六話 初めてのお使い? は無理難題!?
ガリア王国の王都リュティス。そこにそびえるヴェルサルテイル宮殿。アンリエッタは皇太子になってから一年を目の前にしてヴェルサルテイル宮殿の門をくぐった。これがアンリエッタにとっての初の外遊でもある。
そしてアンリエッタが無理をして組んだものであった。トリステイン国内はようやっと始まった改革路線によって仕事が大幅に増加しててんてこ舞いだった。余裕が生まれるまでまだもう少しの月日が必要であることははっきりとしている。改革の頭でありリーダーシップをとるアンリエッタが本来国内を離れられる状態ではないのだ。
しかしアンリエッタは断行した。もちろんただでさえ人手が足りないためにアンリエッタの随員も必要最低限である。マザリーニもアンリエッタの抜けた穴を補うためにトリスタニアに残留。外交担当の随員もいるが、アンリエッタがトリステインの全権を持っていた。そしてアンリエッタが不利な条約を結んでしまうという可能性もある。相談役となるマザリーニがいないために、わずか十三歳の少女であるアンリエッタにトリステインの全てがゆだねられていると言っても過言ではなかった。
それなのになぜマザリーニがこの外遊を許可したのか?
それはアンリエッタを信頼してのことだった。姫様ならなんとかなる、施政者としては相応しくないかもしれない考えだったが、マザリーニは自身の直感を信じることにした。むしろマザリーニを驚かす考えをどんどん発案するアンリエッタならマザリーニの予期しない成果さえ得られるかもしれないとも。
「えぇ、わかりましたわ」
アンリエッタは担当の者に案内され待合室に入る。ガリアの国力を存分に発揮した内装は貧乏国家であるトリステインにとってはまねがそうそう出来ない。もちろんトリスタニアの王城でも国力の豊かさを見せつけるためにそれなりの内装は施されているのだが、どこか見劣りがするものである。本物の力と背伸びした力の違いかとアンリエッタは思った。
今はトリステインがどれだけ背伸びしてもガリアには敵わない。そのガリアの国王と会うためにアンリエッタは無理をしてガリアにやってきたのだ。
なにがアンリエッタにガリアに来させたのか?
それはガリア国王の体調不良の噂があると、リュティスの大使館から定期報告書に書かれていたからだ。
ガリア国王の体調不良。アンリエッタはそれを聞いたとき己の迂闊さを悟った。国内にかまけて外に向ける――時間の流れを見る――目を見失っていたのだ。
残された時間は少ないかもしれない。その残された時間でアンリエッタがどれだけできるか、唇を堅く噛み締めて心を落ち着かせた。
***
「おぉ。久しいなアンリエッタ殿。約一年ぶりであるな?」
「はい。本日は突然の訪問にも関わらずお時間をいただいて感謝しますわ」
「よいよい。私も息抜きとしてちょうどいいわ」
高らかに笑うガリア国王。しかしアンリエッタはその顔に色濃い疲れがあることを水メイジとしての直感で悟る。そばに控える侍女が煎れた最高級の紅茶に口をつける。アンリエッタは薫り高い味わいが口に広がるのを感じて少し嫉妬する。
「そういって戴けると助かります。陛下」
「そういえばアンリエッタ殿。最近トリスタニアは連日お祭りらしいの? どうなんじゃ?」
「賑やかすぎるぐらいですわ。祭りの準備をできる限り整えたつもりだっただけれど、いざ始まってみると問題が起きるものね。いろいろ勉強になっているわ」
「そうかそうか。若者はどんどん勉強しないといけないからな」
「そうですわね。一年前も陛下には勉強させてもらいました」
「そういえばそうだったの。すまんの。老人の戯れと思って流してくれ」
「もちろんです。これからもどんどん勉強を教えてくださるとうれしいわ」
「はっはっは、それでは今から勉強会でもするか? アンリエッタ殿」
「まぁ、いいですの! ……でも、己の無知・無学を晒すのは恥ずかしいですわ」
「おぉ、気がつかんかったの……ここはいいから立ち去るがよい。許可があるまで入室は許さんぞ」
ガリア国王が人払いをする。侍従や侍女が部屋から立ち去り部屋には二人だけになる。
「サイレント」
そして唱えられるサイレントの魔法。これによってこれから話される内容は全て二人だけしか知ることができなくなった。いままでの会話は当たり障りのないただの前座。本番はこれからだった。
