「エッ、エンデヴァー体育祭の指名参加するのか!?」
事務所内に響き渡る大声で、バーニンが意外そうに言う。大きな目を丸くして俺を見た後、キドウやオニマーに視線を移した。
「昨日の体育祭は見応えあったもんな」
「今年は特に粒揃いだったし」
「んー、けどまァ所長のお目当ては焦凍くんっしょ」
「ああ……」
「ウンそうだな」
「おまえたち、何が言いたい」
3人揃って生暖かい目を向けてくるものだから、意図せず声が低くなる。こいつらは昨日シフトの合間に端末で雄英体育祭を観ていたらしく、「所長めっちゃ目立ってたな!」「なんで観客席のエンデヴァーにカメラが寄るんだよ」「意外と親バカだったんすね」などと好き勝手宣ってくれたものだ。いつもは頼りになるサイキックたちなのだが、こうして会話が始まるととにかく姦しい。
今も3人で顔を合わせ、わいわいと会話を弾ませている。
「まァでも焦凍くんは確定として、今年は【治癒】“個性”持ちの子がいたから通常2名までの指名が3名入れられんだよな?」
「じゃあまだ2人……ならエンデヴァー! あの子どうだ? あの【治癒】と【翼】の“個性”のやつ!」
ぴく、とこめかみが動く。それに気づいた様子もなく、確かになぁとキドウとオニマーが頷き合っている。
「希少な【治癒】持ちってだけじゃなくて、【翼】で飛べるのいいよな。機動力ある」
「あの羽根を操作して救助活動もしてたしな。確か……第一競技で人も運んでなかったか? やれることは幅広そうだな」
「な! 【炎熱】のデメリット緩和も楽になるんじゃないか! エンデヴァー!」
「──あの者の指名はせん」
ぴしゃり、盛り上がった熱をシャットダウンする。切って捨てた俺につまらなさそうな顔をするでもなく、バーニンは曖昧に頷いている。
「ふーん、まァあの子はうちの弱肉強食! 下剋上!! って感じのノリには着いてけそうにないかもなー」
「そのノリおまえが筆頭だろ」
「そんなことないない! まず所長からしてアレだから!」
「アレとはなんだアレとは」
「……焦凍くんはどんな子なんだろうなぁ、エンデヴァーに似てるのか?」
「確かに気になるな!」
「出で立ちはシュッとしてたよな。中身は……」
溜め息を吐く。もう話題は焦凍のことに移っている。指名に興味があるのか無いのか……切り替えが速いことを良しとすればいいのか……。
「……。」
手元の書類を眺める。“個性”の簡単な概要が書かれた書面の右上には、白い髪に白い肌、白い翼の少女の顔写真が載っていた。それは昨日の体育祭で会った、あの少女だった。
『エンデヴァーさん、あなたは……本当に、轟くんでオールマイトを超えることを望んでいるんですか』
“自分の言葉など、あなたにとってはどうでもいいでしょう”と、そんな前置きと共に、俺に訴えるように口にした。
『……あなたは、本当は、そんなこと望んでなんかないと思うんです』
俺のことなど何も知らんだろうに、何故、あんなことを言った。
『けれど、あなたをずっと見てきた人を、わたしは知っています』
『あなたに人生を救われた人を、あなたに憧れて生きてきた人を、知っています』
怒ったような、悲しんでいるような、苦しんでいるような、悔やんでいるような、……期待、するような、そんな顔で。
『あなたがご自分でそう思っている以上に、もっとずっと、あなたは眩しいヒーローなんです』
「──フン、……」
何も知らぬ小娘が偉そうに、と、ただ切り捨てられたら楽だった。
「……ええ、また、何かあれば報告するように」
ピ、と通話を終了した端末を置いて、会長は小さく息を吐いた。そのアイスブルーの目が、すっとこちらに向く。
「ごめんなさいね、目良。会話中に」
「構いませんよ。あの子からの報告を把握する方が先決でしょう」
公安委員会所属のビル。その上層に位置するここは、目の前の会長の執務室だ。僕は今その部屋の主と対面し、あの子のことを話している。
「体育祭終了後、インゲニウムの治癒に当たっていたんですよね。あの子はなんと?」
「脊髄損傷は治癒できなかったそうよ。他の傷は治癒できていたことから考えると、人間の自然治癒を超えた治癒は不可能といったところかしら」
「脊髄……では、麻痺が残るんですね」
「下半身麻痺。……ヒーロー活動は今後不可能でしょうね」
「……そうですか」
目を伏せて、思いを馳せる。あの子はどんな思いで治癒したのか。治癒できないとわかったとき、どんな思いをしたのか。……今、どんな思いでいるのだろうか。
僕に心配する権利は無いのかもしれない。それでも、あの控えめな笑顔が曇らなければいいと、ひっそり願う。
「話を戻すわ。いいかしら」
俯いた顔を上げる。会長は依然として静かに僕を見ていた。アイスブルー、氷、鉄、……そうしたものを連想させるような表情で。
