暴風・大雨ゾーンは巨大なドーム状となっていて、薄暗い市街地を覆っている。天井に備えられた装置からは絶えず暴風大雨が降り注いでいるため、雨粒がコンクリートや窓を叩く音や、びゅうびゅうと鳴る風の音に溢れ、飛沫が景色をぼんやりとさせていた。
聴覚や視覚が不鮮明になるこの状況下で、“我々”の歩行音を聞き取ることは困難だろう。“我々”は家屋の隙間、それこそ排管やエアコン導入口から入り込んで、屋内と屋外を行き来しながら歩みを進める。そうしてたどり着いた排水溝のある一点で、“我々”は丸い耳をぴくりとそばだてた。さほど耳は大きくないものの、“我々”は聴覚に秀で、遠くの物音を察知することができるのだ。自慢の耳である。
「あいつら戻ってこねぇな」
「……まさかガキ共にやられちまったってのか」
「ハァ!? ねぇだろ、まだ15かそこらのガキだぜ?」
「歳がどうのとかマジで言ってるとしたら、相当頭沸いてんぞおまえら」
「アァ!?」
複数人の男たち。その中で苛立ちの声が上がった。
「この超常社会、年功序列なんてモンがまだあると思ってんのか。おめでたい頭だな」
「ンだと、」
「すべては“個性”。それだけだ。未だに歳がどうのって古い価値観にしがみついてっから、さっきの奴らはやられたんだろ。……よかったなァ、お仲間にならなくて」
すらすらと皮肉っぽく話す男がリーダー格のようだ。他の連中はその言い様に舌打ちをしつつ、言い返す素振りを見せない。
「奴らが脱出するにはここに来るしかねぇ。わざわざこんな土砂降りの中で這いずり回る必要なんぞない。ここで迎撃体勢を整える」
リーダー格の男が采配を振るい、男たちが行動し始める。それをただ見ている“我々”ではない。このゲート付近を中心に扇状に包囲網を張り、連絡動線を確保。フォロー用の隊員を各地に配備させてもなお、お釣りが来る。
男たちは自分たちが数で勝るゆえに余裕を崩さずにいるようだが、残念ながらその十八番は“我々”のものだ。数とは力──まさしく至言。そして“我々”に数で勝る者などいない。
「ここからどうされます」
「一度雇い主に現状を報告に行く。貴様は私の名代として全部隊の指揮を執れ」
「Yes,sir!」
後続に後を託し、私は暗い下水道を駆け戻る。いかに視界が暗かろうが“我々”の障害にはなりえない。自慢の耳が、自慢の髭が、どんな闇の中でも行くべき道を教えてくれる。当然である。ここは“我々”の庭。後から来て踏み荒らして行く者には、相応の制裁を与えねばならぬ。
そのために盟約を結んだ契約者の姿が見えた。“我々”への敬意を示してか、膝をついたその者には好感を覚える。何より声がいい。“我々”の心をめろめろにする魅惑ボイスだ。まだまだ小僧ではあるが、今知り得た情報を渡してやってもいいし、これからも協力してやらんでもないぞ!
「──ちう、ちゅうぢゅ、ちゅちゅちゅ!」
「はい、貴殿方のご協力に感謝いたします」
「ちゅー!」
「……常闇くん、わかる?」
「さっぱりわからん」
口田くんの“個性”は【生き物ボイス】。どんな生き物でもその声で働きかけることによって、お願いがきいてもらえるのだと先ほど説明を受けた。けれどそれだけでなく生き物と意志疎通ができるのだから、いろんなことに応用がきく“個性”だなあと、目の前で何事かを熱心に話す“ネズミ”と口田くんを見ていて思う。
彼はネズミに視線を近付けるように膝をついて話を聞いていたけれど、しばらくして立ち上がってわたしたちを見た。ネズミはまたどこかへ駆けていく。
「口田くん、ありがとう……どうだった?」
「うん、いろいろわかったよ。えっと、まず、この地点から大通りに出て真っ直ぐいったところに、このドームの唯一の出入り口があって、そこにリーダー格を含めた10人が待ち構えている。あっちは僕たちがそこへ向かうことを見越して、迎撃するつもりだって。口振りから察するに、他に潜伏してる仲間はいなさそう」
「……、……」
「え、っと、どうかした?」
「いや……本当にすごいなって思って」
「す、すごくなんかないよ。すごいのはネズミたちだよ」
確かにネズミもすごいのだろうけど、彼らとコミュニケーションをとってこんなに詳細な情報をすぐさま集めたのは口田くんあってのことだ。謙遜する必要はないのにな、と思いつつ、口を開く。
「じゃあ……口田くん、申し訳ないけど引き続き索敵をお願いできるかな。迎撃するつもりとはいっても、ゲート付近で姿を隠してる場合もあるし」
「わかった」
