雄英高校の実技試験と筆記試験を追えて1週間が経ち、願書に書いていた住所宛に雄英高校からの通知が届いたとの知らせがあった。会長に呼び出されて受け取った封筒を、ペーパーナイフを借りて開く。中に入っていたのは紙だけではなく、円盤状のなにかがころんと出てきた。机に転がったその途端、円の部分から出た光が、宙にある女性の姿を映し出した。
「リカバリーガール……!」
小柄な体に一つにまとめたお団子髪。それをまとめる注射器型の簪といえば、彼の有名なあの人しかいない。思わず呟いたわたしの声が聞こえているわけがないけれど、彼女は『はいはい』と相槌を打って、こちらを見て口を開く。
『筆記は余裕をもって合格点。そして実技であんたが取ったポイントは28ポイント。まあこちらは雄英生としてはそこそこってところだね』
そこそこ、ということは、良くはなかったということ。ざあっと不安が胸を覆って、前を向いていられず、わたしは俯いてしまう。けれど。
『だけどね、ヒーローってのは、ただ敵を倒してればいいってわけじゃない』
続いた言葉に、顔を上げる。映像の中のリカバリーガールは、ゆったりと微笑んでいる。
『
「
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どくん、どくん、と心臓がうるさい。
『──空中、あんたは合格さ。おめでとう』
「……!」
合格。それを言い渡された瞬間に、ぶわっと胸が、頬が、目が、熱くなる。あの入試試験の時に考えたこと、選んだこと、今まで頑張ってきたこと。そのすべてが正しかったと、認めてもらえたようで。
「……まだ続きがあるようよ。聞きなさい」
「……っは、はい、」
泣いてはいけない、と込み上げてくるものを飲み込む。深呼吸して、会長に倣って映像の続きを見つめた。
『さて。4月から雄英高校ヒーロー科に通うにあたって、あんたに話しておかなきゃならないことがある。少し長くなるけど聞いておくれ。
あんたの持つ【治癒】の“個性”は、知っての通り希少かつ、有用だ。ヒーロー活動だけでなく、数多の医療現場で活躍出来得る力だ。雄英にとっても、その“個性”を存分に鍛え、育てたいと考えている。
そのために、あんたには【治癒個性教育プログラム】に参加してもらいたい』
リカバリーガール曰く、今までこの雄英高校に在籍した【治癒】“個性”持ちは、本来のカリキュラムを調整してリカバリーガールの講義を受けていたとのこと。リカバリーガールを師として、多くの人の、さまざまな怪我を治癒するのだと。
『そうして【治癒】の“個性”を伸ばし、多くの人を救けることのできる──そんなヒーローとなっておくれ』
そこで映像は途切れた。会長は同封されていた通知書にざっと目を通し、わたしに視線を向ける。
「【治癒個性教育プログラム】は、一般教科に、最も単位の多いヒーロー基礎学、それに加えて【治癒】を学ぶとあるわ。“個性”の補助として、医療知識も修める必要がある、と。すべてを並列してこなさなければいけないわ。……あなたは、」
「やります」
会長の言葉を遮ってしまったけれど、それだけ、わたしの中に迷いはなかった。困難なのはわかる。ましてや特に優秀でもない、パッとしないわたしなのだ。無理に無茶を重ねないとやっていけないだろう。
──それでも、それを成したいと、強く思う。
「わたし、できます。……やります。必ず」
雄英高校に通える。救えるヒーローになるための道を、踏み出せる。その証である合格通知を、ぎゅっと、大切に抱き締めた。
「……よし、こんな感じで、だいたい片付いたね」
それからさらに1週間が過ぎ、わたしは今、新しい住まいになる部屋を見渡していた。段ボールに入っていたものはすべて片付けることができたし、これから生活していく上で不便はないだろう。
