月曜日の朝を憂鬱に思う人は多いと思う。かくいう僕もその一人だ。
というか休み明けの登校日は何曜日だろうといい気分ではない。今日からまた一週間が始めると思うと足取りも重たくなる。
(今日はいつにも増して眠いな)
大抵の場合、妖退治はの明け方には終わる。あたりが日が射し始めると妖は活動しなくなるからだ。
だが昨夜はいつもと勝手が違った。
どういう訳か無数の妖が現れ、御池鳩の至る所を壊されてしまった。その修復作業を行っていたせいでほとんど眠れていないのだ。
昨日の妖を恨めしく思っている内に学校に着く。
始業の時間が迫っているので、いそいそと靴を履き替え教室に向かう。
今日の一限は何だったかなと考えながら廊下を歩いていると、生活指導の先生とすれ違う。
「おはよう‼」
「おはようございます」
熱血な生活指導の先生とすれ違い、朝から熱いななんて考えている内に教室に着いた。
始業チャイムに間に合い、ほっとしながら教室の扉を開け中に入る。
その瞬間、教室にいる大半の男子生徒から舌打ちをされ、あからさまな敵意を向けられる。
女子生徒も入ってきたのが僕だとわかると目を背け、何やらひそひそと小声で話し出す。
(はぁ……)
まあ、いつもの事だと気にせず自分の席に向かう。
一限目は起きていられるだろうかなどと考えていると、おもむろに4人の男子生徒が近づいてきた。
「よぉ、キモオタ!また徹夜でゲームか?どうせエロゲでもしてたんだろ?」
「うわぁ、キモ~エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」
鬱陶しいテンションで話しかけてきたのは
これもまた、いつもの事。ほんと飽きもせずによくやる。
きっと言ってて楽しいのだろう。人を貶して悦に入る人の気持ちは全くわからないけど。
だがどうも檜山たちは僕が何も反応しなかったのが気に入らなかったらしい。
「おい、キモオタ!何も言わないってことは図星かぁ?」
僕の肩を掴みながらそう言ってくる。
「……え?ああ、ごめん。聞いてなかった。何か用?」
「は、はぁ?」
僕の返事が予想と反していたのか、檜山君がどもる。大方「うるさいな」などと言って、自分の手を僕が無理やり払うのを予想していたのだろう。
「用が無いなら、もう行くよ」
適当に言って檜山君達から離れ自分の席に向かう。彼らが後ろでぶつぶつ言っているようだが気にしない。
そもそも僕はオタクではない。たしかにマンガもゲームも好きだが、オタクと言われるほど精通しているわけではないし、グッズを集めているわけでもない。
第一、結界師の仕事をしているのにそんなことをしてる暇なんてない。
彼らが僕をオタクと言って罵ってくるのは、「オタク」という言葉が人を侮蔑する言葉のなかで言いやすい言葉の一つだからだろう。
なぜこんなにもクラス内の男子に敵意や反感を持たれているのか。
それは、
「南雲くん、おはよう!今日も始業ギリギリだね。もっと早く来ようよ」
彼女だ。ニコニコと微笑みながら一人の女子生徒が僕のところに近づいて来る。
クラス内で、いや、学校内で僕にフレンドリーに接してくれる数少ない例外であり、この事態を招いている張本人。
彼女の名は「
腰まで届く長く艶やかな黒髪に、少し垂れ気味の優し気な瞳、スッと通った鼻梁に小ぶりな鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。
いつも微笑みの絶えない彼女は、非常に面倒見がよく責任感も強いため、学年を問わず多くの人に頼られる。
それを嫌な顔一つせずに真摯に受け止めるのだから、高校生とは思えない懐の深さだ。
そんな彼女はよく僕に構ってくる。毎晩結界師の仕事で碌な睡眠も取っていない僕は授業中よく居眠りをしている。というかほとんど就寝に近い。
そのため多くの生徒に不真面目な生徒と思われており、生来の面倒見の良さから彼女が僕を気に掛けていると思われているのだ。
これで僕の授業態度が改善したり、もしくは僕がイケメンであったなら彼女が僕に構うのも許容されるのかもしれない。
だが生憎僕の容姿は至極平凡、まして結界師の仕事を辞めるつもりもないので授業態度が改善することは無い。
そんな僕が白崎さんと親しくしていることが、周りの男子生徒達には納得がいかないのだ。「なんであんな奴が!」といった具合に。
女子生徒は単純に、僕が白崎さんに面倒を掛けていること、そして授業態度を改善しようとしないことに不快さを感じているのだろう。
「おはよう、白崎さん」
すうっと、妖のそれと遜色ない殺気が僕に向けられる。
発生源はもちろん周りの男子生徒達だ。この点からも妖が人間由来であることが伺える。
僕が挨拶を返すと白崎さんは何やら嬉しそうな表情をする。
(なぜ笑う?)
