【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

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23.少女、普通科の星を見る。

 

「オッケーほぼもう完成」

 

 レクリエーションを終え、スタジアムの中央では極太パイプから流し込まれるセメントをセメントス先生が“個性”で操り、巨大なステージを造り上げていた。雄英のマークが刻まれ、四方には松明まで焚かれている。

 

『サンキューセメントス!!

 ──ヘイガイズアァユゥレディ!!?』

 

 この時を待ちに待っていたのだろう、マイク先生の煽りに、観客が一気に沸き上がる。

 

『色々やってきましたが!! 結局これだぜガチンコ勝負!! 頼れるのは己のみ!! ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ! わかるよな!!

 心・技・体に知恵知識!! 総動員して駆け上がれ!!』

 

 ステージの両端から、2人の生徒が進み出る。とうとう始まる最終種目──その第一回戦の対戦者だ。

 

『一回戦!! ──成績の割になんだその顔! ヒーロー科緑谷出久!! (バーサス)!! ごめんまだ目立った活躍なし! 普通科心操人使!!』

 

 緑谷くんは強張った笑顔を浮かべていて、対する心操くんはマイク先生の失礼な紹介に微塵も表情を揺らがせない、いつもの無表情だった。ステージの中央で、2人が向かい合う。

 

『ルールは簡単! 相手を場外に落とすか行動不能にする! あとは「まいった」とか言わせても勝ちのガチンコだ!!

 ケガ上等!! こちとら次代の治癒ヒーローの卵、空中(そらなか)リスナーが待機してっから! 道徳倫理は一旦捨ておけ!!』

 

「……あまり煽らないでほしいけど……」

 

 思わずぽつりと呟いた声を、隣の彼は聞いていた。

 

「心配かい?」

「セメントス先生……」

 

 セメントス先生は“個性”で造り上げた椅子をわたしに勧めながら、柔らかく笑っている。その顔や声が優しくて、わたしは促されるまま本心を吐露する。

 

「……はい、正直なところ。──みんな、この体育祭に強い思いを持ってる。それがぶつかり合って、……酷い怪我に繋がらないといいなって、思うんです」

 

 言っている間に気づく。……これはわたしの弱音だと。

 セメントス先生の椅子に腰を下ろして、ぱん、と頬を両手で叩いて、わたしは前を見た。

 

「でも、ううん、そのためにわたしがいるんですよね」

「うん。それに我々もいるしね」

 

 セメントス先生の穏やかながら揺るぎない声に、マイク先生の賑やかな説明が続く。

 

『だがまぁもちろん命に関わるよーなのはクソだぜ!! アウト!! ヒーローは(ヴィラン)捕まえる為(・・・・・)に拳を振るうのだ!!』

 

「……“まいった”、か……わかるかい緑谷出久。これは心の強さを問われる戦い」

 

 マイク先生の実況や観客席からの声援に掻き消されてしまいそうだけれど、なんとか聞き取ることができたのは心操くんの声だった。【翼】は飛ばしてないけれど、この距離なら振動を拾って小さな話し声でもわたしには届く。

 

「強く思う“将来(ビジョン)”があるなら、形振り構ってちゃ駄目なんだ……」

 

 なにか、覚悟を決めたかのような、彼の声が。

 

『そんじゃ早速始めよか!!』

 

「──あの猿(・・・)はプライドがどうとか言ってたけど、」

 

 マイク先生の明るい声の裏側で、暗く、低く、

 

『レディイイイイイイイーーSTART(スタート)!!』

 

「チャンスを溝に捨てるなんて馬鹿だと思わないか?」

 

 吐き捨てるような──問い掛けが(・・・・・)

 

「……ッ何てこと言うんだ!!!」

 

 それに咄嗟に応えてしまう(・・・・・・)、緑谷くんの絶叫が。

 

 

「──俺の、勝ちだ」

 

 

 ……心操くんの顔には、してやったりというような笑みは浮かんでいない。そんな気持ちではないんだろう。ただただ、鋭い眼差しで目の前を見据えている。

 

『オイオイどうした大事な初戦だ盛り上げてくれよ!?』

 

 心操くんの“個性”【洗脳】は、発動方法は恐らく問い掛け(・・・・)応え(・・)。【洗脳】する側とされる側でそれが為された時、【洗脳】は完了する。

 

『緑谷開始早々──完全停止!? アホ面でビクともしねぇ! 心操の“個性”か!!?

