18.少女、意気込む。
USJ襲撃事件が終息した次の次の日。臨時休校を経て学校が再開した。日にちとしてはまったく久しぶりじゃないのに、起きた出来事が衝撃的過ぎたからか、なんだか不思議な感慨がある。
ぼんやりとそんなことを考えながら廊下を歩いていると、後ろから肩を叩かれた。
「おはよう
「梅雨ちゃん……! おはよう」
梅雨ちゃんは小首を傾げた。緑がかった長い黒髪がさらりと揺れる。
「愛依ちゃん、もう体調はいいのかしら?」
「あ……うん、あれは風邪っていうよりただの
あのUSJ襲撃の終局で、熱を出して倒れてしまった不甲斐なさはまだ胸に残っている。それでもあの後確認したスマホには、わたしの身体を気遣い、心配するメッセージがたくさん届いていた。その嬉しさだって、胸の中に残っている。
「あの、メッセージのこと、本当にありがとうね」
「お友達を心配するのは当然よ。元気になって、よかったわ」
「! あ、りがと……」
へにゃ、とだらしなく笑っている、そんな自覚はある。でもそんなわたしをからかうことなく、梅雨ちゃんもけろけろと微笑んでくれた。
そんな風に会話しながら教室に辿り着く。ドアを開けると、あっ、という声が耳に飛び込んできた。
「あー!
「芦戸さん、」
「心配したんよー! 無茶しとらん?」
「麗日さんも……」
2人だけじゃなく、耳郎さんや八百万さんも来てくれて、口々に大丈夫?、よかった、とあたたかい声を掛けてくれる。
「もう平気だよ。……みんな、ありがとう」
くすぐったくて、恥ずかしくて、嬉しくて。小さな声になってしまったけれど、それでもちゃんとお礼を言えた。そんな時。
「ぎゅーーっ」
「わっ、と、透ちゃん?」
「愛依ちゃん元気になってよかった! 心配してたんだよー!」
制服から覗く手は見えないものの、後ろから腕を回されている感覚から、抱き着かれていることはわかった。心配してくれたことも、喜んでくれたこともその声色からわかるんだけど、有り難いんだけど、その、頭ぐりぐりしないで……!
「あっ、あの、透ちゃん、」
「ていうかこれすっごい! 羽根すごいモッフモッフワフワ!」
「っうん、傷んだり無くなったりした分も生え変わったし、……っく、くすぐったいよ……!」
【翼】の大部分の羽根に神経は通っていないのだけれど、骨のある小雨覆の辺りや付け根のところには感覚がある。だからその辺りを触られるとむずむずするというか、くすぐったい。
透ちゃんはごめーん!と明るく謝ってくれて、少し体を離してくれたけど、その透明な手はまだ羽根をもふもふしている。
「あ、あの……?」
「へー、ちゃんと鳥みたいに生え変わるんだねぇ」
「真っ白でとても綺麗ですわね。……後学のために、私も少し触ってもよろしいですか?」
「後学……? いや、うん、べつにいいけど……」
「あっ、じゃああたしも触るー!」
「えっそんなん私も! もふもふさせてっ」
「じゃあウチもー」
「えっ、ちょ……っふは、だからそこはっ、くすぐった……つ、梅雨ちゃん……!」
「みんなずるいわ。私も触れさせてくれるかしら」
「梅雨ちゃんまで……!」
みんな力任せじゃなくて優しく触ってくれているからこそ、笑いが止まらなくなってしまう。少しだけ涙が滲んできた頃、この状況を止めてくれたのは明るい委員長の声だった。
「うむ! 元気になったようでなによりだ空中くん!!」
「あ、ありがとう飯田くん」
「うむ!! しかし空中くん、そして皆ーー!!
