「エンっ……エンデヴァー……何でこんなとこに……」
まさかこんなところで会うとは思わず、わたしは黙って彼を見上げた。エンデヴァーさん。No.2ヒーローであり、轟くんの、お父さん。彼は真っ直ぐ緑谷くんを見つめている。先ほどの『いたいた』という言葉から、彼が緑谷くんを探していたのだとわかった。
「君の活躍見させてもらった。素晴らしい“個性”だね、指を弾くだけであれ程の風圧……!
パワーだけで言えばオールマイトに匹敵する“
それを聞いた緑谷くんは顔を強張らせる。そうしてエンデヴァーさんの隣をすり抜けてこの場を後にしようとした。
「何を……何を言いたいんですか! 僕もう行かないと……」
そう、後にしようとした。けれどできなかった。
次にエンデヴァーさんが口にした言葉が、緑谷くんの足を地に縫い付ける。
「ウチの焦凍には、オールマイトを超える義務がある」
「君との試合は、テストベッドとしてとても有益なものとなる」
「くれぐれも、みっともない試合はしないでくれたまえ」
……義務だとか、テストベッドだとか、有益とか。おおよそ自分の子どもが戦う試合に向ける言葉じゃない。けれどそれをエンデヴァーさんは当然のように口にするから、わたしは胸が苦しくなった。
「言いたいのはそれだけだ。直前に失礼した」
思うところがあったのは、きっと緑谷くんもだったのだろう。言うだけ言ってこの場を去ろうとするエンデヴァーさんに向かって、口を開く。
「……僕は……オールマイトじゃありません」
「そんなことは当たり前、」
「当たり前のことですよね」
緑谷くんの声は震えているようで、そうではなかった。
はっきりとした意志があった。
「──轟くんも、あなたじゃない」
オールマイトと緑谷くんが違うように、エンデヴァーさんと轟くんも違う。当たり前だけど大切なこと。それを緑谷くんがきっぱり言ってくれたから、わたしは、なんだか背中を押してもらえたような気がした。
「……
「すぐ、行く。……先に行ってて」
ステージへ向かう緑谷くんにそう言って、見送って、わたしはその場に残った。エンデヴァーさんは目をすがめてわたしを見下ろす。
「君は【治癒】の“個性”持ちだったか……何か用が?」
わたしのことなんかきっと眼中にない。辛うじて“個性”には目を留めていたようだけれど、それまでだ。
「……わたしの言葉なんか、きっと、どうでもいいこと。……だから、言わせてもらいますね」
だからこそ、無遠慮に踏み入る。
「エンデヴァーさん、あなたは……本当に、轟くんでオールマイトを超えることを望んでいるんですか」
見上げる彼の眉間が、深い皺をつくった。
「何が言いたい」
低い声にも、こちらを見下ろす眼差しにも、不機嫌さがありありと見てとれる。こんな小娘にずけずけとプライベートなことを言われるのは不快だろう。それはわかっているけれど、わたしの口は止まらない。
「……あなたは、本当は、そんなこと望んでなんかないと思うんです」
「……君に、何がわかると?」
「わたしにはわかりません。けれど、」
「けれど、あなたをずっと見てきた人を、わたしは知っています」
止まらない。今のわたしを突き動かすのは怒りであり悲しみだった。エンデヴァーさんが自分のもののように轟くんを扱うのは、轟くんという存在を無いものとして扱うようなものだし、それだけではない。──“エンデヴァー”という自分自身をも、無いものとして扱っているような、そんな気がしたのだ。
だってそうだろう。もしいつかの未来で轟くんがオールマイトを超えたといっても、それは“轟くん”であって“エンデヴァーさん”ではない。
そんな当たり前のことにすら、気づけなくなってしまっているの?遠すぎる
「あなたに人生を救われた人を、あなたに憧れて生きてきた人を、知っています」
少なくとも、ホークスが信じている“エンデヴァー”は違うはずだ。
「エンデヴァーさん、あなたは、ヒーローなんです」
「……馬鹿にしているのか。そんなことは当たり前だ」
「……ええ、そうですね。……ですが、」
轟くんがホークスを救ったんじゃない。
わたしの誰より大切な人を救ったのは、紛れもなく彼だ。
「あなたがご自分でそう思っている以上に、もっとずっと、あなたは眩しいヒーローなんです」
どんなことがあっても諦めない。たとえ不器用で泥臭くても、ただ強く、もっと上へと邁進し続けるのが“
「……これからも、ずっとヒーローでいてほしいと、わたしは思っています」
だからわたしも、それを望んでいる。ホークスの憧れと現実との齟齬に怒りや悲しみを感じるのはそのためだ。もっときっと、エンデヴァーさんは鮮烈にヒーローであるのにと、身勝手な願いを抱いている。
ホークスの憧れでい続けてほしいという、そんな、身勝手な。
「……勝手にまくし立てて、申し訳ありませんでした。ご不快ならば、わたしの言葉は忘れてください。ですが、……あなたに救われた人がいるということだけは、どうか、覚えていてほしいです」
無遠慮で失礼なことを宣った自覚はあるから、深く深く頭を下げて、わたしは黙ったままのエンデヴァーさんに背を向けて走り出した。走る。地を蹴る。拳を握る。……前へと進む。
「ホークス、……ホークス、……」
ホークスの原点はエンデヴァーさんだ。エンデヴァーさんに救われて、憧れて、彼のようになりたいと前へ進んだ。
そうした原点があるのは、彼やわたしだけではないだろう。
ホークスならエンデヴァーさん。わたしはホークス。麗日さんなら家族。大切な何かの為に、前へ進んでいる。
『今回の体育祭 両者トップクラスの成績!! まさしく両雄並び立ち、今!!』
暗い廊下を抜けて、陽の光に照らされたステージへと辿り着く。同時にマイク先生の声がスタジアムの熱気を煽り立てた。
『緑谷!!