 全っっっっ然目立ってなかったけど彼、ひょっとしてやべえ奴なのか!!!』

 

 発動に必要なのは会話だけ。ネタが割れてしまえば対応策も取れるけれど、やりようは幾らでも考えられるし、何より最強の初見殺し(・・・・)だ。わたしから見たら、とても応用の効く強“個性”だと思う。けれど──

 

「おまえは……恵まれてていいよなァ緑谷出久」

 

 心操くんの呟きは、心の底から緑谷くんを羨んでいた。薄暗い所から眩しい場所を見上げるような、そんな声色。

 それは、わたしにも、覚えがあった(・・・・・・・・・・・・)

 

「《振り向いてそのまま、場外まで歩いていけ》」

「…………」

『ああーー! 緑谷! ジュージュン!!』

 

 ぼうっとした表情のまま、緑谷くんは言われるままに心操くんに背を向けて歩いていく。【洗脳】を掛けられた時は“命令”以外の感覚がひどく遠くなってしまうから、緑谷くんも自分の意思で身体を動かすことができないんだろう。ざわざわという観客の声や、場外まで近づいていく自分の視界なんて、多分ほとんどわかってはいない。

 

「わかんないだろうけど……」

 

 遠ざかっていく背中に向けて、彼はまた呟いた。

 

「こんな“個性”でも夢見ちゃうんだよ。

 ──さァ、負けてくれ」

 

 

 あと一歩。あと一歩を踏み出せば、緑谷くんは場外判定となって心操くんの勝利が決まっていただろう。

 ──緑谷くんの左手の指が、バキ、と無理やり弾かれた(・・・・・・・・)かのように動かなければ。

 

「え……!?」

 

 まさか、と目を疑うけれど、この顔に吹き付けてくる風圧にわからされる。彼の弾いた指がぼろぼろになっているのを見て、わからされる。緑谷くんの超パワー。それが指先に宿ったのだと。

 

「っ……!! ハァ……ハァ……!!」

 

 荒い呼吸をしながら、ゆっくりと心操くんを振り返る。やっぱり──【洗脳】が解けている!

 

『これは──緑谷!! とどまったああ!!?』

「うそ……」

 

 わたしが【洗脳】を受けた時は、カメラロボがわたしの頭を打ったことで解けたから、恐らく解除方法は衝撃だろう。それは予想できたけど、この一対一の状況下、緑谷くんの【洗脳】を解くことはできないと思っていた。

 

「なんで……身体の自由は効かないハズだ、何したんだ!」

 

 それは心操くんも同じのようだ。そんなはずはないと見開く目は、確かに自由を取り戻した緑谷くんを見ている。

 

「……無理やり超パワーを暴発させて、解いた……?」

 

 緑谷くんの指の状態を見るに、そうとしか考えられない。でもわたし自身【洗脳】に掛かったことがあり、その強力さを知っているからこそ、こんなことができるだなんて信じられなかった。別の誰かの介入(・・・・・・・)も無しに、自力で解くなんて……。

 

「……なんとか言えよ」

 

 でも、信じられなくても、状況は止まらない。心操くんは再び緑谷くんを【洗脳】に掛けようと口を開く。

 もうネタはわかっているのだろう、緑谷くんは口をつぐむ。つぐんだまま、じりじりと心操くんに近寄っていく。

 

「~~~……!

 指動かすだけでそんな威力か、羨ましいよ!!」

 

 緑谷くんを煽って口を開かせる為──その為だけの叫びではないのだと、わかった。“羨ましい”というその言葉が、嘘だとは到底思えなかった。

 

 

「俺はこんな“個性”のおかげでスタートから遅れちまったよ。恵まれた人間にはわかんないだろ、」

 

 『いいなあ』と、泣きじゃくる声が、遠く、聞こえる。

 

「……誂え向きの“個性”に生まれて!! 望む場所に行ける奴らにはよ!!!」

 

 『だれかをたすけられるような“こせい”だったら』って、

 ずっと、ずっと、ずっと──思っていた。

 

 

「なんか言えよ!」

 

 2人が組み合って、心操くんが緑谷くんの左頬を殴り飛ばした。緑谷くんはそれに怯むことなくキッと顔を上げ、力任せに心操くんを押し出そうとする。

 

「……ぁああ!!」

「押し出す気か? フザけたことを……! おまえが出ろよ!!」

 

 避けて、顔を掴み、力任せに押し出そうともがく。

 そんな攻防に終わりを告げたのは緑谷くんだった。

 

「んぬぁあああああ!!!」

 

 心操くんの右腕と胸倉を掴んで、渾身の一本背負い。それで彼を場外に投げ飛ばした緑谷くんは、指先をぼろぼろにしながらも、左頬に青あざを作りながらも、鼻血を出しながらも、まだ呆然とした顔をしながらも──

 

「心操くん場外!! ──緑谷くん、二回戦進出!!」

 

 勝者として、ステージに立っていた。

 

 

 

 

