初めてのヒーロー基礎学。初めてのオールマイトの授業。初めての戦闘訓練。……こんな“初めて”尽くしの状況だというのに、
「すげぇなあいつ!!“個性”使わずに入試一位と渡り合ってるぞ!!」
モニターに映る彼らの動きに、わたしたち観戦者は歓声を上げた。ヴィランチームは爆豪くんと飯田くん。ヒーローチームは緑谷くんと麗日さんのこの対戦。潜入したヒーローチームにいち早く気づいて奇襲を仕掛けた爆豪くんもさるもの、その動きを読んで対処している緑谷くんも、初めてとは思えない動きだ。すごいな、と沸き立つ声と同時に、訝しむ声が交互に上がる。
「……なんだか爆豪くん、緑谷くんばかり狙ってる、ような……」
「麗日のことあっさり先に行かせちゃったよね」
隣にいる芦戸さんも不思議そうに首を捻っている。わたしたちには彼らの喋っている音声は聞こえないから、何を話しているのかはわからないけれど、それでも、目を剥いて咆哮する爆豪くんの様子は明らかにおかしい。
「なんかスッゲーイラついてる。こっわ」
そう、金髪の……上鳴くんが言うように、なんだかイラついているような気がするのだ。ただの戦闘訓練にしてはおかしいくらいに、ヴィランに成りきっているといってもおかしいくらいに。
「まさに修羅の様相」
「だいぶキレてるわね、爆豪ちゃん」
「……大丈夫、かな。酷い怪我をしないといいんだけど……」
常闇くんや梅雨ちゃんに続いて、モニターを見上げる。戦闘訓練なのだからある程度の怪我は仕方ない。怪我を恐れていてはヒーロー活動は難しいし。
それでも、爆豪くんは先ほどから“個性”の【爆破】を収める気がまったく無さそうに見える。緑谷くんが上手く動きを読んで避けているからいいものの、これが続いてしまえば、いつか、
「──“爆豪少年ストップだ。殺す気か”!!」
「、え?」
オールマイトの言葉に虚を突かれた瞬間。鼓膜を突くような衝撃音とともに体が揺れた。爆豪くんによる爆破で、ビルが大破した衝撃だった。
「な……っ」
「授業だぞコレ!!」
「っ……緑谷少年!!」
地下でこれなら、地上、それもこの直撃を受けたであろう緑谷くんは──ばっと顔を上げた先のモニターでは、尻餅をついた彼の姿が映し出されていた。直撃はしておらず、目立った外傷はないとわかって、ほうと安堵の息を吐く。
……それでも、爆豪くんの目はぎらぎら輝いていて、まったく気持ちが落ち着いたようには見えない。むしろ更に好戦的な目つきをしている。この爆破がまた、繰り返されるような気がしてならない。
「……オールマイト先生、今の爆破がまたあったら、今度こそ危険です」
「
「ムム……いや……、
“爆豪少年! 次それ撃ったら……強制終了で君らの負けとする。屋内戦において大規模な攻撃は守るべき牙城の損壊を招く。ヒーローとしてもヴィランとしても愚策だそれは! 大幅減点だからな!”」
「っ、オールマイト先生?」
まだ続行させる気なのか、と傍らの巨躯を見上げると、彼は眉間に皺を寄せてなにかを考えるような表情をしていた。険しいその顔に、少しの違和感を感じる。
(普通だったら、止めてもおかしくない場面。それはきっとオールマイトもわかっている。……なのに止めないのは、どうして?)
なにか、理由があるのかもしれない。オールマイトに、爆豪くんに、……緑谷くんに。
「リンチだよこれ! テープ巻き付けたら捕らえたことになるのに!」
「ヒーローの所業に非ず……」
「緑谷もすげえって思ったけどよ……、戦闘能力においては爆豪は間違いなく、センスの塊だぜ」
きっとなにかがある。だって普通じゃない。
爆破の方向を器用に変えて自由自在に立ち回り、圧倒的な才能で緑谷くんを追い詰めている爆豪くんが、あんなにも、
「緑谷は逃げてる!」
「男のすることじゃねえけど仕方ねえぜ。けど変だよな……」
壁際に緑谷くんを追い詰めてるのは爆豪くんの方なのに、あんなにも、
「──爆豪の方が余裕なくね?」
あんなにも、焦燥で焼き切れそうな顔をしてる。
そうして緑谷くんは、決意を込めた目でそれを受け止めている。
ただのクラスメイト同士の戦闘訓練、では片付けられないなにかが、きっとこの2人の間にあるのだろう。けれどそれを考えている暇はない。2人は同時に駆け出して──、
「……っ!?」
危ない、止めなきゃ、そんな声を掻き消すような轟音に、みんなは目を丸くして。そしてモニターに映る光景に目を見開いた。
──緑谷くんはただ追い詰められていただけじゃない。先行した麗日さんと連絡を取って、奪取すべき核兵器の場所を確認。そして、爆豪くんと同時に殴り合うふりをして、思いきり天井に向けて打撃を放った。空気すら穿つそれは、衝撃波となって床を幾つかぶち抜き、麗日さんのところまで届く。ぶわりと浮いた無数の破片を、麗日さんは“個性”で浮かした柱でフルスイング──瓦礫の雨に怯んだ飯田くんの隙を見て、彼女が核兵器を確保した。
(これを……緑谷くんは狙っていたの……?)
