第七話 王が動かなければ部下がついてこない。でも王がいないんです!
アンリエッタのガリア訪問は、ガリア貴族の間で少し話題にのぼることはあったが、ほとんどの者が重視することはなかった。トリステインの小娘が表敬訪問に来たのだろう、と敵対派閥の情報収集・牽制、あるいは日和見勢力の取り込みに日夜精を出している貴族達にとってその程度の事だった。
アンリエッタが国王と会うのは問題ない。多少時間は長かったかもしれないが、その後の国王の顔が久しぶりに晴れやかだったために、きっとトリステインに対して有利な交渉になったに違いない。アンリエッタはネギを背負ってきた十三歳の他国から来た姫君。体調が悪いとはいえ王様が交渉で負けるわけがない。そんな忠誠などほとんどない信頼を寄せていた。
しかし、アンリエッタの背負ってきたネギは貢ぎ物などではなく、ガリアの後ろ穴に無理矢理突っ込む荒治療用だったとしたらどうだろうか。それはきっと何よりも劇薬であった。
アンリエッタ本人がもし聞いたら、なんてはしたない、と嘆き崩れるかもしれない。
そういうわけで、トリステインの百合の紋章をでかでかと誇示した馬車がジョゼフ第一王子の元に出向いたという噂はガリア国内を駆け巡った。路傍の石だったはずがいつのまにか巨大な隕石となってガリアに陰を落とす。
常識的に考えれば、トリステインはジョゼフ第一王子を支持すると公言したようなものだから。短絡的なジョゼフ派は降ってわいた思わぬ援軍に祝い酒を開けたし、オルレアン派はやけ酒を開けていた。
しかしどちらの陣営の首謀者達も、アンリエッタ訪問の真意を測りかねて一時的に鳴りをひそめる。もちろん裏ではより一層激しく動き回っていたが、一番喜んでいたのは静かになった王宮の住民、国王だった。久しぶりに枕を高くして眠ることが出来るのがとてもうれしいらしい。その笑顔がよりガリア貴族達を混乱させたことは疑いようもない事実だった。
***
ジョゼフは突然訪れてきて目の前で澄んだ顔で紅茶を飲むアンリエッタに戸惑いを覚えていた。先日に父、国王と会った事は知っている。しかしそのアンリエッタが自分のところにくる意味がわからない。世間では無能と知られるが、実際は誰もよりも明晰な頭脳の持ち主であるジョゼフでも予期しない事態だった。
「今日は先日のお礼に来ましたわ」
「先日の? ……失礼アンリエッタ殿下」
自分が何かしただろうか? ジョゼフは娘イザベラとそう歳が変わらない目の前の少女を見る。少々捻くれて育っているイザベラに比べて、とても無垢そうな表情に態度できょとんとしているアンリエッタにどこぞの子供だと思わずにはいられなかった。
「去年の会議で助け船を出してくれたでしょう? それのことですわ。ジョゼフ王子」
「……その事でしたか。当たり前の事をしたまで、しかもそれは弟シャルルも同じ事」
言外になぜ来たという言葉を載せる。目の前の少女がこれに気づくか気づかないかによってジョゼフの対応は変わる。そう思っていたのが、
「でも最初に声を掛けてくださったのはジョゼフ王子ですわ」
白とも黒ともつかない返事だった。確かにジョゼフが最初に助け船を出してしまった。まさか去年の気まぐれがこのような事態を引き起こす理由になるとは、と辟易するジョゼフにアンリエッタが続ける。
「それと今日はプライベート。だからアンリエッタ姫て呼んでちょうだい」
プライベートなわけあるか! とジョゼフは悪態をつきたくなった。事前の連絡もなしに、百合の紋章が主張する王家専用馬車に乗って、周りはトリステインの魔法衛士隊によって守られながらどうどうと正門から入り込んで来たのだ。
家中は大騒ぎ、ジョゼフの心中は察するばかりである。
しかも質が悪いことに父、ガリア国王公認の気配さえある。何故なら朝早くに『今日は家にいとくように』と婉曲に命令しされていたのだから。
というか父も絡んでいるのだろうが、その目的が見えてこない。
「では、アンリエッタ様、私のことはジョゼフとお呼びください」
「もういけず。わかりましたジョゼフ様」
