緑谷くんと心操くんの第1試合が終わり、息つく間もなく次の試合がやってくる。プレゼントマイクが明るく煽り立てるアナウンスとともに、2人がステージに進み出た。
『お待たせしました!! 続きましては~こいつらだ!!
優秀! 優秀なのに拭いきれぬその地味さは何だ!! ヒーロー科瀬呂範太!!
ひでぇ、と苦笑をこぼす瀬呂くんと、彼の表情は対照的だった。──轟くんは、ひどく冷たい、凍りついたような眼差しでステージに立っている。
(……なにか、あったのかな)
体育祭が始まってからというもの、轟くんはどこか思い詰めたような表情ばかりだった。父親であるエンデヴァーさんとの確執がそうさせているのだと昼に知ったけれど、今は、午前中のそれよりずっと強張っている、ような……。
『
「んー……まァー……勝てる気はしねーんだけど……」
ぐぐっと伸びをしながら空を仰ぐ瀬呂くんは、ハァ、とため息でもつきそうな顔だった。今まで見てきた轟くんの強“個性”。戦闘センス。会場の雰囲気や予想──瀬呂くんは聡い人だから、そうした空気を嫌でも感じ取っているんだろう。
けれど、空から引き戻した眼差しは、鋭く轟くんを見据えていた。瞬時に肘部分から彼の“個性”であるテープを射出し、轟くんに巻き付けて。
「つって負ける気もねーーー!!!」
力強く笑う、瀬呂くんの行動は速かった。きっとこうすると予め決めていたんだろう。テープの切り離し、巻き取り、そして腕の振り。そうして生まれた遠心力で、轟くんの身体を場外へと運ぶ。
『場外狙いの
時間を掛ければ轟くんの氷結でテープが凍らされてしまう。マイク先生の言う通り、きっとこれが瀬呂くんの最善。最も太い勝ち筋。──それを、
「悪ィな」
その、たった一言で、轟くんは断つ。
ほんの瞬きの間に、身体を包み込む冷気。それはこの広いスタジアムを瞬時に駆け巡って──
「は……」
氷の世界、だなんて、あまりに陳腐な表現だ。けれどそんな言葉が頭に思い浮かんだ。轟くんを中心に生成された、スタジアムの半分を埋め尽くすような──巨大な氷結を目の当たりにして。
「…………や…………やりすぎだろ…………」
その氷山のふもとで、瀬呂くんがぽつりと呟く。あまりに強い冷気を直で浴びて、舌が震えていた。
「…………瀬呂くん……動ける?」
「動けるハズないでしょ……痛ぇえ……」
「うん……そうよね……瀬呂くん行動不能! 轟くんの勝利!」
氷結は瀬呂くんだけに留まらず、2人の中間に位置していたミッドナイト先生にも及んでいた。彼女は身体の右側を凍らされながらも、第2試合の勝敗を告げた。
「ど……どんまい……」
「どんまーい……」
それと同時に会場から沸き起こったどんまいコール。あまりにも強“個性”だった。強すぎた。仕方なかったよ、しょうがないよと、瀬呂くんへの慰めと轟くんへの称賛がそうさせたのかもしれない。
「すまねぇ……やりすぎた」
瀬呂くんの元へ歩み寄って、左手の熱で氷結を溶かしていく。その間にも、会場にいる人のほとんどを巻き込んだどんまいコールが、どんどん勢いを増していく。
──どーんまい! どーんまい!!
