『じゃああんたの体力にも問題はないんだね?』
「はい、リカバリーガール」
『それなら午後も引き続きあんたに1年ステージを任せるよ。でも何かあったら必ず報告すること。いいね』
「はい!」
スマホでの通話を終えて、ふう、と息をつく。ここはスタジアムの中にある一室に簡易ベッドを運び込んだ臨時保健室。第三種目の展開次第では、治癒はしたものの気絶してしまったり、ミッドナイト先生の“個性”で眠ったりする生徒も出てくるだろうとのことで用意された部屋だ。念には念をと備えられた医療キットも確認できたし、リカバリーガールへの報告もできた。これで午後の準備は万端だろう。
「……はー……」
体育祭の熱狂や興奮から遠ざかって、こうした静かな部屋でひとりでいると、なんだか知らぬ間に強張っていた身体から力が抜けていく。丸椅子に座って深く長く息を吐くと、脳裏に午前中のさまざまな出来事がよぎった。
A組とかB組とか、ヒーロー科とかサポート科とか普通科とか、そんな垣根を取っ払ってトップを目指す人たち。“個性”や持ち得るすべてを駆使した戦い。爆豪くんの執念。エンデヴァーさんの過去。轟くんの憎悪。緑谷くんの宣誓──思い返すと心臓が締め付けられるようで、ぎゅっと胸元を握り締める。それでも。
「──よし、」
わたしがやるべきことは変わらない。特別治癒補助員として、ひとりのヒーローを目指す人間として、今できることをやるだけだと、気合いを入れて拳を握った。
そんな時、ノックの音が響いて。
「リカバリーガール! 少々よろしいです、か……?」
「…………、……え……?」
忙しなくドアを開けて入ってきたその人は、わたしを見て大きく目を見開いた。……ああ、驚かせてしまったのかと、一拍遅れて気づく。
「……あの、すみません、リカバリーガールは2年か3年ステージの方へ詰めているんです。この1年ステージはわたしが補助員として担当していて……」
「あ、ああ! そう、そうだったね! いやはや失礼した!」
「いえ、そんな。……あの、もしリカバリーガールに御用でしたら連絡しましょうか?」
「いやそれには及ばないよ! ごめん! 失礼したね!」
「あ……」
律儀に頭を下げて、その人は扉の向こうへ消えていった。止める間もないほどあっという間の会話だったけれど、その姿は妙に目に焼きついている。
「……オールマイトに、似てる?」
そう感じた自分に疑問を覚えた。どうしてそんなことを思ったのだろう。確かに今の男性は金髪碧眼で、前髪を2房伸ばした髪型も、声だってどこか似ていた。それでもあのNo.1ヒーローとはあまりに体格が違う。筋骨隆々としたオールマイトとは裏腹に、がりがりに痩せて、頬の肉も削げ落ちているほどだった。オールマイトとは、似ても似つかないくらいに──
「っと、いけない」
ぼんやり考え込んでいる間にもうこんな時間だ。体育祭午後の部──レクリエーションを経て、最終種目であり本戦でもある、第三種目が待ち構えている。遅れてはいけないと、慌てて部屋を飛び出した。
『最終種目は進出4チーム、総勢16名からなるトーナメント形式!! ──1対1のガチバトルだ!!』
マイク先生によって明かされた最終種目の内容に、みんながざわめく。それは例年見ていた憧れの舞台に立つのだという感慨や、期待、不安、全部が込められていた。そんな生徒たちを見渡して、ミッドナイトが微笑む。
「それじゃあ組み合わせ決めのくじ引きしちゃうわよ。組が決まったらレクリエーションを挟んで開始になります!