アンリエッタの表情がはにかむ。それは歳相応のように見えて……やりにくい。ジョゼフは正直そう思った。媚いるでもない、嘲笑するでもない顔を向けられるのはいつぶりだろうか。自分に遠慮しない人間などシャルルしかいない。もしかしたら娘イザベラも昔はそうだったかもしれない。しかし最近のジョゼフの記憶には心当たりがなかった。
父が絡んでいるからには裏があるはず、そうジョゼフは思うが、話を続ける間にますます本当は裏などなくてただ少女が遊びにきただけにしか見えなくなってきていた。
「まぁ、ジョゼフ様たら、なにそんなに難しい顔をしていらっしゃるの?」
「いや、なんでもない」
もちろんアンリエッタのせいである。
「そうだ! 一つお願いがあるのです」
「お願い? できることでしたら……」
辟易していたジョゼフは、ようやく来たか! と身構える。きっとここからさりげなく今日の目的が明かされるはず。緩んでいた気を引き締め直す。
「最近私チェスを始めたの。それでジョゼフ王子はチェスの名手と噂を聞きましたわ……だから一度ご指南をしていただきたいの」
「はぁ、チェスですか」
そして出てきたチェスという言葉。戦術を駆使して遊ぶゲームであり、確かにジョゼフと互角に戦える者はシャルルのみ。普通に考えて十三歳の少女とは相手にならないはず、だから隠れた意味を探る。
「そう。チェスです。最近デムリ財務卿とも互角ぐらいにはなってきたんですよ!」
と楽しそうに言うアンリエッタの後ろにさっとよってきた護衛の騎士が、チェス盤を持ってくる。どうやらやるしかないようだとジョゼフは数瞬瞑目する。
「いいでしょう。オレでいいなら一戦お相手しよう」
「ありがとうですわ! ジョゼフ様。簡単には負けませんわよ」
それからゲームがスタートする。アンリエッタは白、ジョゼフが黒である。アンリエッタの自信がどれほどか、ジョゼフは油断をせずに駒を進める。
幾度か駒を進めあい、若干アンリエッタが押し込まれ出す。アンリエッタが左手をあごにつけてかわいらしくうーんとうなり右手で駒上げたり下げたりする。
「時間はいくらかけてもいいですよ」
「ありがとう」
そしてそこから何かひらめいたように顔を明るくして、駒を進めた。それにジョゼフは感心した。時間こそかかっていたが、今の状況を打破するための最適方法だったからだ。そこらの馬鹿貴族どもよりもよっぽど戦局を見ることができている。
それから一進一退にもつれ込み、ジョゼフもひやっとする場面がいくつか起きたが、なんとか最後にジョゼフが経験の差で押し切った……ように接待した。アンリエッタの筋はいいし、年齢にしては強かったが、ジョゼフにしては赤子をひねるようなもの。しかしアンリエッタをひねってはいけないから、戦局をそうなるようにコントロールしたのだ。
「むぅ、負けてしまいましたわ。ジョゼフ様はお強いですね」
「しかし、アンリエッタ様もいいセンスをお持ちのようだ。オレも少し危なかった場面もあった」
「でも、最後は一気に崩されてしまいました」
「そこは経験を積むしかありません。きっともっと強くなることができると思う」
「精進あるのみってところかしら」
ジョゼフは本当にただの子供の遊びだったようだと思った。チェスに付き合わされた形にはなるが、ジョゼフが難題をふっかけてアンリエッタが時間をかけながらも解答を見つけ出す、打てば響くとは言い難いが、打てば山彦で帰ってくる関係をジョゼフなりに楽しんでいた。自分の想定した答えを相手に期待し、アンリエッタもその期待に答える。最後こそアンリエッタが答えを見つけるのに失敗し、雪崩崩れてしまったが、裏を返せばジョゼフの期待をはやばや裏切れば、そこでゲームは終了させるつもりだった。まさしくジョゼフはアンリエッタに指南していたのだ。
「そうですな」
「……もう一戦よろしいかしら」
「……まぁ、もう一戦だけですよ」
だからジョゼフは少々機嫌がよい。シャルルと対局するのとは別の楽しみがある。また今度娘、イザベラにチェスを教えてやるのも暇つぶしになるだろうと考える程度には。