朝のHRが始まるぞ、席につけーー!!」
「あっもうそんな時間かぁ」
「はーい。愛依ちゃん羽根ありがとねー!」
「よかったらまたもふらせて」
「……お手柔らかにね……?」
「けろっ」
イタズラっぽく梅雨ちゃんが笑って、わたしたちは全員席に着いた。それとほぼ同時に、教室のドアが開く。
「おはよう」
「「「おはようございます!」」」
相澤先生はぐるりと教室全体を見渡しながら教卓の前に立った。
「先日は災難だったが、全員無事でなにより。……しかしまだ戦いは終わってねぇ」
「!?」
「戦い?」
「まさか……」
「また
相澤先生の不穏な言葉に教室がざわめく。そんな反応を目を閉じて受け止めていた先生は、カッ!!!と目を見開いた。
「──雄英体育祭が迫っている!!」
「「「クソ学校っぽいの来たあああああ!!!」」」
「待って待って!
一昨日のことを思えば、そうした不安が出るのも当然だろう。相澤先生は頷き、その質問の問いを返す。
「逆に開催することで雄英の危機管理体制が磐石だと示す……って考えらしい。警備は例年の5倍に強化するそうだ。何より
「いやそこは中止しよう……?」
「峰田くん……雄英体育祭見たことないの!?」
「あるに決まってんだろ。そういうことじゃなくてよー……」
ひそひそとやり取りする峰田くんと緑谷くんの会話が聞こえてくる。先生も聞こえたのか、ちらりと視線をやりながら続けた。
「ウチの体育祭は日本のビッグイベントの1つ!! かつてはオリンピックがスポーツの祭典と呼ばれ全国が熱狂したが、今は知っての通り規模も人口も縮小して形骸化した……。
そして日本に於いて今、“かつてのオリンピック”に代わるのが、雄英体育祭だ!!」
ひとつの高校の体育祭が、全国的な催しになる。……改めて雄英って規格外だなあと実感する。学校に通っていなかったわたしだけど、この感覚は間違っていないはずだ。
規格外で凄まじい──それは注目度もだ。競技の様子はテレビ中継され、全国の人々が、全国のヒーローがそれを観る。
「当然全国のトップヒーローも観ますのよ。スカウト目的でね!」
「
「そっから独立しそびれて万年サイドキックってのも多いんだよね。上鳴あんたそーなりそう、アホだし」
「くっ!!」
八百万さんが、上鳴くんが、耳郎さんが言うように、雄英生にとってこの体育祭は、プロヒーローへの足掛かり。
「当然名のあるヒーロー事務所に入った方が経験値も話題性も高くなる。──時間は有限。プロに見込まれればその場で将来が拓けるわけだ」
相澤先生のいつも静かな声が、どこか熱を帯びる。
「年に1回……計3回だけのチャンス。
ヒーローを志すなら絶対に外せないイベントだ!!」
4限目の現代文の授業が終わり、セメントス先生が教室を出ていく。昼休みの訪れに、教室内ががやがやと賑やかになる。
「あんなことはあったけど……なんだかんだテンション上がるなオイ!!」
「活躍して目立ちゃプロへのどでけぇ一歩を踏み出せる!」
会話の内容は体育祭一色だ。誰もが目を輝かせる中、きょろりと緑谷くんは視線を移ろわせている。
「皆すごいノリノリだ……」
「君は違うのか? ヒーローになるために在籍しているのだから燃えるのは当然だろう!!」
「飯田ちゃん独特な燃え方ね。変」
「相変わらずざっくりいくね梅雨ちゃん……」
梅雨ちゃんと向かい合わせに座りながら、お弁当箱の包みを開く。グッ!!!と握り拳を作り燃えている飯田くんに、ズバッといつも通りのようで表情がどことなく明るい梅雨ちゃん。きっとみんな、それぞれのやり方で燃えているんだとわかる。かくいうわたしだって、今からどきどきしているもの。
(……ホークスも、観るかな。観てくれるかな……)
そんなことを思っていると、ふと麗日さんと目が合った。彼女はゆっくりと顔を上げて、笑った。
「デクくん、飯田くん……──頑張ろうね体育祭!!!」
「顔がアレだよ麗日さん!!?」
「どうした? 全然うららかじゃないよ麗日」
「
