【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

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20.少女、障害物競走。

 

 雄英体育祭、その火蓋が今、切って落とされる。

 

『スターーーート!!!』

 

 大音量で宣言された始まりの合図に、生徒たちが一斉に走り出した。全科の生徒……ざっと数えて200人が、狭いスタートゲートに殺到してギチギチになっている。

 

(……こんなところで固まってしまったら、)

 

 そう危惧したその瞬間に、轟くんの氷が迸った。足元を凍らされて身動きできない生徒たちを尻目に、彼は先頭を走り抜けていく。

 

「ってぇー!! なんだ凍った! 動けん!!」

「寒みー!」

「んのヤロォオオオ!!」

 

 残されたのは、不意を突かれて行動不能になってしまった人たちと、

 

「甘いわ轟さん!」

「そう上手くいかせねぇよ半分野郎!!」

 

 それぞれの“個性”を使って氷結を避け、轟くんを猛追するA組のみんなや、その少し後を続くB組のみんながいた。爆豪くんは【爆破】で宙を行き、八百万さんは長い棒のようなものを【創造】して足を浮かせた。他のみんなも、芦戸さんのように“個性”を使ったり、逆に使わないで跳躍でかわしたりと、それぞれの方法で妨害を乗り越えていく。

 そんな中、1人の生徒が目に留まった。

 

「使い慣れてんなぁ……“個性”」

 

 逆立った紫色の髪と目の下の濃い隈が印象的な男の子は、ぼんやりとした表情でそう呟く。彼は4人の男子にお神輿みたいに担ぎ上げられていて、それで足元の氷結を逃れたんだとわかった。……どうしてそんな状況になったのか不思議だけれど、4人の男子の目が虚ろでなにひとつ喋ろうとしない様子から、きっと彼の“個性”によるものなのだと見当はつく。

 

「助かったよ、ありがとね」

 

「ん、……え、ええ!?」

「ハァ!? んだこれ、なんで……!」

 

 薄く笑って、彼は男子たちを残して走り去っていく。ヒーロー科の面々や、運良く氷を逃れた人たちが眼前を走り抜けて行き、後に残されたのは氷に捕まった人のみとなった。そんな彼らに向かって声を張り上げる。

 

「……リタイアする人は申し出てください! 救助します!」

 

 基本的にわたしが救助および手助けができるのは、競技からリタイアする人のみ。そうでないと競技の公平さを欠いてしまうからと、開会式でミッドナイト先生からも説明があった。

 それを覚えていてくれたのか、スムーズにリタイア宣言が続く。その人たちの足元の氷を強化した羽根で砕いて回り、最後の1人を救助したところで、インカムに通信が入った。

 

『補助員! 第一関門スポットに急行セヨ!! 生徒が2名ロボの下敷きトナッタ!!』

「!? っ了解しました!」

 

 とん、と地を蹴り、宙に浮かび、大きく羽根を動かして風を捕まえる。わたしにできる最高速度で飛んでいくと、一定の幅を保っていたコースが大きく開けた場所に来た。その広場のようなところに、所狭しと巨大なロボがひしめいている。

 

(第一関門、ロボ・インフェルノ……だったっけ)

 

 マイク先生命名らしいそこには、入試の時に出たビルよりも大きい……あの0ポイントのお邪魔虫ロボが蠢いていた。あまりに数が多すぎるので、ただその脇を走り抜けるわけにはいかない。生徒たちはどうにかロボの動きを止めるなり無力化することを強いられる。

 

「……っあそこか……!」

 

 ぐるりと眼下を見下ろして、ひとつ、あの巨大なロボが氷漬けになって倒れているのを見つけた。あの装甲の下敷きになってしまっているのだとしたら、大怪我の危険もある。急ぎ地上に向けて降り立とうとした──その目の前で。

 

「死ぬかぁーー!!」

 

 と、装甲をぶち破りながら切島くんが飛び出てきた。

 

『1ーA切島潰されてたーーッ!!』

 

「轟のヤロウ! わざと倒れるタイミングで! 俺じゃなかったら死んでたぞ!!」

「……いや本当、切島くんでよかったよ……」

 

 切島くんの“個性”は【硬化】。ガチガチに固くさせた身体に生半可な攻撃は通用しない。切島くんの言ってることは冗談なんかじゃなくて、彼じゃない別の人が下敷きになっていたらと思うとゾッとしない。

 ……あれ、でももう1人は?と視線を巡らせると、

 

「A組のヤロウは本当に嫌な奴ばかりだな……! 俺じゃなかったら死んでたぞ!!」

「B組の奴!!」

「鉄哲くん……!」

 

 ベコボコ、バコン!!と轟音を立てながら、鉄哲くんが飛び出してきた。『B組鉄哲も潰されてたー!!ウケる!!』なんてマイク先生の明るい声が聞こえるけど、本当、彼じゃなかったらウケるウケないどころの話じゃなかった。