あんなに追い詰められながらも、チームとしての勝利を目指して動いていたのだ。……今、麗日さんはキャパオーバーがきたのか項垂れているし、緑谷くんは重傷を負っているけれど。
「負けた方がほぼ無傷で、勝った方が倒れてら」
「勝負に負けて、試合に勝ったといったところか」
「訓練だけど」
そんな風に感想を交わし合っていると、麗日さんと飯田くん、爆豪くんがオールマイトに連れられてモニタールームにやって来た。今から講評の時間というけれど、そこに緑谷くんの姿がない。
「あの、オールマイト先生、緑谷くんは……?」
「彼は保健室だ。なに、我らがリカバリーガールがついている! 心配ないさ!!」
「そう、ですね」
「ウム!! では講評を始める──っても、今回のベストは飯田少年だけどな!!」
「なな!!?」
ベストと評された飯田くんが一番驚いているけれど、他のみんなも不思議そうな表情を浮かべている。
「勝ったお茶子ちゃんか緑谷ちゃんじゃないの?」
「何故だろうな~~~? わかる人!!」
「ハイ、オールマイト先生」
静かに挙手をしたのち、八百万さんは一人一人の理由を挙げていく。曰く、飯田くんが今回の状況設定に順応していたからと。爆豪くんの私怨丸出しの独断専行や、屋内での大規模攻撃は愚策だと。緑谷くんも同様の理由だと。麗日さんは中盤の気の緩みと核兵器だと想定していない大雑把な攻撃がいけなかった、と。淀みなく述べた。
……すごいな、と思う。これだけ短い間に的確な分析ができることも、それに、わたしみたいな公安の訓練があったわけでもなく、自力で辿り着いていることも。
「常に下学上達! 一意専心に励まねば、トップヒーローになどなれませんので!」
そんな八百万さんの凛とした横顔を見てると、わたしもやらねばならないと、頑張らなければと気持ちが奮い立つ。
(次は、わたしたち……!)
大破したビルから場所を移して、第2回戦を行うらしい。モニタールームから移動する間、わたしはぎゅうと拳を握り締めた。少しでも震えを収めて、強くありたかった。
「ねーねー! 作戦どうする?」
わたしと透ちゃん、尾白くんのIチームはヴィランとしてヒーローたちを捕らえるか核兵器を時間制限まで守りきることが勝利条件だ。ヒーロー組は、……障子くんと、轟くん。
「えっと……轟くんは氷結を使うよね。個性把握テストで見た」
「ああうん……かなり範囲が広そうだ。立て続けに地面を凍らせて、移動にも使ってたな」
「機動力もある、と考えておいてよさそうだよね。……でも、障子くんの“個性”がいまいちわからないな。腕力がすごいのは握力測定で知ってるけど」
核兵器を配置して、どう迎え撃つかの作戦会議中。尾白くんとうんうん頭を悩ませていると、透ちゃんがあっ!と声を弾ませる。
「私知ってる! 入試の会場で一緒だった!」
「本当? どんな個性なんだ?」
「えっとねー……障子くんって腕がいっぱいあるでしょ? その先に耳を生やして、辺りの様子を探ってたよ! たぶん、そうしたら周りの音をよく拾えるんじゃないかな」
「……そっ、か。諜報にも長けてるんだね……」
彼が音を拾えるとしたら、どのくらいの範囲なのか。どのくらいの精度なのか。わからないなら、最大限の構えをしておくべきだろう。ひとつ思い付いたことがあって、わたしは顔を上げる。
「……あの、透ちゃん、尾白くん」
「んー?」
「どうしたの?」
「えっと、ね……足音を拾われるのだとしたら、こちらの位置も伝わってしまうよね。それを逆手に取って迎え撃つことは、できないかな」
そうして話した作戦は拙いものだったけど、2人は頷いてくれた。頑張ろう!と言ってくれている。
「頑張るぞー! よし、2人とも私ちょっと本気出すわ。ブーツも手袋も脱ぐわ!」
「えっ、いや透ちゃんそれは、その……」
「……。……うん、まあ……透明人間としては正しい判断かもだけど……」
女の子として止めなきゃって思う気持ちと、尾白くんの言う通りかもしれないって思う気持ちがせめぎ合って、ついにはなにも言えなくなった。だって本当に、何も身につけていない透ちゃんは透明人間そのもので、きっと誰にも気づかれない。
尾白くんは尾を使った武術が得意とのことで、わたしたちに足りない近接戦闘もこなしてくれるだろう。