ジョゼフが駒を並べ直そうとして、
「ハンデいただけるかしら?」
とアンリエッタの一言に手が止まる。先の試合で手加減されていた事に気づいていたらしい。
「ほう、どのハンデが欲しい? ルーク・ビショップ落ちでもいいぞ?」
「まぁ、そうですわね。私が並べても?」
「いいがどうした?」
「ちょと面白い事思いついたの」
そういってアンリエッタが駒を並べ出す。その並べ方はジョゼフからしばらく言葉を失わせた。
黒、ジョゼフの陣営。まず、キングの隣のクイーンがあるべき場所。そこキングであった。つまり黒のキングが二つある。それだけでもおかしいのにポーンが二列あった。本来一列八つあるべきポーンが二列十六個ある。ハンデどころか駒数が増えている。
白、アンリエッタ陣営にいたってはよりひどい。本来白のキングがあるべきところに、クイーンがある。クイーンの居場所に、寄り添うようにビショップが安置されていた。ルーク・ビショップ・ナイトが一個ずつしかなく、ポーンも四個しかない。クイーンとビショップ以外は配置もバラバラ。そして、盤上に白のキングが存在しない。
数だけにおいては二十四対八。点数にしたら三十八点対二十四点。
まともな勝負にならないと、初心者でも判断がつく。
ジョゼフが盤上から視線を上げ、対面している少女をみる。いたずらが成功したような子ども、その言葉がぴったりであると思った。
「これは参った」
「あら? 私に勝ちを譲ってくださるの?」
「……いや」
ジョゼフがポーンをただ一マス前に進めた。ポーンが二列あるということは、ポーン以外の駒はまったく進軍ができないのだ。主戦力となるナイトたち(騎士)が戦略的に使えるようになるまでどれぐらいかかるだろうか? とジョゼフは考える。ポーン(雑兵)が多いだけでは戦争を有利に進めることはできない。ただポーン(雑兵)を送り出しても被害を増やすだけであり、ナイトら(騎士)が単騎抜け駆けしたとしてもやはり返り討ちに会うことになるだろう。
一ターンに一駒。それが盤上における絶対的な秩序であった。天才であっても無能であっても少女であってもその秩序がこの場を縛る。数の絶対差がそのまま反映されるとは限らない。
「これは大変ですわね」
「アンリエッタ様がこのように並べたのだ」
アンリエッタは真剣な眼差しに戻っていた。アンリエッタの陣営はお寒い限りだ。ナイトもルークもビショップも。ポーン一駒さえ犠牲にする余裕はない。そして配置がバラバラなのも。アンリエッタが進めた駒はクイーン。盤上においての最高戦力の駒だった。
「ほう。なかなか楽しい」
「どれだけ長引くかしら?」
ジョゼフの感嘆にアンリエッタが挑発する。ジョゼフのとれる戦略は多いようで少ない。ポーンを捨て兵として、その間に陣形を整える。その後数の差を利用して圧倒する。それがもっとも盤上において的確な戦略。しかしそれでは負けたも同然。もっとも犠牲の少ない勝利は守りを固め迎え撃つこと。しかしそれでは面白くないし、アンリエッタの言ったとおり長引く。なぜならアンリエッタの戦略はさらに少ないから。
「それにしても、なかなか面白い発想だな」
「そうかしら? ジョゼフ様も同様の事考えた事ありません?」
「どうだろうな? しかしやるならもっと大規模にやってみたいものだな」
「そうね。でも実際にやるとなるとなかなか難しいと思うわ」
盤上の状況は刻々変化していく。チェス盤はガリアとトリステインの簡単な縮図。
ガリアは頭が二人おり、兵力は多いがみっしりと絡まりあっているせいで動きが遅い。どちらの王を守ればいいのか? 現実ならそんな混乱も起きるかも知れない。混乱に乗じて闇討ちもあるかもしれない。牽制しあい本格的に動けない。
トリステインは王が不在であり兵力も少ない。クイーンとビショップ、アンリエッタとマザリーニの二人三脚。さらに改革で混乱していることを配置で示している。