「それでなにようかの? アンリエッタよ」
「お願いがあって来ました」
「ほう? お願いとな?」
「えぇ、現在トリステインでは改革を遂行しています。それに関連した内容でいくつか……」
「ほう。聞こう」
「まず一つ。お金をお借りしたい。この件は前々から大使館からも話を通させてもらっていますが」
「朕としても現在のトリステインの改革が興味深いものがある。よって金を貸すこと自体はやぶさかでない。……だが本題ではないのだろ?」
「その通りですわ。二つ目。それは人が欲しいという事です」
「人とな?」
「えぇ、現在のトリステイン政府は圧倒的な人手不足に陥ってます。それを打開するために人が欲しいのです」
この場合の人は優秀な官僚もあるが、改革を主導できる人物のことである。アンリエッタ、そしてマザリーニだけでは限界がある。もう一人ぐらいは欲しいところだった。
「……ほう。なかなか小粋なことを……それで心当たりはあるのだろ? 言ってみろ」
ガリア国王は協力的なのかもしれない、そう思ってアンリエッタは己の気を引き締め直す。相手は百戦錬磨・海千山千である。油断した瞬間に足をすくわれる事になる。
「知っての通りトリステインの貴族は身分を第一に見ますわ」
「そうであるな。ガリアもその風潮は根強い」
「つまりいくら優秀な者であっても、爵位や歴史が下なら反発をされます。それはつまり改革の停滞を意味しています」
「なかなか苦労しているようだの。アンリエッタよ」
「えぇ。ですから――」
「血筋がよく優秀な人間、さらにバックが強い者が欲しいと?」
「そうです」
「しかし、ガリア広しといえども、そなたの希望に叶う者はおったかの?」
「あら? 案外身近におられますわよ? すぐそばに」
誰だ? といぶかしげな顔をして、該当する人物に気づいたのかガリア国王の顔に驚愕が一瞬あらわれる。そして目つきが鋭く剣呑に細められる。アンリエッタの真意を問いただすように。その身体からは大国の主に相応しい強大な威圧感が発せられる。
「本気でいっているのか?」
「えぇ、可能性はあると思ってますわ」
数瞬の対峙のあと、国王の威圧感が突然霧散する。
「ははは、何を言い出すかと思えば、面白い。面白いことをいうの小娘、はっは――」
その時高笑いを続けていた国王が激しく咳き込む。
「杖の使用を失礼しますわ……ヒーリング」
アンリエッタが国王に治癒の魔法を施す。そう時間をおかずに咳き込みと痙攣がおさまる。口を抑えていた手には血がべっとりとついていた。
「もうよい。楽になった」
「そう。わかりましたわ」
アンリエッタが杖をしまう。
「歳には勝てなくてな。いつものことだから気にするではない」
「……治療の方はダメなのですか?」
「そうじゃな。口では完治しました、もう大丈夫ですとほざくが実際はそう時間置かずにこうなる。そしてみな首をかしげるのじゃ」
「そう……。少し見ていいかしら? 私も水メイジの端くれ。何かわかるかもしれません」
「ははは。いいだろ。そなたのヒーリングの方が藪医者どもよりも楽になったからな。興味がある。それに勉強のうちになるだろうからな」
「えぇ、勉強のね」
今から行うことがお互いに政治的意味を持たないことを確認する。あくまで国王の興味ということ。アンリエッタの勉強ということ。
アンリエッタは国王に杖を向けて目を閉じる。己の魔力を繊細に操り身体の異常と見つけ出す。国王は自分に杖を向けられているというのに面白い物を見るような目でアンリエッタを見る。
やがてアンリエッタが大きな息を吐くと同時に杖をさげ、そして目をあける。
「どうじゃ?」
「心当たりはあります」
「ほう。してそれは?」
「……身体の内蔵に悪性の腫瘍――悪さをする固まりができています。ガリアの宮廷水メイジの方の治療で小さくはなっているようですが完全な消滅をさせる事はできていない。そしていったん小さくなってもすぐに肥大化、それだけでなく別の場所にも同じ物が出来る、この連鎖が陛下のお身体で起きていると考えられますわ。……いつから体調が悪かったのですか、ここ一年で起きたようには思えないのですが」
単純であってもっとも質が悪い病気の一つ。アンリエッタはそれだと確信した。