「
「うん、」
バッと羽根を広げて動作を確認する。雨を吸って重くなっていて、暴風で動きは鈍るだろうけど、まったく動かせないわけじゃない。動かす羽根を絞って集中すれば、問題はないだろう。……ちゃんと、動けるはず。
「──行こう」
ぢゅ!とどこか意気込んで先導するネズミを追って、わたしたちは嵐の中に足を踏み出した。
一説によると、ネズミは小さい種類のものなら10円玉程度の隙間があればどこにでも入り込むことができるという。それこそ排水管の隙間、押し入れの天板、換気扇──この大雨・暴風エリアは寂れた市街地を模しているようで、そういった彼らの出入り口には事欠かない。
だから、一番先にそこに辿り着いたのはネズミたちだった。彼らは口田くんのお願い通り、口をガパッと開ける。鋭く伸びた自慢の前歯で、かしかしとコードを齧り出した。束になったコードが1本、1本、ぷつりぷつりと切れていくたびに、天井から吊られている照明がぎこちなく揺れる。そうしてついに、ぷつん、と落ちて。
「──、ん?」
「音……あっちからだな」
「……てめえら様子を見てこい」
「チッ、わーったよ」
ガシャ、という音に数人の男が動く。ゲートからそう遠くないところにある2階建てのアパート。辺りがコンクリートの塀に囲まれている、ごく普通の木造アパートだ。音を辿ってその角部屋に辿り着いた男たちは、足音を殺して忍び寄り、慎重にドアノブを回す。
「ぅおっ、」
ドアを開けた瞬間、足元を走り抜けた小さな影に、肩を跳ねさせたその
「ンだよ、ネズミかよ!」
「驚かせやがって……」
(こういう台詞、なんだったっけ。映画かなにかで……そう、ホークスが言ってたな)
「……っぅおおお!!?」
「な──!」
玄関口の天窓を噛みきって、大量のネズミが
「おい、何が──」
アパートの入り口で警戒していた
その間にもネズミの攻撃を受けている
ゲート付近で迎撃体勢を整えるとあっては、“個性”で連携をとられて、あっちの思うままに展開が進んでしまう危険がある。だからわたしたちはあちらの体勢を崩すため、
口田くんのネズミによる陽動、奇襲。その悲鳴を撒き餌に寄ってくる
「ガキ共か……舐めやがって!!」
やまない悲鳴。1人また1人と様子を見に行っては帰ってこない状況に、ついに痺れを切らしたリーダー格の男が立ち上がった。
「ッおいてめぇら……!!」
戻ってこい、とでも言うつもりだったのか。それももう、
「──遅い。そこはもう、俺の間合いだ」
リーダー格なだけあって、この
「
常闇くんの呼び掛けに応じて飛び出た
「アァア!? コンナモンカヨ!! モット歯応えのアル奴ァイネェノカ!!!」
「……ッ鎮まれ、
暴風雨すら震わせるような咆哮にわたしと口田くんが駆けつけると、巨大な腕を振りかざそうとしている
「く……ッ」
「だ、大丈夫、常闇くん?」
「──、……大丈夫だ。すまん」
深呼吸をして顔を上げた常闇くんは、もういつもの常闇くんだった。嘘をついて無理をしている様子はなかったから、とりあえず安堵の息をつく。
「みんな、無事だね……よかった」
なんとかエリア内の
「急ぎ広場に戻るぞ。他の皆や13号先生が気にかかる」
「うん……!」
わたしたちを庇うべく前に出た13号先生。彼女が背に受けた傷跡を思い出し、ぎゅうと拳を握り締めた。ゲートを抜けて、一気に射し込んできた陽の光に目を細めた時。
──バァン!!と何かが派手に破壊される音が響いて、走る足に力を込める。何度か翼をはためかせて、雨の雫を打ち払う。そうして走りながら跳躍し、風に身を踊らせた。
見えてきたセントラル広場。倒れている数多の
「オールマイト……!」
来てくれた、という嬉しさと、来させてしまった、という心配が胸でざわめく。それでも脳味噌を剥き出しにした大柄の
「梅雨ちゃん、みんな!」
「
梅雨ちゃんと緑谷くんと峰田くん。ざっと視線を巡らせて、緑谷くんの左手の親指と中指、峰田くんの頭皮に血が流れているのを見つけた。けれどそれより重傷なのが、緑谷くんと峰田くんに担がれている相澤先生だった。
「空中ァ! 相澤先生を治してやってくれよォ!! あの脳ミソ
「両腕と、あと顔面を掴まれて何度も地面に打ち付けられてしまっていたわ。目の辺りを傷つけているかも」
峰田くんが泣きながら、梅雨ちゃんが冷静を装いながら話してくれる。どちらも相澤先生のことを心から心配しているのが伝わってきて、わたしは強く頷いた。
「わかった、……大丈夫、絶対、治す」
