告知からあっという間に2週間が過ぎ、今日、雄英体育祭当日を迎える。このスタジアムに来るまでちらりと見ただけでも、何百、何千人もの人たちが入校審査を受けるべく長蛇の列を作っていた。きっとスタジアムでは、そうした人々が今か今かと開催を待ちわびているのだろう。この控え室にも、彼らの熱狂がひしひしと届いてくるかのようだった。
「人ヤバかったよね、ね! あんなに集まるんだねぇ!」
「葉隠……改めて言わないでよ……あー緊張する……」
「耳郎さん、お飲み物はいかがですか? 落ち着かれるかと」
「うん、ありがとーヤオモモ……」
「あっヤオモモ、あたしも貰っていーい?」
「ええ芦戸さん、もちろん」
ここは1年A組に割り当てられた控え室。みんなは緊張していたり、落ち着いていたり、テンションが振り切っていたりと反応はさまざまだ。「そういえば、」と声をかけられてそちらを見ると、麗日さんがわたしを見ていた。
「
「うん、補助員をするから……だから怪我した時は、任せて」
「そか、うん、ありがとう!」
「頼もしいわ」
麗日さんと梅雨ちゃんにそう言ってもらえて、緊張が少しほどけた気がする。頑張ろう、と前向きな気持ちになる。「ありがとう、頑張るね」──そう返そうと口を開きかけた時。
「緑谷」
轟くんがおもむろに立ち上がって、緑谷くんの前に立った。轟くんはいつもクールで、口数が少なく、誰かに話しかけているのはとても珍しい。それは緑谷くんも思ったようで、不思議そうに目を瞬かせている。
「轟くん、……何?」
「客観的に見ても、実力は俺の方が上だと思う」
「へ!? うっ、うん……」
轟くんの声の調子が、どこかいつもと違う。落ち着いた低い声で淡々と話すのは知っているけれど、今日の彼はなんだか、そこに凄みというか、怖いものを感じてしまう。
「おまえオールマイトに目ぇかけられてるよな。別にそこ詮索するつもりはねぇが、──おまえには勝つぞ」
「おお!?クラス最強が宣戦布告!?」だなんて上鳴くんが場を明るくしようとおどけるけれど、轟くんの視線は一切揺らがない。真っ直ぐ、鋭い眼差しで緑谷くんを射る。
「急にケンカ腰でどうした!? 直前でやめろって……」
「仲良しごっこじゃねぇんだ、なんだっていいだろ」
場を取り持とうとした切島くんの腕も振り払い、轟くんは素っ気なく吐き捨てる。控え室にいる誰もが、なんていったらいいのかわからない空気の中、俯いている緑谷くんが口を開いた。
「……轟くんが何を思って僕に勝つって言ってんのか……は、わからないけど、そりゃ君の方が上だよ……。僕の実力なんて、大半の人に敵わないと思う……客観的に見ても……」
「み、緑谷もそーゆーネガティブなこと言わねぇ方が、」
「でも……!! 皆……他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ。僕だって……遅れを取るわけには、いかないんだ」
緑谷くんが顔を上げた。ぎゅっと、拳を握り締めて。
「──僕も本気で、獲りに行く!!」
『雄英体育祭!! ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!!
どうせテメーらアレだろコイツらだろ!?
──ヒーロー科!! 1年!! A組だろぉぉ!!?』
そんなプレゼント・マイク先生の実況で、会場はワアア!!と歓声を上げている。そんな中スタジアムに進み出るわたしたちを──
(これ……マイク先生の発言だけで、そうなってるんじゃない、よね)
テレビや新聞など、数々のメディアでUSJ襲撃事件は取り上げられた。『
だから、みんなそういう目でA組を見る。視線が集まる。
他の誰かに注がれるかもしれなかった視線を、奪う。
「俺らって完全に引き立て役だよな」
「たるいよねー……」
【翼】がそんな呟きを拾う。……引き立て役だなんて、そんなつもり、わたしたちには無い。あの
(……なんだか、もやもやする)
他の人たちが面白く思わないのも当然、というのもわかるから、やりきれない。そんなわたしみたいに俯きがちな人、多くの人を前に緊張がぶり返す人、テンションをアゲる人──そんな悲喜交々ぜんぶを引っくるめて、体育祭は始まりを告げた。
「選手宣誓!!」
ビシッ!!と鞭をしならせて壇上に立ったのはミッドナイト先生だった。極薄タイツに、ボンデージ、というのだっけ、セクシーな衣装を身につけている。……セクシー過ぎるような気がしないでもないけど。
「わたしたち1年ステージの主審は、ミッドナイト先生なんだね。……18禁ヒーローって呼ばれてるんだっけ」
「18禁なのに高校にいてもいいものか」
「いい」
「静かにしなさい!! 選手代表──1年A組爆豪勝己!!」
常闇くんや峰田くんとのひそひそ話をやめて、名前を呼ばれた爆豪くんに視線を移す。
「え~~かっちゃんなの!?」
「あいつ一応入試一位通過だったからな」
「……ヒーロー科の入試な」
意外そうで、大丈夫なの?というような緑谷くんの呟き。瀬呂くんのフォロー。普通科の人の皮肉。他にもざわざわと好奇の目と声が壇上に向かう爆豪くんに集まる。