アンリエッタがジョゼフ陣営をかき乱し、その後は自陣に引きこもって守りを固める。結果はアンリエッタの全滅、つまりトリステインの敗北。しかしジョゼフ側も大きな被害を受けていた。小国といえども滅亡させるにはそれ相応の犠牲をともなう。そしてその犠牲を強いられたあと、大国であるガリアの国土を維持することができなくなり、結果は衰退のきっかけとなることは明らかだった。
そうなると領土欲が旺盛なゲルマニアがこの好機を逃すはずがない。
つまり国内が混乱しているガリアがトリステインと戦争をする利点がない。局地戦に限定したとしてもだ。アンリエッタの差配を見れば簡単に勝たせてくれる相手ではないことがわかった。
「やっぱり勝てませんね」
改めて言うアンリエッタにジョゼフは違うと思った。
「いや、二人とも負け戦だ。これは……」
「なるほど。確かにそうかもしれません」
ジョゼフはシャルル以外で初めてチェスに負かされたことに静かな愉悦を覚えた。すばらしいと。人生つまらないと思っていたが、とんだ番狂わせもあったものだ。ジョゼフは目の前の少女を認めた。
アンリエッタがチェス盤を片付ける。
お遊びの時間は終わりだというように。その間ジョゼフはアンリエッタ来訪の目的を推測していた。
父がアンリエッタと会った。そこで父もアンリエッタに感じるものがあったのだろう。それでアンリエッタが自分に会いに来た。先のチェスはアンリエッタの自分に対する牽制になりうる。後継者争いの最中にわざわざ牽制しにくるということは、ジョゼフが次期国王に成ると判断した。つまりアンリエッタは、トリステインは自分の支持をしたということにもなり多大な恩を押し売られたようなものだ。それを許可した父国王も自分を後継者とすることを考えている。
トリステインは自分に多大な恩を売れ、自分が国王になった場合には友好的な関係を築くことになるだろう。政治とは基本ギブアンドテイクなのだ。しかしシャルルが国王になった場合はガリアとトリステインの関係が険悪になる可能性が高いのだ。シャルルは気にしないだろうが、取り巻きがきっと騒ぎ、人のいいシャルルのことだ、絶対流されるとジョゼフは自信を持って確信できた。
国家としてかなり危ない賭け。アンリエッタの行動はギャンブルであり施政者として相応しくない。
父もだ。自分を後継者として定めたとしてもかなり危ない橋を渡ることになる。シャルルの取り巻きがはいそうですか、と引き下がるわけがないのだ。父が強権で抑えつけるには、健康の不安が大きすぎる。そもそも健康であるならば表面化することはなかったも言える。父、国王が禅譲して自分が王位についたとしても、周りが反発し、スムーズに動いてくれない。むしろ失政を誘い、それを理由にシャルルが相応しいという動きが演出されるとも考えうる。
少なくない確率でガリアは内乱に突入してしまうことは少し深く考えれば誰でもわかる。
そのことをあの父がわかっていないわけがなく、その覚悟があの父にあるとは思えないジョゼフだった。
何かが引っ掛かる。釈然としない。ジョゼフは頭を悩ました。
「お待たせしましたわ」
チェスの駒を自らの手で片付けたアンリエッタに、ジョゼフは単刀直入に聞くことにした。
「ふむ。……それで目的はなんだ」
「そうですわね。一つトリステインの上層部が検討した政策についてお話しましょう」
「ほう。アンリエッタ殿下。話を聞こう」
「現在トリステインはいろいろなものが足りないのよ。入り用なものが多すぎてどこから手をつけたらいいやら」
「あれほど国をひっくりまわしているのだ。自ら苦労を持ち込むなどアンリエッタ殿下も物好きだと思ったものだ」
「もう。ここまでだとは思っていませんでしたわ。……それでやはり致命的な問題点は人がいないことです。そこであることをトリステイン政府は検討しました。官位の売官ですの……名誉職ではなく実権の伴ったものです。能力はあるが活躍の場がない者に登用の機会を与えるの」
「なんと。短期的には有効に働くかも知れないが、長期的には国が荒れる原因になるぞ。必ずといってもいい」