『IYAHA!! 初戦にしちゃ地味な戦いだったが!! とりあえず両者の健闘を称えてクラップユアハンズ!!』

 

 第一回戦が決着し、観客席からの拍手を浴びながら、2人はステージ中央で一礼した。勝者と敗者とはわからない、どちらも何か思い詰めた顔をしながら、小さな声で会話を交わす。

 

「……心操くんは、なんでヒーローに……?」

 

「──憧れちまったもんは仕方ないだろ」

 

 その答えに、同じなんだな、と気づいた。きっと緑谷くんも心操くんもわたしも、根っこは同じ、憧れから始まったのだ。

 

『2人ともお疲れさんってことで! ここで空中リスナーによる治癒タイムだ!』

 

 わたしは立ち上がって、揃ってステージから降りてくる2人を出迎える。2人を見比べて、とりあえず先に重傷な方からと、緑谷くんに向き直る。

 

「まず緑谷くん、手、貸して」

「う、ん……ありがとう、空中さん」

 

 頬に触れて、鼻に触れて、手に触れて、それぞれに治癒を施していく。そんな最中、観客席から声が降ってきた。

 

「かっこよかったぞ、心操!!」

 

 顔を上げると、確か普通科の生徒だっただろうか、どこかで見た男子生徒と女子生徒が揃って心操くんに向かって手を振っていた。その後ろには、たくさんの笑顔が浮かんでいる。

 

「正直ビビったよ!」

「俺ら普通科の星だな!」

「障害物走1位の奴といい勝負してんじゃねーよ!!」

 

 降り注ぐ声は、生徒のそれだけじゃない。

 

「この“個性”対(ヴィラン)に関しちゃかなり有用だぜ、欲しいな……!」

「雄英もバカだなー、あれ普通科か」

「まァ受験人数がハンパないから仕方ない部分はあるけどな」

「戦闘経験の差はなー……どうしても出ちまうもんな、勿体ねぇ」

 

 この戦いの一部始終を見届けたプロヒーローたちからの称賛が、降り注ぐ。

 

「聞こえるか心操。おまえ、すげェぞ」

 

 心操くんはたくさんの声を受け止めて、瞳を震わせていた。緑谷くんの治癒を終えたわたしは、その背に手を添える。投げ飛ばされた時の痛みを消したいと、

 

「……心操くん、」

 

 少しでも伝えられたらいいなと、口を開く。

 

「……あなたの“個性”は(ヴィラン)を拘束する時にもだけど、“個性”の暴発を意図せず起こしてしまった人にも使えるよね」

 

 目を伏せる。脳裏によぎるのは、いつかの光景。

 

「その人が誰かを傷つける前に、止めてあげられる。傷つくことなく、救けてあげられる。……素敵な“個性”だね」

 

 卑下することなんか、少しもない。こんなにたくさんの称賛を受ける“個性”なのだと、わかってほしい。

 そんな気持ちが伝わったのかどうなのか、心操くんはゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「……結果によっちゃヒーロー科編入も検討してもらえる。覚えとけよ? 今回はダメだったとしても……絶対諦めない。ヒーロー科入って資格取得して……絶対おまえらより立派にヒーローやってやる」

 

「──うん、」

 

 緑谷くんが応えて(・・・)、フッと意識を飛ばす。【洗脳】に掛かったのだろう彼を見て、心操くんはため息をついた。

 

「……フツー構えるんだけどな、俺と話す人は……」

 

 その溜め息がどこか嬉しそうだったのは、きっとわたしの勘違いじゃないんだろう。緑谷くんの【洗脳】を解いて、語りかける心操くんの横顔は、笑っていた。

 

「そんなんじゃすぐ足元を掬われるぞ?

 せめて……みっともない負け方はしないでくれ」

 

「っうん、──」

 

 ……緑谷くんの2度目の頷きに、心操くんはどこか遠い目をしてわたしを見た。

 

「……お人好しだな、緑谷って。あんたもだけど」

「わたしも?」

「障害物走の時、あんたのこと【洗脳】したの覚えてるだろ」

「覚えてる、けど……それはルールを破ったわけじゃないし、今関係ないよね?」

 

 普通科の彼の言葉を借りるようだけど、わたしは星を見た。どんな“個性”だって、どんな境遇だって諦めずに進む、星を見たのだ。 

 

「あなたに負けないよう、わたしも頑張るね」

「……ヒーロー科って奴は、どいつもこいつも」

 

 皮肉げにだけど、笑ってくれたのが嬉しくて、わたしも笑みを溢した。

 

 

23.少女、普通科の星を見る。

 

 


 

 前回と違って展開もタイトルもすんなり決まった安産でした。

 どうしてこんなに心操くんと絡ませたいかというと、作者の好みと趣味と、後々の展開に関わってくるからです。

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