この手を取って世界を壊して。   作:バンビーノ

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(まだ作中の人物名出てないけど)篠ノ之束はいいぞ。


次.暗中模索の道すがら。

 ──世界を壊して創り変える。ひとりでやるつもりだったのに、いつの間にかふたりがよくなっていた。

 

 差し出した手が震えているのがわかる。

 彼はいつだって静かに、ただそこに居てくれた。たまに私の異常性を覗いても、朗らかに笑って拒絶することなく隣にいてくれた。

 

 本当のところは、目の見えない彼が見ている世界はどんな色をしているのか私はわからない。数年間、共に過ごした時間はそれなりで、彼の経歴も全部漁ったけど、それだけ。私から彼の内面に踏み込んだことはない。

 なんてことはない。ただ一緒に過ごしてくれる時間が心地よかったから、そんな関係を壊すことなく引き延ばし続けた採算が今。

 

 世界を壊す私の手を取ってくれるか。

 

 それは天才の私にもわからない。彼は相変わらずどこを見ているのかわからない。そんな彼が答えを出すまで、私は待つことしかできなかった。

 

 

 

▼▼▼▼

 

 

 

「涼しいぃ……」

「うーん、君、遠慮なく居着くようになったね?」

 

 残暑厳しい秋の最中。秋だからと固定概念に縛られず、尚もクーラーを使用している少女がいた。なお、彼女はこの部屋の住人ではない。

 この部屋の主は椅子に腰掛けている青年。少女に我が物顔でクーラーを使われ、部屋に居座られている彼だ。そんな彼は諦めたような、しかし拒絶的ではない態度で現状を受け入れているようだった。

 

「好きなだけゆっくりしていくといいって言ってたじゃん」

「うん、私も確かにそう言っていた記憶はあるね。まさか、日を跨ぐ約束になるとは思っていなかったよ」

 

 少女が部屋に来て困ることなど余りない。独り暮らしの男部屋だが、正直に言うと年頃の女子に見られて困るものもないのだ。だって盲目だから。

 強いて言えば、平日の真っ昼間から少女が部屋に出入りする姿を、他の住人に見られると世間体的によろしくないことか。あと電気代。

 

「冷房の温度設定、私の目では見えないけど、かなり下げてるよね?」

「うん、18℃だよ」

「ばっちり最低温度だね。道理で寒いわけだ」

「私のパソコンがハイスペックというかオーバースペック。所謂、廃スペックだからね」

「結局、ハイスペックに戻ったね」

「そうじゃなくて……ううん、オーバースペックだったよ」

 

 彼女は目の見えていない彼に、字面でユーモアを伝えようとしたのはミスだと気づき元の言葉に直す。

 

「そっか。私には難しいことはわからないけど、すごい性能なんだね」

「うんうん、そうなんだよ。しかも、それをノート型にしてるせいで凄い熱を吐くから、室温は下げとかないと中の部品がイカれちゃうんだよね」

 

 彼女に手を取られ、青年はパソコンに手をかざした。なるほど、室温は冷え冷えだというのに、パソコンはストーブかなと思うほどには暑い、というか熱い。

 どういう性能をしているのかと首を傾げるが、そもそも現代のパソコンスペックを知らない彼にはなんとも言えない。

 

 さて、何気ない話題から入ったのだが、青年には一応年長者として聞いておかないといけないことがあった。

 

 ──今の季節が秋で、今日が平日で、部屋にやって来ているのが少女。つまるところ、あれだ。

 

「君、学校はいいのかい?」

「……え、なんて?」

 

 タイピング音を止めて少女が尋ね返してきた。話をするとき、たまに作業を止めるようになったのは、あの日からの小さな変化か。

 

「学校はいいのかいって聞いたよ。夏休みは終わっている時期だよね」

「あぁ……学校。いいよ、あんなところ」

「あんなところ……さては流行りの不登校かい?」

「ううん、近未来的な不登校だね」

 

 不登校の原因がわからず、少し言葉を冗談めかして問えば、何故か時代が先に進んでしまった。しかし、彼女の声質からして悲嘆の色はなく、ただ淡泊に不要だから行っていないと言わんばかり。彼女の不登校理由は存外重いものではないのかもしれない。

 

 ──ならば、青年は己から言うことは特にないなとこの話題を閉じようとする。

 学校に行くか行かないかは()()()()()()()()()()()()。成り行きで、ただただ流れとして学校へと進学するのは、よくあることだが、確固たる意思があっての不登校ならいいんじゃないだろうか。

 家族や社会との兼ね合いもあるだろうが、そこは自分で乗りきるべき場面だ。

 

