【依存】から始まるヒーローアカデミア   作:さかなのねごと

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職場体験編
30.少女、名付ける。


 

 色々あった体育祭から2日経ち、本日は雨。駅から出て傘を差したところで、とんとんと肩を叩かれ振り向くと、けろりと微笑む女の子がそこにいた。

 

「おはよう愛依(あい)ちゃん」

「梅雨ちゃん……! おはよう」

 

 少し身構えていた気持ちがほっと緩む。そのまま梅雨ちゃんも傘を差してわたしの隣に並んでくれたから、一緒に学校に向かって歩き出した。

 

「何だか羽根、いつもより少なくなってないかしら?」

「あ……羽根、濡れると乾かすの面倒だから、雨の日に移動する時は落としてバッグに入れてるの」

 

 そう言って肩に提げていたトートバッグを軽く叩くと、梅雨ちゃんは納得したように頷いた。

 

「確かに愛依ちゃんの羽根は雨の日大変そうね。濡れるとやっぱり飛びづらいのかしら」

「そうだね、水分吸って重くなっちゃうし、ゴーグルすればマシだけど視界も悪くなっちゃうし……でも、雨の日は嫌いじゃないんだ」

「あら、そうなの?」

 

 そう、雨の日はホークスが「雨宿りしに来た」とか言って来てくれることが多いから、昔から嫌いじゃない。……でもそれは、小首を傾げた梅雨ちゃんには言えないから、わたしは曖昧に笑った。

 

「うん、……梅雨ちゃんは、やっぱり雨好き?」

「けろろ。そうね、しとしと降ってくる雨の音とか、聴いていると落ち着くわ」

「ああ、確かに落ち着くかも……」

 

 傘が視界を守るように覆って、優しく叩く雨の音に包まれて、わたしは静かに息を溢した。身体の緊張がほどけて、頬が綻んでいく。

 

「よかった。少し元気が出たかしら?」

「……、え……」

「今日の愛依ちゃん、何か思い悩んでいるようだったから」

 

 心配していたの、と微笑まれて、わたしは目を見開いた。ただ何気なく話していただけなのに見透かされていたなんて、……胸元を握り締めた。不甲斐なさと、嬉しさに。

 

「理由は、体育祭で注目されたこと? それとも体育祭の後、何かあったの?」

「……両方……が、1番近いかな」

 

 雄英への登校途中で電車に乗った時、沢山の人から声を掛けられた。『雄英体育祭見たよ』と、『【治癒】すごかった』『これからも頼むぞ』『沢山のヒーローや怪我人を治してやってくれよな』──と。

 

「【治癒】“個性”は、それだけ期待されるんだなって……今更だけど、実感したというか……」

 

 だからこそ、治せなかったあの人が脳裏によぎる。切なそうに、宥めるように、優しく笑うインゲニウムさんが、その、笑顔が──

 

「……もっと、頑張らなきゃって、思って」

 

 そう話すわたしに、梅雨ちゃんは優しく「そうね」と相槌を打った。

 

「でもひとりで抱え込んでは駄目よ、愛依ちゃん」

「梅雨、ちゃん」

「私も頑張るわ。だから、一緒に頑張りましょうね」

「……! あ……ありが、とう」

 

 ぶわっと湧き上がる感情が頬を、目頭を熱くさせる。赤くなって緩んだ顔を見せたくなくて、変に力が入って、きっとおかしな顔になっているんだろうな。

 

「どういたしまして」

 

 それでも梅雨ちゃんは、おかしなわたしを笑うことなく、優しく頷いてくれた。

 

 

 

 

 

「超声かけられたよ来る途中!」

 

 A組の教室に入ると、みんながわいわい話していた。みんなわたしのように、雄英体育祭を観た人たちに声を掛けられたらしい。

 

「私もジロジロ見られてなんか恥ずかしかった!」

「俺も!」

「俺なんか小学生にいきなりドンマイコールされたぜ」

「ドンマイ」

 

 嬉しかったり、微妙な気分だったり、感じるのは人それぞれみたいだけれど、注目されているというのはみんな一緒だ。

 

「たった1日で一気に注目の的になっちまったよ」

「やっぱ雄英すげぇな……」

 

 そんな、わいわいがやがやしていた喧騒は、

 

「──おはよう」

 

 相澤先生が教室に入った瞬間ぴたっと止まった。かくいうわたしも条件反射的に口を閉ざして席に着き、みんなと一緒に「「「おはようございます!」」」と言っている。慣れってすごいなとぼんやり思った。

 