ジョゼフは問題点をいくつも頭の中に思い浮かべる。
「えぇ、うちの馬鹿貴族たちのせいでどうにもならないわ。商家もうるさいでしょうね。だからやっぱり問題が多すぎて導入は不可能と判断しました。……しかし、一人だけ例外的に交渉することにしたの」
ジョゼフは無言で次の言葉を促した。この少女はどれだけ自分の想像を超えてくるのか、ジョゼフはそう思う。
「勿論前例としないために直接売る形にはしません。そうですわね。前例となりえないほどぶっ飛んでたらどうでしょう。歴史に名が残るようなものです」
「前例となりえないか」
「えぇ、そしてその官位をジョゼフ王子に買って頂ければと考えています。どうです?」
「ガリアの第一王子であるこのオレにトリステインの官職を買えとだと? 確かにぶっ飛んでいるな。普通に考えればありえない。……だからこそ前例になりえないか……」
「えぇ、なかなか斬新でしょう?」
穏やかの微笑を浮かべるアンリエッタを尻目にジョゼフは深くゆっくり空気を肺に取り込み、吐き出す。話の流れからこうなることは途中から予想できていた、とはいえどうすればいいのかはジョゼフの頭の中でまだ定まっていない。用意されていなかった問いに解答するためには時間が足りない。
「それでその官職はなんだ?」
「おすすめは宰相ですわね。今ならお安くしときますよ?」
国の政治を取り仕切る宰相の地位。国王を除けば実質一番の地位だった。アンリエッタはそれになれとジョゼフに言う。確かにガリアの第一王子がトリステインのそれ以下の役職につくことは許されてならない。かといって宰相となるのも問題がないわけではない。
実に厄介で奇怪で奇妙な話であった。
「なかなか面白い話だ。しかしアンリエッタ殿下も知っているだろ? オレは無能だと」
「そうね。世間の噂はそうみたいですわね」
「そんな無能を宰相の地位につけてどうするのだ? なにせオレは何もできない無能だからな」
「そうかしら? 少なくとも私のチェスの先生にはなれるわよ?」
「……これは一杯食わされた。確かにチェスの先生をやるぐらいはできるかもしれぬな……だが断る」
「……。理由を聞いても?」
しばし目を瞬きさせてからアンリエッタが聞き返した。
「オレがトリステインにいく利点はなんだ。それにこれでもガリアの第一王子なのだ。それだけの者を動かすだけの理由は並大抵なものじゃないぞ。アンリエッタ殿下」
「理由ですか? そんなの一つだけですわ。面白いからです」
「面白いだと?」
「だって小国トリステインに一人残されたはかよわいお姫様と大国の第一王子として生まれながらも国を追われた悲劇の王子様。そんな二人が秘めたる想いを胸に国を動かし、いつの日かお姫様はかつてない繁栄をもたらし、王子様は自身を追い出した国を見返してやる。物語の筋書きとしてはオーソドックスな王道ですわ。でも……だからこそ面白いわ」
静かに、けれども喉の奥底で力強く発せられたアンリエッタの声。
「確かに陳腐で使いふるされた物語であるな。しかしその当事者にオレがなるか……」
「えぇ、私とジョゼフ王子がガリア国王とシャルル王子に戦う。地力も環境も圧倒的差……だからこそとても痛快でそそられると思いませんか?」
「ほう。アンリエッタ殿下はガリアに勝負を仕掛けるといわれるのか?」
「もちろん軍事力による戦争はしません。まぁ、負けないだけの軍備は優先課題ではありますが……。しかし小国でありながら大国を凌駕する。世界をリードする国家。トリステインをそんな国にしたいと思ってますの」
「なるほど。確かに面白い。アンリエッタ殿下なら実現できるかもしれない。しかし……」
「ジョゼフ派の事は心配しないでも大丈夫だわ。国王が全面的に取り持ってくださることになってるの」
今までジョゼフを支持してきた貴族が排斥されることはない、とアンリエッタは言った。ガリアの王子として、従ってきた者は保護する責務があるようなものだ。ジョゼフ派には王位には第一王子をつけるべきであると、ある意味頭の堅い、言い換えれば堅実な者が多かったりする。国政の中枢とまではいかないが、実際に国を動かしている官僚貴族も多数含まれていたりする。それらがごっそり失脚してしまうと、やはりガリアの政治は混乱するだろう。それに取って代わるのがシャルル派の短絡的な者たちならなおさらだ。
