「いやあ、来て早々に災難やったねぇ」
事件後、居合わせたわたしと常闇くんはホークスから事情聴取された。その後は駆け付けた警察やサイドキックたちが事件現場を後処理をすることとなり、その手伝いとしてわたしたちはなんだなんだと見に来る街の人を誘導する役割を担い──すべてが終わってホークスの事務所に着いたのは、夕方に差し掛かる頃だった。
事務所の応接間でソファーを勧められ有り難く腰を下ろす。ふかふかの感触に、知らず知らずのうちに張り詰めていた息がほっとほどけた。どうぞ飲んで、と差し出されたコップを受け取り、ありがとうございます、と返す。常闇くんも頭を下げて、また顔を上げた。
「御気遣い痛み入る。しかし我々は未熟者ゆえ、少しでもヒーローの活動に携わる機会を得られたのは僥倖です」
「はい、その……ひとつひとつが貴重な経験なので、わたしたちのことはお気になさらないでください」
「……聞きました? めちゃくちゃいい子たち……」
「今時の若者って礼儀正しいんやね……」
口許に手を当ててそんな会話を交わすのは、ホークスのサイドキックらしい。そんな会話を聞きながらホークスは「みんな真面目だなあ」と笑っている。彼らが全員それぞれの飲み物を持ってソファーに着いたのを見計らって、ホークスが切り出した。
「さて、改めて……今日から職場体験ということで、雄英から2人来てくれました。まずは自己紹介からしようかな」
どうぞ、と手を差し向けられて、先んじて口を開いたのは常闇くんだった。彼はびしりと姿勢を正す。
「雄英高校1年A組在籍、常闇踏陰と申します。此度の職場体験、ヒーローとなるべく研鑽を積みに参りました。よろしくお願い申し上げる」
「わたしは、
常闇くんに倣って深く頭を下げると、頭上からふふ、と笑声が降ってきた。ホークスが頬杖をついて、にんまりと笑っている。
「初々しいというか、お堅いなァ。もっと砕けていいのに」
「……え、と……」
なんと返せばいいかわからず、まごつく。からかわれてることにむっとすればいいのか、笑顔が見られたことに喜べばいいのか、……判断できないまま、頬ばかり熱くなる。
「ホークス! 茶々入れんの」
「やだなぁ、単なるコミュニケーションですって」
わたしが困ってると思ってか、間に入ってくださったサイドキックさんにへらりと笑って、ホークスは続ける。
「じゃあまあ、続き。といっても俺のことは知ってるみたいだから手短に──ホークスです。一応この事務所の所長をやってます。だから職場体験中は君たちの保護者になりますんでよろしく」
ホークスが視線をやると、サイドキックさんたちが心得たとばかりに頷いた。ひょいと片手を上げたのは、トーガに似たヒーロースーツを纏った男性。
「俺はエスパースっていうんよ。ホークスのサイドキックを務めとる。そんでこっちは、」
「シンセンス。同じくサイドキックだよ、よろしくね」
シンセンスさんはフルフェイスメットを被っていて、こちらから表情は見えないけれど、声の調子は穏やかで明るかった。ほっとしながら、改めてよろしくお願いしますと挨拶を交わす。
「君たちには1週間、同じようにヒーロー活動をしてもらうから、お互いの“個性”は知っておいた方がいいね」
一通りの自己紹介を終えたわたしたちを見渡して、ホークスは羽根を広げた。鮮明な真っ赤な色が、視界を染め上げる。……胸が熱くなるような、赤い色。
「俺の“個性”は【剛翼】。1枚1枚を操ったり、固く鋭く形状変化させることで武器にしたりすることができる。これは……空中さんも同じだったね」
「、はい」
“空中さん”という呼び掛けに、気を取り直して頷く。そうだ、ここではわたしとホークスは“初対面”なのだから、そういう風に振る舞わないと。
わたしが答えると、エスパースさんとシンセンスさんがほー……と腕を組んで頷いた。
「体育祭でも観たけど、ほんまに一緒なんやねぇ」
「改めて思うけど便利やね」
「あっ、でもい、一緒というには……わたしなんか全然、スピードもパワーも緻密性も、ホークスさんには遠く及ばないです」