「うん、ならいいかな。君みたいなしっかりした()()()なら自分で判断してるんだろうし」

「は? 私は()()()だよ」

「んっ、んん?」

 

 権利ではなく、ばっちり義務教育だった。

 尊大な態度に合わせて、落ち着きのある声と何処か大人びた雰囲気に騙されていた。いや、騙されていたというか勝手に彼が勘違いしていた。

 

「……ふぅ、少し考える時間をもらっていいかな?」

「どーぞ、お好きなだけ」

 

 カタカタカタと最近耳に馴染んできた、キーボードの打鍵音が再開される。

 まさか彼女が中学生とは思わなかった青年は眉間を軽く揉む。どうやって学校へと行かせる気にさせるか。説得のための言葉を探すため、自身の記憶を辿るが──どうにも、ろくな思い出がなかった。というか彼も普通の中学校に通ったのは半年足らずで、あとは義務教育を終えたという証明を貰うためのノルマ消化しかしていない。

 

 いやはや、いっそ笑えてくるほど、少女になにを言っても説得力がなさそうだった。それに彼自身が納得できない内容を語って聞かせる気にもなれない。

 だが、青年は頭を悩ませ続ける。なにを伝えてやれば正解なのかというよりは、誰にとっての正解を話すべきか。社会的模範解答か、少女の行動を容認する解答か、はたまた彼自身のろくにない経験談から来る考えか。

 

「困ったな……一応、聞いておくけど、極めて一般的な視点からの意見って参考までに聞きたい?」

「いらない」

「そうだよね」

 

 今度はタイピング音は止まることなく、即答で拒絶された。気持ち、声のトーンが低くなって不機嫌そうでもある。

 彼が何を言うか、なんとなく予測できているからだろう。また青年が少し黙って思慮している間に、タイピング音も叩きつけるような力強いものになった。もうメチャクチャ不機嫌そうだ。

 

「……」

「……」

「……言いたいことがあるなら、はっきり言ってほしいんだけど」

 

 無言の間を破ったのは少女だった。青年が言葉を選んでいる様子が気にくわないとばかりに、出会った初日のような刺々しさを孕む口調。

 実際、彼は言葉を選んでいる、というよりは上手くまとまっていない。しかし、彼女の気はそこまで長くなかったらしく、もうハンマーで叩いてるのかと言わんばかりのタイピング音。オーバースペックって物理面だったのかなと思わせるほどの勢いだ。

 悲鳴をあげている彼女のパソコンのためにも、考えながら話すかと青年は考えを口に出し始めた。

 

「まぁ、そうだね。私としては君の好きにしたらいいと言うよ、年長者としては無責任な発言だけれどね。あとは一応、登校日数足りなくならない程度に行っとくべきだとは思う程度かな」

「……それだけ?」

「それだけだね」

 

 彼の答えに、少女は意外そうな声を出した。青年からは見えないが、少し驚愕した表情もしている。それは指の動きを思わず止めてしまうほどだ。

 きっと学校へと行くように口煩く注意されると思っていたのだろう。そして、反論のための口上も考えていたのかもしれない。

 けれど、青年はまぁいいよで済ませた。彼自身、年長者としてあるまじき対応なのはわかっているが、どうにも自身も否定的な、世間でいう良識的な言葉を投げ掛ける気にはなれなかったのだ。

 

「あんまり、君みたいな年の子に掛ける言葉じゃあないんだろうけど、ごめんね。私は学校というものが酷く嫌いだったんだ」

「嫌いだったんだ」

「いや、今だって嫌いなんだけど。君と話して改めて考えてみたけど、好きな要素がなかったよ」

 

 ほら、これだろう? そう言って顔を──灰白色の目を指さした。なにがあったとは言わなかったが、少なくとも少女は言われずとも察せられる。少女は無言で頷いた。

 ……無言で頷かれたもので、青年には見えてなかったが適度な間を開けて話を続けた。

 

「というか、恐らく君の年の頃にはもう学校という環境にいられなかった。私の事情を全て知った上でも学校には通うべきと言う人もいるだろうし、誇れる選択をしたと思っているわけじゃない。けれど、恥じるべき選択をしたとも思っていないんだよね」

 

 あのときの彼にとっては、あの選択が最善だった。今の彼が思い返しても、他の最善は見つかっていない。

 

「きっと君は私とは違う。違う理由で行かないんだろうけど、事情だってよく知らないんだけど、それはそれで尊重するよ」

「……そう」

 

 これで話はおしまいかと、ならば彼の都合のいい話に乗っかりこのまま作業を進めようと顔を逸らした直後、ポツリと彼が呟いた。

 

「──今の世界は楽しいかい?」

 