そしてこの話に父国王が絡んでいるであろうことをすっかり頭の中から抜けてしまっていたことにいまさら気づかされたジョゼフだった。思ったよりもアンリエッタにペースを持って行かれていたらしい。
「父上が? しかし、父上のお身体では限界がある」
だがあの父の健康状態では無理だとジョゼフ改めて思う。
「確かに。でも元気になれば問題ないわよね? 水の国トリステイン。そのお姫様の名は伊達じゃないのよ?」
しかしアンリエッタの口から飛び出た言葉にジョゼフは仰天する。アンリエッタは幼くして水のトライアングルとなり、弟のシャルルほどではないが、魔法の才能に恵まれていることはジョゼフも知り及んでいる。しかしガリアがかかえる幾人もの有能で老練な宮廷水メイジ達でさえ治せない病気を、あろうことかアンリエッタは治せますよ、と簡単に言い放ったのだ。にわかには信じがたいジョゼフであった。
「……それはまことか?」
「えぇ、まったくみなさん頭が凝り固まってしまっていますわ。水の秘薬とヒーリングに頼りすぎて、他のアプローチ方法を考えようとさえしない」
「……なるほど」
子供の発想は恐ろしいとジョゼフは無理矢理納得した。
「だから国王が健康になれば国政を主導できます。ジョゼフ王子のトリステイン宰相就任によって、派閥争いの表向きの理由は消滅。シャルル王子は立太子と同時に宰相就任。ガリアの政治は安定期に入ります。国王が健在なためにシャルル派閥を抑えつけ、ジョゼフ派閥を取り持つ。勝者なき結末と言えますわね」
「そこまで話が通っていたというのか? 父上と」
「そうよ。ガリア国王からはあなたを口説いてこい、て私におっしゃられたわ。別に断ってもいいともおっしゃってらしたけどね」
父は自分が国から出て行ってもよいと考えている。アンリエッタの語った通り大国の第一王子で生まれながら国から追い出される悲劇の王子様。本当なら放心してもいいほどの宣告だ。しかし自分でも驚くほど心が凪いでいる。国王である父上が乗り気の考えを反故するほど、ジョゼフはこのガリアという国に執着していなかった事に初めて気づいた。
「なるほどオレに選択肢はないようなものだな」
どうやら自分も頭が凝り固まっていたらしい。このガリアという国に考えが囚われてしまっていた。この広くとも狭苦しい大地に縮こまって周りの流れに身を任せ嘲笑しているよりも、狭くとも広々とした大地でのびのびと今までのしがらみを捨て流れを作り出す方がよっぽど暇つぶしになりそうだ。ジョゼフがそこまで考えたところでアンリエッタが再び口を開く。
「実はもう一つ選択肢がありますわよ?」
これ以上に何があるのか。ジョゼフはアンリエッタの頭の中をのぞいてみたくなった。
「なんだ? もう一つとは」
「単純な話よ。トリステイン、いえ、私がジョゼフ王子に用意できるものは二つありますわ。一つは宰相。…………もう一つは私の夫です」
「お、夫だと! ……すまん。思わず取り乱してしまった」
ジョゼフは目の前の少女と結婚式をあげている姿を想像してみた。一方は四十路のいい歳した自分が王族らしくごわごわした重たい重装な服装。その隣にいるのはまだまだあどけなさを残し、純白のひらひらなドレスで身を包んだ十三の少女。そんな自分を弟シャルルが「兄さんおめでとう!」と満面の笑みで祝福している姿が思い浮かんで、ジョゼフの中で何かが崩れそうになった。
「どうされたのですか? ジョゼフ王子?」
そんなジョゼフを心配そうに身を乗り出してのぞき込んでくるアンリエッタ。ジョゼフはアンリエッタのまだまだ小さくともはっきりとした谷間を見てしまった。これ以上はいけない。いろんな意味で危ない。
「なんでもない、なんでもないから宰相でお願いする」
「? 変なジョゼフ様。それじゃこれからよろしくね」