(……よし、やるぞ。)
わたしだって、頑張るんだ。
そう決意を改めて、わたしは翼を広げた。
わたしが立てた作戦。それは、透ちゃんと尾白くんを予め羽根で浮かしておくこと。そうすれば2人の位置はきっと障子くんに気取られない。そしてわたしは囮役として、核から離れた場所で歩いておく。とにかくまずは位置を掴ませないこと──それを目標に動いていたのだけれど、それが別の意味で功を奏すことになるとは、思ってもみなかった。
「、わ、ぁ……っ!?」
なにかひやりとした風が吹いたな、と思った瞬間、ビルの床から壁、天井に至るまですべてが氷に覆われていた。あまりに突然のことすぎて、床につけていたわたしの足元まで凍ってしまった。ピキピキと音を立てながら、氷結はわたしの足を伝ってすべてを凍らせようとしてくる。
「っまずい……!」
咄嗟にブーツを脱いで宙に浮くことで事なきを得たけれど、あまりに速く広範囲の氷結は予想外。……でも、これは、
(……もしかしたらチャンス、かも、しれない)
氷結は、きっとビル全体を覆ったのだろう。だったらきっと、轟くんは仲間を巻き込まないために障子くんを外に出しているはず。彼はきっと、ひとりでここに来る。それなら。
「尾白くん、聞こえる? そっちに氷結は?」
『来てる。けど、空中さんが浮かしといてくれたからなんとか無事。俺も葉隠さんも』
「よかった、……まだそこで準備しておいて。とりあえず尖兵として、わたしが轟くんと会敵してみる」
『えっ、大丈夫なのそれ』
「わから、ないけど……様子見は必要だから。でもプランBの時は、よろしく」
『……わかった。気をつけて』
「うん」
ひゅん、と風を切って宙を飛ぶ。外に出ることも考えたけど、障子くんに見つかってしまうのもまずい。彼にわたしの位置や飛んでいることを気取られて轟くんに伝えられてしまうと、もう打つ手がない。
きっと轟くんは、みんなの動きを止めたと思って油断しているはず。……この油断を突かなきゃ、彼らには勝てない。
(……! 来た、轟くん)
ゆっくりとこちらへ向かってくる気配がひとつ。微かな足音もひとつ分。十中八九轟くんだろう。息を殺して、気配を消して、わたしは意識を集中させる。あの赤と白のツートンカラーの髪が、眼下で揺れた。
「……ッ!」
瞬間。わたしは用意していた羽根を飛ばす。捕獲用テープを付けたそれが、轟くんの体を拘束するようにぐるぐると回っ、て、──回りきる直前に、氷に捕らえられる。
「ッあ!」
テープから羽根へ、そしてそれを操るわたしへと、あっという間に伸びてきた氷は、わたしを壁に叩き付けてそのまま拘束した。咄嗟にもがいた腕も押さえつけられるように凍らされて、今はもう身動ぎすらできない。
「抵抗すんな。もう動けねえだろ」
「う……っ」
轟くんが、捕獲用テープを手にこちらへ歩いてくる。あれを巻き付けられたら終わり。わたしは参戦できなくなる。なんとか抵抗しようと力を込めるも、身体中のどこかしこも寒いし冷たいし痛い。とてもじゃないけど、動けそうにない。
「……手荒になって悪かったな」
ぼそりとした謝罪は、彼なりの優しさだったのかもしれない。でもわたしの中には悔しさがまだ生きていた。もう勝ったつもりでいる轟くんに、なんとか報いたかった。だから、
「……今だよ、プランB!」
通信機のスイッチは入れっぱなしにしてある。だから“彼”が了解、と小さく呟いた声がわたしの耳に届いた。ひゅん、と風を切る音も。
「──ッらァ!!」
「、!?」
わたしの操作する羽根に乗ってきた尾白くんが、飛び降り様に轟くんに回転蹴りを放った。完全に不意をついたと思ったのに、轟くんは驚きの反射神経でそれを回避する。
「チッ……! おまえも止まってろ!」
「うわ……!」
だん、と轟くんが右足を踏み締めると、そこからわき出た氷結が尾白くんの右足を掴んだ。そのまま体のほとんどを凍らされて、身動きができなくなる。
は、と吐く息が白い。わたしや尾白くんはもちろん、これを放った轟くんまでもが、だ。ビル全体を包む広範囲の大氷結に加えて、わたしたちを捕らえるのに使った分もある。
(使いすぎると、動きに制限がかかるのかな……?)