んじゃ1位チームから順番に……」
「──あの……! すいません」
早速と言わんばかりに進んでいく展開。“待った”を掛けたのは尾白くんだった。彼は思い詰めた表情のまま、ゆっくりと口を開いて。
「俺、辞退します」
そう、告げた。わたしは驚きに目を見開いてしまう。
「え……!?」
「尾白くん、なんで!?」
「せっかくプロに見てもらえる場なのに!!」
みんなも驚きに声を大きくして、どうして、そんな、勿体ないよと尾白くんを止めようとするけれど、彼は揺らがない。
「騎馬戦の記憶……終盤ギリギリまでほぼボンヤリとしかないんだ。多分奴の“個性”で……」
(奴、って……)
尾白くんが騎馬戦で組んでいたのは、庄田くん、青山くん、そして──心操くん。その意識云々の話からして、彼は心操くんの【洗脳】にかかっていたんだとわかる。
そう思って心操くんに視線を向けると、ふいっと反らされてしまった。その顔はいつもの無表情だけど、どこか固く強張って見えたのは、わたしの勘違いだったのかな。
「チャンスの場だってのはわかってる。それをフイにするのが愚かなことだってのも……!」
「尾白くん……」
「でもさ! みんなが力を出し合い争ってきた座なんだ。こんな……こんなわけわかんないままそこに並ぶなんて、俺にはできない」
心操くんは、わかってるのかな。
尾白くんは、あなたを責めてるわけじゃないんだって。
「気にしすぎだよ! 本戦でちゃんと成果を出せばいいんだよ!」
「そんなん言ったら私なんて全然だよ!?」
「違うんだ……! 俺のプライドの話さ……俺が嫌なんだ」
尾白くんが辞退するのは本人の言う通り、彼の気持ちの問題であって、“個性”を使って勝利を目指した心操くんを責めてるわけじゃない。彼が“嫌だ”と言っているのは、“何もできなかった自分”に対してであって、“何もさせてくれなかった心操くん”ではない。
「僕も同様の理由から棄権したい! 実力如何以前に……
庄田くんだってそうだ。きっと悔しさとか釈然としない気持ちとか、そういったものもあるんだろう。でもそれで誰かを責めるんじゃなくて、自分自身を振り返って、彼らは辞退を選んだんだ。
「なんだこいつら……!! 男らしいな!!」
くうっ、と感極まる切島くんの気持ちもわかる。……でもこの案件をどう捌くのかは、主審であるミッドナイト先生に掛かっている。彼女はシリアスな眼差しで鞭を掲げて──
「そういう青臭い話はさァ……、──好み!!!」
パァンと鞭を振り抜いたミッドナイト先生は、実に、心の底から晴れやかな顔をして「庄田、尾白の棄権を認めます!」と宣言した。
そんな時、スッ……と尾白くんに近づいて、その肩を叩く人物がいた。青山くんだ。
「──ボクは、やるからね?」
いつものキメ顔でそう言って、きらめいてる青山くんを見ていると、なんだかわたしはほっとして笑ってしまった。
自分の心に従って退く人がいたっていいし、自分の心に従って突き進む人がいたっていい。ましてやこんな体育祭という1年で1回しかない場なのだから、自分に後悔のないようにしてほしい。
(心操くんも、そうだったらいいな)
視線は絡まない。言葉を交わせるほど近い距離にない。それでも彼の頑張りを見てると、応援したくなる気持ちが沸き上がってしまう。どうか悔いなく進めるようにと、祈るように目を伏せた。
「というわけで、鉄哲と塩崎が繰り上がって16名!! 組はこうなりました!!」
あの後、棄権した尾白くんと庄田くんの代わりに、誰がトーナメントに上がるのが相応しいか話し合われた結果、拳藤さんや他のB組の面々の後押しを受けて、鉄哲くんと塩崎さんが選ばれた。方やクラスメイトの心意気に号泣し、方や深く頭を下げていた2人を加えて、トーナメントが組まれる。
第一試合は、緑谷くん対心操くん。
第二試合は、轟くん対瀬呂くん。
第三試合は、塩崎さん対上鳴くん。
第四試合は、飯田くん対発目さん。
第五試合は、芦戸さん対青山くん。
第六試合は、常闇くん対八百万さん。
第七試合は、鉄哲くん対切島くん。
第八試合は、麗日さん対爆豪くん。
……いろいろと思うところがあるのか、参加者のみんなはそれぞれの表情で組分け結果を見つめていた。けれどそれも一旦、マイク先生の明るい声に遮られる。
『よーしそれじゃあトーナメントはひとまず置いといてイッツ束の間! 楽しく遊ぶぞレクリエーション!!』
そう、本戦の前にレクリエーションが始まるのだ。トーナメント参加者はレクリエーションに出るも出ないも自由らしく、スタジアムの外に歩いていく人が何人かいる。わたしはというと、A組のみんなが集まっているところに戻った。訊きたいことがあったのだ。
「……えっと、ところでずっと気になってたんだけど……
その服、可愛いね。チアガールっていうの? どうしたの?」
お昼休憩が終わってスタジアムにやって来たら、A組の女の子たちが揃ってチアガールの衣装を着ていた。そういえば八百万さんがお昼時に時間あるかわたしに尋ねてて──その時わたしは臨時保健室に向かうところだったから断ったんだけど──あれはこの話だったんだろうかと今になって思い至る。
そんなことを思い出しながら尋ねた途端、八百万さんがガクッと膝から崩れ落ちた。……崩れ落ちた!?