「……はい。あの子の、職場体験のことでしたね」
「ええ、ホークスの元に行かせることにしたわ。あなたにも知っておいてほしくて」
一瞬柄にもなく驚いてしまった。眠気すら飛んでいった。
「……理由を、お伺いしても?」
何故あの子とホークスを一緒に行動させるのか。問い掛けた僕に、会長はつと目を細めて口を開く。
「いずれあの子が資格を取得し、プロヒーローになった暁には、“こちら”の任務もこなしてもらうことになる。中にはホークスと連携して事に当たる
至極当然のように、つらつらと声は続く。
「幸い、あの子の【翼】とホークスの【剛翼】は同じもの。『同じ“個性”のヒーローに憧れて』でも、『同じ“個性”だから教わって上達を目指したい』でもいい。指名を受ける理由は何とでもなるでしょう。不自然に思われることもない」
「……ええ、そうでしょうね」
相槌を打ちながら、その合理的な考えに舌を巻く。同時に自分を恥じた。我ながら馬鹿なことを考えたものだ。「会長もあの子を案じてホークスの元へ行かせたのだ」なんて──そんなことは有り得ないだろうに。
「とても理に適っていていいんじゃないですかね」
あの子は元々、ホークスに憧れていた。こんな指示がなくたって、ホークスからの指名が来たならあの子は喜んで飛んでいっただろう。今回は会長からの指示ということだから、思うところはあるだろうけれど──久しぶりに共に過ごすことで、あの子がより成長できるのなら、心が軽くなるのなら、それが望ましい。
目を閉じる。目蓋の裏に、空をゆく赤と白の翼を思い描いた。
「ええ? ホークス、体育祭指名に参加すると!?」
「珍しかね、いつもは興味なさそーにしとるのに」
「まーね! 面白そうな人見つけたんで」
一通りのパトロールを終えると、事務所で書類仕事の時間。いつものようにそれをこなす傍ら、昨日の体育祭について話題を出すと、サイドキックのお2人は予想以上に食いついてきた。
「お、気になるってあの優勝者の子?」
「いやァ~、あの子すっごい我が強そうじゃないですか。面白い子ですけど、俺には御し切れませんて」
「てことは2位の……エンデヴァーの息子?」
「ええ、まァ、期待半分ってとこですけどね」
なんとなくウチには来てくれなさそうだけど、と予想しつつ、あと2枚の書類を差し出す。
「あとは……そうだなァ、この子とこの子、指名しようって思ってるんですよ」
「ああ、3位の!」
「黒い影みたいなん操っとったね。この子も速くて強かったばい」
常闇踏陰くん。今回の1年体育祭で3位に入賞していた子。第3種目のタイマントーナメントを見る限り、“個性”の扱いは素早く強力。素早い攻撃で懐に踏み込ませない戦法で勝ち上がっていた。あの爆豪くんとの試合で判明したように、光には滅法弱いみたいだけど、その相性差が無ければもっといい試合をしていたに違いない。
(……少し、“勿体ない”んだけどね)
俺が彼を指名したのは、そんなもどかしさがあったからかもしれない。いや俺が後進育成なんて柄じゃないけど。アドバイスしようと思えるような子かどうかはまだわからんけど。
そうこう考えに耽っている間に、サイドキックさんたちの話題は次に移ったようだった。2枚目の書類を見て、ぱちくり、目を瞬かせて。
「「ああ、やっぱり」」
そんなことを声を合わせて言うものだから、俺はキーボードを打つ手を止めてしまった。半眼で2人を見やる。
「……なんです? 「やっぱり」って」
「やってこの子の“個性”、ホークスのと同じやもん」
「気になっとるやろねって、前に話しとったんよ」
「あ~~……お見通しってやつですか」
はは、と笑う。まぁ俺があの子を気に掛けるのはそれだけが理由じゃないけど、そのすべてを明かすわけにもいかない。雄英への申請はしておいてくれるとのことなので、お言葉に甘えて席を立った。執務室を出て、廊下をゆっくり歩きながら端末を取り出す。
「……さーてさて、」
あの子はどうしてるかな、なんて思い立ち、端末をタップした。しばらく待つと、鳴り続けていた通知音がふつりと止まる。
「お、
『……ホークス、うん、大丈夫だよ』
「……“大丈夫だけど大丈夫じゃない”って声してる」
電話越しに聞こえてきた声は、取り繕っていても憔悴した雰囲気を隠しきれていない。……どうしたの、何があったの、なんてわざわざ訊かなくても、予想はつく。
「インゲニウムさんのこと、後悔してんの」
『……、……ちがう、』
少しの躊躇いと、歯を食い縛るような悔しさと決意を声に込めて、愛依は言葉を続けた。
『まだ、後悔、しない』
「うん」
『……今は無理でも、もっと、もっと……わたしが頑張って力を上手く使えるようになったら、あの人を治せるようになるかもしれない』
「うん」
