飛ばされてしまった。ゴロゴロと床を転がるも何とか受け身を取る。
「痛った………吸血鬼、大丈夫?」
立方体があった場所を見ると、吸血鬼の彼女は無事封印から解かれ、四肢が自由になっていた。
「うん…………ありがとう」
両腕を抱き、へたり込みながらも、ちゃんと彼女は返事をしてくれた。さっきの衝撃はそれほど食らわなかったらしい。
彼女の側まで戻り腰を下ろす。僕も彼女も数分間、ぐったりしたまま動けなかった。
「……付けて」
「は?」
「名前………付けて。新しいやつ」
「いや、いきなりそんな事言われても……」
先に沈黙を破ったのは彼女だった。しかも開口一番名前を付けてくれなどと。
以前の自分を捨てて、新しい自分と価値観で生きる。その気持ちはわからなくも無いが……
彼女も期待するような目でこちらを見ているので、適当な事を言うわけにはいかないが、なかなか思いつかない。
「…………じゃあ、“ユエ”は?」
「ユエ?」
「そう、“ユエ”。君はもともと吸血鬼族の英雄だったんだろ?でも今や君は英雄の立場とは真逆………だから“えいゆう”を逆にして“ユエ”…………どうかな?」
「ユエ………ユエ………」
「君はもう今までの君じゃない。以前のように自分の力を使って一族のため、国のために戦う必要なんてない。これからはただの吸血鬼として、自由に生きていけばいい」
「…………んっ。今日からユエ……ありがとう」
「ふふっ。どういたしまして」
お礼を言た彼女は無表情に見えたが、それでもどこか笑ているように見えた。
令和3年10月16日
一部内容を修正しました。