「ほう。そういえば腫瘍がどうのこうの藪医者もいってたの。おそらく真実なのだろう。症状はかれこれ五年はでているかもしれんな……」
「五年も……。陛下もお歳を召されてきて体力の低下、それに心労で一気に表に出てきたんだと思います。安静にしなければ寿命を削ることになります」
「周りがうるさくて安眠もできんわ。トリスタニアほどではないがここヴェルサルテイルも騒がしくてな……して治療法はあったりするのか?」
――興味本位の質問。
「えぇ、ありますわ。陛下の体調を劇的によくする方法が、そしてできるのもおそらく私だけ……」
――治療法があるという事実。
ここからは興味と勉強の世界から逸脱する。それだけ大きい事実だった。
「話を戻そう。人が欲しいということだが、どっちが欲しいのだ?」
そして国王は話を戻した。アンリエッタは軽い失望を覚える。ガリア国王に治療を施すことは、それだけトリステイン、そしてアンリエッタ個人に大きな借りを作ること。国王として、ガリアの主権者として、そう簡単に受け入れられる話ではない。
とはいっても、アンリエッタに一枚のカードが生まれた。それはジョーカーのカード。しかしジョーカーの使用を許可するかどうかはガリア国王のルールしだい。ジョーカーが使えないルールは山ほどある。
「そうですわね……普段は無能と言われている方かしら?」
「ほう。天才の方でなくていいのか? 無能では上に立つことができないぞ」
「あら? 無能といわれるほど実力を隠しているだけというのもありうるわ……それに、天才の方だとその取り巻きがうるさそうですし」
「はっはは、違いない」
国王の体調不良。それによって、後継者争いをする周りの貴族たちが一層騒ぎ出している。そのことに辟易しているようだ。しかし皇太子を定めていない国王のせいでもあり、そのことがなお一層国王に重くのしかかっている。
「世継ぎを定めないのは迷っているからですか?」
「まぁ、そうじゃな。どちらが皇太子になっても他方を排除する流れが起きることはわかりきっていた。二人とも我が子だからな。王子のままなら互いに牽制しあって行動に移すことはない……しかし守るためにずるずるしていたらこの有様よ」
他国の人間に話してはいけないことだが気にした様子もなく話す。祖父が孫に愚痴を垂れ流すように。アンリエッタの幼い容姿や物腰がそうさせたのかもしれない。それだけストレスがたまっているということだろう。
「しかし、世継ぎを定めなければ万が一の場合さらに終止がつかないことになるおそれがあるのでは?」
「そうじゃな。しかしそれでいいではないか。朕の死後の事だ。朕が生きている間平和でさえあればいい。一時的に国が荒れようがどうにでもなる……ジョゼフならな」
「そんな! いけませ――」
「と先まで思っていたが、そなたがなかなか面白い案を出してくれたのう」
「……」
「そなたはなかなか前途有望だな。朕には考えつきもしなかった……まぁ、考えついても実行は不可能であるがな」
「いえ、それほどでも……」
「なんじゃ、可能性はあると思います、とその口が言ったことを朕は覚えているぞ。確かに可能性はあるな。……しかしいいのか? これはトリステインにとってはとても危険だぞ? メリットがデメリットになる事もありうる。ジョゼフを御することができると思っているのか?」
アンリエッタは冷え切った紅茶を一気にのどに流し込む。一連の会話で乾ききっていたのどが潤う。国王の目を見据える。
そしてゆっくりと口を開く。
「並び立つ事ならできると思っていますわ」
二人しかいない空間に国王の今日一番の高笑いがなり響いた。
「はっはは、いいぞ。アンリエッタ殿。ジョゼフを口説き落としてみせよ。そうすれば朕が反対する理由はなくなる」
「本当によろしいので?」
「いいともいいとも。トリステインにはジョゼフが行き、トリステインを乗っ取るためという理由でジョゼフ派を表向き宥めることができる。むしろ手の平を返してジョゼフをあがめるやからもでるかもしれん。その理由はわかっておろうな?」
「えぇ、もちろんです。そしてガリアは後継者をシャルル王子に一本化。陛下も健康になってゆっくりと国王として育てる」
「そうじゃな」
