未踏召喚://ブラッドサイン Un-usual_Life 作:白滝
トイドリーム35内の景色では出身地が不自然だと受け取られるかもしれない。
そんな訳で城山恭介の選んだ立地はトイドリーム35郊外の田舎町だった。電車が2時間に1本通過する程度の閑散とした無人駅に降り、先に到着していた自分の父親と母親を見る。
ゴルフ服にベレー帽を被った中年男性と、花屋の店員でもしていそうなエプロンを羽織った中年女性。二人とも「パッとせずどこにでもいそう」という、召喚儀礼の界隈では逆に珍しいファッションをしていた。
「……初めまして、『フリーダム』アワード903『
「私達は『ガバメント』アワード97『一家団欒』です。本日はよろしくお願いいたします」
一組の夫婦がぺこりと一礼してきた。彼らが愛歌の雇った召喚師なのだろう。
「なるほど。あなた達が選ばれたのか。てっきり父親役も母親役も別々の召喚師だと考えていたんだけど、本物の夫婦が来るとはね。僕としてはリアリティが出せて助かる訳だが」
「あら、私達をご存知だったんですね!実力のない不甲斐ない夫ですけど、そう言っていただける嬉しいですわ!」
「……えぇ…僕、不甲斐ないって思われてたの……?」
全くオーラのない二人組だが、彼らはこの業界では有名な召喚師だった。
『ガバメント』主導の数多の霊障実験の中でも、一際異彩を放った『アワード返賞実験』の唯一の成功者にして、唯一の生存者である。
アワードとは魂に刻まれた形無き報酬。これを人の手で強引に引き剥がし捨て去ったら一体どうなるか。
結果が眼前にある。
未曾有の六〇〇人連続殺害事件、狂気の72時間連続チェインでの無差別殺人者として名を馳せた悪名高い殺人狂は、人格が豹変し虫も殺せないほど臆病なおじさんに変わってしまい。
彼と契約していた自傷狂いのメンヘラ女は穏やかな表情を見せるようになり始め、トランスに陥る際に服用する麻薬の吸引を辞め、遂には依代としての長所の一切を失った。
そしてその実験日を境に、まるで集団幻覚でも見たかのように彼らは急に「私達は夫婦だ」という妄言を話し始めて研究者達を困惑させたらしい。
魂を歪められ、人格も歪められ、二人の間にあった関係性さえも歪められ。
果たしてそれが本物の夫婦愛なのかさえ判別つかないまま当人達は無自覚に夫婦をロールプレイしている異常者。それが『ガバメント』アワード97『一家団欒』の経歴である。
現在の彼らは召喚儀礼の一線を退き、裏方として活動している。
「さて、『
「用意してきたさ。場所についたら作ろう。まずは近い場所から巡りたい。どこかな?」
「徒歩25分の地点にある公園ですね」
今時の公園らしく、遊具がしっかり撤去された完璧な公園だった。きっと子供達は寄り付かず、老人達のゲートボールが捗る事この上ないベストコンディションである。
唯一の救いと言えば、公園の端にこじんまりと設けられたちっぽけな砂場ぐらいだろうか。
城山恭介が重たいスーツケースを開いた途端、ガチャガチャと変形した機材はレーザー光を放って石を削り始めた。
「じゃじゃーん。最近流行りの3Dプリンタでのレーザー彫刻。これで表情筋の微細な収縮や瞳孔に至るまで幼少期の僕の肉体を完璧に再現できる訳だが」
「……な、なるほど。また高価なものを」
「さすがはあの『
いやそんなナルシストな趣味があってたまるか。
この日のために
写真加工に関して、色彩加工は写真の経年劣化でどうとでも言い訳を通せるが、やはり風景や隣の被写体と比べた際に自分だけが3Dアバターだったりしたらさすがにバレる。
念には念を。徹底的に嘘をつく。
城山恭介の『平凡な高校生』を演じる意識は、それだけ敏感であった。
「それじゃあ撮るよ。位置についてくれ」