「いやホークスと比べたらあかんよ」
「こん人規格外やからね」
「なーんか人聞き悪くないですかぁ?」
「気のせい気のせい」
慣れたようにイタズラっぽく笑って、エスパースさんがわたしと常闇くんに向き直る。
「俺の“個性”は【空間接続】。離れた空間と空間を瞬時にくっつけることができる──これだけやとわかりづらいやろし、実践するね」
そう言った途端、何気なく掲げたエスパースさんの肘から先が
「すごい……!」
「なるほど……相手の視覚外からの攻撃が可能なのですね」
「そういうこと。ただまぁ、色々制限はあるんやけどね」
たはは、と照れたように笑いながら、次々、とエスパースさんは隣に手を差し出した。それを受けて、シンセンスさんが頷く。
「そうですね、じゃあ俺は……折角だし当ててもらおうかな」
そう言うと、彼はわたしと常闇くんに握手するように手を差し出した。なんだろう、と首を傾げつつ、手を重ねる。そっと触れたその瞬間──目の前が真っ暗になった。今までいたはずの応接間から、上と下も右も左も、何もかもが暗闇に覆われた空間に放り出される。
「え……!?」
「!? なんだ、俺をどこかへ転送したのかっ?」
「と、常闇くん? いるの……?」
今まで座っていたソファーも、隣に座っていた常闇くんも、何もかもが掻き消えていた。それなのに隣──常闇くんがいたところからは声が聞こえる。いるのかどうか確かめたくて手を伸ばしても、なにも掴めない。
「空中!? ッくそ、一体何がどうなって……」
ぎりっと歯噛みする音も聞こえるのに、
「フミカゲ!! チガウ! シッカリシテ!」
「
「フミカゲドコニモイッテナイ! そふぁー二座ッテルダケ!」
「なに……!?」
「……転送では、ない。ということは、」
何の感触も感じられず、何も見えない。──これは、
「わたしたちの触覚と視覚を……感覚を、封じた?」
「正解」
ぱちん、と指を鳴らす音がした。その瞬間、先ほどの応接間の風景を視界に捉えた。隣にはびっくりした顔をした常闇くんが同じソファーに座っていて、ホークス、エスパースさんが微笑んでこちらを見ている。
「ちょっと驚かせてしまったかな。ごめんね」
そしてシンセンスさんが、ぺこりと頭を下げた。
「俺の“個性”は【感覚操作】。自分や対象の視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚を操作することができる。今みたいに相手の感覚をシャットダウンして動きを封じたり、逆に五感を鋭敏にして探索に役立てたり、やね」
「……強力な“個性”、ですね」
「まぁエスパースさん同様、俺も制限があるんよ。触覚は、相手に触れなきゃ操作できない、とかね」
制限があるといいつつも、エスパースさんもシンセンスさんも、様々なことに応用が効く“個性”だなあと改めて思う。そんな風に呆けていたわたしをよそに、ホークスは常闇くんを見て目を細めた。
「それにしても面白いね。その
「はい、……普段は俺の意思で制御していますが」
「へぇ」
目を細める。笑みを深める。面白そうなものを見るような顔で。
(……珍しいな)
いつも飄々としているホークスの、そんな表情を引き出せる人はほとんどいない。それでも、高みから見物されてると感じたのか、常闇くんの表情は固かった。それにまた、ホークスはくすりと微笑む。
「じゃあ今紹介し合ったこのメンバーで今後1週間活動していきます。基本的にはいつもと同じ業務に、雄英生2人も参加してもらうから、そのつもりで」
「御意」「はい」
「「ええ……?」」
「……?」
即座に頷いた常闇くんとわたし。そして怪訝そうなエスパースさんたちの声が重なった。なんだろう、と視線を向けたわたしに、何でもなかよと優しく笑ってくれる。……この優しげな反応を見るかぎり、わたしたちを邪険に思ってるようには思えないのだけど……。
(なんだろう、何か、あるのかな)
わたしたちが一緒に業務に就くことに、思うところがあるのかな。そんな思考を遮るように、サクサクとホークスは話を進めていく。
