南雲ハジメと同様に結界師として妖を滅する一人の女子大生、北地早紀。
これは、彼女の記憶。彼女の想い。
小さいころから、アイツは私の傍にいた。家が隣同士で通う学校も同じ。親同士の仲は悪かったけど、目を盗んで良く二人で遊んでいた。
アイツは、小さい頃は泣き虫だった。嫌なことがあればすぐに泣きだし、底の浅い川に落ちてずぶ濡れになっただけでぐずついていた。
正直、手のかかる弟のような感じだった。
でも結界師としての修行を重ねていく中で、徐々にアイツの家との因縁を意識するようになった。
アイツの家が憎たらしいだとか、私達こそが真の継承者であるとか、そういうふうに考えていた訳じゃない。
ただ、北地家の次期当主となる以上、いがみ合っている相手と一緒にいるべきではないと思った。
それに、いつまでたっても泣き虫が治らないアイツにうんざりしていたという理由もあると思う。
そのうちアイツとは距離ができて、だんだんと張り合うようになっていった。どちらが妖を多く滅するか、どちらがより大きな成果を上げるか。
でも当時の私は、アイツの結界師としての在り方にすらうんざりしていた。本当に修行をしているのかと思うほどに術は稚拙で、結界師としての誇りも無くて、覚悟すら無いようにも感じた。
だからなのだろうか。何とも思っていなかったアイツのことが少しずつ嫌いになっていった。
(私はこんなに努力しているのに、誇りを持ってやっているのに!)
アイツの『親に言われたからやっている』という態度に、『やりたくてやってる訳じゃない』という腑抜けた考えに、一時は本気で不愉快に感じた。
そんなアイツも、ある時を境に修行や仕事に真剣に取り組むようになった。
それは私が小5の時、アイツが小3の時に起きた。
甘さの消えていなかったアイツは結界で捉えた妖の命乞いに耳を貸し、隙を晒した。その隙に御池鳩の力で強大化した妖が結界を破り、アイツの命を奪おうとした。
私は間一髪で二人の間に割って入り、妖を結界に閉じ込めて滅した。その時妖の爪で右腕を深く傷つけられてしまったけど、それ以上に私はアイツへの怒りの方が大きかった。
「あんたはまだこの土地がわかってない!ここは奴らに無差別に力を与えるんだ!」
負傷した腕の激痛をよそに、私はアイツに怒号をぶつけた。
「奴らが欲しがっているのは力…そして時間。ここでは時間が力になる。奴ら、時間を稼ぐためならなんだってする。情けをかけてる暇なんて無いんだ」
アイツはずっと腰を抜かしたまま私の話を聞き入っていたけど、右腕の流血が止まらないことに徐々に顔を青くしていくようだった
「情けをかけてるヒマは無いんだ。放っときゃ人だって殺す。よく覚えとき…な」
そこまで言ったところで私の意識は遠のいた。右腕の痛みと流血で気を失ったらしかった。
次に目を覚ましたのは2日後だったか、3日後だったか。妖の毒気にあてられて中々目を覚まさなかった。
気が付いてから暫くは怪我をした右手が完治していないこともあり、結界師の仕事は祖母に変わってもらっていた。だからアイツとも会わない日が続いたけど、一度だけ顔を合わせたことがあった。
その時は「怪我は大丈夫か」とか「俺のせいでごめん」だとかそんなことを言っていた気がする。私も「大したことない」とか「心配しすぎ」とか返していた気がする。
後で聞いた話じゃあアイツが私を家まで運んでくれたらしい。泣きながら必死に「早紀は大丈夫か」と繰り返していたとも聞いた。
でも、その時以来アイツが泣いている所を私は見たことがない。稚拙だった結界術もどんどん腕を上げていっているように感じた。
そして、アイツに追い抜かれたかもしれないと感じたのは私が高1の時、アイツが中2の時だ。御池鳩の力を狙い『黒芒楼』という名の妖の集団が侵攻してくる事件があった。
流石に敵の規模が大きかったため夜行の人たちにも手伝ってもらった。けどアイツは敵の本拠地に単身乗り込んで半壊させ、敵勢の主戦力のほとんどを一人で討伐してしまった。
そんな危険な行動に私は思いっきり怒ったけれど、周りが引くくらい引っ叩いたけど、心の中ではきっと、誰よりもアイツを褒めていたと思う。
今思えば、あの頃が一番大変な時期だった。
驚異的な頑丈さと再生力を持つ『黒兜』の出現、神佑地狩りを目論む呪い師一派の侵攻、御池鳩の力を狙う様々な敵の襲来。
数多くの事件が起きたけど、毎回アイツが何とかしてくれた。もちろん私だって結界師のはしくれだ、何の対処もしなかったわけじゃない。
けれど、どんな事件もアイツがいなかったら解決しなかったと思う。もしかしたら今のようなこの街の平穏も無かったのかもしれない。
強大な敵と戦っていくたびに結界師としての力量がどんどん上がっていくアイツにはもう、泣き虫だった頃の面影は無くなっていた。
お久しぶりです、戻ってまいりました。
短期ですが、また投稿します。