【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

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 クリスマスに引き続きホークス誕生日お祝い短編です。
 目良さん視点となります。
 


XX.名前のない君たちへ。

 

『啓悟くん。この名前とは今日限りでさよならだ』

 

 そう告げられても、“啓悟”だった少年は静かだった。

 まるで本物の鳥類のように、空高くから世の全てを俯瞰したような目つきで、大人たちをまっすぐ見つめていた。まるで、遠くにある目的地だけを見つめて──それ以外の全てを削ぎ落としたような、そんな眼差しだと、僕は思ったのだ。

 

 

 

「──、」

 

 薄暗い情景から瞬きひとつ、意識が現在地に戻ってくる。必要最低限の調度品しかなく、装飾品や嗜好品も飾られていない、殺風景な部屋。白を基調としたその部屋がほんの少し華やいで見えるのは、パーティの余韻がそうさせているのだろうか。

 

「ありゃりゃ、船漕いでる」

 

 ぼうっとした意識の隅から、そんな声が聞こえた。ぱちりと瞬きをして視界をクリアにする。ソファーの端に座った少女。その頭がうつらうつらと揺れている。その前に屈み込んでいる少年が、夜更かしさせ過ぎたかなァ、と苦笑していた。

 

「ホラ、ここで寝ない。歯磨きまだでしょ」

「ん、うううう……」

「唸らんの」

 

 ぽすぽすと肩を揺すられても、少女の白い睫毛が震えるだけで、青い目は一向にお目見えしない。てこでも起きてやらないぞ、と言わんばかりの幼い我が儘は、この少女にしては珍しかった。いつもしっかりしなければと気を張って、我が儘はいけないと口をつぐんでしまうものだから。

 その少女の頑なな性分を、少年もわかっている。だから彼は、仕方ないなあと言いたげで、けれど柔らかく微笑んでいた。嬉しさが隠しきれていない。

 

「目良さん、俺、この子を部屋に戻しますね。片付けは寝かしつけた後に、」

「いいですよ、片付けくらい僕がやります」

「え、でも」

「その子の傍にいてあげてください」

 

 少年の腕に抱えられた“その子”は、むにゅむにゅ、と口をふやけさせながら眠っていた。そのマシュマロみたいな頬が緩むのを見て、少年は微かに、ふ、と笑う。

 

「……なんか食べとるみたい」

「あれだけケーキを食べたのに。食いしん坊ですねぇ」

 

 この公安に保護されてから、初めてのクリスマスだったからか、幼い頃のトラウマを塗り替えることができたからか──少女はいつもの控えめな態度を引っ込めて、白い頬を染めてはしゃいでいた。年相応に声を弾ませる様は、……彼女がまだ6歳にもなっていない子どもだということを、僕に思い出させた。

 

「幸せそうだ」

「はい。……よかった」

 

 少女がまだ5歳の子どもだとしたら、目の前の少年はまだたったの12歳の子どもである。それなのに彼は、何とも言えない表情で笑って、目を伏せた。その横顔があまりに大人びていたから、僕は何かがぐっと胸に詰まる。それをそのまま口に出した。

 

「3日後にはあなたの誕生日ですね。何が欲しいですか?」

「要りませんよ」

 

 一瞬、時が止まったかのように空気が凍りついた。そう感じていたのは僕だけのようで、少年は何でもないことのようにつらつらと話し始める。

 

「だって目良さん、さっきは大丈夫って言ってましたけど、本当はこのクリスマスパーティだって無理してますよね」

 

 何でもないことのように。つらつらと。澱みなく。

 

「ケーキの代金とか、経費ではもちろん落とせないし、それ以外にも……同僚の人たちに色々言われてるでしょ」

「……まったく、耳がいいですね」

 

 さらりと宣う彼に、下手な誤魔化しは効かないとわかっている。だから僕は肩を竦めた。やれやれと首を振ってもなお、彼の赤い羽根は視界を鮮明に染め上げる。

 少年から名前を奪う代わりに、【剛翼】と名付けられた、大層お強いその翼は。きっと聞こえなくてもいい声を、たくさん聞き続けてきたのだろう。

 

「クリスマスならまだしも、個人の誕生日なんて祝っちゃ駄目です」

 

 それなのに、こちらを見据える鷹の目は澄んでいる。

 もっと怒ってもいいはずだし、何だったら恨んでもいいはずだ。それぐらいの仕打ちをされてきただろうに、彼の瞳はいつだって静かだ。“目的のためならこのぐらい何ともない”と、そう、思えるようになってしまった。

 