砂場で城を作る幼き日の自分。そして、泥で汚れた頬をハンカチで拭う母親。そしてベンチで苦笑している父親。
シチュエーションは全て自分で決めた。なんとなく、これが自分の思う「家族の日常」だったから。
けれど、実際にその光景を目の当たりにすると、酷く違和感を抱いている自分がいた。
顔も背丈もぴったり自分と同じはずなのに、この幼き城山恭介は別人にしか思えない。こんなに、幸せそうな笑顔を浮かべている自分が、酷く不格好に見えてしまう。
自分は、城山恭介は、ここまで屈託なく笑えるほど口角を吊り上げた事がこれまでの人生でなかったし、そんな風に、誰かの愛情を素直に受け止めている自分というのも気味が悪かった。
(……この光景は、僕にはありえない未来だったんだろうな)
そんな渇いた感想を抱きながら、三人を画角に収めてパシャリと撮影ボタンを押した。
これで一枚は撮れた。あとは家の中での何気ない写真を数枚撮って嵩増ししておけばクラスメイト達の追及くらいは誤魔化せるだろう。
そう考えてカメラをしまった時だった。
「ねえ、お父さん。あの人、誰?」
『一家団欒』の父親はこう続く。
「あの人はね、未来の悪い恭介だよ」
「そうよ。白き女王の言う事を聞かない、悪い悪い恭介ちゃんだよ」
「へー、そうなんだ!じゃあ、悪い可能性の僕なんて、早めに摘み取っちゃった方が良くない?」
「そうだな。よし、お父さんがサクッと殺してあげよう!」
「あらあら、お父さん。
「おっと、うっかりしていた。ありがとうね、お母さん」
おかしな状況だ、なんて悠長な感想は抱かない。
既に城山恭介は、周囲の走査、地形の把握、敵の武装や待機戦力の有無、敵の狙いの推測と交渉余地、逃走経路と脱出手段の確立も済ませている。
その上で、溜息をつくようにこう言った。
「またか、白き女王」
やれやれと息を吐きながら足元を踏みつける。
足元に落とされたぐるぐる巻きのブラッドサインが、バネ仕掛けのように一直線に伸長しながら砂を盛大に巻き上げる。それが『一家団欒』の視界を塞ぐ壁となり、
慌てて砂を払った途端、公園の外を走り抜けていく足音が響いた。
「逃がすな!」
「ええ、絶対に捕まえるわ!」
そう言って『一家団欒』と3Dプリンタの城山恭介が公園から走り去っていく。
その後ろ姿を見送って、
「……まずは一安心、かな」
城山恭介は公園内の茂みの中でほっと一息ついた。
彼の起こした行動は単純だ。
砂を巻き上げたと同時に茂みに身を隠し、石を数個拾って公園の外へ投げる。その石が、ちょうど人間の走る足音のリズムに聞こえるタイミングになるように正確に投げただけだ。
とは言え、完璧な作戦だった訳ではない。
「……少なくとも、あの3Dプリンタ野郎は人間と同じレベルの視覚・聴覚を持つ訳だが」
自分の作った3Dプリンタの像が、急に人間の言葉を話し始めただけでも意味不明だ。人間とは違う無機物の塊なので、仮にイルカやコウモリのようなエコーロケーションで索敵されたらかなり面倒な事態に陥っていたはずだ。
それが行われなかった時点で、あの像が人間に操れ、人間と同じレベルの五感で操作されている事が判断できる。
そして問題の核は3Dプリンタ製城山恭介像ではない。
あの『一家団欒』までもが城山恭介へ攻撃してきた事だ。
(……元々、僕へ恨みがあったのか?……いや、あの愛歌がそこのリサーチを怠るはずがない。僕との接点がない完全に真っ白な人材を用意するはず。ならば、あの時点で狂わされた……?)
否応なく、頭の隅に過ってしまう最悪のシチュエーションが浮かびつつあった。
つまり、
「……白き女王による、介入……洗脳……!?」
「ピンポーーーーーーーーーーーーーーン!正解でございます、あにうえ!!」