「そして、ガリアとトリステインの協力関係を築き両国の新たな繁栄をもたらすことになりますわ」
なごやかになった空気に、アンリエッタはそっと息を吐く。かなり緊張を強いられていたのだ。会見が終わるまでもちそうになかった。
第一の関門、国王は乗り越えられた。しかし、最大の難関が残っている。不可能ではないと思っている。とはいえ難しいだろうとも思っている。
アンリエッタがジョゼフに切れるカードはそう多くない。すでにジョーカーはここで使ってしまったのだから……。
あとがき
アンリエッタ初めてのお使い! じゃなかった初めての単独外交に行くの巻。
マザリーニとアンリエッタのすれ違いがおきているようです。マンネリですね。
というのはおいといてもうゴールしていいよね? なcameletterです。
オリジナルの方で魔法要素をオミットするかどうか、むしろ主人公いらなくね? と設定とにらめっこ中。あまりテンプレにしたくないし、けどなー、な感じ。
さて六話です。
もうここで『完』て書いてもいい気分。たぶんあれ、もう何も恐くない、てやつ。
というわけでアンリエッタさんがとうとう動き出したようです。原作四年前。つまりラグドリアン湖の園遊会一年前あたり。国王の死ぬカウントダウンが始まったところでしょうか。そしてアンリエッタが水のメイジであることも利用してみました。
作者の中のガリア国王は好々爺で、だけど政争に疲れた老人てイメージ。それで醜い争いに嫌気がさしてもうオラしらね、という感じ。そんな弱っているところにつけ込んだアンリエッタあくどい、あくどいぜ!
閑話休題。
ジョゼフがアンリエッタに口説き落とされるかどうかは未定。今後の√が3,4つほど思い浮かんでいるので。どの√がいいかなぁ、と思案中。
というわけでアンケートはとりませんけどこっそり希望書くといいかもね! あぁ、なんか目盛りが暗○√に傾いていってる気が……。
とあるアンリエッタの受難の軌跡 第五&六巻
農業国家……農業が盛んな国。フランスとかアメリカとか。書いた後持っている資料見たのですがベルギーとオランダの食糧自給率50%以下と25%以下でした。だめじゃん。二〇〇五年のデータですが。
金本位制……本来の意義は通貨の価値を金(Au)で保証するもの。兌換紙幣は同価値の金と交換できる。その特性から国が保有している金(金準備高)以上の貨幣を発行できない。日本では日清戦争の賠償金によって金本位制になることができた。しかし流通通貨の不足などを招き、世界恐慌を機に一度廃れていく。
SS内では、エキュー金貨を基軸とした通貨で、銅貨や銀貨と交換するレートも固定されているので、つまり金本位制でもいいよねかっこいいしと書いてみた。
五カ年計画……ソ連が推し進めたよね! て有名な計画。ロマンと血で溢れている計画である。トリステインでは農業振興が主な目標であり、重工業化を推し進める事は現段階でできないので、可能性を模索していくところ。ただし第二次五カ年計画では……とアンリエッタは妄想中。ただし原作に間に合わない。
生涯独身王族……独身貴族の王族版。
リュティス……ガリアの王都・首都。大きな街。
ヴェルサルテイル宮殿……王さんの住み家であると同時に政治の中心。
侍女が煎れた最高級の紅茶……そういえば紅茶てどこで生産しているんだ……? あれ?
嫉妬……素直においしいといえないお年頃。
勉強……お勉強のこと。将来のためにしとくといいですよ。
ヒーリング……水メイジ御用達でチート魔法の一つ。治癒の魔法。
トリステインの改革が興味深いものがある……つまりトリステインの内政状態が結構ガリアに漏れているということ。スパイがこの中に一人……だったらいいな。
悪性の腫瘍……ガンがオーソドックスだし使わせてもらいました。原作者のヤマグチノボル氏も癌なようで。幸い治療が上手くいっているようでゼロ魔の最後までプロットもついこの間出来上がったようです。来年の早い時期に本を出してくれそうです。そして本復してくれることを願っています。本復したらいらんこの続きも書いてくれ……。
治療法……魔力を繊細に扱えるアンリエッタならできるはず! 魔力を使って放射線治療的にガン細胞を死滅させていけばいいんだ!
メリットとデメリット……表裏一体。さてどうなる。