“体の内側から爆竹が爆発したみたい”。それが、緑谷くんの右腕の怪我に対する第一印象だった。不思議な現象ではあるけれど、そう言う他ない。爆豪くんの爆破を受けた左腕とは明らかに違う。骨が砕けて、血管がぶち切れている。その力の掛かり方はどう見ても“内側”からだった。
「どうしてこんな……、……“個性”が体に、合ってない?」
全チームの戦闘訓練が終わり、ホームルームを終えた放課後。わたしはリカバリーガールに呼び出されて保健室を訪れていた。ベッドで眠っている緑谷くんの容態を見て首を傾げるわたしに、リカバリーガールは重々しく頷く。
「あんたの見立て通り、緑谷の体に“個性”が馴染んでいないんだろうさ。緑谷は去年突発的に“個性”が発現したと聞いているからね」
「去年……? それは、レアケースですね」
普通、“個性”が発現するのは4歳までだ。それを過ぎてもなお発現しない場合は【無個性】として登録されるはずなのだけれど。でも“普通”があれば“特例”もある。緑谷くんはレアケースの中のレアケースだったのだろう。
そうわたしの中で結論付けたけれど、リカバリーガールは浮かない顔だ。渋い表情で眠る緑谷くんを見つめている。……そこにある感情は、なに?
「リカバリーガール?」
「……本当に、難儀な子だね」
その声にある感情は、ただ“個性”が体に合ってないことを可哀想に思っているのとは違う気がした。リカバリーガールはきっと、わたしの知らない“なにか”を知っている。
「……
「は、はい」
「あんたはこれから緑谷と長い付き合いになるだろう、同学年なんだからね。きっと、こうした怪我を治す機会も、これっきりじゃない」
彼女は“なにか”に苛立つように、けれど“なにか”を憐れむように、複雑な音で言葉を紡ぐ。
「あんたの【治癒】を使えば、治すだけなら簡単だろう。……でもね空中、本当に大切なのは、怪我をさせないことだ」
「……怪我を、させない……」
「そう。ヒーローに、『どうせ治してもらえるから無茶したっていい』と、思わせちゃいけないのさ」
【ヒーローはいつだって命懸け】──それは理想的なヒーローの在り方とされる。誰かの命のために自分の命を投げ出せる人は、英雄と呼ばれるから。
わたしはそんな人たちを、すごいと思っていた。眩しい気持ちで見つめていた。けれどそれでは駄目なのだと、リカバリーガールは諭すように言う。
「これを褒めちゃいけないよ。少なくともあんたは。あんただけは」
“私たちだけは駄目なのだ”と、彼女はわたしの目を見据えた。
「治す者として、生命を守る者として。諌めなければならない時があることを学びんさい」
「ほ、ほんとにごめんね、空中さん……!」
「う、ううん。いいの、気にしないで」
あの話の後、リカバリーガールの指導の元、わたしは緑谷くんを治癒した。爆破されて火傷と破傷が酷かった左腕と、内側から壊れた右腕、それぞれに治癒のエネルギーを施すと、程なくして彼は目を覚ました。『また無茶をして!』と彼をひとしきり叱ってから、リカバリーガールはわたしたちに飴玉をくれた。それを口の中で転がしながら、わたしたちは教室に戻るところで。
「その……“個性”の制御は、やっぱりまだ難しい?」
「う、うん……」
「……あのね、緑谷くんたちの戦闘訓練、モニタールームで見てたよ。たくさんの作戦を練ってて、それを実行してて、すごかった」
「うえっ!? い、いやいやそんな、ぁ、ありがと、う……?」
複雑そうな顔をしている緑谷くんは、きっと気づいている。わたしもまた、複雑な思いを持っていることに。
「でも、やっぱり……心配になるよ。はじめからうまくいかないことはわかるけど、制御、諦めてしまわないでね」
「──……うん、わかった」
「……ご、ごめんね、なんか上から目線だ……」
「そんなことないよ!! っあ、と……大声でごめん……!」
「え、や、いいの、その、わたしが謝るべきで、」
「いやいやいや僕の方こそ……!」
そんな、端から見れば何やってるんだって感じで、わたしたちは教室に戻ってきた。大きなドアをスイーっと開けると、賑やかな声が飛び込んでくる。