ステージの中央で向かい合う2人は、真剣な眼差しで前を見据えている。……彼らにとっての原点とは、なんなのだろう。
『
そんなわたしの疑問を余所に、2人の対決は始まった。瞬間、轟くんの足元から築かれる大氷結。自分に向かって真っ直ぐ迫ってくるそれに対し──緑谷くんは指を弾いて迎え撃った。超パワーによる爆風は氷を割り、冷却された空気をぶわりと広げる。
「やっぱそうくるか……」
轟くんの呟きが聞こえる。彼も予想していたんだろう。一瞬にして相手を拘束し得る氷結に対して、緑谷くんが採れる択は──自損覚悟の、打ち消し。
『おオオオ!! 破ったァァァァ!!』
マイク先生や観客席の人々は盛り上がりを見せるけれど、緑谷くんの表情は真逆だ。バキバキに骨が折れ、変色するほどに傷ついた中指の激痛に耐えているんだろう。強張った顔で轟くんを見据えている。そうして、息つく間もなく再び迫る氷結を、今度は人差し指を弾いて破った。『まーた破ったあ!!!!』と上がる歓声の中、
「~~~ッ……!!」
押し殺した呻き声が聞こえて、わたしは拳を握り締めた。
「緑谷、くん……」
歪に歪む指。爪の間から飛び散る血。……見ているだけで重傷とわかる傷だ。痛みも相当なものだろう。それなのに緑谷くんは目をかっと開いて轟くんを見ている。勝機を探るような眼差しで、前を見据えている。
(諦めては、いない……)
あんなにぼろぼろになっているのに。このまま続ければ、更に傷を負ってしまうと、わかっているだろうに。
轟くんもそんな緑谷くんに何か思うところがあるのか、小さく舌打ちして次々と氷結を繰り出す。
「……すぐ終わらせてやるよ」
相次ぐ氷結を打破するために、薬指、小指もぐちゃぐちゃに傷ついていった。試合が始まって間もないのに、もう右手の指は全滅。『すぐに終わらせる』と、その言葉を遂行するかのように、轟くんは足を踏み出した。
『轟、緑谷のパワーに怯むことなく近接へ!!』
走りながら生み出された氷は、緑谷くんにとっては轟くんの姿を隠す壁のように、轟くんにとっては跳躍のためのジャンプ台のように築かれる。緑谷くんは左手の指でそれを破壊したけれど、轟くんは氷を盾にしながら高く跳躍し、一気に緑谷くんとの距離を詰めた。
「っぶなっ!!」
ダン!と着地と同時に迫る氷から、緑谷くんは後方にジャンプして避ける。空中でバランスを崩す身体。その着地を待たずに仕留めようと、轟くんは直ぐ様氷結を放った。──瞬間、スタジアムを冷気を纏った暴風が吹き抜ける。吹っ飛ばされた轟くんは、自分の後ろに氷結の壁を造り、場外を防いでいた。
目隠し、跳躍のための踏み台、盾、壁──この数瞬の間に轟くんが見せた氷結の使い方は、まさに多岐に渡った。氷結を自在に操るスピード、緻密性に、状況に応じて使い分ける判断力に応用力……その上、一気に巨大な氷山を生み出すパワーまで兼ね揃えている。
(……強い……)
轟くんは顔を覆っていた腕を下げ、ぽつりと呟いた。
「……さっきより随分と高威力だな。近付くなってか」
「ううヴ……!」
対する緑谷くんは……先ほどの接近を防ぐために左腕を振るったんだろう。指先から二の腕辺りまで、すべてが歪み、変色していた。骨は幾つも砕け、血管も幾つも破れてしまっていると見える。押し殺しきれない呻き声が、その痛みを確信させた。
「守って逃げるだけでぼろぼろじゃねぇか」
「……!!」
「もうそこらのプロ以上だよアレ……」
「さすがNo.2の息子って感じだ」
轟くんの言う通り、緑谷くんは満身創痍で防戦一方。片や無傷でぴんぴんしていると見れば、観客席の呟きも納得だ。
でも轟くんだって消耗していないわけじゃない。氷結を連続して使い続けていたからか、彼の身体に霜が降り始めている。あの戦闘訓練の時と同じだ。あまりに強すぎる冷気に身体が耐えきれず、彼の身体が震えてしまっている。
──それでも、彼は、
「悪かったな、ありがとう緑谷。おかげで……
──奴の顔が曇った」