合格通知が来て、雄英高校の近くのアパートに部屋を借りて、引っ越して──と、色々あったけれど、ここまであっという間だった。あまりに早い展開にまだ頭が追いついていない。公安の所属するあのビルから離れて暮らすのは初めてのことで、なんだか不思議な感慨がある。
「今日からここで、独り暮らしかあ」
この胸が小さくざわめくのはなぜだろう。高校生活への期待か、不安か、ひとりへの寂しさか、今までとの違いに懐かしさを覚えたのか。なんだか綯交ぜになってしまって、なんとも言えない気分だ。
「……さて、と」
苦笑を浮かべてベッドから起き上がる。そろそろ夕ごはんを作り始めなきゃ、と立ち上がった時、手にした端末が震え出した。着信、と共に表示されている名前に、目を瞬かせる。
「……もしもし、ホークス?」
『よっ。どーですかぁ? 初めての独り暮らしは?』
「感想求めるの速すぎない?」
まだ一泊すらしてないのに、と苦笑すると、電話の向こうで彼も笑った。それと一緒に、びゅうびゅうと風を切る音が聞こえてくる。
「今飛んでるんだ。仕事中?」
『いーや、終わった終わった。今帰る途中』
「そっか。今日もお疲れさま」
『ありがと。そっちは今なにしてんの』
「わたしは今からご飯作ろうかなって」
『エッ、包丁持てたっけ?』
「持、て、ま、す! もう、わたしを何歳だと思ってるの」
もう15歳なんだからね、と念を押せば、わかってるわかってる、と軽い笑い声が返ってくる。わかっては、……いるんだろうけど、この人はいつまでも、わたしを子ども扱いする。
『ほら、もう拗ねんでって』
あやすような声色も昔から変わらない。……わたしがそれに毎回絆されちゃうから、そうなのかもしれないけれど。
「……もう、拗ねてないよ。とりあえずごはん作り始めるから」
『おっ、なにするか決めた?』
「シチューにしようかなって。コーンも入れるの」
「ほんっと! 好きだねぇ」
「いいでしょ別に。わたしひとりで食べるんだか、ら、……?」
……幻聴が聞こえた気がして、くるりと後ろを振り返る。すると、ベランダで彼がへらりと笑って手を振っていた。──幻覚じゃない。……幻覚じゃない?!
「ホークス!?」
「やほー」
「やほー、じゃない! え、ちょ……とりあえず早く中に入って」
こんなところをご近所さんに見られたら大事になるかもしれない。慌てるわたしをよそに、ホークスは「お邪魔しマース」なんてへらりと笑っている。ふわりと舞う赤い羽根が、彼のブーツを玄関口へ運んでいくのが見えた。
「な、なんでホークスここに? 帰る途中って言ってたじゃない」
「今日は公安の方に泊まる予定だったし、ついでに寄ってみようかなーって」
「そうなの、……もう、それならそうと言ってくれたらよかったのに」
驚かされたことに拗ねる気持ちもあって、可愛くない言い方をしてしまう。来てくれたことは、とても嬉しいのに。
「
優しく宥めるような呼び方に、むう、とむくれるも、それも長くは続かない。仕方ないなあ、とわざとらしく言ってみる。そんな些細な反抗も、ホークスは笑って受け入れてくれるから。
「……ホークス、ご飯食べてく?」
「御相伴に預かりましょーかね! 鶏もも多めに入れて」
「相変わらずの鶏肉好きめ。……あの奥が洗面台だから、手はそっちで洗って」
「ほーい」
ふわふわした金髪が向かったのを見送って、わたしは腕まくり。真新しいキッチンに立って、食材を用意していく。人参、じゃがいも、玉ねぎ、冷蔵庫に鶏ももあったし、最後にコーン缶も入れよう。
そうやって用意していると、ふっと隣に影が差した。いつの間にかヒーロースーツの上着とグローブを脱いで、インナー姿になったホークスがこちらを見下ろしている。
「ホークス? 仕事終わりなんだから、座ってゆっくりしてていいよ」