たぶん峰田くんが余計なことを言おうとしたんだろうな。視界の端でビシィッ!!と梅雨ちゃんの舌ビンタが唸る。
けど、本当にみんなが不思議がっているように、いつもの麗日さんとは全然様子が違う。いつもはほわっとした笑顔が強ばって、眉間に影が落ちて、目が吊り上がっている。
「皆!! 私!! 頑張る!!!」
「お、おー……?」
「どうしたキャラがふわふわしてんぞ!?」
いまいち煮え切らない様子の緑谷くんや、逆に気合いが入りまくりな麗日さんという、だいぶカオスになってきた教室内を覗き込んで、その人は溜め息をつく。
「まったく合理的じゃないな……騒がしいぞ」
「相澤先生?」
休み時間になるとゼリー飲料で食事を済ませて、その他は寝袋で寝ていることが多い相澤先生が、こうして教室にやって来ることは珍しい。どうしたのかな、なんて思っていると、その鋭い目がわたしを見たから、思わず驚いて肩が跳ねた。
「空中、悪いが保健室まで来れるか。おまえの体育祭参加について話がある」
「“特別治癒補助員”?」
耳慣れない言葉をおうむ返しに諳じたわたしに、相澤先生とリカバリーガールが頷いた。相澤先生に呼ばれてやって来た保健室で、わたしは2人の先生と向かい合わせになってソファに座っている。
「そうだよ。これは“治癒個性教育プログラム”を受けている者にしか話していないから、耳慣れないのも仕方ないね」
そうおっとり微笑んだリカバリーガールは続ける。
曰く、“治癒個性教育プログラム”に参加している生徒が、リカバリーガールの補助員となり、体育祭で怪我をする生徒を治癒する役割を負うのだという。
「雄英体育祭はテレビで観たことあるかい?」
「はい、何度か……」
「それなら知っているだろうけど、参加する生徒は皆“個性”を使って覇を競うからね、毎年怪我人が絶えないのさ」
「数多の治癒の経験を積むだけじゃなく、テレビ越しに自分の【治癒】を全国へアピールすることもできる」
相澤先生は教室でも言っていた。時間は有限。ヒーローとしての将来を掴むためにも、自分の有用性をアピールしなければいけないと。
「体育祭では予選、本選を経て、上位4名を決める。そこに注目が集まる中、おまえは競技に参加しない以上、どうあっても表彰台に昇ることはできないが──それでも【治癒】の“個性”持ちとしてのおまえは、充分に見てもらえるはずだ。
空中、おまえはどのように参加する」
相澤先生にそう尋ねられて、わたしは然程迷わなかった。他のみんなのようには見てもらえないかもしれないけど、【治癒】“個性”を使う回復役としてのわたしを見てもらえる。そして何より、たくさんの治癒の機会が得られるのだから。
「やります。わたしに……“特別治癒補助員”をさせてください」
そう頭を下げたわたしに、相澤先生はわかった、と頷き、リカバリーガールは朗らかに笑う。
「よし。じゃあ今年はあんたに1年グラウンドを任せようかね」
「……えっ、い、いいんですか?」
「元よりグラウンドすべての負傷者を私が見ていたんだ。もしあんたが何らかのアクシデントで治癒できなくなったとしても、充分カバーできるさね」
例年雄英体育祭では、1年・2年・3年でグラウンドが分かれており、各学年全学科全生徒による総当たり戦形式で行われている。……確かにそのすべてを治癒できていたのだから、わたしのミスぐらいどうってことないのだろう。……でも、
「……わたし、途中で倒れることのないよう、最後まで役目を務めます」
そう意気込みを告げれば、リカバリーガールは正解だとばかりに大きく頷いた。そうだ、これがわたしの体育祭での課題。みんなの傷をしっかり治癒しつつ、自分もエネルギー不足を起こして行動不能にならない。そのためにエネルギーの無駄遣いを無くすんだと、心中で決意した。
18.少女、意気込む。
雄英体育祭編開始です。オリ主は上記の通りリカバリーガールの補助員として動くため、競技には出ません。治癒を施しつつ、いろんな人の葛藤にやや触れていく感じになると思います。サクサクいきたいなという願望はあります。