【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

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25.少女、何の為に。

 

 麗日お茶子さん。裏表が無いから時に鋭いことをズパッと言うけれど、朗らかで、まさに麗らかって感じの女の子。彼女の“個性”は【無重力(ゼログラビティ)】。その力で災害救助を主とするヒーローを目指しているのだと、いつだったか聞いた。“優しく”て、“ふわふわ”で、“麗らか”。そんなイメージが先行するからか、サポート中心というか、あまり武闘派という印象は無い。

 だから、だろうか。爆豪くんは開口一番こう告げた。

 

「おまえ浮かす奴だな丸顔。退くなら今退けよ。“痛ぇ”じゃすまねぇぞ」

 

 爆豪くんはこれまでのヒーロー基礎学の授業でも見てきた通り、ゴリゴリの武闘派だ。“個性”も戦闘向きなだけじゃなく、本人の戦闘センスそのものがずば抜けている──そんな爆豪くんの言葉は刺々しいけれど、忠告に他ならない。

 麗日さんは口許をきつく結んだ。結んだそれが、決意をもって開かれる。

 

「……退くなんて選択肢ないから!」

 

 マイク先生の『START(スタート)!!』の声と同時に、麗日さんは姿勢を低くして突進した。構えた指先は爆豪くんに伸ばされている。

 

(……そうか。【無重力(ゼログラビティ)】なら、触れた相手を浮かせることで自由を奪う)

 

 麗日さんの勝ち筋はきっとそれだろう。きっとそれを狙っての突進だろう。──でもそれを易々と許すような爆豪くんではない。彼の選択は正面切っての迎撃。大きく右腕を振りかぶって──

 

「ぶわっ!!」

 

 爆豪くんの右腕が唸り、轟音がスタジアム中に響き渡る。一切の躊躇のない爆破をモロに受けて、麗日さんは顔を腕で庇いながら煙幕の中に吹き飛ばされていく。

 

「うわあモロ……!!」

「女の子相手にマジか……!」

 

 観客席からそんな呟きが降ってくる。爆豪くんは聞こえているのかいないのか、淡々と麗日さんから距離を取って再び身構えた。

 彼の前には爆破による煙幕が広がっている。麗日さんはその視界の悪さを利用して、体操服の上着を浮かせて囮にし、自分は爆豪くんの背後に回り込んだ。

 

『上着を浮かせて這わせたのかぁ、よー咄嗟にできたな!!』

 

 マイク先生の称賛の通り、いい作戦だ。伸ばした指先はあと少しで爆豪くんに触れるところまで近づいた。もう少しだった(・・・)。けれど爆豪くんはそれよりも、速い。

 

「わっ……!」

 

 振り向きざまに放たれた爆破は、ガリガリとステージの床を削り、破片を巻き上げながら麗日さんを吹き飛ばした。視界の悪さなんて関係ない、至近距離に近づかれてからでも迎撃が間に合うほどの、凄まじい反射神経。速度。

 

(これは……)

 

 思わず胸元を握り締める。勝つためには相手に触れなくてはいけない麗日さん。そんな彼女の思惑を見透かして、迎撃に徹して距離を取る爆豪くん。……どう見ても麗日さんの分が悪い。このまま続けていても、爆破のダメージが積み重なってジリ貧になるのは麗日さんの方だ。

 それを彼女もわかっているのか麗日さんの表情は険しい。

 それでも、

 

『麗日、間髪入れず再突進!!』

 

 それでも、麗日さんは低姿勢で再び爆豪くんに向かう。

 ……それでも、

 

「おっせぇ!!」

 

 また、爆豪くんは吹き飛ばす。“何度やっても同じ”だと言わんばかりに、同じように、何度も、何度も。

 

「おらあああああ!!!」

 

 それでも麗日さんは突進を止めない。

 

「まだまだぁ!!」

 

 何度爆破を間近で受けようと、怯まずに、何度も。

 

『休むことなく突進を続けるが……、これは……』

 