自分に言い聞かせるように、唱えるように口にする。本当は、こんなに酷い怪我を治すのは初めてで、声が震えそうになるのを必死に堪えた。できるだろうか、という弱音を殺す。──大丈夫、絶対に、治してみせる。
決意を込めて相澤先生の頭に触れると、ぬるりと血の感触がした。傷跡に手を当てて、意識を集中させる。……頭部の骨折、切れた血管、そして眼窩底骨。粉々に砕かれてしまったそれを、再び組み立てるようなイメージに沿ってエネルギーを注ぎ込む。
「すげえ……」
ぽつりと峰田くんが呟くのが聞こえる。どうにか頭部の負傷は治癒することができた。は、と安堵と疲労の息を吐き、次は腕をと指を伸ばした。
「……蛙ス……っユちゃん!」
「頑張ってくれてるのね、なあに緑谷ちゃん」
「相澤先生を担ぐの代わって……!!」
「? うん……でもなんで……」
「……、緑谷くん?」
梅雨ちゃんに相澤先生を託した緑谷くんの表情が見えない。それに嫌な予感がして呼び掛けたけれど、遅かった。
わたしたちの背後でズドン!!と轟音が響く。振り返ったわたしたちが見たのは、脳味噌
「──オールマイトォ!!!!」
オールマイトを救け出そうと、飛び出した緑谷くんの姿。
「緑谷くん……!!」
駄目だ、行ってはいけない、止めなくてはという焦りと、いまだ重傷を負っている先生たちを置いては行けないという気持ちがせめぎあう。躊躇するわたしに、追い付いた常闇くんが声を上げた。
「空中! おまえは相澤先生を連れ、疾く13号先生の元へ!」
「、常闇くんは……!」
「俺は緑谷の元へ行く。口田、空中たちを頼む!」
「うん……!」
中央へ駆けて行く常闇くんの背を見送って、わたしはぱちん、と両頬を叩いた。……気持ちを切り替えろ。自分はあの場所へ行くべきじゃない。今のわたしの成すべきことは、先生たちを一刻も早く治癒すること!
「相澤先生……」
……きっと、わたしたちを守るために多勢に無勢で戦ったんだ。そうとわかる傷跡の深さに、唇を引き締める。口田くんに抱えられた両腕に手を当てて、エネルギーを注ぎ込んだ。
「……っ」
「……愛依ちゃん?」
「なん、でもない。……これで相澤先生は大丈夫のはず。13号先生のところへ急ごう!」
「おう! こっちだぜ!!」
先導する峰田くんに続いて走り出す。元々わたしたちが13号先生の話を聞いていた入り口の広場。そこに芦戸さんに寄り添われて、倒れている13号先生を見つけた。
「空中、みんなあ!」
「芦戸さん! みんなも怪我は?」
「ないよ! でも13号先生が……!」
広場に残っていたのは芦戸さん、麗日さん、砂藤くん、瀬呂くん、障子くんの5人だった。みんなを守り抜いたのだろう13号先生には、まだ微かに意識があった。芦戸さんの隣に座り込んで、その背中に手を翳す。
「先生、聞こえますか」
「……そら、なか……さ……?」
「今、治しますからね」
ブラックホールによる傷──皮膚が剥がれ、広い範囲の筋肉に深い裂傷が見られるも、先生の“個性”解除が速かったからか骨や内臓には届いていないようだ。不幸中の幸いに息をこぼしつつ、治癒を施していく。
しばらくして傷跡が塞がり、芦戸さんの顔に笑顔が戻った瞬間、13号先生はうつ伏せの体勢から立ち上がろうとした。慌てて2人でその身体を支える。
「先生、治ったばっかなのに動かないで!」
「もう、傷は癒えました……芦戸さん、心配してくれてありがとうございます。空中さんも、治してくださったんですね」
「はい……違和感や痛みはありますか、先生」
「ありません。疲労も……そうか、これがあなたの“個性”」
ヘルメットに覆われて、わたしから13号先生の顔は見えない。それでもその声色から、彼女が微笑んでいるとわかる。
「人を救うために“個性”を使ってくださって、ありがとうございます」
そう言って先生は立ち上がった。はじめは少しふらついたものの、すぐにしっかりとした足取りで歩き出す。
「──だから僕も、救うために“個性”を使わねばなりません」
先生はセントラル広場を見下ろす。そこでオールマイトがグッと拳を握り締めたのが見えた。
いつもの日常を裂いて割り込んできた
15.少女、雨風越えて。
ネズミ隊長書いてるときが一番楽しかったなんてそんな。食糧も無さそうなUSJ内にネズミがいるのかはわかりませんが、周囲は森ですし、この世界観ではいるということでお許しを。
どこで話を切ったらいいのかわからず中途半端に終わっています。もうちょっとだけ続くんじゃ。