未踏召喚://ブラッドサイン Un-usual_Life   作:白滝

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第3話

 極大の白が、自分の頬の真横に現れた。

「――――――――――ッッ!?」

 全身に走る悪寒に抗わず、あらゆる五感を置き去りにして、真っ先に飛び退く、

 目で見てからでは遅い。

 耳で聞いてからでも遅い。

 その蠱惑的な甘い匂いを、鼻で感じている時点で詰んでいて。

 頬を撫でるその細い指を自覚する触覚なんて、もはやなければ良かったのにとさえ思ってしまう。

 結論から言って、本能的に飛び退いたのは正解だった。

 飛び退く刹那、先程まで自分の顔があった場所を、両腕で抱き着くように白き女王が腕を回したのだ。

 非常に可愛らしい行動だ。それと同時に、人間の首を刈り取り頭部と肉体を切断する威力を持つ極悪さも伴っている。最高に愛が深い。

「あら、あにうえ。出会い頭のスキンシップも許してくれないのですか?」

「……どうしてあなたが此処にいる、なんて質問は意味がないんだろうな。あなたはいつでも、どこでも好きに現れるのだし。だからこう質問を変えよう。今回は、何がしたいんだ?」

「……も~う、あにうえったらせっかちです…!ちょっとは私との会話を楽しもうという気持ちはないんですか?」

 ある訳がない。

 ……ないのだが。

 いつもと雰囲気が違う。

 何と言うか、いつもの女王のように、ねっとりと全身に絡みつくような悪意を感じない。

 八方を塞がれていくような絶望感とは遠く、どこか気楽な雰囲気さえ感じる、脱力した印象を受けた。

「今回は本当に善意だったのですよ、あにうえ。私はあにうえの想いを汲んで、ちょっとお手伝いしただけで。何時ぞやの時にように、ちょーっと私の髪の毛を仕込んで、人形遊びを手伝って差し上げただけですのに」

「……あなたの善意など、余計に質が悪いのだが」

「あにうえはツンデレなので、惚れた弱みという事で多少は口が悪くても許してあげます」

 毛髪を寄生させての洗脳。3Dプリンタ製の像が動き出したのもその影響か。

 だとすると、『一家団欒』の体内にもいつの間にか毛髪を侵入させたという事か。

「……人形遊びを手伝う狙いは?あなたに何のメリットがある?」

「だから先程も言いましたでしょう?あにうえの願いを手伝いたい、と。人形に自我を与えて、あにうえの望んだ本物の『家族の日常風景』とやらを再現して差し上げようとしただけですわ。……まぁ、残念ながら、自我を持った幼き日のあにうえは、未来の自分自身を否定したようですが」

「………………………………………………………………………………………………………」

「あれは、あり得たかもしれないもう一つの可能性を歩んだあにうえですよ。あの日、あの家で、私に触れた世界。あの家庭を私が壊滅させ、新しい家族に引き取られ、新しい平穏な人生を歩み始めた世界のあにうえ」

「……僕が、あなたを受け入れた世界……?」

「そうですよ。あにうえは、『他に選択肢なんてない地獄だった』なんて顔をされていますが、他の選択肢なんて最初からたった一つだけあったじゃないですか。ほら、あにうえ!私ですよ、わーたーくーし☆!!」

 ニカッと笑ってダブルピースする白き女王は、歳相応(?)に本当に無邪気で、油断するとその悪辣さを見失いそうになってしまう。

「私を受け入れてくれさえすれば、どんな理不尽なご都合主義でも、私は作る事できます。あにうえの渇望し必死に守っている『平凡な日常生活』だって、最初から天然モノを用意する事など造作もありません」

「……なるほどね。今回はそういう趣向な訳か」

「さあ、どうしますか、あにうえ?今回限りは私も意地悪つもりもありませんでしたし、あにうえを否定しやがるクソ模造品など――あぁいえもちろんお顔は大変かわいいのですがいやそんな事は関係なくあにうえを殺そうとした時点で不敬罪ですので――――――あいつらぶっ殺してさっさとお暇する所存だったのですが、どうされますか?」

