「今日は俺のライブにようこそー!!! エヴィバディヘイセイ!!!」
……なんだか本当にライブハウスでの台詞に聞こえるけれど、ここは雄英高校。2月26日。わたしは受験生の一人としてここに訪れていた。すり鉢状になった大きな講堂。その中央にはボイスヒーロー・プレゼントマイクが声を張り上げている。
「こいつァシヴィー!!! 受験生のリスナー! 今から実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ! アーユーレディ? YEAHHH!!!」
講堂を埋め尽くすほど膨大な数の受験生。毎年倍率が300を超えるとされているから、きっと一万人ほどの人がいるのだろう。その誰もがプレゼントマイクのテンションに着いていけないのは、みんな、この試験に真剣に挑んでいるからだろうな。かく言うわたしも、朝からずっと胸がざわざわして落ち着かない。
(……頑張らなきゃ、)
公安の人たちから訓練をつけてもらってきた。勉強だって頑張ってきた。ホークスにチャンスを貰った。……これだけやってきたのだから、わたしは合格しなくちゃいけない。合格、してみせる。
「……ついでにそこの縮れ毛の君!! 先程からボソボソと……気が散る!! 物見遊山のつもりなら即刻ここから去りたまえ!」
近くに座っていた眼鏡の男の子もピリピリしているけれど、それだけこの試験に対して真剣なんだ。気を取り直して、モニターに映し出された概要を再度確認する。
10分間の模擬市街地演習。仮想ヴィランが3種、多数用意されていて、受験生はそれらを“行動不能”にさせたら該当のポイントを得られる。アイテムの持ち込みOK。受験生同士の攻撃はNG。……そして、
(0ポイントの、お邪魔虫、ね)
なんだか色々考えさせられそうな試験だなあと、小さく息を吐く。思わず胸元を握り締めたのは不安の表れだったのかもしれない。
「俺からは以上だ! 最後にリスナーに我が校“校訓”をプレゼントしよう。かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った! ──『真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者』と!!」
でも。それでも。
わたしだって、乗り越えていきたい。
「“Plus Ultra”!!それでは皆よい受難を!!」
「──やあっ!」
上空から羽根を操作して仮想ヴィラン──ロボットに差し向ける。狙うはロボの足部分の繋ぎ目。回路を深く傷つけると、自重を支えきれなくなったロボットはバランスを崩してその場に転倒した。
「よし、これで28ポイント……!」
ぐん、と気流を捕まえて上昇する。上空から市街地を俯瞰して見下ろすと、始めはそこかしこに溢れていたロボも残り僅かとなっていることがわかる。制限時間も、あと少し──
「!」
ふと目に入った光景に、頭で考えるよりも先に翼をはためかせていた。耳許で風が鳴る。それと同時に、大きな大きな、ビルぐらいに巨大なロボが大通りにその足を踏み出した。─ー0ポイントの、お邪魔虫ロボだ。
受験生たちはみんなその場から離脱し、別のポイントを持つロボへと向かっている。みんな、みんな、──一部の人を除いては。
「ッぐ、くそ……っ!」
ロボが歩を進めるたび、ビルの群れを砂糖菓子のように崩していく。その瓦礫に足を挟まれて動けずにいる受験生がいた。そして、そんな彼の元に駆け付けようとする、一人の女の子が。
「ケロッ!」
女の子ががぱっと大きく口を開くと、そこから長い舌が飛び出て瓦礫に挟まれていた男の子を掴んだ。彼女はそのままぐんと首を回し、男の子を安全な場所へと放り投げる。彼は女の子をびっくりしたように見ていたけれど、何も言わずに別の場所へ駆けていってしまった。女の子をひとり、残して。
「っ、そこの女の子!こっち!」
その子にロボが迫るより速く、滑り込むように、わたしは彼女の元へ飛んだ。伸ばした手の意味を理解してくれたらしく、彼女は顔を上げてわたしの手を掴む。ぎゅっと落とさないように強く掴み直して、わたしは彼女を連れて上空へと飛び立った。後方で、瓦礫が踏み潰される音。もう少し遅かったら危なかったかもしれない。
ひっそりと安堵の息をこぼしながら、わたしは少し距離を置いた地点に女の子を下ろした。彼女は丸く大きな目をわたしに向けて口を開く。
「助かったわ。ありがとう」
ケロケロ、と笑う声や長い舌を見ていると、蛙を連想させる子だった。その大きな手の甲に切り傷を見つけて、わたしはその手を取る。
「ケロ?」
「ちょっとだけ、動かないで」
傷口に手を当てて、意識を集中させる。じわりとあたたかい感覚が、わたしの手と彼女の手の中で溢れ出す。
「……誰かを助けてたの、すごく、格好よかったけど……でも、あまり無理はしないでね」
そっと手を離す。そこにあった傷跡が綺麗さっぱりなくなっているのを見て、蛙の子はびっくりしたように目を丸くした。ちゃんと治ってることにほっとして笑うと、周りからざわり、と声。