「おお緑谷と空中来た!! お疲れ!!」
赤いツンツンとした髪が特徴的な男の子、切島くんはニカッと笑って緑谷くんに向き直った。ギザキザの歯がきらりと光る。
「いや何喋ってっかわかんなかったけどアツかったぜおめー!」
「へっ!?」
「よく避けたよー!」
「1戦目からあんなのやられたから俺らも気合い入っちまったぜ!」
いきなりの称賛に囲まれて、緑谷くんがびっくりしたように目を丸くしている。
「俺ぁ切島鋭児郎! 今みんなで戦闘訓練の反省会してたんだ!」
「あっ、私芦戸三奈! それにしてもよく避けたよねー!」
「蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで」
「俺! 砂藤!!」
「わわ……」
わいわいと賑わう教室。その奥から麗日さんがてててと走り寄ってきて、緑谷くんにぱあっと笑った。
「あ、デクくん怪我! よかったあ、治ったんやね」
「うん、リカバリーガールの処置と空中さんの治癒で、もうすっかり。あ、そうだ麗日さん、かっ、……爆豪くんはどこかな」
「ん? 爆豪くんは……皆で止めてたんだけど、さっき黙って帰っちゃったよ」
それを聞いた緑谷くんの顔に、一瞬、さまざまな表情がよぎった。まずい、とか、やっぱり、とか、そういったものが綯交ぜになったような。けれどそれを取り繕うような笑顔を浮かべて、緑谷くんは麗日さんにお礼を言った。そうしてくるりと踵を返す。
「、緑谷くん?」
「ごめん、ちょっとかっちゃんに話があって!」
それだけ言い残して、バタバタと足音が忙しなく遠ざかっていく。残されたわたしたちはしばらく無言になって顔を見合わせた。
「かっちゃん……って、爆豪くんのこと、だよね?」
「あだ名?」
「やけにかわいい感じで呼んでんだなァ」
「同中なのかな? 緑谷と爆豪って」
高校に入ってからの仲ではないことは確かなようだ。……だから戦闘訓練の時、あんなにも刺々しい、物々しい雰囲気だったのかも。
そんなことをぼんやり思い出していると、ふいに隣から呼び掛けられて、はっとして我に返る。
「それにしてもあの怪我をこうも治すとは……! すごいな空中くん!」
「へっ、」
「緑谷両腕がバキバキのグシャグシャだったもんねぇ」
「スマートじゃなかったよね☆」
飯田くんや芦戸さん、青山くんだけじゃなく、他のみんなの視線を感じて、思わず声が裏返った。
「ち、違うよ。緑谷くんも言ってたけど、リカバリーガールの処置があってのことで、」
「入試の時の傷も、綺麗に治してくれたものね」
「も、もう、梅雨ちゃん……」
「照れなくてもいいのに」
けろろ、と口許に人差し指を当てながら、梅雨ちゃんが軽やかに言う。そんなわたしたちのやり取りに対し、耳郎さんがああ、と頷いて。
「そういえば2人、初日からお互いに“ちゃん呼び”だったよね。同中出身とか?」
「いいえ、入試の演習会場が一緒だったのよ。その時に
「もともと、梅雨ちゃんが別の人を助けてたのが始まりだし……」
「ふふ。素敵な出会いがあったのですね」
「あの演習大変だったよなー。怪我を治してくれるなんて有難いぜ!」
「あ、う、えと……」
なんだか変な照れがあって、顔が熱くなる。八百万さんが微笑ましいというように手を合わせるから、なおのこと。切島くんの賛辞にも上手に返せないでいる、と、
「……ぉぃおいおいオイ、そこじゃねぇだろ? そこじゃねぇだろ! 大事なところはよォ!!」
今まで黙っていた紫の髪の男の子、峰田くんが、なんだか変な気合いを見せてそう言った。丸くくりっとした目が、ぎろりとわたしを見上げる。
「なあ……空中ァ……」
「な、なに?」
「リカバリーガールと同じように、空中も治癒ができるんだよなァ?」
「う……うん、そうだけど……」
「峰田、どうした。目付きが尋常じゃないぞ」
「人としてアウトな域に入ってっぞ?」
「黙れぃ! これが落ち着いていられるかァ!!」
障子くんや瀬呂くんが宥めるも、峰田くんは止まらない。なんだかよくわからないけれど、話せば話すほど、呼吸が荒くなっている、ような?