 “個性”【スティール】。その名の通り身体が鋼のようになり、生半可な攻撃は通用しなくなる。

 

「……“個性”ダダ被りかよ!!」

「んなっ!? 待てコラァ!!」

 

(確かに似てるなあ)

 

 “個性”もだけれど、性格が。切島くんは“個性”被りに嘆いてみせたけど、組の違いを取っ払っていい友達になれるんじゃないのかな。

 そんなことを考えるくらいには、わたしはほっとしていた。下敷きになったのがあの2人だったから、現状、目立った怪我をしている人はいない。

 

「いいなアイツら……潰される心配なく突破できる」

「とりあえず俺らは一時協力して道拓くぞ!」

 

 他のヒーロー科の人たちも自分の“個性”を使ってどんどん突破していく。頭ひとつ抜き出た轟くんを追うように爆豪くんと瀬呂くんと常闇くんが上空を駆け抜け、上鳴くんが電気で、耳郎さんがイヤホンジャックで、それぞれロボを撃退していた。他のみんなも固まらずに動けている。普段から訓練を受けているだけあって、A組B組の人たちは心配ないだろう。

 心配なのは、そうしたヒーロー科とロボとの戦闘の脇を走っている、他の科の人たち。彼らは隙を見て一心不乱に走り抜けようとするけれど、その分ロボの動きには──こぼれ落ちた残骸には気を配れない。

 

「う、うわあっ!!?」

 

 宙から落ちてきたロボの装甲が、ばらばらに降り注ぐ。それに足を止めてしゃがみこんでしまった人たちを見て、わたしは羽根を飛ばした。カーペット状にした羽根を操って、装甲の欠片を受け止める。

 

「怪我は! ……ない、ですね、続けますか?」

「……いや……リタイアするよ」

「わかりました、じゃあ……あのカメラロボのところへ」

 

 助かったことにハアッと大きく安堵の息を吐く人や、悔しそうに俯く人、いろんな反応はあったけれど、誰も大きな怪我をせずに済んでほっとした。リタイアしなかった人たちも、第一関門を全員クリアしたようで。

 

『第一関門ニテリタイアした者は全員回収完了』

『他生徒ノ突破を確認。第二関門に来ラレタシ!!』

「了解、向かいます」

 

 そうした通信を聞きながら、次のポイントに向けて飛び立った。眼下を走るみんなを見ながら状況を見つめ直す。

 リタイアせずに残っている生徒は、ほとんどがA組、B組のヒーロー科だ。……やっぱりというかなんというか、障害物の難易度はヒーロー科のそれに合わせてきているから、こうなってしまうのも仕方ないのだろう。

 そんなことを考えていると次のポイントに辿り着いた。コースに唐突に空いた巨大な穴。底が見えないほど深い大穴で、足場となるのは幾つか聳え立った石柱、それを繋いでいる細いロープのみ。第一関門【ロボ・インフェルノ】がヒーローとしての戦闘能力を試されるなら、【ザ・フォール】と名付けられたこの第二関門は、足場の悪い中いかに素早く行動できるか、ヒーローとしての機動力を試される場だった。

 

「先頭のみんなは……もう行った後か」

 

 この場に残されているのは、それより少し後に続いた人と、大穴を前に尻込みをしている人たちだった。……確かに、このロープを素早くぶら下がって進むことができる腕力とか、細い道でも問題なく進めるバランス力とか、空を飛ぶことができる機動力とか──そうしたものが無い限り難しいだろう。わたしは改めて、辺りの人たちに向かって口を開く。

 

「……もし、リタイアされる方がいたら申し出てください。コース脇にカメラロボがいるので、そちらに、」

 

「俺はリタイアしないよ」

 

 不意に声を掛けられて、わたしはびっくりして振り返った。紫色の逆立った髪と目の下の濃い隈に、よくよく見覚えがあった。それはこの障害物が始まった時と、そして──

 

「は、い。うん、頑張って」

「ありがとね、……そうだ、少しいい?」

「え、う……うん」

 

 今は競技中なのに、足を止めてどうしたんだろう。もしかして競技に関する質問かもしれないと、彼の話に耳を傾ける。

 

「A組の空中(そらなか)、だっけ?」

「う、ん」

「その【翼】の羽根で人を運ぶこともできるんでしょ?」

「? そう、だけど、」

「……いい“個性”だね。羨ましいなァ」

 

 耳を傾ける(・・・・・)その声に言葉を返す(・・・・・・・・・)

 

「そ、そんなこと、──」

 

 その途端、ふつ、と意識が途切れる。まるで装置の電源を落としたかのように──いや、リモコンが他の人の手に渡ったかのように、身体の自由が効かなくなる。

 

「悪いね。とってもいい“個性”だから」

 

 そんな声が聞こえた気がしたけれど、ぼんやりとした感覚の中ではよくわからない。何が聞こえているのか、何が見えているのか、わたしは今何をしようとしているのか、全部、全部、ぼやけていく。