「さて早速だが諸君、今日の“ヒーロー情報学”は特別だぞ。

 ──“コードネーム”……ヒーローネームの考案だ」

 

「「「胸膨らむヤツ来たああああ!!!」」」

 

 ある人は叫び、またある人は天高くガッツポーズをした。そんな風にドッッッと沸いた教室を、相澤先生は一瞥で黙らせてから説明を再開した。

 

「というのも先日話した“プロからのドラフト指名”に関係してくる」

 

 曰く、指名が本格化するのは経験を積み即戦力として判断される2、3年生からで、まだ1年生のわたしたちに来た指名は、謂わば“将来性に対する興味”なのだとか。

 

「卒業までにその“興味”が削がれたら、一方的にキャンセルなんてことはよくある」

「大人は勝手だ!」

 

 ダン、と拳を机に叩き付ける峰田くんとは裏腹に、透ちゃんは楽しそうに声を弾ませる。

 

「頂いた指名がそのまま自分へのハードルになるんですね!」

「そ。で、その指名の集計結果がこうだ。

 例年はもっとバラけるんだが……一部に注目が偏った」

 

 轟くん   4223

 爆豪くん  3976

 わたし   3882

 常闇くん   482

 飯田くん   354

 上鳴くん   276

 八百万さん  110

 切島くん   84

 麗日さん   41

 瀬呂くん   20

 芦戸さん   11

 

 相澤先生が黒板に書き出した結果にみんながそれぞれの反応を示す中、わたしはぎゅっと胸元を握り締めた。本当なら、こんなにもたくさんのヒーロー事務所が気に掛けてくださっていることに、感謝や喜びを感じなきゃいけないんだろうけど……今のわたしにはまだ、できそうにない。 

 

(……【治癒】“個性”は、こんなにも求められてるんだ)

 

 この胸に感じる重圧をはね除けられるくらい、いや……バネにすることができるくらい、わたしはもっと、強くならないと。

 

「……かさん、空中(そらなか)さん?」

「っ、ご、ごめん、なに?」 

「いえ、大したことでは……どうかしました? 何か考え込んでいらっしゃったみたいですが」

「ううん、大丈夫。なんでもないよ」

 

 ありがとう、と八百万さんに笑って返す。これができるのはきっと、今朝、梅雨ちゃんに心を軽くしてもらったからだろう。心の中で「ありがとう」と呟いて、相澤先生の話に耳を傾ける。

 

「これを踏まえ……指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう。おまえらはUSJで一足先に体験してしまったが……プロの活動を実際に体験して、より実りのある訓練をしようってこった」

 

「それでヒーロー名か!」

「俄然楽しみになってきたァ!」

 

 ヒーローとして現場に立つ。ヒーローとして動く。夢に見た自分に一歩近付くようで、みんなの目がきらきらと輝いた。

 

「まァ仮ではあるがテキトーなもんは、」

「つけたら地獄を見ちゃうよ!!」

 

 相澤先生の言葉を継ぐように、その人はカツカツとヒールを鳴らして進み出た。教壇に立った彼女は、グラマラスボディを惜し気もなく晒している。

 

「この時の名が! 世に認知されてそのままプロ名になってる人多いからね!!」

「ミッドナイト!」

「まァそういうことだ。その辺りのセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。俺はそういうのはできん」

 

 寝袋にくるまる準備をしながら、相澤先生は言う。

 

「将来自分がどうなるのか、名を付けることでイメージが固まりそこに近づいていく。それが【名は体を表す】ってことだ。……“オールマイト”とかな」

 

 オールマイト……オールマイティ、とか、すべて、とか。わたしはそんなに沢山のものを背負えるのだろうか。未来の自分を思い描いてみるも、そんなことは不可能のように思われた。

 

(そもそも、まず……わたしはどうなりたいんだろう)

 

 ホークスのようになりたい。ホークスの力になりたい。あの人を、救けたい。──そんなヒーローになりたいという、漠然とした願いはある。でもそれを名前にするって、一体どうしたらいいんだろう。

 

(ホークスに倣って鳥の名前? “イーグル”? “ピジョン”? ……いまいちピンと来ないな)

 

 うんうんと、ああでもないこうでもないと頭を悩ませるも、まったく思い付かない。願いがかたちになる気配は無い。そうこうしているうちに、だいぶ時間が経っていたらしい。

 

「じゃ、そろそろ、できた人から発表してね!」

「「「!?」」」

 

 もう!?それに発表!?と焦るわたしをよそに、青山くんは迷いなく前へ進み出た。事前に渡されていたホワイトボードを高々と頭上に掲げる。

 