「あぁ……よろしく」
もしかして自分は何か決定的なミスを犯してしまったのではないかとジョゼフはようやくそのことに気づいた。
あとがき
あんりえったのめろめろこうげき! こうかはばつぐんだ! じょぜふは200のだめーじ!! ――――おや? じょぜふの様子が!? ちゃっちゃちゃーん おめでとう じょぜふはろりこんにへんたいした。
というゲームが世の中にあるかもですね
そして我らの主人公マザリーニもビショップの駒で出演です。
というのはおいといて、どうも なんか短編連作じゃなくなってるよ! なcameletterです。
丸々一ヶ月ぶりのアンリエッタだったり。
その間にチラ裏でタイトルが全く思いつかないオリジナルの連載を始め(放置してるわけじゃないよ!)、ロムニーちゃんにインスピレーションをもらい、ストライクウィッチーズ劇場版のBDが発売されるぜ! なテンションでストウィの読み切り連載を始めてしまい、外歩きで体力を使い果たし、某ラノベ新人賞出してみたらなんか一次通ってホホウとなり、今日ようやくちまちまかいてきたアンリエッタ七話が出来ました。
というわけでストライクウィッチーズ劇場版は昨日発売です! 日曜日の夜に取りにいって参ります(予定)。ちなみにストウィで連載してる設定が公式でやはり否定されているようです! やっぱり! 想定済みだがな!
さて七話です。
なんか過去最長の長さになってしまいました。まさか10k字いくとは……。
ジョーカーのカードはすでにきってしまったアンリエッタ! しかし、それならカードゲームじゃなくてボードゲームにすればいいじゃないか! というわけでチェス採用。ジョゼフと普通に勝負しても勝てるわけないので興味を持ってもらう方向性に。その他こちょこちょしてみました。
というわけでジョゼフを口説く話でした。できる限り説得性をもたせる作りにしたつもりなんですけどどうでしょう?
作者はチェスが出来ません! ルールこそ将棋とほとんど同じなのでわかりますが、windows Vistaの標準搭載チェスゲームのコンピュータに一度も勝ったことがないほどです!
さすがにあの兵力差はやりすぎだと思うのですが、でも実際の国力差から考えるとあれぐらいしないとダメかな……なんて。
他にジョゼフとシャルルとアンリエッタの三つ巴も考えたのですけど、こっちの方がよかったかなぁ……。
次回からはやっとサボれ……内政パートに戻れそうですね。やりたい話がいくつかあるんですけど、そこまでいくのが……。まぁ、一ヶ月に一つはやっていけそうかもですね。
とあるアンリエッタの受難の軌跡 第七巻
ネギ……民間療法で後ろの穴につっこむと風邪が治るていうけど、その効果が科学的に証明されてしまっているなんて!
イザベラ……同士イザベラよ! 私と一緒に世界を平和にしようね!(トリステイン赤化√)
会議……二話の時はジョゼフ王子にお世話になりましたわ。
チェス……現在の番付は、デムリ枢機卿≦アンリエッタ<マザリーニ≪ジョゼフ=シャルル
トリステインの上層部……アンリエッタとマザリーニだけじゃ足りませんわ! あ、デムリもいました。
お姫様……かよわい少女です。
王子様……悲劇の王子様。そんな王子様はまさしく物語の主人公です。
ジョゼフ派……第一王子が王になるべきだという正統性を主張する人たち。実際に政治を動かす官僚はこっちが多いかもです。上層部は無能なら裏で操りやすいと考えてると思う。
シャルル派……天才が国のトップに立てば国はますます発展するぜ! というミーハーな人たちが多いかもです。上層部はシャルルなら操りやすいぜと考えてると思う。
中立派……火の用心の季節がやって参りましたね。
結婚式……シュールです。
お☆ま☆け
小国のお姫様アンリエッタはチェスを片付ける際、駒を収納するタイムは僅か0.05秒にすぎない。では、その間のジョゼフの思考をもう一度見てみよう!
父がアンリエッタと会った。――――――――――ジョゼフは頭を悩ました。