微かに震えている轟くんを見つつ、わたしは目を細める。彼はゆっくりになった足取りで、わたしたちを確保しようと歩いてくる。──その後ろにいる存在には、気づいていない様子で。
(氷結自体も、無尽蔵じゃなさそう)
だから、最初に張った氷結が薄くなっている。
だから、透ちゃんが素足でも歩けるようになっている。
あと数歩のうちに、透ちゃんが轟くんをテープで確保すれば、わたしたちは──、
「……轟、葉隠だ!後ろにいる!!」
わたしたちは勝てる、──そう思っていたのに、割り込んできた声に阻止された。轟くんはバッと振り向きざまに氷を放つ。
「……!」
「わ、わ、わっ!」
透ちゃんがいるであろう透明な空間を除いて、氷が埋め尽くす。3人仲良く氷に包まれたわたしたちに、もう成す術はない。悔しさに歯噛みして、わたしは入り口に目を向けた。
「いつのまに……」
「複製腕でビルの中の様子を伺っていたんだ」
触手の先に生やした口がそう告げる。障子くんの索敵範囲と精度を、そして轟くんの氷結のキャパシティを見誤っていたわたしたちの敗けだった。
「“ヒーローチームWin”!!」
オールマイトの判決がビル内に響き渡る。するとおもむろに轟くんが氷に左手を当てた。ブアッと熱が沸き起こって、氷がみるみるうちに溶けていく。
「熱……!」
「凍らせるだけじゃなく、燃やせるの~?」
すごーい、ずるい!なんて言う透ちゃんは見えないけれど、まるで頬を膨らませているかのような声色で、思ったより元気そうだとほっとする。……いやでもその、は、裸で凍り漬けなんてやっぱり駄目だな。
「あ、あの、轟くん」
「なんだ」
「わたしはスーツの関係もあって平気だから、先に透ちゃ……葉隠さんの氷を溶かしてあげて。その、スーツの関係も、あるし、」
「……、……ああ」
そうか、と納得してくれたようで、轟くんはそっちに向かってくれた。ほっとしてその後ろ姿を見送る。ぽた、ぽた、と溶けてきた氷が水となって、わたしたちに降り注ぐ。生ぬるいそれに打たれながら、はあ、と息を吐いた。
「ごめんね、空中さん。俺があの蹴り当てられてたら……」
「え、そ、そんなことないよ。むしろその、そもそもわたしの作戦が見きり発車すぎたというか……」
「えー? でも惜しかったよね、私たちよくやったよ! 轟くんと障子くんがズルすぎただけだって!」
「透ちゃん……」
底抜けに明るくそう言ってくれると、なんだか沈んでいた気持ちが浮上する。
「ズルくはないぞ」
「ズルくはねえ」
しかも至極真面目に障子くんと轟くんがそう言うものだから、思わずふふ、と笑みがこぼれた。尾白くんも苦笑混じりに笑っている。
そんなわたしたちに不思議そうな顔をしながら、轟くんは左手で氷を溶かしてくれた。解放されてとん、と床に足をつけたわたしに、轟くんは無表情のまま口を開く。
「空中、だったか」
「え……、う、うん」
「その右腕、氷の中でもがいたんだろ」
「あ、あー……うん、そう、だね」
轟くんが目敏く見つけたのは、わたしが轟くんの氷に捕まった時、もがいて皮が一部剥がれてしまった傷だった。ばつが悪くなって視線を反らしたわたしに、彼は続ける。
「無茶すんな。凍傷になってもしらねえぞ」
「ご、ごめんなさい。……でも、」
左手で傷口に触れ、意識を集中させる。そんなに深い傷でもなかったから、あっという間に綺麗に治った。
「うん、ほら、大丈夫だよ」
大丈夫。もう痛くもなんともない。
そんな風に思いを込めて笑う。そうしてわたしたちはオールマイトの放送に促されてモニタールームに向かったから。
「……。」
なにか考え込むようにしている轟くんには、気づかなかった。
09.少女、戦闘訓練。
尾白くんの武術シーンも書きたいし葉隠ちゃんの隠密も書きたいし轟くんの他を寄せ付けない圧倒的強個性感も出したいし何より障子くんを活躍させたいしで大変でした。
障子くんめちゃめちゃ格好いいのでこれからも隙あらば出していきたい所存。