会場のあちこちから押し寄せる声が、「すごい“個性”だね」と、「さすが強い“個性”を持っているね」と、そんな風に言っているように聞こえる。だから、だろうか。
「──イラついてた」
ぽつりと呟き、俯く。そんな轟くんの姿が、悲しかった。
「ま、待って、轟くん……!」
巨大な氷結が溶かされ、瀬呂くんの傷を治癒したわたしは、轟くんを追って控え室に続く通路を走っていた。ステージは今びしょ濡れで乾燥させる必要があるため、まだ猶予はある。それまでに治癒しておきたいと、わたしは紅白のツートンカラーを追った。
「……なんだ」
氷を溶かしてすぐにステージを去った轟くんは、ここに来るまでわたしに見向きもしなかった。きっと今は、誰にも話しかけられたくないんだろう。振り返った目は冷えきっていたけれど、わたしは意を決して口を開く。
「治癒、しておこう? きっとまだ、身体冷えてるでしょう」
そう、入学して間もない時に行った戦闘訓練での時にもあったように、轟くんの身体は小刻みに震えていた。きっとあまりに強大な冷却の力に、身体が耐えきれないのだろう。今は身体に降りた霜も消えているけれど、低体温症になってしまえば臓器にも影響が出る。そうなる前に、と思ったけれど、轟くんは首を横に振る。
「いらねぇ。……、……」
「轟くん……?」
ただ断るだけではない。拒絶するだけでもない。その俯きがちな目に、さまざまな感情が揺らめいた。きっとしつこいわたしに対する苛立ちもあるだろう。でも、それだけじゃない。
「──なあ、」
暫くの沈黙を経て、轟くんのオッドアイがわたしを射抜いた。
「……おまえも、俺と同じなのか?」
「……同じって、何が……」
「おまえも“個性”2つ持ちだよな。【翼】と【治癒】」
轟くんの氷のような低い声に、苛立ちと、ほの暗い期待と、同情が、ぐちゃぐちゃに混ぜられていく。
「……【治癒】だけでも相当稀少な“個性”だ。それに加えて【翼】まで持ってるなんて、珍しいどころの話じゃないだろ。発動型と異形型の“個性”、2つ揃ってなんて、……
その2つが揃うように、揃って受け継ぐように、おまえ、
ひゅ、と喉が鳴る。それを図星と解釈したのか、轟くんは続けた。
「……俺には兄姉がいる。みんな、俺のように【炎熱】と【氷結】を併せ持つよう、親父につくられた。……クズの道具となるべくして、育てられた」
きっと轟くんは、エンデヴァーさんを、自分の父親を憎悪している。お母さんの人生を、自分たちの人生を、悉く踏みにじって望まぬ道を強いてきた父親を、憎んでいる。
おまえもそうなのかと、轟くんは問いかけた。おまえも同じ憎しみを持って生まれてきたんじゃないのかと、轟くんはわたしを見た。
(同じだと、答えたなら……轟くんはどう思うんだろう?)
その気持ちはわかると、寄り添ってくれるのかな。奇妙な仲間意識でも芽生えるのかな。……傷を舐め合うなんて轟くんがするとは思えないけど、それでも、何か、近しいものが欲しかったのかもしれない。側にいるわけではないけど、独りじゃないと思えるような、そんなものが。
「
「……わたし!」
──でも、わたしは違う。
わたしは、轟くんと同じじゃない。
「……わたし、親、いなくて。だからきょうだいのことも、わからないけど……多分いないと、思う」
轟くんがはっとしたように目を見開いた。
「親が、それを望んでたかどうかも、わたしにはわからない」
またもうひとつ
「……ごめん、次の試合始まるから、わたし戻るね」
「、待……!」
待て、と言いたかったんだろうか。それでも聞こえないふりをして、わたしは轟くんに背を向けて走り出した。
は、は、と呼吸が荒くなる。苦しい。心臓が痛い──でもそれは、走っているからじゃない。
「……ああ、わたし、嫌だ……」
轟くんの話を聞いてから、ずっと思っていることがある。それはあまりに身勝手で、底意地が悪くて、汚くて、まるで泥のように心に纏わりついてくる。その泥に足を取られてしまったかのように、わたしは足を止め、その場で踞ってしまった。
「……ぅ……」
口許を両手で押さえる。そうでもしなければ、嗚咽と一緒にその泥が溢れてしまいそうだった。
口にしてはいけない。言ってはいけない。わかっているのに気持ちが塞き止められない。ぐるぐると蟠るその感情が、あまりに苦しくて──とうとうわたしは唇を震わせた。今ここには誰もいないからと、誰も聞いてはいないからと、幾つも言い訳を並び立てて、そうして、溢れた。
「……ずるい……」
口にした瞬間、罪悪感で胸がいっぱいになる。
轟くんは望んであんな状況にいるわけじゃない。彼が父親を憎んでいるのはお母さんを大切に思っているからで、そのお母さんは心身ともにひどく傷ついてしまっている。そんな家庭環境の中で生きてきた轟くんもまた、どこまでも傷つき、苦しんできた。決して羨むようなことじゃない。とんだ御門違いだ。
(“ずるい”、だなんて、馬鹿げてる)
もしそんなことを轟くんに言ってしまったら、彼がどんなに怒るか、悲しむか──想像に難くない。わかっている。わかって、いる。……わかっている!