「輝きヒーロー・“I can not stop twinkling.”(キラキラが止められないよ☆)!」

「「「短文!?」」」

 

「そこはIを取ってcan'tに省略した方が呼びやすい」

「それねマドモアゼル☆」

 

「い、いいんだ、短文……」

 

 結構自由なんだ……と呆然とする間もなく、青山くんと入れ替わるように芦戸さんがやって来た。

 

「じゃ次アタシね! リドリーヒーロー・“エイリアンクイーン”!」

(ツー)!! 血が強酸性のアレ目指してるの!? やめときな!!」

「ちぇー」

 

 (ツー)?とか血が強酸性のアレ?とかはよくわからないけど、駄目な時はハッキリ駄目と判定されるらしい。教室内が妙な空気に包まれる中、そっと挙がる手があった。

 

「じゃあ次私いいかしら」

「梅雨ちゃん!」

 

 ぴょこ、と教壇に立った梅雨ちゃんは、少し頬を赤らめてホワイトボードをみんなに見せた。

 

「小学生の時から決めてたの。梅雨入りヒーロー・“FROPPY(フロッピー)”」

「カワイイ! 親しみやすくていいわ!!」

 

 ミッドナイト先生の声が弾み、教室中から歓声が上がる。わたしも思わず感想が口からこぼれ出た。

 

「可愛くて素敵……! 梅雨ちゃんに似合うね」

「ありがとう、愛依ちゃん」

 

 にこ、と微笑みを交わし合う。妙な空気が穏やかに変わり、ちらほらと手が挙がり出した。その中の1人が先生に指定されて前に出る。切島くんはキリッと表情を引き締めて、力強くホワイトボードを置いた。

 

「んじゃ俺!! 剛健ヒーロー・“烈怒頼雄斗(レッドライオット)!!」

「“赤の狂騒”! これはアレね!? 漢気ヒーロー・“紅頼雄斗(クリムゾンライオット)”リスペクトね!」

「そッス! だいぶ古いけど俺の目指すヒーロー像は“(クリムゾン)”そのものなんス」

 

 “紅頼雄斗(クリムゾンライオット)”……公安で資料を見たことがある。身体を硬化させる切島くんと似た“個性”を持っていて、(ヴィラン)の攻撃から身を呈して民衆を守る、そんなヒーローだったそうだ。

 

「フフ……憧れの名を背負うってからには相応の重圧がついて回るわよ」

「覚悟の上ッス!!」

 

 ……すごいな、と思う。比較とか、期待とか、そうした重圧を背負う覚悟を、あんなにも迷いなく決められるなんて。

 

(……ホークス……)

 

 わたしは……わたしは、どうしたらいいんだろう。

 再び考えを巡らせる、その間にも、みんなの名前が次々と決まっていく。

 

 音のスペシャリストである耳郎さんは、ヒアヒーロー・“イヤホン=ジャック”。

 【複製腕】を持つ障子くんは触手ヒーロー・“テンタコル”。

 瀬呂くんはテーピンヒーロー・“セロファン”。

 尾白くんは武闘ヒーロー・“テイルマン”。

 砂藤くんは甘味ヒーロー・“シュガーマン”。……“マン”が被ってしまった、と2人は顔を見合わせた。

 

PINKY(ピンキー)!!」

 

 再考を喰らって再提出した芦戸さんは、若干ヤケクソ感があるものの、それでも可愛い名前を考え付いていたし。

 

「スタンガンヒーロー・“チャージズマ”!」

「ステルスヒーロー・“インビジブルガール”!」

 

「いいじゃんいいよさァどんどんいきましょー!!」

 

 上鳴くんが、透ちゃんが、次々に名乗りを上げていく。ミッドナイト先生もテンションが上がる中、わたしの前の席に座っていた八百万さんが立ち上がった。 

 

「この名に恥じぬ行いを」

 

 決意を込めて、静かな声でホワイトボードを示す。そこに書かれていたのは万物ヒーロー・“クリエティ”。それに続いて席を立った轟くんは、いつもの淡々とした表情だ。

 

「“ショート”」

「名前!? いいの!?」

「ああ」

 

 シンプルに本名……そういうのもいいのか、とぼんやり思う。それからも常闇くんの、峰田くんの、口田くんの発表が続いた。

 

 漆黒ヒーロー・“ツクヨミ”。

 もぎたてヒーロー・“GLAPE JUICE(グレープジュース)”。

 ふれあいヒーロー・“アニマ”。

 それぞれの名前に朗らかに笑って頷いていたミッドナイト先生は、爆豪くんのフリップを見た途端、スッ……と真顔になった。

 