 思わず少女が顔をあげる。別段、のような声ではなかった。ただ、夕食はなににしようかと言わんばかりの自然なトーンで問われた。青年の顔色や表情もなにひとつ変わっていない。

 気づけば再び彼の顔を見つめていた。

 

「……楽しくないよ」

「あははっ、そうなんだね」

「なに笑ってるんだよ。わけのわからない質問してきて、どういう意図なの?」

「いや、君がどこか納得してなさそうだったから、私も少し踏み込もうかと思ってね」

「踏み込むって、それにしては随分と大味な質問だったけど」

「うん、ごめんね。私がこのあと話題を続けやすいような質問をしただけなんだ」

 

 言ってることが支離滅裂ではないかと、少女の目が胡散臭いものを見る目になった。青年は目が見えないので気づかないふりをした。踏み込むとは言っても、彼女についてではなく、青年の内心について少し踏み込んだ話をするつもりなのだから。

 

「いやね、私も学校どころか世界が楽しいものだなんて思ったことがなかったからね。ときどき、楽しいなと感じることもなくはないけど、それ以上に窮屈で退屈で鬱屈としていて、なんと言うか過ごしにくいんだ」

 

 彼は世界に彩りがないと言う。見えている世界は常に暗くて、他人とはどこか別の世界にいるようだった。言ってしまえばハグレモノのような感覚。それがどうにも剥がれないままだと。

 

「彼らに溶け込めないかと思ったことはなくもなかったのだけれど、彼らが見えている景色と私の感じているものはどうにも違ったらしいんだよね。さっぱり馴染める気がしなかった」

 

 その理由が視力の有無から来るものだったかは定かではない。ただ、己の感性や感覚は世界のその他大勢から外れたもので、だからこそ余計に息苦しく退屈だったのだろう。そう彼は語る。

 

 ──少女はその話を聞いて、とてもとても珍しく、ある種の共感を覚えた。青年とは事情も原因もまるで異なるが、彼女もまた周囲に溶け込めない人間である。

 天才たる彼女が見ているチャンネルと、凡人が見ているそれは大きく異なる。ドキュメンタリーとバラエティー、スプラッタと純愛映画をそれぞれ見ているふたりが、同じ感想を抱けないようなものだ。だから、お互いに話が合わないし、理解もできず噛み合わずに共感も出来ない。

 裏を返せば、微かにでも共感を示せた青年は、少女と似通ったチャンネルを持っているのかもしれなかった。

 

「私がそんな風に思っているのに、君に学校に行くべきだとか、そんな耳当たりが良いだけの言葉を紡いじゃいけないだろう。世の中のルールを守って生きるべきだとか、大人の言うことはきちんと聞くべきだとか、そういうことが言えないんだ」

「駄目な年長者だね」

「全くもって」

 

 繰り返しになるが、これは間違いなく年長者としては不適な意見だ。一般的なルールからすれば少女は学校に行くべきで、青年の意見は叩かれるべきなのかもしれない。だが、この少女にとってはどうかは別問題。

 

「まあ、結論として、私個人としては君に自由にしていてほしい。退屈な世界でなにかを、楽しいことを見つけられると良い、と思っている」

「なら、私が学校をサボってここに来てもいいの?」

「うん、君の好きにしたらいいよ」

 

 彼はそう言葉を絞めてお茶を啜る。その後はいつもと変わらない時間が過ぎる、はずだった。しかし、少女はそれ以上を作業を進められず、結局その日はろくすっぽ作業が終わらないままに帰路につくこととなるのであった。

 

 

「楽しいことかぁ……」

 

 帰り道。少女はいつもの風景から視線を外して空を見上げる。人並外れた頭脳と身体能力を持つ彼女でも見通せない星々はなにに縛られるでもなく、無限に広がっている。かのようだった。

 飽き飽きした世界で可能性を掘り尽くしたと思っていたが、彼の台詞に刺激された脳がなにかを求めているらしい。

 

「やってみようかな」

 

 後に天才ならぬ天災。そう称されるようになる彼女の計画が、ほんの少し進路変更した瞬間であった。

 ──それが世界にとって吉と出るか凶と出るかは誰にもわからないのだが、彼女はにこにこと笑っているので取り敢えず良しとする。




時事ネタの前書き後書きは後々に後悔しかねないので、あまりよろしくないのでは思うこの頃です。
あと盲目の人物は漢字などを交えた言葉遊びが出来ないと気づいて発狂していました。

未だに原作キャラ名もタイトルのISも出てないのに、安易に原作台詞は引っ張ってきたってマ? マです。
次話で幕引きとなります。次回、明日。
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