けどそれを、爆豪くんは一切気にした様子もない。
「せんせー」
ポケットに手を突っ込んだまま、気だるげな淡々とした声で、彼は言う。
「──俺が一位になる」
「……絶対言うと思った!!!」
切島くんの叫びを皮切りに、ブーイングが巻き起こった。
「調子乗んなよA組オラァ!!」
「何故品位を貶めるようなことをするんだ!!」
「ヘドロヤロー!!」
「せめて跳ねのいい踏み台になってくれ」
(うわあ……)
A組内外を問わず飛び交うブーイングに一歩も退かず、逆に挑発し返す爆豪くんを見てると、2週間前を思い出す。
2週間前。良くも悪くも注目されているA組を一目見ようと、教室にたくさんの人が押し寄せたあの放課後。出入り口を塞ぐほどに集まった多くの人たちが、ざわざわと何かを話していたり、スマホでわたしたちの写真を撮ったりしていた。そんな彼らを見て爆豪くんは言ったのだ。
『敵情視察だろザコ』
『
『──意味ねェからどけモブ共』
(……うん、ヘイトが集まるのも仕方ないというか……)
爆豪くんはなんというか、とにかく口が悪いし態度も悪い。そこに批判的な声が集まるのも仕方ないだろう。……それだけの人ではないように思うけど、爆豪くん自身が選んで見せている姿がそれなのだからどうしようもない。
「どんだけ自信過剰だよ!! この俺が潰したるわ!!」
鉄哲くんが憤る声を聞きながら、でも、と考える。
口が悪いし態度も悪い。真似をしようとは思わないし、できない。……それでも迷いなく上を目指す姿を見てると、どこか眩しくもある。
(……すごい、なぁ)
誰にどう思われてもいいから、目指す場所へ行く。そんな強い思いはきっと、わたしには無いものだから。
そんなことをぼんやり考えていると、ミッドナイト先生が“特別治癒補助員”について説明を始めた。ハッとして顔を上げる。
「紹介するわ、──
「、はい」
示されたミッドナイト先生の隣に立つ。ドーム状の観客席を埋め尽くさんばかりの人たちの視線を感じて、一瞬喉が震える。それでもしゃんとしなければと背筋を伸ばした。
「今年の1年ステージでは、彼女がリカバリーガールの代理を務め、選手たちの傷を治癒します。空中さん、じゃあ一言」
「はい、……ご紹介に与りました空中といいます。どうぞ、よろしくお願いします」
ざわめく会場に立ち向かうよう、ぐるりと見渡して、一礼した。そんなわたしの肩をポンと叩いて、ミッドナイト先生が話を進めた。
「空中さんには第一種目において、救助者としても動いてもらうわ。所定の位置に向かい、準備なさい」
「わかりました」
頷き、【翼】で飛翔する。ここから“個性”の使用は許可されているからと、上空から事前に言われていた位置へと向かう。
雄英体育祭、1年ステージの第一種目は──障害物競走。この特設ステージを一周する約4kmのコース、用意されている3つの関門を、“個性”を使って乗り越えるというものだ。ルールらしいルールとえば“コースアウトしない”ことだけ。何でもありなこの競技は……下手すると死人が出かねないギミックも用意されているので、補助員であるわたしも念のための救助者として動くことになったのだ。
「オマエガ養護教諭の代理カ」
「空中愛依──写真データと一致。コレを身にツケロ」
「あ、はい……」
スタート位置と第一関門の間あたりに降り立つと、2体のロボットがわたしにインカムを渡した。言われた通りに身につけると、幾つかのポイントに配置しているらしいロボットたちの声が聞こえてきた。要救助者やリタイアする人が出た場合、これでその人の容態、状況、位置を教えてくれることになっている。
「フン……救助が必要ナド人間トハヤハリ脆弱」
「我々の足下ニモ及ばヌ!!」
(口悪いなあ)
製作者だろうパワーローダー先生にそんな印象はないのに、どうしてか入試の時に出たロボしかり、このカメラロボしかり、人間に敵対的というかなんというか。
そんな風に苦笑を溢したついでに、ふ、と息をついた。ばくばくと忙しない心臓を、宥めるように深呼吸を繰り返す。
(ちゃんと……しっかり挨拶、できてたかな)
あんなに大勢の人の前で話すのなんて初めてだから、たった一言だけとはいえ緊張した。声、震えてなかったかな、みっともなくなかったかな、と心配になってしまう。
(……ホークス、観ててくれた、かな)
先日電話した時、彼は会場には行けないけどテレビで観てるよと言っていた。言ってくれた、──「頑張れ」って。
「……頑張るよ。わたし、頑張る、だから、」
だからどうか、観ていてね。
ひとり呟いて、わたしは翼を広げた。スタートの時は、もう目前に迫っている。
19.少女、開会式。
体育祭編でオリ主は目立った活躍はしませんが、他の登場人物の強さや頑張り、葛藤や覚悟を目の当たりにします。それが後々のフラグに繋がるかもしれません。
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