 擦り傷や火傷を幾つもつくりながら、何度も。

 

「あの変わり身が通用しなくて、自棄起こしてる」

「なァ止めなくていいのか? 大分クソだぞ……?」

 

 そんな観客の声なんか聞こえていないんだろう。……聞こえていてもきっと彼女は止めなかった。

 姿勢を低くして、吹き飛ばされたその瞬間に立ち上がって走っていく。瓦礫で頬を切りながらも向かっていく。何度も、何度も、何度も──何度も。

 

「見てらんねぇ……!!」

 

 そんな試合展開に耐えかねたのか、1人の男性が立ち上がった。ヒーロースーツの上に羽織ったマントがひらりとはためく。

 

「おい!! それでもヒーロー志望かよ! そんだけ実力差あるなら早く場外にでも放り出せよ!!」

 

 恐らくはプローヒーローの1人だろう。そんな彼に呼応するように、彼の傍に座っていたヒーローたちが次々と立ち上がった。

 

「女の子いたぶって遊んでんじゃねーよ!!」

「そーだそーだ!!」

 

 批判の声が轟き、それに戸惑うようなざわめきがわたしの羽根を震わせる。きっと彼らにあるのは正義感なんだろう。1人の熱が伝播していくように、その“正義”は次第に声を大きくしていく。

 

『一部から……ブーイングが!! けど正直俺もそう思……わあ肘っ!』

 

 そんな、胸がざわつくような熱気を、

 

『何SOON(スーン)、』

『今“遊んでる”っつったのプロか? 何年目だ?』

 

 ひやりとした声が、切って捨てた。

 

『シラフで言ってんならもう見る意味ねぇから帰れ。帰って転職サイトでも見てろ』

「相澤先生……」

 

 実況席にいるマイク先生を黙らせて、今まで黙っていた相澤先生が話し出した。淡々とした口調の中に、底冷えするような怒りがある。辛辣な皮肉を口にしてから、一呼吸置いた先生は、静かに丁寧に言葉を紡いだ。

 

『ここまで上がってきた相手の実力を認めているから、警戒してんだろう』

 

 “遊び”なんかではないと、先生は理解している。

 爆豪くんがどこまでも真剣なのだと、わかっている。

 

『本気で勝とうとしてるからこそ、手加減も油断も出来ねぇんだろうが』

 

 事実、爆豪くんの顔に勝者の余裕なんてものは浮かんでいない。鋭い目で、警戒するように麗日さんを見つめている。

 そう、麗日さんはまだ強い目をしている。自棄でもなんでもない。実力差に膝をついていない。──諦めてなんか、ない。

 

「……そろそろ……か……な……ありがとう爆豪くん……」

 

 おもむろに呟く麗日さんに、爆豪くんは怪訝な顔をする。“そろそろ”の意味も、唐突な感謝の言葉も、まだ彼は理解していない。

 だってそうだ。麗日さんは最初から気取られないように立ち回っていた。走る時も低姿勢を保って、爆豪くんの打点を下に固定した。巻き上がる爆風の中で、巻き上がる破片に包まれながら、ずっと武器を蓄えていた(・・・・・・・・)

 

「──油断してくれなくて」

 

 ぴと、と麗日さんの両手の指が合わさる。それは合図だ。彼女の“個性”【無重力(ゼログラビティ)】解除の、──そして、

 

「勝あアァァつ!!!!」

 

 反撃の、合図。決意の咆哮とともに、空から無数の瓦礫が落ちてきた。爆豪くんの爆破で削れたステージの破片。それを麗日さんは【無重力(ゼログラビティ)】で空に浮かせていた。空を埋め尽くそれらは、重力を思い出して地上を目指して真っ逆さまに落ちてくる。

 

『流星群ーー!!!』

 

 そんなマイク先生の喩えも過言ではないくらい、ステージの上空はまさに瓦礫の雨といった様子だ。これだけの瓦礫を迎撃するにしても避けるにしても、きっと隙が生まれるだろう。そこを麗日さんは狙ったんだろう、……自分も瓦礫の雨に打たれる危険をものともしないで、爆豪くんに突っ込んでいく。