「よくよく考えてみろよ! 思い出してみろよ! リカバリーガールの治癒! ならぬ、チュー!! ……ということはだ、同じチューの“個性”を持つ空中もまた……!! 緑谷に……!!」
「っ!!」
「ちっ、がう、から!!」
何を力説するかと思えば、とんでもなく馬鹿なことだった。ぼぼぼと熱くなる顔が嫌で、それでも声を上げずにはいられない。
「確かにわたしは【治癒】の“個性”ではあるけど、違うところがあって……! 上鳴くんもハッとしたような顔しないで!」
「ええ~でもなぁ~?」
「変に焦るところが、怪しいよなァ?」
「も、もう、違うって言ってるのに……っ」
「いやいや責めてるとかじゃないんだって。ただ、これから、俺もお世話になることもあるだろうから?後学のために聞いておこうと──ぶえっ!!」
ビタン!といい音を立てて、梅雨ちゃんの長く伸びた舌が峰田くんをビンタした。上鳴くんは両手を上げていて、口を素早く閉ざしている。
「アウトよ峰田ちゃん」
「あ、ありがと、梅雨ちゃん……」
「こういう時はもっと怒っていいのよ愛依ちゃん」
「上鳴、あんたもわかってんね?」
「オッケー黙ります!」
峰田くんが梅雨ちゃんに、上鳴くんが耳郎さんに黙らされたことで、少し落ち着きを取り戻す。軽く深呼吸をしてから、みんなに向き直った。
「わたしも、取り乱してごめんね……。でも峰田くんの言うことにも一理あるし、みんなにもわたしの【治癒】について説明しておくね」
これから治癒の場面が来るかもわからないし、知っておいてもらうべきだろう、とわたしは口を開く。
「とりあえずわたしの【治癒】は、さっきも言った通りリカバリーガールと違うところがあるの。エネルギーの出所もそうなんだけど、発動方法もそう。
手当てって、“手を当てる”って書くでしょう?わたしの中で“治癒”のイメージといったらそれなの。だから、わたしは患部に手を当てることで、治癒を発動する」
「……そんなのって、そんなのってありかよ……!」
「峰田ちゃん」
「ハイ」
キュッと絞められた峰田くんを見て、「煩悩の塊……」と常闇くんが小さく呟く。身も蓋もない……けど間違っちゃいないな、とわたしは苦笑した。そう、笑った。
(……、なんだか、不思議)
放課後の教室で、こんな風にクラスメイトとお喋りして、冗談を聞いたり、怒ったり、笑ったりしてる。こういうことがあるとは知っていたけど、自分がその輪の中に入ってることが不思議だ。まだ実感がわかないというか、現実味が無いというか、……夢のようだと、ぼんやり思う。
「峰田くんじゃないけどさ、これから絶対お世話になると思うんだよね。今日みたいな戦闘訓練の時とかさ!」
「そうだね。空中さんがいてくれると心強いや」
今日チームを組んだ透ちゃんや尾白くんがそう言って、他のみんなもよろしくね、よろしくな!と声をかけてくれる。夢のようだけど夢じゃない、そんな出来事を前に、胸の奥が熱くなった。
「……わたしの方こそ、よろしくね」
夕日が目に滲んで、あつい。込み上げてくるものを誤魔化すように、ゆっくりと笑った。
10.少女、治癒について。
峰田書くの面白かったです。多少振り切ったテンションで書いても峰田なら何とかしてくれるという変な信頼が生まれました。