「いや手伝う手伝う。愛依が手ぇ切ったら大変だし?」
「大丈夫だって言ってるでしょ、もう……、……野菜の皮剥きから、お願いね」
「はーいよ」
ホークスは手にした包丁でするするとじゃがいもの皮を剥いていく。……ほんと、この人にできないことって無いんじゃない?ってくらい、器用だなあ。
そんなことを思っていると、ホークスと目があった。鋭い藤黄色が、にんまりと弧を描く。
「なァに。見とれてた?」
「みっ、見とれてなんかない。ほらちゃきちゃき剥くよ」
「あらま。厳しかー」
ふざけた会話。なんでもないようなやり取り。おどけた笑い声。……それがあるだけで、心がうんと軽くなる。ふわりと柔らかな熱を持つ。笑みが、こぼれる。
「……ありがと、啓悟くん」
「なーにが」
「独り暮らし初心者を、心配して来てくれたんでしょ」
切った鶏肉と野菜を炒めて、水を入れて、煮込む。静かなキッチンにくつくつと音が鳴る。でも彼が来てくれなかったら、もっと静かで寂しかった。啓悟くんが、来てくれなかったら──
「啓悟くんは、わたしを甘やかすのが上手だね」
目を伏せながら笑う。ぐるぐるおたまを回していると、隣で小さくため息。しょうがないなあと言いたげな、けれどもなんだか、あたたかな。
「……大人みたいなこと言って。俺が独り暮らし始めた時、わんわん泣いたの誰だっけ?」
「……う、わー……そんなこともあったね。ホークスが18歳で、わたしが11歳の時か……」
「もう泣かないの?」
「な、泣かないよ。もう子どもじゃないんだから!」
「そんなこと言ってる間は、まだまだお子さまだよ」
からかうようにしながら、わたしの頭をぽんと撫でる。その手が大きくて、あたたかくて、どうしようもなく、優しい。
「ま、独り暮らしが寂しいのはせいぜい2、3日だよ。新生活が始まるなら、なおさら」
「……そういうもの?」
「そういうもんそういうもん。ほら、入試の時に仲良くなった子がいるんでしょ」
「! ……う、ん、」
あの入試が終わって、梅雨ちゃんの話を聞いてくれたのもホークスだった。初めて同年代の女の子と話して、ありがとうと言ってもらって、笑ったのだと。舞い上がったわたしの話を、うんうん、と今みたいに柔らかく頷いて聞いてくれた。
「大丈夫。きっと、楽しくなるって」
「……うん!」
その笑顔に力を貰ったみたいに、わたしの中の不安や寂しさが溶けていく。敵わないなあ、なんて、悔しく思う気持ちもあるけれど、それよりずっと、あたたかさが勝った。
出来上がったシチューを器に取り分けながら、ふと思い出す。
「あ、ねえ、ホークス」
「んー?」
「さっき独り暮らしが寂しいのはせいぜい2、3日って言ってたよね。……それって実体験からの意見?」
「さァ? どうだろうね」
「……はぐらかした」
「ほら食べるよ。腹減ったな~~」
「……もうっ」
わたしの弱さはいくらでも優しく許してくれるのに、自分の弱さは全然見せようとしない。……わたしなんて彼よりずっと弱いから、頼るなんてできないんだろう。わかってる。
……でも、今のままで駄目なら、今よりずっと、もっと強くなれたなら。そしたらその時は、わたしを頼ってくれるかな。彼の力になれるかな。
「……ね、啓悟くん」
「どした?」
彼を救けられるような、ヒーローに、なれたら、
「……なんでもない」
まだ、言葉にするには弱すぎる。
だからもっともっと、もっと、強くなる。
そんな願いと誓いを込めて、わたしは笑った。
05.少女、合格する。
【治癒個性教育プログラム】なんてのも独自設定です。このためA組が21人になったと無理やりこじつけてます。
合格通知ですが、切島くんは校長先生だったし他の先生も手分けして撮ってたのかなと思ったら、やっぱりリカバリーガールしかいませんでした。彼女もどんどん絡めます。絡めたいキャラが多すぎて困る……。