 そうした瓦礫が、作戦が、決意が、──凄まじい轟音と爆風に呑まれた。

 

「……デクのヤロウとつるんでっからなてめェ、何か企みあるとは思ってたが……」

 

 きぃん、と耳鳴りがする。たった一度。けれどその一撃は、わたしたちの視覚と聴覚を眩ませるほどに強烈だった。それを間近で受けた麗日さんの衝撃はどれほどのものだろう。

 

「……ッ、一撃て……!」

 

 息を飲み、震える唇を噛み締める。虎視眈々と蓄えていた武器。狙っていた作戦。勝ち筋。そうしたものをただの一撃ですべて無に返されてしまったのだ。

 

『改心の爆撃!! 麗日の秘策を堂々──正面突破!!』

 

 降り注ぐ瓦礫の雨を一掃してみせた爆豪くんに、会場からおおお、と歓声が沸き上がった。そんな熱狂とは裏腹に、爆豪くんは至極冷静に深く息を吐く。

 

「危ねぇな」

 

 フー……と息を吐いて。顔を上げる。その先で麗日さんが立ち上がろうとしていた。ふらふらとよろめきながらも、唇を噛み締めながらも、それでも、

 

「いいぜ、こっから本番だ。──麗日!!」

 

 それでも、勝利に向かっていこうと立ち上がる。

 ……その身体が、かくん、と崩れ落ちた。

 

「ハッ……ハッ……んのっ……体、言うこと……きかん……」

 

 “個性”は身体機能のひとつ。あまりに酷使し続ければ身体に負担がかかってしまう。……あれだけの瓦礫を浮かせていたんだ、もう“個性”過剰使用(キャパオーバー)を起こしていてもおかしくない。爆破でのダメージもある。身体が思うように動かせないのも当然だ。

 

「まだ……」

 

 当然、なのに。麗日さんは這いずりながらも、まだ止まらない。ずりずりと、力を振り絞って爆豪くんに向かっていこうとする。

 

(……どうして?)

 

 ミッドナイトが制するけれど、それでも、震える身体で前に進もうとする。もう立ち止まったって、おかしくない。誰も責めたりしない。それなのに、

 

「……~~っ……」

 

 麗日さんは、諦めない。

 

(どうして、そこまで……)

 

 どうしてそこまで頑張れるのか。どうして強大な壁に対して、諦めずに向かっていけるのか。

 

 

「父ちゃん……!!」

 

 

 ……ああ、きっと、それが原動力。それが、原点。

 あまりに眩しいものを見た気がして、わたしはそっと目を伏せた。

 

「……麗日さん、行動不能。2回戦進出爆豪くん──!」

 

 

 

 

 

 爆豪くんと麗日さんの対戦を最後に、1回戦が一通り終わった。小休憩挟んだら次に行くとのことで、爆豪くんの治癒を終えたわたしは選手控え室に向かっていた。治癒はしたものの立ち上がれずにロボに運ばれていった麗日さんが心配で、様子を見たかったのだ。そう思い廊下を進んでいると、ちょうど控え室から出てきた緑谷くんと鉢合わせた。彼はいきなり現れたわたしに目を丸くしている。

 

「! 空中(そらなか)さん……」

「緑谷くん、お疲れさま。えっと……そこの控え室から出てきたよね? 麗日さんいるかな」

「えっ、あ、いや今は、」

 

 しどろもどろになって視線を移ろわす緑谷くん。どうしていきなりそんな反応を見せたのか、疑問の答えはすぐにやってきた。

 

「……電話さっきごめんな、父ちゃん」

 

 控え室から聞こえてきたのは、涙混じりの声。麗日さんが彼女のお父さんと電話をしているのだろう。それを立ち聞いてしまうのはいけないと、わたしは緑谷くんに頷いて控え室から離れた。