 どうやら今回は本当に手違いだったようで、傍迷惑極まりないものの、素直に引いてくれるらしい。

 奇跡と言える。

 この悪辣にして外道の白き悪魔を前にして、こんな条件が提示されるのは確率の分母が天文学的数字に達している。

 こんなラッキーチャンス、二度と訪れないだろう。

 『一家団欒』は純粋な被害者であるからともかくとして、あの3Dプリンタ製の城山恭介像くらいは女王に破壊してもらうのが良いだろう。

 だから、

 

 

「手を出すな。僕がやる」

 

 

「あにうえならそう言うと思っていました。では」

 白き女王は、初めからその返事が予測できていたかのように、ふふっと笑顔を浮かべて虚空に消えた。

 なんだかその態度も悔しい。心中を見透かされていたようで腹が立つ。

 けれどしょうがないだろう。

 白き女王を受け入れた世界の自分?

 道理で違和感を抱く訳だ。

 この城山恭介が、白き女王を受け入れるなど天地がひっくり返ってもあり得ない。

 共感できないのは当然で、「別人のように感じる」ではなく「本当に別人」だったのだ。

 あれは城山恭介と同じ顔と性格を設定されているが、城山恭介とは全く異なる人生を送る全く別の性格へ変貌した人間だ。

 そして城山恭介は、「例えどんな世界だろうと、あの箱庭で地獄を生んだ白き女王を受け入れている自分」なんてものを、決して許せない。

 それは全ての冒涜だ。

 あの箱庭で共に生きた一四人を冒涜する行為だ。

 自分と同じ性格に設定された存在が、白き女王を受け入れる?

 絶対に、それだけは、あってはならない、認めてはいけない、存在を許してはいけない。

「……自分の手でやるよ。こればっかりは、僕自身で決着をつけないと気が済まない訳だが」

 

 

 

 

 

 投石による逃亡偽装も、所詮は一時凌ぎの小細工に過ぎない。

 逃走方向に影も形もなければ、否応にも煙に巻かれた可能性を考慮する。『一家団欒』が事態に気付いて公園に戻って来た時、恭介は逃げも隠れもせず堂々と彼らの眼前に立ちはだかっていた。

「……まさか依代を用意せずに真っ正面から来られるとは思わなかったよ、『不殺王(アリス(ウィズ)ラビット)』」

「……まさか追加戦力も用意せずに真っ正面から来られるとは思わなかったよ、『一家団欒』」

 互いに余裕を見せる。

 依代さえなければ大した事はないと高を括った『一家団欒』と、たった一組で挑んで来た命知らずを憐れむ城山恭介。

 躱す言葉は必要なく、開始の合図もなく忍び寄った攻撃に、城山恭介は既に対応していた。

 足音を消して背後から迫っていた3Dプリンタ製城山恭介の拳打を、ブラッドサインで受け止める。

「よく勘づいたね、もう一人の僕」

「詰めが甘いな。君は僕のように誘導ミサイルとして『完成』してない。君の姿が、『一家団欒』の瞳の瞳孔に映っているぞ」

 だが、それでも構わないのだろう。受け止められたブラッドサインに組み付き、自身の体そのものを錘とする。

 結局は3Dプリンタ製の石像で、人一人で抱えあげるのが不可能など重い。彼がブラッドサインに組み付けば振り回す事もできず、恭介は本格的に武器を失い丸腰と化してしまう。