 

《俺を、その羽根でゴールまで運べ》

 

 その声だけが鮮明に聞こえて、何の疑問もなく、わたしは羽根を飛ばす。大穴を越えて、うんと先まで、ずっと向こうへ──

 

 

 

 

「……オイ、オイ補助員!! 我に返レ!!」

「っ!? ぃ、たあ……っ」

「ヤット戻ったカ! 全く、叩けば直るナンテひと昔前ノテレビカ!! コレダから人間ハ!! ポンコツ!!」

 

 ごいん、と頭を叩かれて、目の前に星が散る。痛む箇所を押さえながら、カメラロボにぷんすかと罵倒された。けどその言葉の中に聞き捨てならないものがあって、わたしは顔を上げる。

 

「戻る、直るって……わたし、何があったんですか?」

 

 そんなわたしの問いに答えを返したのは、インカムから聞こえてきた声だった。

 

『……空中、聞こえるか』

「っ相澤先生……?はい、聞こえてます」

 

 マイク先生と一緒に実況席にいた相澤先生なら、何があったか知っているはず。そう思って彼の言葉を待っていたわたしは、そのしばらく後、絶句することになる。

 

「──わたしが、あの紫の髪の……心操くんを羽根で飛ばした……?」

『ああ、……思い至る節はあるか』

「……、……はい」

 

 相澤先生が言うには、わたしと心操くんが会話した後、わたしが羽根を使って心操くんを乗せ、ゴール直前まで飛ばしたんだそうだ。その間、わたしはぼうっとした表情で棒立ちだった、と。

 ……夢のような朧気な記憶しかないけれど、確かにあの時、わたしに《ゴールまで運べ》と命令した声は、あの人のものだった。でも今の相澤先生の話を聞くに、それは夢なんかじゃなくて現実だった。ということは、

 

「……わたしは、会話の後から意識を失っていました。でもその朧気な意識の中で、心操くんから《ゴールまで運べ》と言われたことを覚えています。たぶん、彼の“個性”……」

『“意識操作”、いや……“洗脳”といったところか』

「恐らくは」

 

 そう答えながら、じわじわとした不安が胸をよぎる。そっと、体操服の胸元を掴んだ。

 

「……あの、相澤先生、」

『なんだ』

「心操くん、失格にはなりません、よね……?」

 

 基本的にわたしが救助および手助けができるのは、競技からリタイアする人のみ──そのルールを破ってしまったことにならないかが心配だった。

 

「彼は、“個性”を使って場を切り抜けただけであって……、わたしを利用したとか、そういうわけではないと、思うんです」

 

 心操くんはこの障害物走が始まった時と、もうひとつ。2週間前にたくさんの人が押し寄せたあの放課後に会っていた。爆豪くんが宣った『敵情視察だろザコ』、『意味ねェからどけモブ共』という言葉に、真っ向から反抗したのが彼だった。

 

『どんなもんかと見に来たが随分偉そうだなァ、ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい?』

 

 こういうの見ちゃうと幻滅しちゃうな、と。群がる人波を掻き分けて前に進み出て、彼は言った。

 

『普通科とか他の科って、ヒーロー科から落ちたから入ったって奴が結構いるの知ってた? ──体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって』

 

 淡々とした静かな声が、熱を帯びているような気がした。

 

『敵情視察? 少なくとも普通科(おれ)は──調子乗ってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー──宣戦布告しに来たつもり』

 

 

「……心操くん、大丈夫、ですよね?」

 

 ──こんなことで、彼が先へ進めなくなるのは、嫌だ。

 そんな思いを込めて相澤先生に確認すると、インカム越しに深い溜め息を吐かれた。

 

『……おまえが心配しなくても、心操は予選通過だ。奴はルールなど何も破っていない。“個性”を使って障害を突破しただけだ』

「! ですよね……!」

『……それより空中、そんなところで油売ってる場合か?』

「え、……あっ」

 

 我に返る。心操くんの【洗脳】が解けてインカム越しに会話をしてどれだけ経ったのか。少なくとも心操くんの予選突破が確定しているのだから、第一種目は終わっているはず、で。

 

『第二種目はミッドナイトの隣で備える手筈になってたろ。わかったなら早く向かえ!』

「はっはい!」

 

 慌てて翼を広げてスタジアムへ急ぐ。そうだ、まだ第一種目が終わっただけに過ぎない。これから第二種目が、そして、第三種目が待っている。

 

「……まだまだ、気が抜けないな……」

 

 ぽつりと呟いて、眼前に見えてきたスタジアムに急行した。

 

 

20.少女、障害物競走。

 

 


 

 心操くんがどうやってあの順位で障害物競走を突破したのかがわからなかったので、こういった次第になりました。原作とやや離れた展開は楽しいですけど、書くのは難しいです。

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