「それに、ホラ。世間一般的にクリスマス近い誕生日の子どもは、クリスマスと一緒くたに祝われるっていうじゃないですか。それと同じですよ」

 

 ──けれど君は、きっと、一緒くたに祝われたこともなかったでしょう。

 そう真正面に尋ねることは憚られた。その代わりにひとつ溜め息。

 

「……無欲な子どもですねぇ、君は」

「そんなことないでしょ」

 

 彼は笑いながら視線を落とした。腕の中の少女に目を留め、ゆっくりと目を細める。それは微笑みでもあり、眩しすぎるものを前にした仕草でもあり、辛いことを飲み込む仕草にも似ていた。

 

「俺はもう、充分貰いすぎてます」

 

 そうして彼が少女を連れて退出していった部屋の中、僕はケーキを食べ終えた皿やフォークを重ねがら、考えを巡らせていた。

 “個人の誕生日なんて祝っちゃ駄目”──なるほど確かに、上層部はいい顔をしないだろう。聖人の記念日を不特定多数で祝するクリスマスとは違って、誕生日ともなれば、その個人にケーキだのプレゼントだのを用意する必要がある。それで足がつくかもしれない。考えすぎかもしれないが否定もできない。エンデヴァーのクリスマスケーキを注文したケーキ屋に、今度またホールケーキを注文したらどうなるだろうか。「お誕生日用ですか?蝋燭をお付けしましょうか?ネームプレートには何とお書きしましょうか?」──そこで僕は誕生日用ではないと言うだろうし、蝋燭も辞退するだろう。

 僕の身近に、12月28日が誕生日の子どもはいない。

 そしてまた、ネームプレートに書く名前もない。

 

 そういうことに、しなくてはならない。

 

 

 

「──ハァ、」

 

 あの聡い少年も、そんな理由を脳裏に並べていたのかもしれないと、そう気づいた時には天を仰いでいた。

 祝ってはいけない理由はわかった。存分に。充分に。

 ……ですが、けれども、でも、……しかしながら、

 

 

 

「知ったこっちゃないって話です」

「しったこっちゃ?」

「“ガンガンいこうぜ”という意味です」

「???」

 

 僕の物言いに、少女は不思議そうに首を傾げる。しかし、

 

「赤い羽根の男の子、明後日が誕生日なんですよ」

「!」

 

 そう告げた途端に、青い目が煌めいた。彼女は疑問も躊躇もなく、一も二もなく、声を上げる。

 

「おいわい、したい、です!」

 

 おいしいもの食べてもらって、にこにこわらってほしい。あとそれと、と、あどけない言葉がきらきらと繋がっていく。そうして彼女はにっこり笑った。

 

「……生まれてきてくれてありがとって、いっぱい言いたい」

 

 白い頬を染めて、口許に両手を添えて。まるで宝物のように大切に紡がれた言葉は、きっと本物の宝物と成り得るだろう。だから僕は頷き、用意していたものを差し出した。

 

「ではそれを、君は手紙に書きなさい」

「てがみ」

「そうです。ひらがなとカタカナは全部覚えられたでしょう?」

「うん! じゃなくて、はい!」

 

 渡されたクレヨンや画用紙をそうっと抱き締めて、少女は嬉しそうに笑った。そこに誇らしさも混ざっているのは、“彼を喜ばせたい”という使命感ゆえか。幼く純粋な想いは心地よくて、僕は自然と頬を緩めてしまう。

 

「では君が頑張っている間に、僕はケーキの準備をしましょうかね」

「わあっ、ありがとございます、目良さん!」

「でも作るのは、君にも手伝ってもらいますよ」

「え?」

 

 満面の笑顔から一転、きょとんと目を丸くする。そんな百面相にそうっと耳打ちした。静かに、密かに、大事なナイショ話のために。

 

「あの子のお誕生日ケーキは、この世にひとつしかない……なんと、僕と君による手作りケーキです」

 

 物は言いようだ。既製品のケーキではない本当の理由は、僕の行動を予想した一部の同僚が僕がケーキ屋に行くのを咎めたからだ。僕個人がアレコレ言われるなら兎も角、彼らはどちらかというと僕を案じていたから、彼らの鋭い眼差しは少年少女らに向かうのだろう。

 『あの子どもたちがおまえに我が儘を言っているんだろう』と、したり顔で同情されるのも、勘違いされるのも御免だった。

 

「わああ……! すてき! すてき!

