「
雄英高校はヒーローを養成する最高峰の学校ということもあって、教諭の多くがプロヒーローだ。そんな本拠地ともいえる場所に乗り込んでくるなんて、と、わたしも目の前の光景を信じられずにいた。
それでも何度目を凝らしても、見えるものは変わらない。
「先生、侵入者用センサーは!?」
「もちろんありますが……!」
「あるのに、鳴ってない……誰かが妨害してる……?」
「ああ、現れたのはここだけか学校全体か……何にせよセンサーが反応しねぇなら、向こうにそういうことができる“
轟くんは広場を見下ろし、普段と変わらない淡々とした口調で続ける。
「校舎と離れた隔離空間、そこに
……轟くんは冷静に言うけれど、とんでもないことだ。雄英の長い歴史の中で、こんなことが起きたのは初めてなんじゃないのかな。
みんなが緊張に顔を強張らせる中、相澤先生が鋭く叫んだ。
「13号避難開始! 学校に
センサーの対策も頭にある
「っス!」
「先生は!? 1人で戦うんですか!? あの数じゃいくら“個性”を消すっていっても!!」
ゴーグルをつけ、捕縛布を手にした相澤先生に、緑谷くんが駆け寄ろうとした。今にも戦線に赴きそうな先生を心配して眉が下がっている。
「イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の“個性”を消してからの捕縛だ。正面戦闘は……っ」
「──一芸だけじゃヒーローは務まらん」
目を隠すゴーグルをつけているから、相澤先生の表情はわからない。ただ静かな、それでいて強い意思のこもった声が、わたしたちを安心させるかのように返ってきた。
たった一言、それだけ告げて、先生は駆け出す。
「13号! 任せたぞ!!」
「相澤先生……!」
呼び止める声に振り返ることなく、相澤先生は高く跳躍して広場に降り立った。単身飛び出した先生に狙いを定め、
「射撃隊、行くぞぉ!!」
「情報じゃ13号とオールマイトだけじゃなかったか!? ありゃ誰だ!?」
「知らねぇ!が、1人で正面突っ込んでくるとは──大まぬけ!!」
鞭のような髪をしならせた女が、ガスマスクをした男が、指に射出口を持った男がそれぞれ構えたけれど──
「あれ? 出ね……」
「馬鹿野郎! ありゃ見ただけで“個性”を消すっつう……イレイザーヘッドだ!」
「消すぅ~!? へっへっへ、俺らみてえな異形型の“個性”も消してくへんのかあ!?」
進み出たのは身体中に鉱石のようなものを纏った大柄の
「俺が消せるのは変化系や発動系に限る。──が、」
素早く懐に入り込んだ先生が顔面を殴り付ける。と同時に捕縛布がよろめいた相手の膝を掴んだ。反対から殴りかかってきた別の男のパンチを、体勢を低くして避けて──
「おまえらみたいな奴の旨味は統計的に、近接戦闘で発揮されることが多い」
先ほど捕縛布で掴んだ鉱石の男を投げ飛ばし、ぶつけた。2つの巨躯はぶつかった衝撃に耐えられず崩れ落ちる。
「だからその辺の対策はしてる」
あっという間に5人を沈めた相澤先生に、緑谷くんは歓声を上げた。
「すごい……! 多対一こそ先生の得意分野だったんだ!」
「分析してる場合じゃない! 早く避難を!!」
「うん、ここに留まってちゃプロヒーローたちの邪魔になっちゃう。だから、」
だから早くこの場から離れよう、と。飯田くんに続いてみんなを促そうとした。その時。
「──させませんよ」
「!!」
さっきまで広場にいたはずの黒い影のような
「初めまして。私たちは
──平和の象徴オールマイトに、息絶えて頂きたいと思ってのことでして」
「……え、?」
平和の象徴に、オールマイトに、……息絶えて頂く?
あまりに穏やかな口ぶりだったからか、その意味を咀嚼するのに時間が要った。噛んで、飲み込んで、──その言葉の重さに胃がじくりと痛む。
(オールマイト、を、殺す……?)
そんなことは不可能だとか、そんなことをしたら社会は、とか。いろんな考えが脳裏に飛び交って、全然まとまらない。
「本来ならばここにオールマイトがいらっしゃるハズ……ですが、何か変更があったのでしょうか? まあ……それとは関係なく……、」
わたしの役目はこれ。
そう低く呟いて、その
「──っだめ、待って!」
「うおっ!?」
「アァ!?」
それぞれの“個性”を発動させて
「
13号先生の指先が開いて、そこから先生の“個性”であるブラックホールが渦を巻いて漏れ出した。どんなものでも吸い込んで塵にするという強力な“個性”。彼女はそれを使っての捕り物や救助に長けているプロヒーローだ。
だからわたしが成すべきは、13号先生の足手まといにならないよう、みんなと一緒に戦線を離れること。
「みんな、早く外に……!」
そう判断して13号先生たちに背を向けた。その瞬間。
「13号……災害救助で活躍するヒーロー。やはり……戦闘経験は一般ヒーローに比べて半歩劣る」
ぶわりと、血の匂いがした。
「──
「「「先生ーー!!!」」」
「13号先生……!」
振り返ってはいけない。足を止めてはいけない。早くみんなを脱出させなければいけない。──わかってはいた。それでも視線を向けた先で13号先生がうつ伏せに倒れ込んでいるのを、その背中の傷跡を見て、わたしは踵を返した。返してしまった。
「っ先生から離れて!」
「死ねやクソがぁ!!」
鋭く、固く形状変化させた羽根を射出する。それを追うように爆破で飛んできた爆豪くんが
「危ない危ない……そう……生徒といえど、優秀な金の卵」
むしろ──その声が、凄味を帯びた。
「ダメだ……どきなさい、2人とも!!」
13号先生の制止が遠くなる。ブアッと瞬く間に広がった影がわたしたちを包み込み、視界を、聴覚を、隔絶した。きっと
「させませんよ」
「……!?」
黒いもやが身体に纏わりつく。実体があるようには感じないのに、なぜだか羽根が締め付けられたかのように動かせなくなる。金色の目のような光が、すうっとわたしを見て細められた。
「機動力は削がせていただきます。……そうですね、あそこがいいでしょう」
「──空中!」
視界が黒く染まって、空を飛んでいる時とも違う、不思議な浮遊感に包まれる。五感のすべてが遠退いていく中、微かに聞こえたのはわたしを呼ぶ誰かの声。そして、
『──散らして 嬲り 殺す──』
そんな声が脳裏に響いて、次の瞬間、わたしは空中にいた。
「え、──!?」
がくんと重力に従って落ちていく感覚に、咄嗟に翼を広げて宙に浮かぶ。辺りを見下ろすと、まず視界に入ってくるのはビルの群れ。びゅうびゅうと横殴りの風と雨。それから、
「っ常闇くん、口田くん!!」
地上に向かって落ちていく2人の元に羽根を飛ばす。カーペットのように敷いた羽根で2人を受け止めて、ほっと息をつく間もない。
「来た来た!」
「3人か……仲良く三等分といこうぜェ」
「!?