それどころか、轟くんは、緑谷くんを“見て”すらいない。視線は観客席の一部へ、エンデヴァーさんのところへ注がれていた。きっと頭の中はそればかりなんだろう。『奴を完全否定する』と言っていた、その悲願ばかり浮かんでいるんだろう。
目の前に立つ人のことなんか、歯牙にもかけないで。
「その両手じゃもう戦いにならねぇだろ。終わりにしよう」
その言葉は轟くんにとっての優しさだったのかもしれない。
『圧倒的に攻め続けた轟!! トドメの氷結を──』
──でも、きっと、緑谷くんにとっては違ったんだ。
「どこ見てるんだ……!!」
項垂れていた顔を上げ、ぐちゃぐちゃになった右手を掲げ、弾く。放たれた力強い風圧は氷結ごと轟くんを場外手前まで吹っ飛ばした。氷結の壁で身体を支えた轟くんは、信じられないものを見るかのような目で緑谷くんを見た。
「てめェ……なんでそこまで……」
「……震えてるよ、轟くん」
かっと目を見開いて、緑谷くんは口を開く。
「“個性”だって身体機能のひとつだ。君自身冷気に耐えられる限度があるんだろう……!?
で、それって、左側の熱を使えば解決できるもんなんじゃないのか……?」
緑谷くんは、顔を歪めた。それは痛みのせいでもあるだろう。ゴキャ、グチッ、と右手を軋ませながら、それでも話すことを止めない。
「……っ! みんな、本気でやってる……! 勝って……目標に近付く為に……っ1番になる為に……っ!」
痛みだけじゃない。轟くんや、これまで戦ってきた“みんな”へのさまざまな気持ちを乗せて、叫ぶ。
「“
──拳を、握る。
「
……どこからどう見ても、満身創痍で、ぼろぼろなのに。
それでも光のように見えて、わたしはそっと目を細めた。
「……何の……つもりだ」
でも轟くんにとっては違ったらしい。彼は忌々しそうに唇を噛み締める。
「全力……? クソ親父に金でも握らされたか……? イラつくな……!!」
また距離を詰めようと走り出した轟くんだけれど、明らかに先程より動きが鈍い。身体が冷えすぎて、身体機能に影響を及ぼし始めているんだろう。その隙を見逃さず、今度は緑谷くんが踏み込んだ。何事かブツブツ呟きながら、右腕で轟くんの腹部を殴り付ける。
『モロだぁーー生々しいの入ったぁ!!』
「はっ……く……ッ」
「ぐぅう!!!」
お腹を押さえて咳き込む轟くんだけでなく、攻撃した緑谷くんの方がダメージを受けている。……あのぐちゃぐちゃの右腕を酷使したのだから当然なのだけれど。それは緑谷くんだってわかりきっているだろうに、彼は怪我を無いもののように走り、跳び、動き回っている。
「……君はどう思う? 空中さん」
「、えっ……」
隣に座っていたセメントス先生から呼び掛けられ、思わず肩を揺らす。そんなわたしに「急にごめんね」と目を伏せてから、セメントス先生はステージに視線を戻した。緑谷くんを、見ている。
「緑谷くんのあの怪我……アレ「どうせ治してもらえるから」と無茶苦茶してる。君の【治癒】は患者の体力を削るものではないとはいえ……あまりに自身を顧みない行動はよろしくない」
彼の言葉に、わたしはリカバリーガールを思い出した。『名誉の負傷を褒めてはいけない』と──わたしたちは、【治癒】を持つ自分たちだけは、それを止めなければならないと、彼女はわたしに教えてくれた。
「……セメントス先生の仰る通り、です。褒められた行為ではないし、わたしはそれを、止めなくてはいけない」
「なら、」
「ですが……っあと少しだけ、待っていただけませんか」
リカバリーガールの教えが、ベッドに横たわる緑谷くんの傷が、……緑谷くんの決意の表情が、脳裏によぎる。
「緑谷くん、試合前に何かを決意した様子でした。何も考えなしにあんなことをしてるわけじゃない、そんな人じゃない。……怪我は、まだ、わたしの【治癒】で何の後遺症も無しに瞬時に治すことができる範囲です」
リカバリーガールの教えは正しい。それに背くつもりもない。……けれど、あと、少し、わたしの【治癒】でどうにかできる範囲なら……!