 わたしわたし、おいしいの、がんばって作る、ます!」

 

 そんなささくれた気持ちを知ってか知らずか、少女はその輝いた笑顔と声を以て僕の心を癒した。感情に連動しているのか、まだ小さな白い羽根がぱたぱたとしきりにはためいている。外見特徴上は白い小鳥、けれど何故か勢いよく振られる尻尾とぴんと立った犬耳を想像してしまって。僕は思わず噴き出してしまった。不思議そうに小首を傾げる少女の頭を、撫でる。

 

「ええ。……僕も、頑張りますからね」

 

 それから少女と別れて、僕はケーキの準備に取り掛かった。既製品のケーキは買いに行けない。スーパーでスポンジケーキを買うのも一応避けた方がいい、……ということで色々調べた結果、僕はカステラとフルーツなどを買い物カゴに入れていた。搾ってそのまま使える生クリームは、まァ、「ウインナーコーヒー用です」と言えばごり押せるだろう。

 

 トライフル、というケーキがある。イギリスで生まれたデザートで、カスタードやスポンジケーキ、フルーツなどを器の中で層状に重ねたものをいう。スポンジケーキの代用としてカステラも使えるらしく、あまりオーブンも包丁も使わないから僕らでも何とか作れるだろうと選んだ。

 カステラは予め一口サイズに切って、フルーツ缶のシロップで湿らせておく。ほのかに甘酸っぱい香りがついたのを確認したら次はフルーツだ。バナナや苺などのフルーツもカステラ同様、一口サイズに切っていく。これは、

 

「君もやってみますか?」

「! い、いい、ですか……?」

「ええ。ただ、しっかりと注意して使うんですよ」

 

 興味深そうに見つめていた少女にやらせてみることにした。彼女は包丁を持つのは初めてのようで、怖々と、けれどウズウズと目を輝かせていたものだから、無視できなかった。後ろから支えるようにして、包丁を持つ幼い手を握り込む。そうしてゆっくり、ひとつずつ、バナナを輪切りにしていった。

 

「左手は、何でしたっけ……ああそう、猫の手ですよ」

「ねこのて?」

「招き猫……は、そうか、見たことがありませんでしたね。こうです」

「こう?」

「はい、それで食材を押さえて、……両手で猫の手をしては、包丁が持てませんねぇ」

「あれ? ほんとだ……」

 

 どうしよう、と至極真面目そうに呟く。そんな少女が両の手を猫の手にしながら悩むのを、僕はどうしましょうかねぇ、と笑いながら見守っていた。

 そんな閑話を挟みつつ、トライフルは出来上がっていく。カステラと、バナナや苺、みかんなどの色とりどりのフルーツをガラス製のコップに詰め込んでいき、時には生クリームを搾って、ジャムで飾りつけをして。そうして折り重なっていく甘い色彩に、少女は頬をほころばせる。

 

「よろこんで、くれるかな。くれるといいなぁ」

「そうですね。大丈夫ですよ、きっと」

 

 そんな会話をして暫く。12月28日の夜がやって来た。

 いつも通りの訓練をこなし、食事を終え、自室に戻って入浴を済ませた後は子どもたちの自由時間だ。いつもは訓練の疲れからすぐにベッドに入るところだけれど、少女の目は期待と使命感に燃えている。打ち合わせしておいた時間に廊下で待ち合わせて、にひひと笑う彼女と呼吸を合わせ──一気に件の部屋に入り込む。

 

「おたんじょう日、おめでとう!!」

 

 部屋の主は、課題か何かの予習をしていたのか机に向かっていた。が、突然飛び込んできた大声に肩をびくつかせて目を見開いていた。大人びた横顔は、どこにもない。

 

「え、……は? え?」

「? もしかして、おたんじょう日、わすれてた?」

「え……いや、そんなこと、は、」

 

 躊躇うように視線を移ろわせている。彼にしては珍しい、狼狽を隠せずにいる表情だなァと見守っていると、不意に鋭い眼差しが眉間に突き刺さった。少女に悟らせないように、器用にもその目が問い掛けてくる──“個人の誕生日は祝わないって話だったじゃないですか”と。

 

(知ったこっちゃありませんねぇ)

 

 だから僕も言葉なく、肩を竦めて返事した。それに片眉を跳ね上げようとしたところで、少女が少年の袖口を掴んだ。険しくなりかけた表情が、それだけで一気に和らぐ。

 

「ね、ね、あのね、」

「、ん? 何?」

「……このまえのクリスマス、ほんとうにありがとう!」

 

 微笑みのために細められていた鷹の目が、丸くなる。その目を見上げながら、青空を思わせる少女の目が柔らかに弧を描いた。

 

「おいわい、すっごくすっごくうれしかったの。つらいこと、おもいだすことないくらい……うれしいでいっぱいだった」

 

 目を伏せているのは、当時を目蓋の裏に思い描いているからだろうか。反芻するように、噛み締めるように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。ぽかぽかあたたかいのだろう胸元を、大事そうに抱き締めるべく、両手を添えて。

 

「だからあなたのことも、いっぱいおいわいしたかったの」

 

 そうして顔を上げた少女は、その目に、声に、笑顔に、ありったけの感謝と祝福を込めて、告げた。

 

 

「おたんじょう日、おめでとう!