『だから、……っだから、まだ、後悔しない。終わってない、終わらせない。あの人も、わたしも、……まだ、頑張る……』
「……そっか」
『うん、……うん……っ』
今まで我慢して、我慢して、その堰がやっと切れたのかもしれない。押し殺した嗚咽に、俺はしばらく相槌を打ち続けた。
『……ごめんなさい、また、泣いてる……』
「やっぱ泣き虫だなぁ」
『ごめん……』
「ああ違うよ、責めてるんじゃない」
きっとひとりじゃ、色んなものを押し殺してばかりでしょ。だから、いい。いいんだよ。せめて俺といる少しの間だけでも、
「いーんだよ、泣いたって」
そう言えば、愛依は涙まじりに笑った。電話越しだから顔が見えてるわけじゃないけど、でも、わかる。……ほら今、ちょっとムッとした。
『啓悟くん、わたしを甘やかしすぎ。駄目だよそういうの』
「ええ、駄目?」
『駄目。……わたしが弱くなっちゃうから』
別にいいのになぁ、とは、口に出さない。それを愛依は望んでいないと知っているから。だから代わりに、意地悪そうに声をつくる。
「心配しなくても職場体験では甘やかさないから、覚悟してて」
少しの沈黙。その後に、ああ、と納得の声。
『……そっか、もう会長から聞いてたんだ?』
「まーね。そっちも?」
『うん、インゲニウムさんのこと報告する時に』
もう愛依にも会長から指示があったらしい。相変わらず仕事のお早いことで、と考えていた俺に、愛依は続ける。
『職場体験で甘やかさないのは当然だよ。わたしもそうしてほしい』
「お、やる気満々だ」
『そうだよ、やる気いっぱいなの。……でも、』
真面目な声色が、ふわりとほころぶ。
『……楽しみでも、あるんだ。ホークスがヒーローしてるの、テレビ越しじゃない間近で見るの、初めてだから』
こんなの浮かれてるかな、駄目かな、なんて、声が弾みそうになるのを必死に押さえつけているあの子の様子が手に取るように伝わって、思わず緩みそうになる口元を手で覆った。いやまあ、誰が見てるわけじゃないけど、ね。
「…………、」
『? なにか言った?』
「いや? なーんも?」
“あいらしか”、なんて、言えるわけが、
「……とにかく、
『……? どういうこと?』
「はは、それは来てのお楽しみってことで」
さてさて、仕事は仕事。足並みを揃えるほど俺はお優しくはない。愛依も、あの常闇くんも、どこまで俺に着いてこられるのかな。食らいついてきてくれるのかな、なんて。……そんなことを考えるくらいには、俺は楽しみにしているようだ。
『そっか、楽しみにしてる。……頑張るからね、わたし』
「……うん、頑張って」
『うん!』
「いい返事」
素直な愛依に、ただ笑ってそう返した。
29.大人たち、思惑。
「……おや、死柄木弔。それは……この前の体育祭の映像ですか?」
「そ。“おさらい”ってやつ」
バーのテレビを借りて、昨日先生と見たあの体育祭をリプレイする。希望に満ちたヒーロー予備軍の戦いなんて嘔吐が出るってのが本音だが、少し、見ておきたいものがあった。
エンデヴァーの息子と、あのモジャモジャ頭の地味な奴との対戦。先生はこいつらを『いずれ君の障壁になるかもしれない』と言っていたが、その他に、こんなことを言っていた。
『──あの【治癒】“個性”、使えそうだね』
試合後、吹っ飛ばされて身体中をぼろぼろにしたモジャモジャ頭に、あの白い羽根の女が駆け寄った。その手が触れると、ぐちゃぐちゃの傷が一瞬にして治ってしまったのを見て、先生は呟くように言ったのだ。
『……先生のその傷も、治せそうなのか?』
『どうだろう。試してみないことにはわからないけど……試してみる価値はありそうだ』
【治癒】“個性”は希少だ。その上、実践レベルで扱える者となったら片手の人数で足りてしまう。その筆頭であるリカバリーガールとやらも、既に失った部位については治せないのだという。
……先生の失った目、鼻、他にもたくさんの部位を、治すことができるのなら、
「……なァ、黒霧、」
──やっぱり回復キャラって、大事だよな?
「ええ、あなたがそう望むのであれば」
「だよな」
まぁちょっとした親孝行?先生孝行をしたって、バチは当たらないだろ、と、ニヤリと口角を吊り上げた。
体育祭とオリ主に関わる色んな大人たちの動向を書きたくて書きました。炎のサイドキッカーズ好きです。エンデヴァーに従いキッチリ仕事する上で、上司にも言いたいことはしっかり言いそうなところが。
ホークスのサイドキックも色々動かしたいんですが、名前と個性がわからん!判明させてくれ……!と祈りながら本誌を追ってたんですが、未だわかりませんね。博多ハイエンド戦で鳥っぽい頭の方の人は時空を歪ませてパンチを繰り出してたのを見たんですけど、他はまったく情報がなく……次回からの職場体験編では、捏造設定で臨ませていただきます。ご了承ください。