【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

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21.少女、舞台裏にて。

 

 雄英体育祭1年ステージ。第二種目は騎馬戦。

 第一種目を突破した上位42名が、それぞれ2人から4人までの騎馬を組む。出場者には障害物競走での順位によってそれぞれポイントが振り当てられ、そのチームの合計ポイントが騎馬のポイントとなる。そのポイント数が表示されたハチマキを奪い合ってポイントを稼ぐ、というものだ。

 例によって“個性”の発動はありだけれど、あくまで騎馬戦ということで、騎馬を狙う悪質な崩し目的の攻撃はレッドカード。つまりは生徒間で激しい攻撃はそれほどなく──競技中わたしの出番はなかった。その分、ミッドナイト先生の傍らでみんなの戦いをじっくり観戦することができたのだ。

 

「……すご……」

 

 ぽつり、呟く。先ほどまでの熱戦に圧倒されて、胸が熱くなっていく。

 みんな、自分の持ち得るすべてを駆使して戦った。峰田くんと梅雨ちゃん、障子くんの騎馬は、大柄な障子くんが2人を複製腕で守り、小柄な2人がもぎもぎや舌で敵を妨害。上鳴くんは電撃で他騎馬を牽制して、八百万さんはその電撃から自分たちを守るべく絶縁シートを創造していた。芦戸さんは【酸】で拘束を溶かしたり移動に用いたり、瀬呂くんはテープで騎手や騎馬全体の移動の補助をしたり──ここでは言い表せないくらい、たくさんの工夫があり、協力があった。その中でも特に印象的だったのが3人いる。

 

 まずは爆豪くん。爆豪くんは終盤まで物間くんに煽られ、彼の“個性”【コピー】や作戦に翻弄されて、一時は0ポイントに陥ってしまったのだけど、そこで終わりはしなかった。

 物間くんだってクラスのみんなと協力して第一種目ではあえて後方に位置し、他のライバルの“個性”や性格を観察して、虎視眈々と“予選突破”に向けて動いていた。──それでも、爆豪くんが目指していたのは“予選突破”じゃなくて、“完膚無きまでの1位”。

 ラスト1分で同じチームである芦戸さんや瀬呂くんの“個性”を駆使して、自分たちのポイントのみならず根こそぎ奪って、0ポイントから第2位へと躍り出てみせた。あれだけ容赦なく“個性”の【爆破】を使うことができたのは、前騎馬に【硬化】の切島くんがいたからだろう。

 

(常に1位を、トップを狙う、その執念……)

 

 そういった意味では、緑谷くんもそうだといえるだろう。第一種目を1位で通過したらしい緑谷くんは、1000万ポイントとかいう重すぎるハチマキを背負うことになった。そのため最序盤からいろんな騎馬に狙われていたのだけど、同じチームのみんなの“個性”を、“力”を駆使してそれらを退けてみせた。

 サポート科の発目さんのさまざまな道具で機動力を強化。麗日さんの【無重力(ゼログラビティ)】で移動を補佐。そして常闇くんの【黒影(ダークシャドウ)】が彼らの死角を含めた全方位を防御する。緑谷くんは司令塔としてそれらを統括し、残り時間1分まで1000万ポイントを保持してみせた。──飯田くんの“奥の手”レシプロバースト”による超加速で、轟くんが奪うまでは。

 制限時間は1分もない。自分は0ポイント。相手は攻防・スピードを兼ね揃えた轟くんチーム。けれど緑谷くんは諦めなかった。迷いなく突っ込んで、あの超パワーで防御する轟くんの左腕の炎(・・・・)を吹き飛ばして、ハチマキを奪還してみせたのだ。それは1000万ポイントでは無かったにしても、彼の気迫があの轟くんの隙を生み、黒影(ダークシャドウ)が別のハチマキを奪うことに成功していた。

 

(爆豪くんも、緑谷くんも、最後の1分間でも決して諦めなかった。……ずっと、全力だった)

 

 ずっと、全力。……そう、わたしは先ほど“みんな、自分の持ち得るすべてを駆使して戦った”と称したけれど、ある意味ではそれに当てはまらないのが轟くんだった。

 他騎馬を牽制、動きを止めることができる上鳴くん。その電撃から自分たちを守り、他にも【創造】でサポートができる八百万さん。そして機動力に他の追随を許さない飯田くん。チーム選びからして、轟くんが真剣にこの戦いに臨んでいたことはわかる。

 それでも彼は左側を、炎を使おうとしなかった。今までの授業でもそうだったけれど、轟くんは戦いにおいて氷ばかり用いて頑なに炎を使わない。その理由はわからない、けれど──騎馬戦の終盤、緑谷くんと相対した時、彼は左腕に炎を宿した。

 

(……不本意、だったのかな)

 

 今こうして騎馬戦が終わり、戦いを振り返っているのか、拳を握る轟くんの顔は歪んでいた。唇を噛み締めて、まるで悔やんでいるかのように。

 