「“爆殺卿”」

「そういうのはやめた方がいいわね」

 

 「なんでだよ!!」「あっ爆発さん太郎は?」「だァれが付けるかボケカス!!!」……なんて、爆豪くんと切島くんがわいわい言い合う中、麗日さんがぽっと頬を染めて口を開く。

 

「私も考えてありました……“ウラビティ”」

「洒落てる!」

 

 “うららか”と重力(グラビティ)を掛けているのね、と麗日さんを褒めた後、ミッドナイト先生は教室を見渡した。

 

「思ったよりずっとスムーズ! 残ってるのは再考の爆豪くんと……飯田くん、緑谷くん、それに空中さんね!」

 

 そう言われて、わたしは飯田くんを見た。この席からは彼の俯いた表情は見えないけれど……ペンを持つ手が、震えているような気がする。何かを迷うように、葛藤するように震えて、消して、そうして新たに書かれたのは“天哉”──飯田くんの名前だった。

 

「あなたも名前ね」

 

 みんなの前でそれを見せた時、飯田くんは無言で俯いていた。……いつもの溌剌とした飯田くんらしくない。理由は考えるまでもなく、お兄さんのことだろう。昨日の今日で、気持ちの整理がつくはずもない。

 彼は無言のまま席に戻った。それと入れ替わるように進み出た緑谷くんがホワイトボードをみんなに示すと、教室がざわついた。

 

「!?」

「ええ緑谷いいのかそれェ!?」

 

 教室がざわつくのも無理はない。だってそれは、一般的に蔑称とされるものだから。

 

「うん、今まで好きじゃなかった」

 

 緑谷くんも頷いて、それでも彼の顔は明るかった。

 

「けどある人に“意味”を変えられて……僕には結構な衝撃で……嬉しかったんだ」

 

 あの時のことが脳裏によぎる。初めてみんなと会った日、あの放課後に、麗日さんが笑って告げた言葉を、思い出す。

 ──『頑張れって感じで、なんか好きだ私』

 

「“デク”──これが僕のヒーロー名です」

 

 本来の“意味”を、変える。それに衝撃を受けて、わたしは目を見開いた。そんなわたしを不思議に思ってか、轟くんがこちらを振り返る。

 

「空中は……何か、迷ってるのか」

「うん、ちょっと……でも、思いついたよ」

 

 “空中”というのは公安の人たちから与えられた偽名だ。“名は体を表す”この世の中、わたしの背中に生えた羽根、【翼】の“個性”からして、不自然じゃないようにと考えられたこの名字。ぴったりだな、なんて、当時わたしは驚いたものだ。公安の人がそこまで考えていなかったにしても、“空”というのはわたしに当てはまっていた。……(そら)じゃなくて(から)という意味で、だけれど。

 

(だって……ずっと、そうだった)

 

 わたしを名付けるなら、(そら)じゃなくて(から)だと思ってた。

 それがわたしだと思っていた。わたしはそれでしかないと思っていた。……でも、

 

『空は、いいよ。俺は好き』

『おまえに自由に飛んでほしいし、……空を、好きになってほしいな』

 

 そう言って笑って、小さなわたしに空の飛び方を教えてくれたあの人がいる。わたしに【翼】をくれたあの人は、きっと、わたしに(そら)をもくれた。(から)の中に、(そら)を注いでくれたのだ。

 

 (から)じゃなくて、(そら)

 “意味”を変えられるのなら、わたしだってそうありたい。

 

「わたしの、ヒーロー名は……」

 

 空を飛んで、どこにだって救けに行く。

 そんなあなたに近付けるように。救けとなれるように。

 

「ヒーラーヒーロー・“シエル”」

 

 ホワイトボードの字は小さく、我ながらどこか頼り無さげだ。それでもみんなは笑みを浮かべて、いいじゃん、と言ってくれる。

 

Ciel(シエル)……フランス語で空のことだね☆ 美しいじゃないか☆」

 

 青山くんがキメ顔でそう言って、わたしは笑って頷いた。

 

 

30.少女、名付ける。

 

 


 

 オリ主の席はヤオモモの後ろです。出席番号順に座っていないのは【治癒個性教育プログラム】を受ける関係で教室を移動することが多いから……という設定を今になって思い出しました。

 やっっっと新章突入です!ここまで来れたのは読んでくださる皆様のおかげです。UA、感想、ブクマ、評価、誤字報告などなど、ひとつひとつに元気を貰っています。ありがとうございます!

 福岡での職場体験。ホークスの活躍、オリ主と常闇くんの成長をたくさん書きたいと思っています。また読んでいただければ嬉しいです。

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