地上にはわたしたちを待ち受けていたかのように、10数名の
(──どうする?)
わたしの【翼】は、羽根を鈍器のように固くして射出することによって飛び道具になる。けれどパワーは低く、人ひとりを昏倒させようと思うなら数枚は必要だ。ここにいる
「空中、この羽根はこのまま俺を乗せて動くことはできるか!?」
「!? で、きるよ!」
「ならば俺の指示通りに! ──下へ!!」
常闇くんの目に迷いはなく、もう既に臨戦態勢に入っている。わたしは一瞬考えた後、常闇くんを乗せた羽根を地上に向けて動かした。吹き付ける暴風雨に逆らうように、彼はバッと羽根から飛び降りて──影を振るう。
「薙ぎ払え!
「アイヨォォォ!!」
以前食堂で見た時はわたしたちより少し小さな身体で、声も高く、どこか可愛らしささえあったのに、今の
「くそッ、ガキ、が……!!」
ビルの壁に身体をうちつけ、悪態をつきながら男が崩れ落ちる。彼らの意識が完全に途切れたのを見てとって、わたしと口田くんは常闇くんの元へ降り立った。
「……すごい威力だね、常闇くん」
わたしの隣でこくこくと口田くんが首を縦に振る。そんなわたしたちを見て、常闇くんは嘴を開いた。
「俺の“個性”【
「そう、なんだ……」
だから昼の食堂で会った時とは様子が違ったのだと、あの時常闇くんが言った『今の状況ならな』という言葉の意味を知り、なるほどと頷いた。そうして話に一区切りついたところで、辺りを見渡す。
「ここは……USJの施設の1つ、暴風・大雨エリアだね」
頭上を仰げば、この辺り一帯をドームが覆っているのが見えた。わたしたちは間違いなくUSJのエリア内にいる、ということは。
「……さっきの影の
「フン……そして待ち受けている他の
「コノ程度デ、チャンチャラオカシイゼ!!」
常闇くんから顔を覗かせた
「……あまり強くはないとはいえ、多くを一度に相手取りたくはないな。どんな“個性”かもわからないし、闇雲に突っ込みたくはない」
わたしたちを逃がすつもりがないならば、ドームの入り口にでも陣取ってそうだけど、敵の数も配置もわからずに突撃するのは危険だろう。
「確認すべきは敵の数、配置。……でも、」
天を仰ぐと、ざあざあと降りつける風と雨が頬を打つ。この雨風が、今のわたしにとって最大の敵だ。
「……わたし、この【翼】の振動を読み取って少し遠くの音を聞き取ることができるんだけど……この大雨と暴風の中じゃ難しい」
ホークスなら違ったかもしれないけど、少なくとも今のわたしには、この暴風雨を掻い潜って振動を拾うなんて芸当は無理だ。
わたしに次いで、常闇くんが厳しい表情で口を開く。
「【
「そうなんだね、じゃあ……」
わたしと常闇くんが揃って口田くんを見ると、彼は慌てたように視線を反らしながらも、おずおずと答えてくれた。
「ぼ、僕の“個性”は【生き物ボイス】……声で動物たちにお願いをきいてもらえるんだ」
「お願い……口田くん、それは生き物に偵察をお願いして、その結果を聞くことも?」
「……、……できるよ」
少し続いた沈黙は、躊躇の表れだったのかもしれない。それでも口田くんは「できる」と自信をもって告げた。俯きがちだった視線が、真っ直ぐわたしたちを見ている。
「……口田くん、お願い。あなたの力が必要なの」
わたしたちを殺す気で待ち構えているチンピラ。
「わたしも、頑張る。……一緒に、頑張ろう」
『乗り越えて、更に向こうへ』と、校訓が声高に叫ぶ。
わたしたちは視線を交わしあって、強く頷き合った。
14.少女、会敵する。
次は口田くんと常闇くんとついでにオリ主のターン。
口田くんて自身なさげな印象ですけど、“個性”強いですよね。動物に限らず後々虫まで使えて、しかも意志疎通が可能なのが万能すぎる。蜂とか蝶とか飛ばしておけばどこでもなんでも索敵諜報できるのでは……?
▼0522 書き直し
ご指摘いただいて色々考えた結果、直したいところを書き直させていただきました。改訂後の方が個人的にお気に入りです。ご意見ありがとうございました!