とある城の一室、それも高級品で埋め尽くされているような、高貴な身分の人の一室でうら若き少女が一人考え込んでいた。
彼女の名はアンリエッタ・ド・トリステイン。知る人ぞ知るトリステイン王国唯一の王女である。
「本当にどうしようかしら……」
頭を抱えて考え込んでいるアンリエッタの顔は、その歳にふさわしくないしわが眉間に寄せられている。王族として決して貴族――例え親友のルイズにあっても、見せてはいけない顔をしていることを重々承知している。しかし、ここには誰の視線もない。
だからこそこうやって一人悩んでいるのだ。誰かに相談するという手段をとれない。それを口に出したら、そして貴族どもに漏れたら『どうやらアンリエッタ王女は夢物語を好むようだ。トリステインの未来は我々が支えていきましょう』と言われるであろう――もちろん貴族流のオブラートに包まれた言い方である。
アンリエッタは知っている。
ここハルケギニアがまさしく夢”物語”であることを。
*
アンリエッタは自身の立場をよくわかっていた。
国王であった父親が崩御してから、母は政治的に引きこもり国政はマザリーニ枢機卿と貴族たちが執り行っている。
アンリエッタは象徴であることが求められ、”象徴”に権力はない。ある程度の我が儘は効くかも知れないが、微々たる力で解決するほど事は甘くなく、かといって達観するには若すぎた。
アンリエッタははるか昔に思いを馳せていた。記憶を頼りに解決策を探るが、それはどれも超幸運的・超常的事象に恵まれた”都合”のよい条件であり、それを実行に移せるほどアンリエッタは愚かな人間ではなかった。
あのような”都合”のよく物事が運ぶわけがない。世界はそんなに単純ではない。そんな負の感情ばかしがあふれる。
彼女の目は自然と窓の外に移る。空はどんよりとした灰色であり、まるで私の心のようだ、とあんりえったは自嘲する。そして外の空気でも吸おうかと窓際まであるき、大きく空き放った。
しかし低気圧が生み出す生暖かい風が吹き込んできて、アンリエッタは窓を開けたことをひどく後悔した。それはアンリエッタの心にかかった雲を払いのける力などなく、むしろより真っ黒な雲を連れてきたのだった。
窓を閉めようかと思ったが、今の私にはこの風がお似合いかもしれない。ふとそう思う。そう思うと風でカーテンが、ベッドの天幕が騒つく音が耳に心地よく聞こえる。
「不思議なものですね」
風にそう語りかける。意味などない。でもアンリエッタは、この風に相談するのが名案に思えた。アンリエッタがいくら酔狂な事を言おうとも、何処吹く風と聞き流してくれる、しかしすぐそばにいてくれることがわかる。
「あなたは知っている? このハルケギニアは数年後には戦乱に陥るのよ?」
「あなたは知っている? たくさんの人が死んじゃうの」
「あなたは知っている? 虚無なんていう馬鹿げた力に世界は振り回されるの」
「あなたは知っている? サイトていう一人の少年に世界の双肩がかかってるのよ?」
もちろんアンリエッタの語りかけに答えはない。けれどアンリエッタには、うなづくように風が強くなったり弱くなったりしているように思えてうれしくなる。不思議と笑みがこぼれていた。
「私はたくさんの人を苦しめて苦しめて、そして殺しちゃうの」
風がまた返事をしてくれたような気がした。
「私にできることなんてないの。歴史になぞるだけ。それが一番のハッピーエンドなの」
風が同意してくれたような気がした。
「私はどうしたらいいのかな?」
風が何かを伝えてこようとする。
「私て生きる意味あるのかな?」
風が――吹き止む。それは突然だった。アンリエッタは風さえも遠ざかっていくきがした。
「まって……!」
風を追いかけようと身体を窓にのりだす。のばした手は虚空をきり、そして身体の重心が前に移っていた。
「え?」
わずかの間だけ身体がふわりと浮き、そして重力にとらわれる。
ここは王城の上層にある私室。アンリエッタは己の失敗を悟る。
風が再び吹き出し、アンリエッタに強くあたる。
目を閉じる。生きていて楽しいことなどなかった、苦しいことばかりだった、生きている意味がない、と思った。
(本当かい?)
どこからか声が聞こえたような気がした。
(本当に何もないのかい? 生きている意味が)
風切り音の中からクリアに聞こえてきたような気がした。
(本当に楽しくなかったのかい? このハルケギニアの世界で生まれ生きて、人々と出会い、別れたこの世界が)
お転婆なルイズの顔が思い浮かぶ、母のニコニコした顔が思い浮かぶ、父の優しいほほえんでいた顔が思い浮かぶ、鳥の骨の慈愛に満ちた顔を思い浮かべる、侍従の小うるさい顔が思い浮かぶ、たくさんの人の顔が思い浮かぶ。
(素直になるんだ。本当はどうしたいんだい)
死にたくないに決まっている。こんな最悪な世界でも、醜悪な貴族がはびこる世界でも、でも私はここに生きていたんだ。
(なら君は何ができる? そう、)
風圧を無視して目を開ける。アンリエッタはしっかりと前を見据えた。石畳のが目の前に広がる。
アンリエッタが落ちてくることを見つけたのか、太った貴族が、近衛騎士があわてている様子が見えた。
アンリエッタは思った。間に合わない。でも、アンリエッタにもできることがある。
人生の半分をともに過ごしてきた杖を取り出す。いつも一緒に苦楽をともにした相棒。そっと笑いかけて、
「フライ!!」
そう力強く唱えた。生まれて初めてであろう力強い呪文に、杖もしっかりと答えた。
地面ぎりぎりで落下が止まり、そっと石畳に立つ。裸足だった。アンリエッタの華奢な足裏に当たる小石の刺激が生きていることを実感させる。
周りのざわつきから、トリステインの宰相がかき分けてきた。
近衛騎士達が輪形陣を敷いてもしもに備えている。
「アンリエッタ様! ご無事ですか!」
「えぇ、此の通り」
「いったい何が起きたのですか?」
アンリエッタは大きく深呼吸して、そして宣言した。
「マザリーニ枢機卿、私は王になります。すぐに即位の準備に入ってください」
アンリエッタは豆鉄砲を食った鳩のような顔をしている鳥の骨を見て、久しぶりに心から笑った。心の中でだが。
あとがき
あれ? なんでこんな暗い話になってるんだ??
そういうわけで、気分転換に2時間程度で書いたものです。
アンリエッタ憑依ものて案外少ないですよね? ここ一年以上まともにゼロ魔SS読めてないのですけれど。
なんだかんだで、ゼロ魔は好きです。