今の会話の流れで、どこに破顔する要素があったのか甚だ疑問だ。
そもそも白崎さんが、ここまで僕に構ってくること自体がおかしいのだ。
なぜ僕にここまで構ってくるのか?
どれだけ構っても何一つ改善しない奴の事なんて放り出すのが普通だ。
まさか僕に恋愛感情を抱いている訳でもないだろう。僕よりいい男なんて数え切れないほどいる。
というか、白崎さんはもう少し自分の影響力を自覚してほしい。天然といえば聞こえはいいが、それで被害を受けるなんてたまったものじゃない。
僕が会話を切り上げるタイミングを計っていると、三人の男女が近づいてきた。そこにはさっき言った“良い男”も含まれている。
「おはよう、南雲くん。毎日大変ね」
「香織、また彼の世話を焼いているのか。全く、本当に香織は優しいな」
「全くだぜ、そんなやる気のないヤツには何を言っても無駄だと思うけどなぁ」
三人の中でただ一人挨拶をして来た女子生徒の名前は「
彼女は白崎さんの親友らしい。ポニーテールにした長い髪が特徴的で切れ長の目は鋭く、しかしその奥には柔らかさも感じられ、冷たいというよりはむしろカッコイイという印象を与える。
次に、些かくさいセリフで白崎さんに声をかけたのが「
まるでどこぞの勇者様のような名前の彼は、容端麗・成績優秀・運動神経抜群の完璧超人である。
誰にでも優しく、正義感が強い。彼に惚れている女子は数知れず、月に少なくとも二回は学校内外を問わず告白されるという絵に書いたようなモテ男だ。
最後に投げやり気味な言動の男子は「
天之河の親友らしい。190㎝のゴリラのような体格で、見た目に反さず努力・熱血・根性が大好きな人間である。
そのため僕のような不真面目な生徒は大嫌いらしく僕のことは一瞥した後は見ようとすらしない。
「おはよう。そうでもないよ。特に気にしてないから」
八重樫さんたちに挨拶を返すとまたも殺気が飛んでくる。
「なに八重樫さんとお話してんだ⁉」と、今回は教室内よりも廊下からの殺気を多く感じる。
八重樫さんも白崎さんに負けず劣らず人気があるのだ。
「南雲、君はもっと自分の悪い点について気にするべきだ。いつまでも香織の優しさに甘えるのはどうかと思うよ。香織だって君に構ってばかりいられないんだから」
甘えたことなんて一度もない。だがそんなことを言ってしまったら、周りの男子生徒に校舎裏まで連れて行かれてしまうだろう。
それに天之河くんは思い込みが激しく、自分が正しいと思ったことは、何を言おうと曲げない。だから反論するだけ無駄なのだ。
そして、”気にしろ”と言われても僕は結界師の仕事が日常生活に与える影響を悪いことだとは微塵も思っていない。だから気にすることなど何も無いのだ。
「あはは………」
だから僕は笑ってやり過ごそうとした。適当に笑っておけばすぐに済むだろうと思った。
だが、そんな僕の目算は無慈悲にも白崎さんによって打ち砕かれてしまう。
「?光輝くん、なに言ってるの?私は、私が南雲くんと話したいから話してるだけだよ?」
白崎さんの爆弾発言で騒がしくなる教室。
ある者はギリギリと歯を鳴らし、またある者は僕を呪い殺さんとばかりににらみつけている。
檜山君達に至っては僕をどこでシメるかについて話し始めている。
(はぁ~~)
もう本当、頭を抱えるしかなかい。
「え?………ああ、ホント、香織は優しいよな」
どうやら天之河くんは、白崎さんの発言は僕を気遣ったものだと解釈したらしい。
優しいだけで終わらせずに、「甘やかすのは良くない」くらい言ってくれれば白崎さんの方も考え直してくれると思うのだが。
「…………ごめんなさいね?二人とも悪気は無いのだけど」
(それが一番困る)
そうこうしているうちに一限の授業が始まった。
僕はなんとか起きていようとしたのだが、健闘虚むなしく10分で寝入ってしまった。
そんな僕を見て、白崎さんは微笑み、八重樫さんは苦笑いし、女子たちは軽蔑の視線を向けていたらしい。
寝ていたので気が付かなかったが。
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四限の授業が終わりお昼時。
教室内が賑わいだす。教卓の近くでは社会科の教師である
僕は結局1~4限まで爆睡をかましていたが、まだまだ寝足りない。
購買に昼食を買いに行く気力もなかったため、栄養ゼリーを取り出した。
そして数秒で飲み尽くし再び寝る態勢に入ろうとした。
だが入れなかった。
なぜか?