 そうなれば、召喚儀礼を前に一介の人間には為す術もない。

 『一家団欒』の父親が、存在しないはずの妄想上の娘からの誕生日プレゼントを投げる。それが彼らの励起手榴弾(インセンスグレネード)だ。

 きっちり3秒、地面に浮かび上がる魔法陣と共に一辺二〇メートルの立方体が立ち上り、現世を区切る幽世が生成される。

 眼前に浮かび上がる『白棘』を『薔薇』へ向けて弾く、その最初のアクションですら依代のいない恭介は踏む事ができない。

 苦肉の策か、彼は依代を狙って襲い掛かる。両足を揃えて軸にし、ハンマー投げのように全身を独楽のように回転させてしがみつく石像の自分ごとブラッドサインを振り回す。

 だが遅い。決定的に。

 『一家団欒』の父親が弾いた『白棘』が『薔薇』を砕き、散りじりになった『花弁』が乱反射を繰り返してそのいくつかがスポットに収まる。

 依代である母親の姿が、粘液のようにぎゅるりと歪んで変貌する。

 召喚儀礼の最初の被召物(マテリアル)、始祖シリーズの内の一体、『始祖の黄(s)』。

 この時点で、勝敗は決した。

 全長3メートルもの巨大な粘液が、形を変えて城山恭介は襲いかかる。

 依代狙いも時すでに遅く、必死に抗うように振るわれたそのブラッドサインが、

 

 

 

 ――――――――何故か『始祖の黄(s)』の人郭を一撃で粉砕した。

 

 

「――――――――な、にが……!?」

 召喚儀礼の敗北ペナルティ。即ち、自身の奉ずる神を殺された精神的ダメージが『一家団欒』の二人に一気に襲いかかった。

 一瞬で気を失う二人にはもう既に届かないであろうが、それでも自分の敗北した原因くらいは知りたいだろう。

「この3Dプリンタ製の石像の中身にはあの白き女王の毛髪が侵入していてね。僕は石像を振り回して攻撃をしようとしたのではなく、この毛髪を振り回して被召物(マテリアル)を攻撃しただけさ」

 白き女王は召喚儀礼のあらゆるルールを崩壊させるイレギュラーだ。下手したら貫通して殺していた可能性もあった訳で、防護円の粉砕を狙わず被召物(マテリアル)を狙っただけでも良心を感じて欲しい。『一家団欒』は今回の件では純粋な被害者だし、仮にも城山恭介は『不殺王』を名乗っている立場でもある。

 ただし、自分を殺さないとまでは言わないが。

 白き女王の毛髪は健在だが、その外殻を覆っていた石像そのものは被召物(マテリアル)の攻撃で粉々に砕け散っていた。

 最後に一言言葉を躱そうかとも考えていたが、こうなっては仕方ない。

「……例え言葉を交わしても、理解し合えなかったとも思うけどね……」

 そうだ。

 城山恭介が白き女王を受け入れるなんて。

 想像しただけで身の毛がよだつ、あり得ない世界なのだから。

 

 

 

 

 

「え、恭介ちゃん、写真1枚しかねえの?」

「写真をあまり撮らないタイプの一家だったからね」

「えー、寂しいね。私なんかお姉ちゃんとの写真めちゃくちゃ撮られててさー」

 結局は愛歌の言った言い訳をそのまま活用してしまった。

 それでも信じてもらえたので、結局あの努力はなんだったのだと思ってしまうが。

「でもさー、こう見るとやっぱ俺らの班って普通の奴一人もいねえよな」

「え、なんで?」

 一瞬ドキッとしたが、机の上に並べられた班員の持ち寄った写真は、どれも恭介と変わらないレベルの『平凡』な一風景だった。

「いや、だって普通の家族ってもっと誕生日とか盛大に祝うだろうが!誕生日プレゼントにうまい棒っておかしくね?」

「いやお前ん家も普通じゃねえよ!なんだよその『1か月に1度は家族みんなで風呂に入る』とかいうキモい家族ルール!?普通にドン引くわ!!」

「うっせーよ!つーかお前だって―――――」

 ガヤガヤと言い合いが始まるが、そのどれもが恭介から見れば取るに足らない『平凡』そのものな日常で、召喚儀礼の世界に身を置く自分の感覚とのギャップを感じてしまった。

 そうか。こんな程度でも、「普通」ではないんだな、と。

 ならば自分が固執する「普通」ってやつは、それほどしっかり型にハマった基準のあるものではないのかもしれない。

 いつか、白き女王を殺した先の、自分の変えるべき居場所だと思っていた、『普通』。

「……僕の望んでいるものって、合っているのかな」

「あ?なにポエムってる訳?恭介ちゃん、思春期?」

「うん。真っ盛りさ」

 

 

 

 

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