「でも今はもう夕方近いし、そうだな……他の事務所ではヒーロー活動の内容や仕組みを教えたりもしてるって言ってましたね」
「そうやね」
「じゃあ1日目はそれにしましょ。んでもって、明日からは通常通りってことで」
そうと決まればすぐに行動、と言わんばかりににっこり笑ったホークスが、【剛翼】でホワイトボードやペンを運んできた。それにわたしたちも慌ててノートと筆記用具を用意して──そうして1日目は座学を詰め込んで終わった。
ヒーローは公務員ではあるけれど副業が許されている。実務の基本は犯罪行為の取り締まりで、逮捕協力や人命救助等の貢献度を専門機関に申告し、それによって歩合で給金が支払われる──そういったことは公安にいた頃も習っていたので、すんなりと頭に入ってきた。
それなのに眠れずにぼうっとしているのは、他のことが気にかかっているからだ。宛がわれた部屋のベッドで寝返りを打ちつつ、ぼんやりと部屋内を見渡す。
ホークスの事務所は応接間にホークス用の執務室、簡単なキッチンにシャワールームもついていて、仮眠用だという個室も幾つか用意されていた。その個室の1室を使うように言われたのだけど、仮眠用というには立派というか、ビジネスホテルの1室みたいだった。ユニットバスに洗面台、小さな冷蔵庫までついている。
(確か廊下には、自販機もあるって言ってたっけ)
そう説明を受けたことを思い出し、体を起こした。どうにも眠れないから、散歩がてら飲み物を買ってこようと、部屋のドアノブに手を掛ける。
「……うん?」
扉を開けると、ちらりと赤い色が視界を横切った。ふわりと宙に浮いたそれは、赤い羽根──ホークスの【剛翼】だ。【剛翼】はすいと宙を滑るように動き、廊下の向こうを指し示す。まるで、わたしを案内するかのように。
「……ホークス、さん?」
ふわ、と肯定するように動いた【剛翼】を追って、わたしは廊下を歩いた。壁はガラス張りになっていて、まだ眠りに就いていない街並みの灯りを見下ろせた。騒がしい夜の街。それでもビルの上階に位置するここは、しぃんと静まり返っている。
「お、来た来た」
そんな不思議な夜の中に、ホークスは立っていた。
「どうかなって思ってたけど、まだ起きてたんだ」
「……はい。少し、眠れなかったんです」
「ああ、いーよ敬語じゃなくて」
「? でも、」
「大丈夫。今ならね」
【剛翼】が幾つか個室の方へ飛んでいく。確かに【剛翼】を忍ばせておけば、誰か来たらすぐに感知するだろう。でも、
「……【剛翼】の無駄遣いじゃ?」
「ええ? だってずっと堅苦しい話し方じゃ肩凝るでしょ」
「わたしは、べつに大丈夫だもの」
「あらら、お堅いなァ」
わざわざ“個性”を使うなんて、疲れちゃうだろうからやめてほしい。……そう言えばいいのに、わたしの口からは可愛くない台詞ばかり出てしまう。……いや違う、駄目だ。こんなことが言いたいんじゃない。もっと言うなら、“やめてほしい”も違う。
「……うそ、だよ」
絞り出した声は小さく頼りない。自分自身に叱咤して、ちゃんと言え、と声を励ました。
「本当は、いつものように話せて、嬉しいの。……ありがとう、啓悟くん」
ちらりと見上げたその先で、ホークスはふわりと微笑んでいた。なんだか恥ずかしくなってしまって、熱くなった頬を誤魔化すように首を横に振る。
「あっ、もちろん勤務中は別だからねっ? しゃんとしなきゃいけない時はするもの、わかってるからっ」
「はいはい」
くすくすと面白そうに笑って、ホークスは自分の背後を指差した。
「立ち話もなんだし、座ろ。飲み物もあるよ」
そこには背もたれのないソファーと自販機があった。いつか公安のビルでしたやり取りを思い出しながら、わたしは頷く。
「うん、……あっ、コンポタある」
「やっぱそれか。相変わらず好きだねぇ」
「いいの。……あれ、ホークス、コーヒー飲むの? 眠気覚めちゃうんじゃない?」
「んー、まだ少しやりたいこと残ってるから」
「……いつもこんなに遅くまで仕事してるの?」
「いや? 今日はちょっとね」
