【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

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雄英高校入学編
06.少女、個性把握テスト。


 

 白いシャツにスカートは緑の無地。ネクタイの結び方はホークスに教わっている。黒いハイソックスを履いて、最後にブレザーを羽織って翼を出せば。

 

「……よし、」

 

 姿見に映るのは、雄英生としての、わたし。制服に袖を通すことになるなんて、今でも不思議な気持ちだ。けれどこれは夢なんかじゃない、紛れもない現実。今日からわたしは、雄英生。

 

「いってきます」

 

 誰もいない部屋に向けて呟く。それでも、「いってらっしゃい」なんていう彼の笑い声が返ってきた気がして、わたしは小さく微笑みながら家を出た。

 

 ──雄英高校。静岡県に位置する高校で、国内最高峰と謳われるヒーロー科が存在する。“最高峰”の理由は、さまざまな訓練を可能にする膨大な敷地、整えられた設備。それに何より教師陣にあるだろう。

 

(13号に、ミッドナイト、セメントス、プレゼントマイク、それに、リカバリーガール……)

 

 ふと思い出すだけでもそうそうたる顔触れだ。以前公安の人たちから渡されたリストには、もっとたくさんの力あるプロヒーローの名前が並んでいた。今年度からはそれに、あのオールマイトまで加わるのだという。

 青空に聳え立つ校舎を前に、小さく息を吐く。ここで何が待っているのだろう。これから何が起こるのだろう。わたしは何と、出会う?

 

「……わたし、頑張るからね、」

 

 啓悟くん、と。心の中で呟いて、わたしは桜並木を駆け抜けた。

 

 

 

 

 わたしが1年A組の教室へ辿り着いた時には、もうほとんどの人が自分の席に着いていた。遅れてしまったかな、なんて焦りながら扉を締めると、視界にあの緑がかった黒髪が映り込んだ。

 

愛依(あい)ちゃん」

「あ、っつ、梅雨ちゃん」

 

 彼女はわたしに向かって呼び掛けながら、ケロリと大きな手を振った。思わず小走りで彼女の席に駆け寄る。

 

「愛依ちゃんもA組だったのね」

「うん、梅雨ちゃんも」

「入試で言ってたことが本当になったわね。よかった。嬉しいわ」

「っわ、わたしも……」

 

 ゆるゆると顔がふやけるのがわかる。そんなわたしの声を掻き消すような大声が、すぐ後ろから聞こえてきた。

 

「机に足をかけるな!! 雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないのか!?」

「思わねーよてめーどこ中だよ端役が!」

「ボ……俺は私立聡明中学校出身、飯田天哉だ」

「聡明~~!? クソエリートじゃねーか、ブッ殺し甲斐がありそだな」

「君ひどいな本当にヒーロー志望か!?」

 

「……に、賑やかだね」

「濃い顔触れになりそうね」

 

 梅雨ちゃんはそう言うけれど冷静だし、周りの人たちも軽く受け流しているような感じだ。……わたしが学校に通ってなかったから知らないだけで、このノリは普通なんだろうか。はじめからフルスロットルだ……と、呆然としてしまう。

 そう、呆然としていた。だから気づかなかった。

 

「お友達ごっこしたいなら他所へ行け」

 

 低い声が低い位置から聞こえた。え、と思って入り口を見ると、そのすぐそばの廊下で横たわっている寝袋が見えた。……え、ほんとになに。さらに混乱するわたしをよそに、声は続く。

 

「ここは……ヒーロー科だぞ」

 

 ゼリー飲料をジュッと吸い込んで寝袋から出てきた、ぼさぼさ頭のその人には見覚えがあった。公安から貰ったリストに載っていた、わたしたちの担任となる人。

 

(抹消ヒーロー、イレイザーヘッド……)

 

 メディアを嫌うアングラヒーローだから、周りの人たちも彼を知らないようだった。わたしだって資料を貰うまでは存在すら知らなかった。そんな彼は寝袋をごそごそして、何かを取り出すとわたしたちの前に高々と掲げて、言った。

 

「早速だが、体操服を着てグラウンドに出ろ」

 

 

 

 

 

「個性把握……テストォ!?」

 

 グラウンドで待ち受けていた展開に、驚愕の声が響く。周囲にわたしたち以外に人影は無く、こんなことをしているのがわたしたちだけだということを思い知らされる。

 

「入学式は!? ガイダンスは!?」

「ヒーローになるならそんな悠長な行事に出る時間ないよ」

 

 みんなの驚きをよそに、相澤先生は淡々と続ける。

 