 騎馬戦の結果は、1位轟くんチーム。2位爆豪くんチーム。3位心操くんチーム。4位緑谷くんチーム。ここに所属していた全員が本選である第三種目へと進める。

 それなのに一向に晴れない轟くんの表情に疑問を覚えた。彼を縛っているものはなんだろうかと思いを馳せた。──その答え合わせは、すぐに訪れてしまったのだけれど。

 

 

 

 

 第二種目を終えて、わたしは参加者の怪我を一通り治癒した。大きな怪我は無かったとはいえ、小さな傷はそれぞれにある。これからも体育祭は続くのだからと、今のうちに全員を治してしまいたかったのだ。なのに、

 

「……緑谷くんに轟くん、爆豪くんも……どこに行ったんだろ」

 

 騎馬戦が終わって早々に姿を消したらしい3人が見当たらず、わたしはスタジアム周辺を探し回っていた。そしてようやく、1人で歩いているベージュのツンツン頭──爆豪くんを見つける。

 

「ば、爆豪くん、待って」

「アァ? んだよ」

「小さいとはいえ、怪我してるでしょう? 本選までに治しとこうって思っ、」

「──黙れ」

 

 唐突に手のひらを差し向けられて、思わず口をつぐむ。どうしていきなり彼がそんなことを言ったのか、理由はすぐにわかった。

 

「なぁ……緑谷、おまえ、」

 

 人通りのない通路の外れ。そこから轟くんの声が聞こえた。緑谷くんに何事かを問い掛けるその声色は不穏で、なんだかお取り込み中のようだとわかる。わたしたちがここにいると知られてはまずいと、息を潜めて。そうして。

 

「──オールマイトの隠し子か何かか?」

 

「……ンなわけねぇだろ馬鹿かテメッ、」

「だっ、だめだよ抑えて……!」

 

 くわっと吼えそうになった爆豪くんの腕を抑えて、再びわたしたちは息を潜めた。どうして轟くんがそんなことを訊いたのか、緑谷くんもわからないようで。

 

「違うよそれは……って言ってももし本当にそれ……隠し子だったら違うって言うに決まってるから納得しないと思うけどとりあえずそんなんじゃなくて……。……そもそもその……逆に聞くけど……なんで僕なんかにそんな……」

「……『そんなんじゃなくて』って言い方は、少なくとも何かしら言えない繋がりがある、ってことだな」

 

 緑谷くんは、答えない。躊躇うように口をつぐむ。そんな彼を待たずに、轟くんは続けた。

 

「俺の親父はエンデヴァー。知ってるだろ。

 万年No.2のヒーローだ。おまえがNo.1ヒーローの何かを持ってるなら俺は……尚更勝たなきゃならねぇ」

 

 ──フレイムヒーロー、エンデヴァー。彼が20歳の時には既にNo.2に上り詰めていて、以来25年間、その地位を保持してきた。数多いるヒーローの中でNo.2で居続ける。それは、わたしだったら偉業と讃えるだろう。讃えるべきことだと思う。

 けれど、エンデヴァー自身にとっては、違ったらしい。

 

「親父は極めて上昇志向の強い奴だ。ヒーローとして破竹の勢いで名を馳せたが……それだけに生ける伝説オールマイトが目障りで仕方なかったらしい。

 自分ではオールマイトを超えられねぇ親父は、次の策に出た」

 

「……何の話だよ轟くん……僕に……何を言いたいんだ……」

 

 緑谷くんの声が震える。今は5月。爽やかな晴天に恵まれた。それなのにここには寒々しい空気が蟠っている。

 

「“個性婚”──知ってるよな」

「……!」

 

 “個性婚”。“超常”が起きてから、第二~第三世代間で話題となった社会問題。それを、淡々と轟くんは口にした。

 

「自身の“個性”をより強化して継がせる為だけに配偶者を選び……婚姻を強いる。倫理観の欠落した前時代的発想。

 実績と金だけはある男だ……親父は母の親族を丸め込み、母の“個性”を手に入れた」

 

 淡々としていた、声の調子が変わっていく。

 

「俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げることで自身の欲求を満たそうってこった。……鬱陶しい……! そんな屑の道具にはならねぇ」

 

 寒々しく、重々しく、──まるで彼の氷結のようだ。

 

「記憶の中の母はいつも泣いている……」

 

 痛々しいほどに、悲しい、声。

 

 

「『おまえの左側が醜い』と、母は俺に煮え湯を浴びせた」

 

 

 ひゅ、と息を飲む。呼吸の仕方を一瞬忘れた。轟くんの顔の左側を覆う大きな火傷痕。それが、こんな過去からきたものだったなんて、思いもしなかった。

 

「ざっと話したが俺がおまえに突っ掛かんのは見返すためだ。クソ親父の“個性”なんざ無くたって……いや……、

 ──使わず《一番になる》ことで、奴を完全否定する」

 