「……っ、でも、それでも……」
少なくとも轟くんは、親に望まれて生まれてきて、そして生きている。この先の将来を期待されている。親に望まれた“個性”に生まれて、
「……いい、なあ……」
ぎゅっと閉じた目の縁に、涙が滲んだ。
あれから何食わぬ顔でステージに戻ったわたしは、続く対戦を観戦し、治癒して、の繰り返しだった。
上鳴くん対塩崎さんは、塩崎さんの圧勝に終わった。上鳴くんの電撃は対人には効果抜群だけど、塩崎さんの“個性”【ツル】は植物で耐電性があり、あっという間に上鳴くんを捕らえてしまった。
「上鳴くん、大丈夫……?」
「ウェイ……」
「……うん、擦り傷、治しとくからね」
いやにか細いウェイを聞いたことも記憶に新しい。
それに続いたのは飯田くん対発目さん。発目さんはサポート科のため自分で作ったアイテムを装備することが許されてるのだけれど、何故か飯田くんまでもがアイテムフル装備で現れた。飯田くん曰く、発目さんが「ここまできた以上対等だから、対等の条件で戦いたい」とアイテムを渡してきたと、そのスポーツマンシップに心打たれたのだということで、そのままの対戦が許可された。
……蓋を開けてみれば、発目さんによるアイテム解説付きの鬼ごっこが始まったのだけれど。恐らくは会場に来ているサポート会社への宣伝のためだろう。発目さんの貪欲なまでの売り込み根性の凄まじさが感じられた。
「ふー……すべて余すことなく見て頂けました。もう思い残すことはありません!!」
「騙したなあああああ!!!」
……そんな飯田くんの悲痛な叫びもあったけれど、2人に怪我はなく、すぐに次の対戦が行われた。次々に繰り広げられる戦い。それをわたしは、拳を握り締めながら見つめていた。
(……すごい、なあ……)
芦戸さんも青山くんも、八百万さんも常闇くんも、自分の“個性”を駆使して、自分のできる精いっぱいで相手に立ち向かっている。今だってそうだ。【硬化】と【スティール】。ともに硬化させた拳をぶつけ合って、一歩も退かない殴り合いをしているのは、切島くんと鉄哲くん。ガキン!!ガゴン!!とおよそ人間の出し得ない音を立てながら2人の戦いは続いて、同時に決まったクロスカウンターを最後に、切島くんたちは同時に倒れた。
「両者ダウン!! 引き分け!! 引き分けの場合、回復後に簡単な勝負……腕相撲などで勝敗を決めてもらいます!」
身体中に打撲傷や裂傷をつくった2人を治癒して、ロボが運ぶ担架に寝かせる。後はロボが予備保健室に連れていって寝かせてくれるだろうと、わたしは次の試合に向き直った。
次の試合が──1回戦の最後の試合だ。
『中学からちょっとした有名人! カタギの顔じゃねぇ!! ヒーロー科爆豪勝己!!
2人とも、それぞれに気合いが入った顔でステージに現れた。その目には決意が込められている。迷いなんて微塵もないくらい。
……そんなみんなを見ていると、なんだか自分がとてもちっぽけなように思えてきて、わたしは俯きそうになるのを必死に堪えた。ちゃんと見ていなくてはと、眩しさを堪えて前を見た。
24.少女、自身の泥を見る。
星を見て泥を見たオリ主。あまりに素敵なものを見ると自分の汚さが浮き彫りになるねっていう話を書きたかったんですけど、あまりに暗くてうーんという感じ。
現時点でガンギマリな轟くんは、オリ主に対して八つ当たり3割・同情7割なイメージで書いています。
めちゃめちゃ遅筆になってしまいすみません!しかしまだ諸々の予定が詰まっていまして次回更新も遅くなるかと思います。それでも見ていただけるなら幸いです。