「……ッ」
「え、えっ!? どうしたの八百万さん!?」
「
「なんの話!?」
麗日さんが言うには、この衣装は八百万さんが【創造】で創ったのだそうだ。『午後から女子はチアガールの衣装を着て応援合戦をしないといけない』と峰田くんと上鳴くんから吹き込まれて。
「しかも『相澤先生からの言伝てだからな』って駄目押ししたらしいの」
「そ、か……そんなことが、あったんだね……」
淡々としたポーカーフェイスな梅雨ちゃんも、どこか怒ってる気がする。ぷんすかしてたり諦めてたり落ち込んでたりするみんなを前に、わたしはそっか、と繰り返した。
「でもみんな可愛いよ、すっごく似合ってる」
「えー……でも恥ずかし、……待って
「デジカメ」
「すっごいいい笑顔! てかちょ、待って待って撮るの!?」
「……だめ?」
こんなこともあろうかと、わたしは先日ホークスに貰ったデジカメを持ってきていた。デジカメを両手で抱えて、首を傾げる。
「思い出に残しときたくって、……だめ、かな?」
耳郎さんに訊くと、彼女はうっと声を詰まらせた。彼女の頬や耳が赤く染まっていく。
「くっ……そんな目で見ないでよ断りづらいな……!」
「まぁまぁ耳郎ちゃん! これも思い出! いい思い出だって!」
「峰田さんと上鳴さんに騙されたという、ね……」
「もーっヤオモモってば! 切り換えてこーよ!」
テンションが上がっている透ちゃんと下がりきっている八百万さんの落差が激しい。我ながらこんな提案をして大丈夫だろうかと見守っていると、芦戸さんがニカッと笑ってこう言った。
「後からこの写真を見たらさ、『こんなこともあったね』って笑って思い出せるって!」
その言葉がすとんと心に落ちてきた。心の真ん中で、じんわりとあたたかな熱を持つ。
「けろ、愛依ちゃん嬉しそうね」
「あ、梅雨ちゃん……うん、嬉しいよ」
その熱は頬にのぼって、思わずわたしは微笑んでいた。
「さっき芦戸さんが言ってた『こんなこともあったねって笑って思い出せる』って言葉が、嬉しくて、……楽しみだなって」
いろんなことがあったし、これからも起きるのだろう。でもそんな体育祭の悲喜交々すら、いつか笑って思い出にしてしまえるのなら、どんなに素敵だろうか。
「そうね、私もよ」
にこ、と微笑んで梅雨ちゃんが頷いてくれて。わたしはもっと嬉しくなって笑った。
22.少女、カメラマン。
展開とタイトルに悩んで悩んで難産でした。
原作で初めて棄権の回を見た時、尾白くんと庄田くん格好いいなって思ったんですけど、後になって読み返すと青山くんもいいな好きだなって思いました。周りがどんな空気だろうと自分の思いのままに突き進める人って、なんだか見てて嬉しいしほっとします。