 スタジアムに続く廊下に人は無く、静かで、歩きながらもひっく、ひっく……と押し殺したような泣き声が聞こえてきた。それに俯き、ぽつりと呟く。

 

「……麗日さんは、家族のために頑張ってたんだね」

 

 思い出されるのは、体育祭が告知されてからのお昼休み。いつもとは違う凄まじい形相で、『私、頑張る!!!』と意気込んでいた麗日さんのこと。

 

「……うん。麗日さん言ってたんだ、自分がヒーローになって、お父さんとお母さんに楽させてあげるんだ、って……」

「……、……そう、なんだね」

 

 羨望と納得が同時に胸を覆って、わたしはただ頷く。

 自分の頑張る理由。原動力。原点──“何の為に進むのか”。それが自分以外の“誰かの為”だという点は、わたしも麗日さんと同じだった。彼女みたいに家族を思うことはできないけれど、あの人を大切に思う気持ちに嘘はない。

 

(ホークス、……啓悟くん)

 

 わたしは彼みたいになりたい。彼の力になりたい。

 彼を救えるようなヒーローに、なりたい。

 

(そうだ、それが、わたしの原点)

 

 わたしがどんなにちっぽけでも、嫌なところばっかりでも、その思いが足元を支えてくれる。泥に足を取られたりしない。そうして彼を、空を目指して進んでいける。

 

「……、空中さん」

 

 そんなことを考えていると、ふいに緑谷くんがわたしを呼んだ。顔を上げると、彼が何かを決意したような、そんな瞳でわたしを見ている。

 

「ごめん、僕、次の試合……勝っても負けても、きっとぼろぼろになる。……ごめん」

 

 重ねられた謝罪に、その言葉に、思い当たることがある。

 

「……あの超パワーを使うんだね?」

「うん」

「確かに……氷結の攻略にはそれしかないだろうけど……」

 

 それでも素直にゴーサインなんか出せはしない。言い澱むわたしに対して、緑谷くんは申し訳なさそうな目をした。眉も下がっている。……そのくせ、退く気はまったくないような顔をしている。

 

「……あのね緑谷くん。わたしのことは気にしないで。わたしに対して申し訳ないとか、思わないで」

「でも、」

「いいの。エネルギーの消費なんて、いうほどないもの。ちゃんと治してみせる。倒れるなんてこともない。心配なんかいらないよ」

 

 そんなことよりもっと、あなたに伝えたいのは。

 

「……だから、もっと自分自身のことを心配して」

「僕、自身……」

「怪我を負うのも痛みを感じるのも、緑谷くんだよ。わかってるよね?」

「──うん」

 

 問い掛けに、より迷いを削ぎ落としたかのように頷くから、わたしは胸元を握り締めた。脳裏によぎるのは、“個性”把握テストや初めての戦闘訓練、USJ襲撃事件の時、……ぼろぼろに傷ついた、彼の姿。

 

「……なんで迷わないの? いくら治るっていっても、痛いのには変わりないでしょう。辛かったり、怖かったりは……しないの?」

 

 緑谷くん、あなたは、

 

「どうして、そこまで頑張るの? ……何のため?」

 

「……僕は──」

 

 

 

 

「おっ」

 

「「──!!?」」

 

 突然曲がり角から現れたその人に、わたしたちは揃って息を飲んだ。2mを超える鍛え上げられた巨体に、炎を纏っているその人は、

 

「おォ、いたいた」

 

 長年No.2に君臨し続けるフレイムヒーローであり、轟くんのお父さんであり、……あの人の揺るぎない憧れ。

 

「エンデヴァー、さん……」

 

 間近で感じる彼の熱が、じりじりと心まで焦がすような、そんな心地だった。

 

 

25.少女、何の為に。

 

 


 

 爆豪くんとお茶子ちゃんの試合が大好きなのでだいぶ尺取りました。体育祭はサクサクいくとかいってたのは何だったんでしょうね……展開が遅くなって申し訳ないです。

 いつかオリ主のオリジン回は絶対書くのですが、それはもうちょっと後の話なんじゃ。

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