「雄英は“自由な校風”が売り文句。そしてそれは“先生側”もまた然り。

 ……ソフトボール投げ、100m走……中学の頃からやってるだろう?個性禁止の体力テスト。国は未だ画一的な記録を取って平均を作ってる。合理的じゃない。まあ……文部科学省の怠慢だよ」

 

 鬱陶しそうにそう言って、彼はようやく顔を上げた。ゆるりと視線を巡らせて、一点で止める。

 

「爆豪、おまえ中学の時ソフトボール投げ何mだった」

「67m」

「じゃあ個性を使ってやってみろ。円から出なきゃ何をしてもいい。早よ」

 

 爆豪くん、と呼ばれた男の子はボールを受け取って、軽く腕を伸ばして、助走して。

 

「死ねぇ!!!」

 

 ……まあ、掛け声はこの際置いておくとして。

 彼はボールを放つ時、指……手のひら?から爆風を出して押し出した。相澤先生が見せた記録は【705.2m】。

 

「まず自分の最大限を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 

 どこまでも落ち着いている相澤先生とは対照的に、他のみんなは盛り上がった。700mってマジかよ、とか、個性アリの体力テストなんて“面白そう”、とか。

 その一言に、先生の目が不穏に光るのを見た。

 

「……面白そう、か……ヒーローになるための3年間、そんな腹積もりで過ごす気でいるのかい?」

 

 口の端が吊り上げる。不穏な笑みに、なっていく。

 

「よし。トータル成績最下位の者は見込みなしとし、除籍処分としよう」

「!? ハアア!?」

「除籍処分って……まだ入学初日ですよ!? いや初日じゃなくたって……理不尽すぎる!」

 

 当然の不満に、反応に、相澤先生は言う。曰く、唐突に訪れ牙を剥く災害やヴィランから民衆を救い出すのがヒーロー。理不尽に対応できなければ意味がないと。

 

「生徒の如何は俺たち教師の自由──ようこそ。これが雄英高校ヒーロー科だ」

 

 わたしは知らず知らずのうちに拳を握り締めていた。それは不安であり、決意の表れだった。

 ……わたしは、ヒーローになる。あのひとみたいなヒーローになって、あのひとの力になって、救けるんだと、そう決めている。だから、

 

(……こんなとこで、躓いてなんかいられない……!)

 

 

 

 

 

 そんな決意とともに幕を開けた個性把握テストは、概ね想定通りの結果を出せている。

 100m走とは言っても別に走らなくてもよいようで、レーザーや爆破の推進力で飛んでいる人もいる中、わたしは【翼】を使って飛ぶことを選んだ。立ち幅跳びも同様に、この後ある持久走でも同じようにするつもりだ。

 長座対前屈や握力、反復横飛びなんかは自力でやる他なかったけど、ソフトボール投げは羽根を操作してボールを運ぶことができたから、そこそこの成績を残せている、と、思う。

 

(……少なくとも、あの人よりは……)

 

 ちらりと横目で窺った先にいる、緑の癖っ毛の男の子。彼は、……一般的な男子生徒の体力テストの成績を見るに、そう悪くない身体能力を持っている。それでもこの個性把握テストにおいては下位を争うような成績ばかり。

 

(……どうして個性を使わないんだろう?)

 

 そう、みんなが個性を使う中で、彼だけはまったく使う素振りを見せなかったのだ。それではどんなに頑張ったって、良い成績は手に入らないのに。

 試験中ずっと何かを必死に考えるような顔をしていたから、わざと手を抜いているとは思えない。なら、……個性が使えない?

 

(……どう、するんだろう……)

 

 わたしは絶対に除籍処分になりたくない。それでも、……クラスメイトとして出会った人が、たった1日でいなくなってしまうのも、嫌だ。

 緑の髪の彼の、ソフトボール投げ第1回目──46m。ああ、と思ってわたしは俯いた。ちらりと見えた彼の顔が真っ青だったのもあって、わたしまで苦しくなる。わたしにはどうしようもない、どうすることもできない。わかっているけどやりきれない気持ちに、ぎゅっと目を瞑っていた。だから、

 

「──え、?」

 

 だから、突然顔に吹き付けた突風に、驚いて目を開ける。開けた視界には、遠く、遠く、見えないぐらい遠くに向かって放たれるボールと、投げた直後のポーズで固まった彼。そして、そんな彼の記録に沸き立つみんなの姿。

 

「705.3m!?」

「わー、やっとヒーローらしい記録出したよー」

「指が腫れ上がっているぞ。入試の時といい……おかしな個性だ……」

「スマートじゃないよね☆」

 

「、指が……?」

 

