「おやまあ、よく来たね。怪我人と……ああ、あんたが空中だね」
相澤先生に連れられて緑谷くんとやって来たのは保健室。その主はにこやかな笑みでわたしたちを出迎えた。リカバリーガール。雄英の屋台骨とも称される養護教諭。希少な【治癒】の“個性”を持つ、大先輩。
「はっ、初めましてリカバリーガール! 緑谷出久といいます……!」
「っ改めまして、初めまして。
「はいどうも。さて、さっそくだけど、空中」
「は、はい」
「あんたの治癒がどんなものか見せてもらいたいからね。その緑谷の怪我を治してみな」
「……はい」
緑谷くんに向かい合って、彼の右手を取る。その人差し指にわたしの手を当てた。手当て、とよく言うように、わたしの治癒のイメージは手にある。わたしの手のひらから彼の人差し指へと、治癒の力を注ぎ込むように、意識を集中させる。
砕けていた骨が再び組み立てられ、破けていた血管が元通りに血液を運んでいく。歪に歪んでいた緑谷くんの指がまっすぐ綺麗な色を取り戻していくにつれて、彼は目をまあるく見開いた。
「う、わあ……!」
「……どう、かな。痛かったり、違和感があったりは……」
「しないよ! すごい! すごい“個性”だ……! ありがとう、空中さん!」
緑の目をきらきらさせて、興奮気味にそんなことを言われて、わたしは一瞬息を詰めた。驚きと、……喜びに。
「う、うん。……どう、いたしまして」
やっぱりまだ、“個性”を使って「ありがとう」と喜ばれることには慣れない。心が沸き立って、顔が熱くなって、口許がふやけてしまう。
「……なるほどねえ」
だから、落ち着いたリカバリーガールの声が有り難かった。はっと我に返って、彼女の方に向き直る。
「緑谷。空中の治癒を受けてどうだい?」
「はい! もう痛みもなんにもなくて……すごいです!」
「その様子だと、疲労が溜まってる感じもないね」
「? はい、疲れどころか、むしろ元気になった気がします」
「……元気に? ……なるほど、」
相澤先生がなにか思案するように目を細めた。その様子が何を意図するのかわからなくて、答えを求めるようにリカバリーガールを見る。彼女はわたしの視線に、うん、とひとつ頷いた。
「どうやら私の治癒とあんたの治癒は、仕組みが違うようだね」
「仕組みが?」
「そうだね、緑谷も聞いておいき。私の“個性”は人の治癒力を活性化させるだけ。治癒ってのは体力が要るんだよ。大きな怪我が続くと体力消耗しすぎて逆に死ぬから気を付けな」
「逆に死ぬ!!! ……え、じゃあ空中さんは?」
水を向けられて、わたしは思わず肩を揺らした。え、と、と吃っていると、リカバリーガールが間に入る。
「体を治癒するエネルギーの出所が違うんだろうね。私は患者自身のエネルギーを、空中は……空中自身のエネルギーを使っているんじゃないのかい?」
「そ、そうです」
そうだ。わたしの治癒はわたし自身のエネルギーを媒体にして発動するもの。たった1回の治癒でそれを見抜くリカバリーガールは、何度も何年も人々を癒し続けてきた方なのだと実感する。
「じゃあ空中さん、僕の治癒のためにエネルギーを使っちゃったんじゃ……!」
「え、や、だ、大丈夫だよ。エネルギーを使うとはいってもそんなに疲れないし……」
あ、でも、と思い至ることがあって、改めて緑谷くんの目を見る。
「……でも、大きな怪我を治そうとすればするほど、エネルギーが必要になる。わたしにそのエネルギーが無いと、治しきれなくなっちゃうから、……だから、緑谷くん。あまり無理はしないでね」
あのすごいパワーが、誰かを救けることもあるだろう。それでも傷ついて、痛い思いをするのはやっぱり、嫌だから。
緑谷くんははじめぽかんとしていたけど、はっとして、きりりと顔を引き締めて。
「うん……! ちゃんと制御できるように、頑張る!」
「言ったな?」
「アッ相澤先生……はい、頑張ります!」