「もし緑谷くんに何らかの危険が及ぶ危険域に近付いてしまったなら、その時はすぐに伝えます。だからそれまでは……!」
それまでは、まだ、彼の決意の行く末を見届けたい。
わたしの訴えを聞いて、セメントス先生はしばらくの沈黙の後、静かに頷いてくれた。それに安堵して、わたしはステージに視線を戻す。
ステージでは、緑谷くんがとうとう握れなくなった右手で、それでも口許を使って指を弾くという、これまた滅茶苦茶な戦いをしているところだった。風圧で吹き飛ばされながら、轟くんは目を見開く。
「なんで、そこまで……」
どうしてそんなにぼろぼろになってまで、
諦めないのか。戦うのか。前に進み続けるのか。
「期待に応えたいんだ……!」
指や腕だけじゃなく、口許まで真っ赤にしながら、緑谷くんは言う。
「笑って、応えられるような、カッコイイ
試合前には聞けなかった緑谷くんの理由。前に進むための原動力。──原点。
「だから全力で! やってんだ、みんな!」
手は使えないからと、走る勢いのまま緑谷くんは轟くんに頭突きした。身体が冷えて動けないからか、……緑谷くんの言葉にはっとしたからか、轟くんは避けきれずにそれを受ける。
「君の境遇も君の
緑谷くんは轟くんの過去を聞いて知っている。……知ってるからこその言葉だろう。その悲しみや怒りを知っているからこそ、今、彼は、よろめきながらも立ち上がり叫んでいる。
「全力も出さないで1番になって、完全否定なんて、フザけるなって今は思ってる!!」
“轟焦凍”という人間は、“そんなもの”じゃないだろうと、叫んでいる。
「うるせぇ……!」
轟くんは顔を歪めて、また氷結を放とうとしている。それでも上手くいかないのは、あまりに寒すぎるからだろうか。
あまりに寒くて、冷たくて──彼が歩んできたのは、そんな道だったのかもしれない。
「だから……僕が勝つ!! 君を超えてっ!!」
「俺は……っ」
【炎】の“個性”があるから、お母さんを苦しめた。
だから氷で閉じ込めて、ずっとずっと、それを抱えて、凍えながら歩いてきたのかもしれない。まるで呪いのように、【炎】を父親の象徴として、憎みながら、ずっと──
「俺は、親父を──」
轟くんにとって、【炎】は父親だった。呪いの証だった。
──でもそれは違うと、緑谷くんは、叫ぶ。
「君の!! ──力じゃないか!!」
その声を受けた瞬間。轟くんの目が見開かれた。
そのエメラルドブルーの目に、いろんなものを映したように、揺れて、揺れて、……潤んだ。
『これは──!?』
ブァッと目を焼く光があまりに眩しすぎて、わたしは思わず目を閉じた。先程までの冷えた空気が散らされて、代わりにひりつくような熱気が伝わってくる。
(……ああ……、そっか……)
きっとこれは、長くかかりすぎた雪融けで。
これを緑谷くんは待っていたんだと、理解した。
「勝ちてぇくせに……ちくしょう……敵に塩送るなんて、どっちがフザけてるって話だ……」
ちくしょうだなんて言いながら、その声は晴れやかだった。わたしはゆっくりと目を開ける。そこには、
「俺だって、ヒーローに……!!」
右手からは氷を、左手からは炎を。ふたつの力を携えて立つ、轟くんの姿があった。
26.少女、炎の目覚め。
体育祭はサクサクいくって言ってたのはなんだったのか!!!!()でも1番の見せ場かつ山場が終わったのであとはウイニングランみたいなものになると……信じたい……
オリ主のエンデヴァーへの感情は複雑なものです。個人的な関わりは無いですが、大切なホークスを救ってくれたという話を伝え聞いていたため、感謝や尊敬の気持ちを少なからず持っていたのですが、轟くんに対する所業を目の当たりにしてもやもやしています。それでもどちらかというと『ホークスの言うことを信じる』という気持ちが強いため、「本当の“エンデヴァーさん”はそんなんじゃないでしょう」とかいう身勝手な願いを押し付けたというわけです。“ヒーロー”はそれすらも応援にしてしまえるんでしょうかね。