ピッ、ガコン、と出てきた缶をそれぞれ受け取って、ソファーに腰掛けた。隣に座ったホークスの横顔を見上げる。……今日のあれこれで仕事が増えたのだろうかと、申し訳なさが溢れてくる。
「……あの、ホークス。今日は、ごめんなさい」
「それは、何に対して?」
「昼間の……あの女性に、許可なく“個性”を使ったこと」
ホークスは静かに目を伏せた。そうして、ゆっくりと口を開く。
「こんな話を知っているかな」
ホットコーヒーの缶を弄びながら、彼は話を切り出す。
「ある作業員がビルから転落した。それを、とあるヒーローを目指す少年が“個性”で受け止めようと、救けようとした。……ここまでなら美談だね。自分のできることをして、人を救けようとしたんだから」
話す声が段々と冷えていくのがわかる。だから、この話がただの美談で終わらないのだと、わかった。
「けれど綺麗には終わらなかった。──その少年の“個性”は救けに入ろうとしたヒーローの行動を阻害してしまった。結果として転落した作業員は全治6ヶ月の大怪我。救けに入った勇敢な少年は、ヒーローの救助活動を妨害したとして、“公務執行妨害”が適用された」
「……、それ、は……」
なんと言ったらいいのか。どうにもやりきれない話だった。ただ“人を救けたい”と、善意からの行動の結果は“公務執行妨害”──前科がついたその人は、ヒーローには、きっと……。
「“個性”は多種多様だ。それを勝手に使うことは──善悪はどうあれ──自分や相手の未来を閉ざすことに繋がる。理解できるね」
「……はい」
「ん、いい返事。……だけど愛依、今日俺がおまえを諌めたのは、それだけが理由じゃないんだよ」
「え……?」
顔を上げる。視界に映ったホークスの顔は強張っていた。その表情の理由がわからず戸惑っていると、彼は難しい顔のまま口を開く。
「状況を伝えておくよ。今日逮捕したのはあの地面を隆起させる“個性”持ちの男。今時珍しいヤクザ者だったよ。……ヤクザのことはわかるよね?」
「昔裏社会を取り仕切っていたっていう……今は指定
「そ。その下っぱが“個性”を増幅強化させる
「う、ん。……、?」
どこか違和感を感じて、発言と今日の出来事を思い返す。あの拳銃を所持していた男は地面を隆起させる“個性”。
「……捕らえたのは、1人、なんだよね?」
「そうだよ」
「……その男は拳銃を持っていたよね。閃光手榴弾とか、そういったものは持っていなかった?」
「持っていなかった」
「じゃあ、あの閃光は、」
なんだったのだろう。……誰の、“個性”?
「捕らえたのは1人。でも、同じ現場に居合わせた者が──同じ現場にいたにも関わらず、逃げおおせた者がいた可能性が高い。あの
「……その逃げた人がわたしたちの姿を見ていると、それを心配しているの?」
わたしの問いに、ホークスは頷く。そして、
「……愛依」
少しだけ苦しそうに、微笑んだ。
「おまえの力は、誰かを救けることができる。でも同時に、やろうと思えば、色んな悪巧みに使えるものでもあるんだよ」
切々と語りかけるホークスの声が、降り積もるようにわたしの中に落ちてきた。すとんと落ちて、じわりと広がる。これからの不安や、これからを案じてくれる嬉しさで、熱を持ちそうになる眉間をぐっと引き締めた。
「わたし、ちゃんと、正しくこの力を使うよ」
それがきっと、優しいこの人に報いる方法だと、信じている。
「悪用もさせない、絶対に。……大丈夫だから、見ててね、啓悟くん」
決意を固めるべく、ぎゅっと拳を握り締める。そんなわたしにふっと笑って、ホークスはわたしの髪をくしゃりと撫でてくれた。
32.少女、誓う。
めちゃくちゃ更新遅くなってしまって本当に申し訳ありません!!!待っててくださった方、ここまで読んでくださった方に無限大感謝です。
タイトルや展開、サイドキックさんたちの設定に悩みまくって難産でした。その甲斐あってサイドキックさんたちのヒーロー名は気に入ってます。ネーミングセンスが無いのは置いておくとして……。でも後半のホークスとの会話はとても楽しく書きました。これからもっと格好いいとこ書いていきたいです。願望です。