 生まれてきてくれて、いっぱい、いっぱい、ありがとう……!」

 

 

 さて。真正面からそうした気持ちをぶつけられた側は、というと、

 

「……、……」

 

 目を見開いて、薄く口を開いて、これまた冷静な少年にしては珍しい表情をしていた。ぱちぱちと瞬きを繰り返すのは、今この状況を上手く処理しようとして、できていないことの表れか。そうして彼は暫くの沈黙の後、噛み締めるように口許を結ぶ。それがゆっくりと笑みを象っていった。

 

「……こちらこそ、ありがとね」

 

 嬉しいよ、本当に、すごく。

 そう溢した言葉は、どこか泣きそうな気配を孕んでいた。じわりと熱をもって赤くなった目元が、言葉に出さない少年の気持ちを如実に表していた。

 けれど少年のプライドが、彼に涙を許さない。

 少年は受け取った手紙を片手に、にやり、いつもの飄々とした顔で笑った。

 

「この手紙、おまえが書いてくれたの?」

「あっ、だめ! まだよんじゃだめ、あとでよんで」

「えーダメ? 音読したい気分なんだけど?」

「だめ! 先にケーキ、食べるの」

 

 頬を膨らませる少女に手を引かれて、テーブルにつく。膨れっ面の少女をハイハイといつものように宥めながらも、少年は疑問に首を傾げる。

 

「というか、ケーキ? あるんだ」

「うふふ、なんとなんと、わたしと目良さんの手づくりなの」

「、手作り?」

「そう! わたしもね、ほうちょ、がんばってつかったよ。ねこのて!」

「へえ、……怪我してませんでした?」

「大丈夫ですよ。張り切ってましたが、真剣そのものでしたし」

 

 兄心か何なのか、どうしても喜びより心配が上回ってしまうらしい。そんな憂いも微笑ましいが、今は忘れてもらいたくて、僕は隠していたトライフルたちをテーブルに並べた。

 さまざまなフルーツやクリームが折り重なった、色とりどりのトライフルが、照明の光を弾いて宝石のように煌めく。その様をじいっと見つめてから、少年は目を閉じた。この光景を、目蓋の裏に焼き付けるように。

 

「……美味しいよ、すっごく」

 

 そうしてぽつり、呟くように言った。彼の手は少女のそれと繋がっている。小さな手と手に、ぎゅっと力が込められたのを、僕の目は見逃さなかった。

 

「? まだ食べてないのに?」

「食べなくても、美味しいってわかるんだよ」

「そうなの?」

「そうなの」

「……そっかあ」

 

 ソファーに隣り合って座りながら、きゃらきゃら笑う。そんな2人を見ていると、何だかお腹いっぱいになってしまった。……正しくは胸がいっぱいになった、なのだろう。ふっと微笑んで、目を伏せる。

 

 トライフル。それは残り物または有り合わせで作られたものだから、「つまらないもの」「あまりもの」という意味があるらしい。けれどここにあるものを、目の前の光景を、2人が交わしている笑顔を、誰が“つまらないもの”と言えるだろうか。

 少なくとも僕には、できない。

 僕にとっては、とても尊いものだったから。

 

(……どうか、……どうか、)

 

 どうか、2人が笑って生きられるような時間が、ずっと続きますように。

 そんな夢物語を子どもみたいに願ってしまって、気恥ずかしくなって僕はコーヒーを口に運ぶ。砂糖もミルクも何もないブラックコーヒーが、何故かほんのり甘い気さえして。

 

(……毒されてるなァ)

 

 あるいは絆されているのかと。

 そんなことをぼんやり思って、苦笑のままに肩を竦めた。

 

 

XX.名前のない君たちへ。

 

 


 

 クリスマスに引き続きホークス誕生日お祝い短編です。28日なんです。今日は28日、にじゅうはちにち……

 それにしても弊SSの目良さんは本当に魔改造ですね。これから本編でも魔改造目良さんが登場していくので、今更ながら独自設定ということでご承知置きください。

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