 周囲の言葉に従って注視すると、確かに右手の人差し指がぱんぱんに腫れ上がっているのが見えた。なぜそうなったのかはわからないけど、あの超パワーだ。体が耐えられなかったのかもしれない。眼鏡の人が言う通り個性としてはおかしいけれど、でも今、それは重要じゃない。

 怪我をしている人がいるなら、治すのがわたしにできること。

 

「あの、」

「どーいうことだこらワケを言えデクてめぇ!!!」

「、わっ!?」

 

 突如轟いた大声に、思わず身がすくむ。わたしの横をすり抜けて緑の髪の彼に向かっていこうとした爆豪くんは、相澤先生の捕縛布と個性によって沈黙させられていた。ギチギチと布を軋ませ、爆破の個性を消されながらも、彼の目には感情が溢れてやまない。──怒り、驚き、……焦り?

 どうして個性を発動しただけでそうなるのかは知らないけれど、とりあえず彼が止まったのだから、とわたしは足を進めた。指大丈夫?と心配されている、彼の元へ。

 

「あ、あの、」

「へ? えと……なにか?」

「指、見せてくれるかな。今、」

 

「──空中(そらなか)。治すな」

 

 え、と思い振り返る。伸ばした手は中途半端に宙にぶら下がる。相澤先生は刺すような視線をわたしたちに注ぎながら、淡々と口にした。

 

「俺は緑谷に言った。『個性を制御できないまま、また行動不能になって、誰かに救けてもらうつもりだったか?』と。それを受けて緑谷は指先のみに限定して発動するという制御を見せた。……まだ、動けるんだな? 緑谷」

「っはい!」

「なら、空中。おまえが出る幕はない」

「……で、ですが……」

 

 どう見ても、その指は腫れ上がっていて動かせる状態じゃない。骨も折れているだろうし、内出血で内側はぐちゃぐちゃだろう。指一本とはいえ、痛みで他の動きの障害になりかねない。

 相澤先生の言うことは理解できる。それでも納得はできずにいたわたしに、緑の髪の男の子──緑谷くんは言った。

 

「えっと、空中、さん? 僕は大丈夫だから」

「でも、その怪我じゃ……」

「……大丈夫!」

 

 少し涙ぐんでいるくせに、震えているくせに、それでも笑みを浮かべてみせた彼に、わたしはそれ以上なにも言えなかった。これ以上でしゃばっては、彼の頑張りや決意の邪魔をしてしまうのだろうと、わかった。

 

「……そっか。……、」

 

 無理しないで、なんて、とてもじゃないけど言えなかった。ヒーローになりたくて雄英に来て、ヒーローになるために頑張りたいから無理をする。その気持ちは痛いほどわかったから。

 

「……お互い、頑張ろうね」

 

 だからわたしは、月並みな言葉しか吐けない。それでも緑谷くんは痛みに堪えながら、うん!と笑ってくれた。

 

 

 

 

 

 それから、残りの種目も終えて、結果発表の時がやって来た。はらはらと緊張しながら胸元を握り締める。

 あれから緑谷くんは個性を発動しなかったものの、やっぱり痛みでうまく動けないというのが見ているだけでわかった。顔色も真っ青で、ぎゅっと目を瞑っている。それはそうだ。当たり前だ。どうしようって、不安になるのも当然だ。

 

「ちなみに除籍は嘘な」

 

 どうしようって、思うのも、とうぜ、ん……。

 

「君らの最大限を引き出す、合理的虚偽」

 

「……はーーーー!!!???」

 

 思わずみんなと一緒にあんぐり口を開けてしまった。驚きの後に、がくりと虚脱感が襲ってくる。誰もいなくならないという安心感はあるものの、今までの緊張はなんだったの……という思いが拭いきれない。

 

(……あれ? でも、相澤先生って……)

 

 公安からの資料で見た中では、確かに過去、何人もの人を除籍したっていう記録が残っていたような……。

 

「それと、──空中」

「っは、はい?」

 

 我に返って顔を上げると、相澤先生と緑谷くんがこちらを見ていた。緑谷くんの手には“保健室利用書”と書かれた紙が握られている。

 

「今から保健室で緑谷の傷を治すが、その時におまえの個性を見せてもらう。おまえもついて来い。……顔合わせもしとかなきゃならんからな」

 

 保健室。顔合わせ。……そう来たら、思い浮かぶ人は1人しかいない。はい、と返事をして、わたしも小走りで2人の後に続いた。

 

 

 

06.少女、個性把握テスト。

 

 


 

 初めての学校、初めてのクラスメイトとの会話、ということで、初期主人公はコミュ障とまではいきませんが吃り癖があります。慣れてくるうちに無くなるかと思います。

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