 轟くんの炎を使わない理由。決意。誓い。……それに複雑な思いを抱いてしまうのは、わたしのせいなんだろうな。ぎゅうと、もやもやを殺すように、胸元を握り締める。

 

「言えねぇならべつにいい。おまえがオールマイトの何であろうと、俺は右だけでおまえの上に行く。……時間とらせたな」

 

 話は終わったらしい。轟くんはいつもの淡々とした調子に戻って、声が遠ざかっていく。歩き去ろうとしているのがわかった。……その背中に、緑谷くんが口を開く。

 

「……僕は、ずうっと助けられてきた。さっきだってそうだ、僕は──誰かに救けられてここにいる」

 

 今まで黙っていた分、思うところもたくさんあるんだろう。確かめるようにゆっくりと、緑谷くんは言葉を紡ぐ。

 

「オールマイト──彼のようになりたい。……そのためには一番になるくらい強くなきゃいけない。君に比べたら些細な動機かもしれない……」

 

 廊下の奥側に隠れているわたしからは、緑谷くんの表情は見えない。それでも彼が顔を上げたのがわかる。

 

「でも僕だって負けらんない。僕を救けてくれた人たちに、応えるためにも……!」

 

 強い決意を、目に宿していると、わかる。

 

「──僕も君に勝つ!!」

 

 

 

 

 轟くんが去っていって、緑谷くんもその場を後にして。ようやくわたしは身体を動かすことができた。何か考え込んでいる爆豪くんの腕を取り、その傷を治癒する。

 

「……とりあえず、はい、治癒はおしまい」

「! ……おー」

 

「……びっくり、したね」

「……つーかこんなとこでセンシティブな話すんなや!!」

「まあそれは、うん……一理あるかも」

「十理あるわクソが!!」

 

(キレてるなあ……)

 

 爆豪くんの言わんとすることはわかる。まあ人気を避けたであろう轟くんが選んだ場所に、わざとではないにしろ来てしまったこちらも悪いという気もするのだけど。

 

「……とりあえず昼ごはん食べなきゃ。わたしも食堂に行かないと」

 

 そこで緑谷くんたちに会えるだろうし、何食わぬ顔で治癒しなきゃな、と思いながら、わたしは歩き出す。

 

「──チッ……オイ羽根、俺の前を歩くなや」

「は、羽根って……身も蓋もない……」

 

 爆豪くんに道を譲りつつ、苦笑する。苦笑も笑顔だ。少しだけ張り詰めていた緊張がほどけた気がして、深く息を吸って、吐いた。

 

(……エンデヴァーさん……)

 

 “媚びない姿勢が格好いい”と通なファンから称されるほど、ファンサービスとかそういった露出が少ないヒーローだ。トーク番組にも出ないから、プライベートはほとんど謎に包まれている。だから──と言ってしまっていいのか、その家庭にこんな事情があるなんて知りもしなかった。

 

(……ホークスはこのこと、知ってたのかな……?)

 

 エンデヴァーさん、と聞いて、一番に脳裏によぎったのは彼だった。その藤黄色の目がきらきら輝いていたのを、今でも思い出す。

 

 

『オールマイト。不動のNo.1──超えようとしている人なんて、あの人以外におらんかった』

 

 幼い頃から一緒にいたけど、その話を聞いたのはごく僅かだったような気がする。それだけホークスは憧れを大事に胸に抱いていた。胸に抱いて、抱き続けて、それが溢れてしまった時、わたしに宝物を見せるようにこっそりと話してくれた。

 

『あの人が、おれを救ってくれた。……明るく照らしてくれたんよ』

 

 だから自分もヒーローを志したのだと、そう話す声が熱を帯びていた。光を纏っていた。まるで、太陽に照らされたかのように。

 

 

(ホークスにとって、エンデヴァーさんは紛れもなくヒーローだった。誰よりも何よりも、眩しい憧れだった)

 

 たとえホークスが轟くん家の過去を知っていようと知っていまいと、それだけは変わらないのかもしれない。いかにエンデヴァーさんがホークスの過去を救っていたからって、轟くんや彼のお母さんにした酷い過去は変わらないように。

 人は綺麗なだけじゃない。そして汚いだけじゃない。

 きっとどちらも持ち合わせていて、どちらも簡単には切り捨てられないんだろう。

 

(……わたし、だって、)

 

 どうしようもなく恨まれたし、疎まれたけど、

 ──それでもいいって、許してくれる人もいた。

 

 きっとそういうものだろうと割り切るには、まだ、傷は痛んで消えてくれない。ぎゅうと拳を握り締めて、やりきれない気持ちに蓋をした。

 

 

21.少女、舞台裏にて。

 

 


 

 裏側の話に触れるの巻。こちらにスポットを当てたくて騎馬戦はダイジェストでお送りしました。

 本当に疑問なんですけどホークスって轟家の事情知ってるんですかね?【目聡く耳聡い】と称されるなら知ってそうではあるんですけどここでは濁してみました。本誌で胃をやられながらもホークス裏事情が明かされるのを楽しみにしてます。

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