「【治癒】の“個性”……!?」
……そういえば、公安での訓練以外に【治癒】を使ったのは初めてだった。珍しいとは聞いていたけれど、こんな反応されるとは思っていなくて、びっくりする。
視線を反らして別のポイントに向かおうとしたわたしだったけれど、ざわめきの中から飛び出してきた男の子に呼び止められた。
「すまん、一緒に来てもらっていいか。負傷をした奴がいる。治癒を頼む!」
「、わかった。案内してくれる?」
頭部が黒い鳥のような男の子は、わたしに頷いて走り出す。その後に着いて羽根を広げて飛んでいっていると、先導する男の子はちらりとこちらを見上げた。
「……すまん。試験中だというのに」
「……それは、……でも、あなたも、だよね」
この男の子だって、時間制限のある試験中だというのに負傷者の救助を選んだ。誰かを救けようと、救けたいと思ったんだ。
「わたしも、そうしたいって思ったから、来たんだよ」
だから、責任は感じないでね。
そんなわたしの呟きに、男の子は視線を前に戻して、小さく「感謝する」と言ってくれた。それに「うん」と返して、わたしたちは急行する。
彼のいう人物は、破壊されたロボの瓦礫に潰されていた。意識を失っていて、特に足の傷が深かったけれど、【治癒】の“個性”ですぐに治すことができた。彼の治療を終えたちょうどその瞬間、プレゼントマイクによる『終了』の合図が鳴り響いて。わたしはふぅ、とひとつ大きく息をついた。
たった10分間の試験だったのに、それまでの緊張のせいか、起こった出来事のせいか、ひどく疲れた気がする。公安から用意してもらった体操服から制服に着替えた帰り道、うんと伸びをすると。
「そこのあなた、ちょっといいかしら」
背後から声を掛けられて振り向く。そこには実技試験で会った蛙の女の子がいて、わたしは目を見開いた。
「あ……と、さっきの……」
「蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで」
「つゆちゃっ? ぁ、えっと、その、」
同年代の子と話すのも初めてなのに、いきなり名前呼びなんてしていいんだろうか。しどろもどろになるわたしに対し、蛙吹さんは落ち着き払っている。
「もしよければ、名前を教えてもらえるかしら」
「え、と……わたしは、
受験にあたって、わたしは“愛依”という本来の名前と、“空中”という偽名を名乗ることになった。公安での協議の結果の末に与えられた名前を、口にする。
すると蛙吹さんは「空中愛依ちゃん」、と呟いて。ケロリとわたしを見た。
「試験のお礼をもう一度言いたかったのよ」
「お礼なら、あの時もう言ってもらったよ?」
「その後の、傷を治してくれたことのお礼」
隣り合って歩きながら、彼女はわたしに手の甲を見せ、ケロケロと微笑んだ。
「飛んで救けに来てくれたことも、傷を治してくれたことも、とても嬉しかったから、どうしてもお礼を言いたかったの。本当にありがとう」
「……!」
試験中はいっぱいいっぱいだったけれど、こんな風に改めて「ありがとう」と言われると、なんだか、嬉しさで胸がいっぱいになってしまった。頬が熱くなるばかりで、わたしはうまく言葉と表情を繕えない。
「お互い雄英に受かったら、同じクラスがいいわね」
「う、うん」
「お友達になりたいわ。愛依ちゃんと呼んでもいい?」
「……っ、うん!」
蛙吹さん、……梅雨、ちゃんの、言葉に、赤べこのように顔を赤くして頷くしかできない。ぽんこつにも程がある。けれど梅雨ちゃんはそんなわたしを笑わないで、同じ歩幅で歩いてくれた。しどろもどろになりながらも話をしながら、駅に到着する。
「あす、……えと、梅雨ちゃん、は、電車で帰るの?」
「ええ、私は愛知県出身だから。愛依ちゃんは?」
「……わたしは東京都なんだ。反対方面だね」
嘘は言っていない。本当に出身は東京都だから。そんな風に心で思いながら、にこりと笑ってみせる。
「そうね、……ああ、もう次の電車に乗らなくちゃ」
梅雨ちゃんは電光掲示板を見上げてそう呟いて、わたしに視線を戻す。にこり、けろり、と微笑んだ。
「愛依ちゃん、また、雄英で会いましょう」
「っうん、またね、梅雨、ちゃん」
手を振りあって、彼女は改札の向こうに消えていった。蝶々結びにした黒髪が見えなくなっても、わたしはしばらく、その場に立ち尽くしていた。
(……“またね”って、言ってくれた)
“さようなら”というこれっきりの言葉ではない。彼女は、わたしが雄英に受かると信じてくれたのか、受かってほしいという願いの現れだったのか。どちらにせよ、心がじんわりあたたかくなる。また会いたいと、思ってくれた。……友達になりたいと、言って、くれた。
彼女にとっては特別なことではないのかもしれない。それでもわたしにとっては、こんなにも大きい。滲んできそうな涙を誤魔化すために、ぎゅっと目を瞑った。
04.少女、受験する。
演習試験会場は緑谷とも爆豪とも違うという設定。A組の中でも特に大好きな梅雨ちゃんと常闇くんと一緒にしてみました。
この二人とはこれからも絡ませる予定です。