女神が、微笑みながら僕の席に近づいてきたからだ。誰か近づいて来るなと、顔を上げて確認してしまったのだ。
失敗だった。
購買に行くか悩んだあの時。気力を振り絞って、睡魔に負けそうな体に鞭を打って、教室から出るべきだった。
「南雲くん。珍しいね、教室にいるの。お弁当?よかったら一緒にどうかな?」
などと、女神の一柱が仰ってこられたのである。
(勘弁してほしい)
いや、本当に勘弁してほしい。白崎さんが僕にコンタクトを取るのに伴い、教室内に不穏な空気が漂い始める。
こうなると居心地が悪くなる一方だ。なんとかこの状況を打開しなければ、おちおち寝てもいられない。そのうち背中から刺されそうだ。
「え~と、誘ってくれるのはとても嬉しいんだけど、僕もうお昼食べちゃったからさ。天之河くん達と食べたらどうかな?」
「え、もう食べ終わったの⁉まだ授業が終わってから10分も経ってないよ⁉」
やらかした。確かに授業が終わってからまだあまり時間が経っていない。早く会話を終わらせようとして、焦ってしまった。
「まあ、お昼コレだけだしね。購買まで行こうかと思ったけど、午後は2限しかないから別にいいかなって」
と言って、飲み終わったゼリーの袋を白崎さんに見せた。
午後の2時間くらいなら多少空腹でも特に問題は無い。家に帰ってガッツリ食べればいいのだから。
これで白崎さんも引き下がってくれるだろうと思ったのだが、
「えっ!お昼それだけなの⁉ダメだよ、ちゃんと食べないと!私のお弁当、分けてあげるね!」
……話聞いてた?
僕、お昼は食べ終わったって言ったよね?
しかもなんで「お弁当わけてあげる」になるの?
言うとしても「お弁当わけてあげようか?」だろう。
どうして一段階すっ飛ばして話を進めるのだろうか。白崎さんは気づいていないのかもしれないが、教室内の空気がドンドン荒んできている。
もう僕一人ではこの女神の
「香織、こっちで一緒に食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて、僕が許さないよ」
端から聞いていたらドン引きな天之川くんのセリフだが、これで白崎さんも引き下がってくれるだろう。ほかならぬ天之河くんの言葉だ。
まさかここで天然発言などするはずは………無い……よね……?
「え?なんで光輝くんの許しがいるの?」
素で聞き返す白崎さん。それを聞いて「ブフッ」と吹き出す八重樫さん。困ったように笑いながらあれこれ話す天之河くん。
これである。白崎さんにはこれがあるのだ。こちらの予想を超える発言の数々。こんな相手に寝ぼけた頭で勝てるわけが無いのだ。
結局、僕の席の周りに学校一有名な四人組が集まることになった。どうせ集まるなら他所でやってよ等と思いながら僕はその場を離れることにした。
いくら自分の座席とはいえこんなに人目を惹く有名人がいたんじゃ寝るどころか休息すら取れない。
(図書室に行こう。あそこは静かだからゆっくりできる。呼び止められる前にさっさと出てしまおう)
そう考え、椅子から腰を上げたところで、
異変に気づいた。
天之河くんの足元に光り輝く円環と幾何学模様が現れたのだ。
それは以前、御池鳩に攻め込んできた「
結界師としての本能がこのままではマズいと警鐘を鳴らす。
(ッ!ヤバい、なんとかしないと!)
呪い師の術を止めるには呪い師本人か、呪い師が使う
だが、呪い師の姿など何処にも無く、
(くそ!どういう事だ、何が起きてる?)
教室内の生徒も異常に気付き次々に悲鳴を上げていく。
愛子先生が「皆!教室から出て!」と叫ぶも時すでに遅く、天之河くんを中心に教室中に広がった円環が眩い光を放ち始めた。
(くっ!目を開けてられ……)
あまりに強い光であったため、目を開けておくことすら叶わなかった。
数秒か、あるいは数分か強烈な光に塗りつぶされていた教室が、再びもとの色を取り戻した時、そこには誰も居なかった。
残されていたのは倒れた椅子や食べかけの弁当、飲みかけのペットボトルだけであった。
これが世にいう「平成の集団神隠し」である。
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「呪い師」の設定は結界師の原作に準じていません。呪い師が使いやすかったから使いました。
その内設定集みたいなの投稿します。