気持ちを新たに宣誓する緑谷くんを見てると、なんだかわたしも頑張らなきゃ、頑張ろうって気持ちになっていく。【翼】も【治癒】も、どっちの“個性”も伸ばしていこう。もっとたくさんの人の力になれるように。
「……わたしも、頑張ろう」
小さく呟いた言葉は、リカバリーガールに拾われていた。誰にも聞こえないと思ったのに、と慌てるわたしに、彼女は目を細めて笑う。
「緑谷の課題が“個性”の制御、って話が出たからね。空中の今後の課題についても話しておこうかね」
「お、お願いします……!」
突然の話で驚いたけれど、元々リカバリーガールに師事するつもりでやって来たのだ。断る理由なんてない。頭を下げたわたしに、リカバリーガールは頷いて話し出す。
「あんたの治癒はいい“個性”だよ、空中。エネルギーの消費に比べて回復量が多いと見た」
リカバリーガールの話を、相澤先生は腕を組みながら、緑谷くんは目を丸くしながら、わたしは胸元を握り締めながら聞く。
「だが、いかんせん治癒の性能が高い分、使い方が大雑把だ」
「お、大雑把、ですか」
「そうだよ。空中あんた、ただ患者にそのままエネルギーを注ぎ込んでいるだけだろう」
「、はい……リカバリーガールは、違うんですか?」
今まで【治癒】の“個性”持ちの人に会ったことはなかったから、治癒の仕方に繊細とか大雑把とか、そんなものが存在するなんて知らなかった。びっくりして尋ねると、彼女はわたしにゆったりと頷く。
「患部はどこか。どの細胞を活性化させるべきか。患者の様子から判断しているよ。患者のエネルギーを使っているのだから、無駄遣いはできないからねぇ」
「……じゃ、あ……わたしも、そうしてエネルギーを調整したら、無駄遣いが減るってことです、よね」
「そう。それが当分のあんたの目標になるだろう」
公安での訓練で【治癒】の“個性”がどこまで使えるか、上限を確かめたことがあった。“個性”の使用限界──キャパオーバーを起こしたわたしは昏倒して、その後熱を出して寝込んでしまったという、苦い経験が思い出される。
「っあの、リカバリーガール……!」
あんな風にはなりたくない。ならない。
エネルギーの調整ができれば、わたしはキャパオーバーを起こして行動不能になることなく、もっとたくさんの人を治すことができる。もっと、役立てる。
「わたし、まだまだ未熟者ですが、頑張りますので……、これからご指導、よろしくお願いします……!」
立ち上がって、深く頭を下げる。そんなわたしの肩を、ぽん、と優しく叩く手があった。顔を上げると、満面の笑みのリカバリーガール。……あれ、なんだかにっこり、というより、にんまり、といった感じの笑顔なんだけれど。
彼女はその笑顔のまま、近場のデスクに積まれた山を杖で示した。山──医学書やテキストの山が、どどんとこちらを見下ろしている。
「みっっっっちり教え込んでやるから、楽しみにしときんさい」
妙に凄みのある声で念を押されて、わたしは声も出せずに頷いた。……なんだろう、一見可愛らしいおばあちゃんといった感じなのに、逆らえない迫力があるというか……。
──と思っていたら、次の瞬間、リカバリーガールは笑みの色を変えた。凄みや迫力は消えて、ほわほわとした柔らかいそれになる。
「さて真面目な話は終わり。ほらペッツだよ、ペッツをお食べ」
「へっ? あ、ありがとう、ございます……」
「僕もっ? あいえ、あ、りがとうございます……?」
シンリンカムイのキャラクターヘッドからカコカコと出されたペッツを手で受け止める。隣の緑谷くんと顔を見合わせ、落差に戸惑いながらもとりあえず口に放り込んだ。
「ご、ごめんね緑谷くん、持ってもらっちゃって……重いでしょ、やっぱりわたしが全部持つよ」
「だっ、大丈夫、ゼンゼンっ、大丈夫だから!」
「本当……?」
保健室を後にして教室を目指す。その道中、リカバリーガールから持たされた医学書やテキストを、緑谷くんが半分以上持ってくれていた。彼は大丈夫というけれど、顔が赤くなってるし無理をさせてるんじゃないのかな。
「だっ、大丈夫だよ! 本当に……こんなんで治してもらったお礼になるとは思ってないけど……それでも手伝わせてほしいな」
「そんな、気にしなくていいのに……でも、ありがとう」
そんな風に思ってもらえるのは嬉しくて、笑みがこぼれる。緑谷くんはうん、と頷いて、それから紙袋に入った医学書たちを見た。
「いやそれにしてもすごいね、分厚い医学書やテキストが何冊も……ヒーローもある程度の応急手当とか診断方法は習うけど、やっぱり医療ヒーローを目指すともなると本格的なんだね!」
途端に饒舌になって、目がキラキラし出したから。
「……緑谷くん、ヒーロー大好きなんだね」
「えっ!? そ、そんなにわかりやすかったかな……?」
「ふふ、うん」
それが伝わってきて、わたしはなんだか嬉しくなる。本当に、除籍処分にならなくてよかったと、心の底からほっとした。
そんな風に話しながら1年A組の教室に辿り着く。バリアフリー対応の大きな扉を開けたわたしたちを、ふたつの声が出迎えた。
「愛依ちゃん、お疲れさま」
「つ、梅雨ちゃん?」
「緑谷くん、指は治ったのかい?」
「わ! 飯田くん……うん、空中さんのおかげで」
眼鏡の男の子……飯田くんが緑谷くんに話し掛けるのを横目に、わたしは梅雨ちゃんに向き直る。
「梅雨ちゃん、残ってたんだね」
「ええ。せっかく会えたのだから、愛依ちゃんと一緒に帰りたいと思って」
「えっ、っあ……ありがとう……っ」
まさかわたしを待ってくれていたとは思わなくて、ぶわわと頬が熱くなった。待っててくれたことにびっくりして、嬉しくなる。それはわたしだけじゃなくて緑谷くんもらしい。飯田くんと話しながら、にこにこ笑っている。
「しかし相澤先生にはやられたよ。俺は『これが最高峰!』とか思ってしまった! 教師が嘘で鼓舞するとは……」
「あはは……確かにそうだね」
そうして話していると、ガラリと扉が開いた。そこからヒョコ、と茶色のボブカットがのぞく。
「あ! よかったー、まだいた!」
「君は∞女子」
「麗日お茶子です! えっと飯田天哉くんと、蛙吹梅雨さんと、空中愛依さんと……緑谷デクくん!、だよね!!」
「えっ?」
緑谷くんはデク、という名前ではなかったはず。疑問を呟くと、それを引き継ぐように梅雨ちゃんが首を傾げた。
「緑谷ちゃんはデク、という名前ではないわ」
「え? でもテストの時に爆豪って人が『デクてめェー!!』って」
「あの……本名は出久で……デクはかっちゃんがバカにして……」
「蔑称か」
「えー! そうなんだごめん! でも……」
麗日さんは謝った後、にこっと明るく笑って。
「“デク”って……“頑張れ!!”って感じで、なんか好きだ私」
「デクです」
秒で肯定した緑谷くんの顔は真っ赤だ。そこにさっきまでのしょんぼりした暗い影は欠片も見当たらない。
「緑谷くん!! 浅いぞ!! 蔑称なんだろ!?」
「コペルニクス的転回……」
「コペ?」
「……梅雨ちゃんわかる?」
「たしか、物事の見方が180度変わる、という意味だったかしら」
「180度……そっか」
嫌なからかいが、素敵な応援へ。たった一言かもしれないけど、人の言葉がそんな力を持っているというのは、わかる気がする。
「ね、デクくんも飯田くんも、蛙吹さんも空中さんも、一緒に帰らない?」
「っい、いいの?」
「うんうん」
「一緒に帰りましょ、愛依ちゃん」
にっこり笑った麗日さんも、呼び掛けてくれた梅雨ちゃんも、頷いてくれた緑谷くんも飯田くんも、みんな、当たり前のようにわたしと一緒に行こうと言う。当たり前のことなのかもしれない。特別に思うことなんて、ないのかもしれない。それでも、
「……っうん……!」
それでも、こんなに嬉しくなった帰り道は初めてだった。
07.少女、初めての友達。
常闇くんとも話したかったけど流石に待ってはいないかなあと思って断念しました。
コペルニクス的転回とか作者は聞いたことすらありませんでしたが、梅雨ちゃんなら知ってると思います。